波間にこぼれる音と光
- 山崎行政書士事務所
- 1月17日
- 読了時間: 5分

プロローグ:波のざわめきが始まりの合図
ここは清水港、駿河湾(するがわん)に面した豊かな港町。 井ノ宮 唯(いのみや ゆい)はまだ高校生だが、放課後に港でアルバイトをしている。貨物を運ぶ作業の手伝いや、観光案内所の片付けを任されることもある。そこにはいつも潮風と、遠くに鳴る汽笛(きてき)の音が漂っていた。 「汽笛の音を聞くたび、私は自分の居場所を思い出すんだ……」 そう心で呟(つぶや)く唯には、小さいころから“港の音”に心を揺さぶられるという不思議な感覚があった。
第一章:毎日の“音”のカレンダー
唯の通う高校は港から徒歩十分ほど。朝、教室の窓を開けると時々、湾のほうから船のエンジン音が微かに聞こえてくる。 お昼休みには海鳥が遠くで鳴き、放課後には貨物船の汽笛が夕闇へ深くとけこんでいく。 そんな生活が日々続く中で、唯は音の変化を“カレンダー”のように感じ取る。例えば“あ、今日は乗客船が多いのか、甲高いホイッスルだな”とか、“大物を積むクレーンが動き始めたか。あの機械音が聞こえると、もうすぐ日が沈む”など。 彼女はそれをノートにしたためていた。まるで日記のように、港の音を軸に日常を記録しているのだ。
第二章:ウォーターフロントの夕焼け
アルバイトの終わるころ、ウォーターフロントへ足を向けると、そこには夕暮れが広がっていた。 オレンジ色の空が広がり、海面を濡らした光が桟橋を金色に染め上げる。高いクレーンの鉄骨も、その余光に赤橙色を帯び、まるで一瞬、巨大なオブジェのように見える。 唯は思わずスマホを取り出し、シャッターを切る。音もなく広がる風景に、夕闇の気配がじわりと差し込み、そこに遠くの貨物船が汽笛を吹きあげた。 「キィイイイ……」というやや鋭い音――それを合図に浜の仕事人たちが手を止め、“今日はもう終わりだ”と口々につぶやきながら引き上げてゆく。 唯はその光景を見届けながら心が満たされるような感覚を得る。毎日の変わらないルーティンが、なぜこんなに愛おしいのだろう。
第三章:音楽フェスティバルの計画
そんなある日、高校で放課後の集まりが開かれた。どうやら港を舞台にした“音楽フェスティバル”を開催する計画が立ち上がっており、地域の若者たちが協力者を募集しているらしい。 「港の音を取り込みたいんだ。船の汽笛や波の音、それにバンドやDJの音楽がコラボしたら面白いと思わない?」 提案者の一人、**相澤 翔(あいざわ しょう)**は力強い口調で話す。彼は音楽好きのクラスメイトで、以前から唯に「港の音録(おとろく)を集めてみたい」と言っていた。 唯は即答で「やる!」と手を挙げた。いつもノートに書きとめてきた港の音を、こんな形で活かせるなんて夢のようだった。クラスメイト数人も「私たちも手伝う」「ステージを組んで客席を作るのは楽しそう」と次々に加わる。
第四章:準備の日々と仲間との絆
フェスまでの期間は短く、しかも予算は乏しい。港の管理事務所と市役所の理解を得るため、複数の申請書を作成する必要があり、翔と唯らは放課後遅くまで作業に没頭。学校の先生も顧問としてサポートしてくれる。 並行して、彼らは港の音を録音する計画を立てる。唯は自前のICレコーダーを持って、早朝や夕暮れ、夜更けなど時間を変えて港を巡り、コンテナ積み下ろしの機械音や船舶の発着音を集める。 その作業を重ねるうちに、唯は町の大人たちと顔見知りになる。「お、唯ちゃん、また録音か。今日は大物貨物が入るから、でかい音が撮れるかもよ」と情報をくれたりする。 その親切や温もりを感じるたび、彼女はこの町が好きだと改めて思う。**「この場所には心地よい音と光が満ちてるんだ」**と。
第五章:フェスの夜と汽笛のハーモニー
ついに当日、ウォーターフロントに簡易ステージが建ち、灯がともる。 学生たちの演奏やダンス、地元の漁師が録音した昔の舟歌(しゅうか)を流すコーナーなど、盛りだくさんのプログラムが一夜限りの祭りを彩る。 とりわけクライマックスは、唯が録音した“港の音ライブラリー”をBGMにして、電子音と融合させるパフォーマンスだ。波のさざめきや、巨大船の汽笛が舞台音楽となり、会場の人々は驚きながら耳を澄ませている。 「ブォォオオ……」という汽笛に合わせて演奏が重なり、港の空に焔(ほのお)を上げるファイアパフォーマンスが映える。この瞬間、夜空には無数の星が瞬き、富士山の稜線がシルエットとなる。そして光と音が港を包み込み、人々の心をひとつにつないだ。
第六章:未来への想いと旅立ち
フェスが終わって夜更け、メンバーたちは撤収作業をしながら余韻に浸る。「成功したね」と喜び合う声があちこちで聞こえる。 翔は遠くを見ながらつぶやく。「こんな風に音と港が交わる光景を作れたのは、唯のおかげだよ。ノートのデータ、すごかったな」 唯は少し照れながらも、「ううん、みんなが助けてくれたから」と笑う。港の夜風が冷たいが、心は温かかった。 夜空には港の灯りが揺れ、青い光が水面を走っていく。その向こうには、大きな外国貨物船が停泊しているのが見えた。別の世界へ続く道が、ここから始まっているのだ、と唯は思った。 誰かが「これを毎年続けようよ。港の音フェス、名物にしよう!」と盛り上がる。唯はうなずき、「そうだね。わたし、ここで光や音をずっと撮り続けたい。いつか世界に発信できるように」と。
エピローグ:朝焼けの水平線
翌朝、まだ人影のないウォーターフロントに唯が一人で立っていた。 夜が明けきる前、空は淡い紫色を帯び、東の空が薄紅に染まりはじめる。海面が鏡のようにその色を映す。遠くのコンテナ船が小さく汽笛を上げ、「ブォォ…」という音がまだ静かな町に響いた。 唯は録音機を回し、その音をそっとノートに書き留める――“5:10 AM、朝焼け、汽笛は低く長い”。そこに今日の光が重なり、瞳を開けばまた違った景色が広がっている。 “港町の音と光”――それは日常を彩る宝物であり、この場所で生きる全ての人を結びつけるものだ。唯は改めてそう感じながら、朝日を浴びるデッキを見下ろす。そこにはフェスの余韻がほんのわずかに残り、紙くずや飾りのリボンが風に吹かれている。 だけどそのリボンも、やがて新しい一日を始める風にさらわれ、光の中へ溶け込んでいく。過去の楽しかった記憶、そして未来への期待……この港町では、今日も音と光が美しく交わり、人々の夢を運んでいるのだ。
(了)





コメント