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法務手続の先にあるもの

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月29日
  • 読了時間: 6分

プロローグ

初夏の東京・霞が関。ビルの谷間にある小さな行政書士事務所「青柳法務相談所」。事務所の扉には「行政書士・青柳一真(あおやぎ かずま)」と金文字で書かれたプレートがかかっている。

「先生、大変です!」事務所のパラリーガルである**木村里奈(きむら りな)**が、あわただしく駆け込んできた。「依頼人の食品メーカー、川島商事の専務さんから相談があるって……すぐに来てほしいそうです。なんでも食品衛生法違反を疑われているとか……」

青柳は表情を曇らせた。「食品衛生法違反……もし事実なら、営業停止や回収命令が下るかもしれない。企業存続に関わる問題だ」

カバンに必要な書類を詰め込み、青柳は急ぎ川島商事へと向かった。

第一章:許認可と行政手続の狭間

川島商事は、地方の農産物を原料とした冷凍食品を製造・販売する中堅企業だ。オフィスは東京駅近くのビルに入居している。

出迎えたのは、専務の川島太一(かわしま たいち)。創業家の次男であり、実質的に現場の指揮を執る人物だ。「青柳先生、ご足労かけてすみません」早速、会議室へ招き入れられ、専務から事情を聞く。

「うちは製造拠点を増やそうとして、新しく工場を立ち上げたところなんです。そこで営業許可を取ったばかりなのですが、保健所の立入検査でHACCP関連の書類に不備があると指摘を受けまして……」

青柳は資料に目を通す。「なるほど。新工場の施設基準や、HACCP運用手順の不備が疑われているわけですね。工場の設計図や衛生管理計画の書類は、行政書士が作成したはずですが……」

「実は、時間がなかったので内製化しちゃいまして。担当者が素人ながら作ったのですが、正直、必要書類のレベルに達していないって言われて……」

木村里奈が呟く。「先生、これは許認可申請のやり直しが必要かもしれませんね。早くしないと営業停止処分も……」

専務の表情がさっと曇る。「どうにかならないんでしょうか。うちはこの新工場の稼働を前提に大口の取引を結んでいて、もし許可が取り消されたら――」

青柳はその問いに力強く答えた。「ここは、行政との協議をしながら適正な申請書類を整え、HACCPに基づく衛生管理計画を再構築していくしかありません。私が全面的にサポートします。焦らず一つずつ、法令を守ったやり方で立て直しましょう」

第二章:書類の迷宮

青柳は川島商事の新工場へ足を運んだ。郊外に建てられた真新しい建物の中には、最新鋭のライン設備が整備されている。が、どうも現場の雰囲気が暗い。

「HACCPの書類なんですが、どこにファイルされていますか?」「こっちのキャビネットにあるはずです……あれ、見当たらない」

担当者たちは困惑しながら書類をかき集める。まだ引っ越し作業が終わっていないのか、段ボールだらけの状況だ。青柳は書類を一枚一枚丁寧に確認し、足りない部分をリストアップしていった。

  • 工場のレイアウト図(設備の配置が最新のものではない)

  • 衛生管理計画の詳細(モニタリング記録や従業員の教育計画が不備)

  • 製造工程表や重要管理点(CCP)の設定が曖昧

青柳のチェックリストは膨大な量になっていく。木村里奈が漏らす。「先生、これ、全部揃えるのにどれだけかかるんでしょう……」

青柳は微笑んだ。「書類は嘘をつかないからね。大変だけど、これが私たち行政書士の仕事さ。何より、川島商事さんが安心して営業できるようにするためだ」

第三章:行政交渉の壁

翌週、青柳は保健所の担当官との面談に臨んだ。新工場の衛生管理計画に関する再審査を依頼するためだ。

対応したのは保健所のベテラン職員、和田孝司(わだ こうじ)。「川島商事さんの新工場については、既に立入検査した際に問題点を指摘しています。改善が見られないようなら、営業許可の取り消し、あるいは営業停止処分もやむを得ない」

青柳は丁寧ながらも毅然とした口調で訴えた。「現状の不備は会社側の手続きミスであり、故意の違反ではありません。すでに改善計画をまとめ、書類作成も最終段階に入っています。どうか追加の猶予期間をいただけないでしょうか」

和田は書類に目を通しながら静かに口を開く。「たしかに、ここまで作り直せば合格ラインに近づくでしょう。ただし、HACCP導入における日々の記録がどれだけ正確に運用されるかが焦点です。机上の書類だけでは信頼できません」

「ご指摘は最もです。現場での運用を徹底するために、私が責任を持って工場の担当者を指導します。定期的に保健所ともコミュニケーションを取り、監査を受け入れる用意があります」

青柳のまっすぐな姿勢に、和田は少し柔らかい表情を見せた。「わかりました。では、追加の改善報告を提出する期限を設けましょう。もし、その内容と現場の対応が合格ラインに達していると判断できれば、営業許可を取り消す必要はないかと思います」

第四章:現場の意地

保健所から与えられた猶予期間は、わずか1か月。川島商事の新工場は、営業継続のために徹底した衛生管理体制の整備に追われた。

  • 従業員の衛生教育を再徹底(手洗い・消毒ルールや毛髪混入防止の徹底など)

  • 製造記録(温度計測、異物混入チェック、清掃記録)のシステム化

  • 営業許可申請書類の整合性確認と補足資料の作成

青柳も毎日のように工場と事務所を行き来し、書類を整え、行政対応の助言をし続けた。

そんな中、製造部長の**長谷川(はせがわ)**が青柳に打ち明けた。「実は、社内には“どうせ大手じゃないんだし、大雑把でいい”って考えの人間もいたんです。けど、ここまでやるなら今後は胸を張ってモノづくりができそうだ……」

長谷川の声はどこか誇らしげだった。行政書士に手続きを任せるだけでなく、自分たちが本気で取り組めば、会社も品質も変わるのだと感じ始めていた。

最終章:再出発の扉

締切前日、青柳は保健所に対し、書類の最終提出を行った。全ての様式に抜けや漏れがないよう、丹念にチェックし直し、担当者である和田へと手渡す。

「川島商事さんからの再申請書類、一式です。現場の改善記録も添付してあります」

和田は長い時間をかけて書類に目を通すと、頷いた。「これだけやっていただければ、営業許可の取り消しは回避できそうですね。現場指導も継続させていただきますが、信頼できる内容だと思います」

川島専務は深々と頭を下げた。「ありがとうございます。青柳先生、これも先生の尽力のおかげです」

青柳は控えめに笑った。「私たち行政書士は、単に書類を書くのが仕事ではありません。依頼者が法令を守りながら円滑に事業を続けられるよう、必要なサポートをするのが務めです。これで終わりではなく、ここからが始まりですよ」

後日、川島商事の新工場は正式に営業許可を得て操業を再開。その商品は、大手スーパーなどの棚を彩り、消費者からも高い評価を得るようになった。

青柳は事務所に戻り、机の上に置かれた次の依頼案件に目をやる。そこには、新規事業者からの農産加工場の許認可相談が並んでいた。「さあ、また新しい事例がやってくる。一つずつ着実にこなしていくだけだ」

窓の外には、初夏の陽射しが眩しく差し込んでいた。青柳はその光を背に受けながら、そっと微笑んだ。法を整え、企業を守り、社会を支える――。これこそが行政書士としての誇りだ。

(完)

 
 
 

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