海外における能動的サイバー防御制度の比較
- 山崎行政書士事務所
- 7月26日
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米国:政府主導の攻勢的サイバー防御と制限付き民間協力
米国はサイバー分野で強大な攻撃的能力を有し、「積極的サイバー防御(Active Cyber Defense)」を国家安全保障戦略の一環として位置づけています。国家レベルでは、米サイバー軍(USCYBERCOM)やNSA(国家安全保障局)が主体となり、敵対勢力のネットワークに先制的に侵入・妨害する作戦が近年活発化しています。その代表が「持続的エンゲージメント(Persistent Engagement)」や「前方防御(Defend Forward)」と呼ばれる戦略であり、平時から相手のサイバー活動拠点に乗り込み、攻撃を自国に到達する前に封じ込める方針ですnids.mod.go.jp。例えば、2018年以降、米サイバー軍は選挙介入を試みる他国ハッカーのインフラに対する破壊工作や、海外のボットネットの無力化などを積極的に展開してきたとされます。これらは法律上、軍事作戦または諜報活動として正当化されており、2018年の国家防衛権限法(NDAA)では「武力行使に至らないサイバー作戦」を大統領の追加承認なく実行できる権限が付与されました(伝えられるところではNSPM-13による手続緩和もなされています)。このように国家レベルの枠組みでは、米国は法の許す範囲で攻勢的サイバー手段を講じている点が特徴です。
一方、民間企業の役割について米国は慎重な立場を維持しています。米国の不正アクセス関連法であるコンピュータ詐欺・不正利用防止法(CFAA, 18 USC §1030)は、日本の不正アクセス禁止法と同様に、許可なき他者システムへのアクセスを禁じていますlawfaremedia.org。したがって、被害企業が自力でハッカーに「反撃」することは米国でも原則違法であり、民間のハックバック行為は連邦犯罪となり得ます。そのため、米国企業は攻撃を受けても自社内で防御・復旧に努め、攻撃元への対処はFBIなど法執行機関に委ねるのが基本方針です。ただし米国では、この民間ハックバック禁止を緩和しようとする議論も活発です。象徴的なのが2017年以降議会に提案されている**「能動的サイバー防御確実法案(Active Cyber Defense Certainty Act, ACDC)」**で、特定条件下での被害企業による限定的な反撃をCFAA違反から除外しようとする試みですlawfaremedia.org。具体的には、盗まれたデータを削除・奪還する目的のアクセスや、攻撃者特定のためのビーコン(発信器)利用などを合法化する条項が含まれていましたlawfaremedia.orglawfaremedia.org。しかし、この法案はいまだ成立に至っておらず、民間による能動防御は現時点では法的に認められていないのが米国の現状です。
もっとも、米国では官民連携の形態が高度に発達しており、民間も間接的に能動防御に寄与しています。例えば情報共有の法的枠組みとして2015年制定のサイバーセキュリティ情報共有法(CISA)では、企業がサイバー脅威情報を政府と共有する際の民事・刑事責任を免除する規定が設けられ、企業が攻撃の痕跡データ等を積極的に提供できるようになりました。これにより政府は攻撃者のインフラや手口を把握しやすくなり、結果的に早期対策(時には国外サーバーの押収・制圧を司法令状で行う等)が可能となっています。実例として、マイクロソフト社はFBIと連携し裁判所命令を取得して、ボットネットの指令ドメインを押収・無力化する作戦を何度も成功させています。こうした司法手続きを通じた官民協力は、米国版「能動防御」の現実的手段といえます。また**ISACs(情報共有分析センター)やJCDC(Joint Cyber Defense Collaborative)**など、公的機関と業界がリアルタイムに脅威情報をやり取りし対策を協働する枠組みも整備され、民間企業は政府の積極的サイバー防御をサポートする形で重要な役割を果たしています。
まとめれば、米国では**「国家は攻撃的サイバー反撃も辞さず、一方で民間の独自行為は規制しつつ官民協調で防御力を高める」**という二層構造にあります。法制度的には、国家安全保障分野では従来の受動防御を超える大胆な作戦が容認される一方、民間レベルでは依然として法の縛りが強く、自衛的ハックバックは許されていませんlawfaremedia.org。このバランスは、誤認によるエスカレーションや第三者被害を避ける安全弁として機能している一方、強大な政府能力への依存も意味します。官民連携によってその弱点を補い、国家全体のサイバー防御力を高めている点が米国モデルの特徴です。
イスラエル:国家主導の攻防一体モデルと高度な官民エコシステム
イスラエルはサイバーセキュリティ先進国として知られ、国家による積極的サイバー作戦と民間技術力の融合が際立っています。国家レベルでは、イスラエル国防軍(IDF)の諜報部門である8200部隊などがサイバー攻撃能力を駆使し、しばしば敵対勢力への先制的サイバー攻撃を行ってきたと報じられます。その典型例が2010年頃に明るみに出たイラン核施設への「Stuxnet」ウイルス攻撃で、米国との協力によるサイバ―作戦とされています。イスラエルの国家安全保障ドクトリンは**「紛争の閾値下」における積極的防御・時に攻撃を重視しており、武力紛争に至らぬ水面下であっても敵のサイバー能力を叩く姿勢ですinterface-eu.orginterface-eu.org。加えて、イスラエル国家サイバー体制の中核組織として2016年に創設されたイスラエル国家サイバー局(INCD)**は、国内の民間部門も含めたサイバー防衛政策を統括し、重要インフラ防護や国内監視の調整役を担っていますinterface-eu.org。政府決定によりINCDには民間事業者への勧告・調整権限が与えられており、必要に応じて脆弱性対策の指示やネットワーク監視も可能となる法制度を整備してきました。ただしプライバシー保護への懸念から、INCDの権限強化法案が国内議論を呼ぶ場面もあり、イスラエルは安全保障と個人の権利とのバランスに直面していますnids.mod.go.jp。
民間企業の役割に関して、イスラエルは世界有数のサイバー産業クラスターを形成しており、民間セクターを「国家の延長」として活用する文化があります。多くのサイバー防御・攻撃技術のスタートアップ企業が、8200部隊出身者らによって起業され、政府とも密接に協力していますinterface-eu.orginterface-eu.org。政府は民間企業に対し積極的防御への自発的参加を促しており、たとえば重要インフラ企業に社内CSIRT強化や政府とのホットライン構築を義務づけ、演習も合同で実施しています。またサイバー防衛志願兵制度に類する取組みも模索されており、たとえばイスラエル国内の高度なセキュリティ技術者が有事に政府を支援できる仕組みづくりが進められています(国内法上どこまで許容されるかは今後の課題)。興味深い点として、イスラエルの国内法は原則として日本や米国同様に無権限アクセスを禁止していますがinterface-eu.org、イスラエル当局は運用面で一定のグレーゾーンを設けていると指摘されています。2015年の同国最高裁判決および2018年の司法当局ガイドラインにより、国家検事局は限定的な民間のサイバー反撃行為について起訴裁量を広く認められており、場合によっては私企業による攻撃者追跡などを黙認する余地がありますinterface-eu.org。このように法の字面上は違法でも実務上は状況次第で容認する柔軟性が、イスラエルならではの特徴といえます。
官民連携の形態は、イスラエルでは国家主導・民間駆動のエコシステムとして機能しています。INCDは官民のハブとして、重要インフラ事業者との情報共有ネットワークやCERTイスラエルを運営し、重大インシデント時には民間専門家を動員して対処する態勢を取ります。またサイバー業界そのものへの政府支援も強力で、サイバー技術研究や人材育成に国が投資する代わりに、育った技術を国家防衛に還元するサイクルが築かれていますinterface-eu.orginterface-eu.org。たとえばイスラエル企業が開発した高度なスパイウェア(NSOグループのPegasusなど)は国際的批判も招びましたがinterface-eu.org、政府は一方でそれら企業から得られる知見を自国防衛力強化に取り込んでいるともいわれます。さらにイスラエルでは、若者の多くがIDFサイバー部隊で徴兵経験を積み、その後民間に活躍の場を移すという人材循環モデルが確立しておりinterface-eu.orginterface-eu.org、これが官と民の境界を超えたサイバー強国の原動力となっています。
総じて、イスラエルは**「国家が攻撃も辞さない積極姿勢を取りつつ、民間の技術力・人材をフル動員して国家全体のサイバー防衛力を底上げする」**戦略を取っています。法制度上は基本的に民間のハックバックは禁止されているもののinterface-eu.org、実務上は国家の統制下で民間専門家が攻防の最前線に立つ仕組みがあり、官民が一体となったセキュリティ文化が根付いている点が際立ちます。
エストニア:全社会的防衛アプローチと志願型サイバー防衛隊
エストニアは2007年の大規模サイバー攻撃(政府・銀行などへのDDoS攻撃)を受けた経験から、サイバー防衛を国家存立の重要課題と捉えて先進的取り組みを行ってきた国ですmofa.go.jp。国家レベルでは、エストニアはサイバー空間を含むハイブリッド戦への備えとして**「全社会的アプローチ(Whole-of-Society)」を打ち出し、政府機関だけでなく民間企業や市民が一体となって国を守る体制を築いていますwarontherocks.com。その中心にあるのがエストニア防衛同盟(Kaitseliit)サイバー部隊という志願制のサイバー防衛ユニットです。これはエストニア国防軍の予備役組織(民兵組織)である防衛同盟内に2010年代に創設された部隊で、サイバーセキュリティの専門家やIT技術者がボランティアで参加し、有事や大規模サイバー事故の際に国家を支援するものですwarontherocks.comccdcoe.org。防衛同盟サイバー部隊の隊員は平時は民間企業で働くプロフェッショナルですが、定期的に訓練を重ね、国が必要と判断すれば重要インフラ防護やサイバーインシデント対応に従事しますccdcoe.org。エストニア国防省はこの仕組みを法的に位置付け、志願者には身元調査の上で機密情報にアクセスする権限も与え、国家の一翼として働けるようにしていますnids.mod.go.jp。このモデルは「サイバー版予備役」**とも言えるべきもので、NATO諸国や他国にも参考例として紹介されていますccdcoe.orgccdcoe.org。
民間企業の役割もエストニアでは非常に大きいです。エストニアは電子政府先進国として有名で、行政・医療・金融などあらゆるサービスがオンライン化されています。そのため民間IT企業が国家インフラ運営に深く関与しており、これら企業が自主的に高度なサイバー防御措置を講じることが国全体の安全保障に直結します。政府は2009年サイバーセキュリティ戦略以来、重要サービス提供企業に厳格なセキュリティ基準を課し、インシデント発生時の通報義務や対策義務を定めてきました。また国内の銀行・通信事業者などは自主的に合同演習を行い、DDoS攻撃対策の協力協定を結ぶなど連携を強めています。民間企業の技術者が防衛同盟サイバー部隊に所属している場合も多く、いざという時には会社の立場を超えて国家対応に参加する体制が許されています。このように、エストニアでは**「民間が日常のサイバー防衛を担い、必要に応じて市民・企業がサイバー防衛要員に早変わりする」**という柔軟なモデルが機能していますwarontherocks.comwarontherocks.com。
官民連携の形態として特筆すべきは、エストニアが国際協力や標準作りに積極的な点です。同国は2008年にタリンにNATOサイバー防衛協力センター(CCDCOE)を誘致し、自らも加盟国としてサイバー防衛の研究や演習をリードしてきましたmofa.go.jp。CCDCOEがまとめたタリン・マニュアル(国際法適用に関する文書)は、サイバー空間における主権や反撃の合法性について各国の議論の基盤となっています。エストニアはこのように**「サイバー空間の国際ルール作り」**にも積極的で、2019年には国連政府専門家会合(GGE)の議長国も務めました。官民連携という観点では、毎年開催される大規模国際演習「Locked Shields」にエストニアの官民チームが参戦し高成績を収めるなどmaruyama-mitsuhiko.cocolog-nifty.com、国内外の協働訓練を重ねることで実戦さながらの対応力を養っています。
法制度面では、エストニアはEU加盟国としてEU一般データ保護規則(GDPR)やNIS指令(ネットワーク情報セキュリティ指令)を実施しつつ、安全保障上のサイバー措置について独自立法も行っています。2018年の国家防衛法改正ではサイバー攻撃対処が国家防衛の一環に位置づけられ、平時緊急事態への政府権限を強化しました。また2018年成立の緊急事態法では、重大なサイバー事案に対し政府が民間通信インフラを統制できる規定も設けられています。これらは一見強権的ですが、エストニア国民の間では2007年攻撃の教訓から「サイバー有事には国家主導で断固対応すべき」との合意があり、官民の信頼関係がこれを支えています。
まとめると、エストニアの能動的サイバー防御は**「全員参加の防衛」**がキーワードです。法制度はそれを下支えし、志願サイバー防衛隊という独特の官民融合モデルで人材を結集していますccdcoe.org。民間主体も国家戦略の一部として扱われ、結果として限られた国家資源を最大限有効活用する能動防御態勢を築いている点で、他国にはないユニークな事例となっています。
ロシア:攻撃的サイバー戦能力と統制型パブリック・プライベート関係
ロシアはサイバー空間を伝統的な軍事・情報戦の延長として位置づけ、攻撃的なサイバー作戦を国家戦略の道具として積極的に用いてきましたstratcomcoe.org。ロシア政府は2000年代から一貫して**「情報戦(Information Confrontation)」という包括的概念を掲げており、その中にサイバー攻撃(技術的手段)と情報操作(コンテンツ戦)の両面を含めていますstratcomcoe.org。国家レベルでは、ロシア軍参謀本部情報局(GRU)や連邦保安庁(FSB)傘下の専門部隊が数多く存在し、ジョージア紛争(2008年)やウクライナ紛争(2014年以降)でのサイバー攻撃、米大統領選介入(2016年)のハッキング・リーク作戦など、数々の国家主導サイバー作戦が明らかになっていますatlanticcouncil.orgatlanticcouncil.org。これら作戦はいずれも正式な宣戦布告のない「グレーゾーン」で行われ、ロシアは一貫して関与を否定または曖昧な形を取るものの、その攻撃手法は他国の電力網破壊や情報流出、大規模な経済混乱を引き起こし得る攻勢的なものです。ロシア政府の公式文書(2016年「情報安全保障ドクトリン」など)では、サイバーを含む情報領域での主権防衛と戦略的抑止が強調され、必要なら敵対国に対する対抗措置**も辞さない姿勢が示されています。
一方、民間企業の役割に関してロシアは独特な形態をとります。ロシア国内法では他国同様に不正アクセスやサイバー犯罪を禁止する法律(2000年代の情報技術分野法改正でコンピュータ犯罪を処罰)がありますが、その実施は政治的に恣意的だと指摘されます。実際、ロシア出身のサイバー犯罪者が国外標的に攻撃を行う場合、国内では黙認・不問に付されるケースが多いと言われます。これは**「愛国的ハッカー」と称される現象で、ロシア政府が直接手を下さずとも自国のハッカー集団が西側諸国への攻撃を行い、それを政府が見て見ぬふりをする構図です。さらに進んだ例では、政府当局(FSBやGRU)が闇社会の有能なハッカーをスカウトし、自らの作戦に取り込むケースも報じられています。つまり、ロシアでは公的機関と私的サイバー犯罪組織の境界が曖昧で、半公式に民間人が国家のサイバー攻撃に参加する状況が生まれていますatlanticcouncil.orgatlanticcouncil.org。民間のIT企業についても、Kaspersky社のようなセキュリティ企業は国際的にも有名ですが、ロシア政府との関係が取り沙汰され、国外では不信感を持たれることもあります。国内では政府がこうした企業に協力を強く求めるため、企業は情報提供義務など従わざるを得ず、実質的に民間の中立性は制限**されています。
官民連携の形態は、ロシアでは国家による統制のもとに構築されています。具体的には、2018年制定の「国家重大情報インフラの保護法」により、エネルギー・金融など重要インフラ運営企業はFSBの監督下でサイバー防御対策を取る義務が課され、インシデント報告も義務化されました。また2019年に発効したいわゆる**「主権インターネット法」(インターネット分離法)では、有事にロシアを世界のインターネットから切り離す技術的枠組みが導入され、通信事業者に対して国家機関(ロスコムナドゾル)が設置する監視・フィルタリング機器の装備が義務付けられましたstratcomcoe.org。これにより、平時から国家が国内トラフィックを検閲・遮断する能力を確保しており、サイバー攻撃発生時には外部からの通信を遮断するという極端な能動防御も可能とされていますstratcomcoe.org。要するに、ロシアの官民「協力」とは名ばかりで、実態は国家が私企業を包括的に支配・利用している**状態に近いのです。民間にとっては協力というより強制に映るかもしれませんが、国家総力戦的な姿勢でサイバー空間に臨むロシアではそれも辞さないのでしょう。
総括すれば、ロシアの能動的サイバー防御(あるいは攻勢)は**「国家権力と非国家ハッカー勢力を縦横に組み合わせて目的達成を図る」**点に特徴があります。法の支配や透明性よりも実効性と秘密主義が優先され、他国の主権を顧みない攻撃を仕掛ける一方、国内では情報統制を強めて守りを固めるというアプローチですstratcomcoe.orgstratcomcoe.org。官民の関係はパートナーシップというよりも国家が全面的に主導するピラミッド型であり、西側諸国とは価値観を異にするサイバー防御観に基づいているといえるでしょう。
比較分析:枠組み・民間役割・官民連携の異同
以上概観したように、各国の能動的サイバー防御には国家の関与度合いや民間の位置づけに大きな違いがあります。日本を含む諸国の特徴を整理すると次のようになります。
国家レベルの枠組み: 米・イスラエル・ロシアはいずれも国家機関(軍・情報機関)が強力なサイバー攻撃能力を備え、必要に応じて相手国のサイバーインフラに先制措置を講じ得る体制です。米国は法制度上これを軍事作戦や諜報活動として位置付け、比較的明確な権限付与のもとに遂行していますwww2.jiia.or.jp。イスラエルは法の明文化こそ限定的ですが、安全保障ドクトリンで積極策を是認し、軍や諜報機関の裁量で攻撃的行動を取っていますinterface-eu.org。ロシアは公式には認めないものの、国家戦略としてサイバー攻撃を組み込み、しばしば大胆な作戦を実行しています。一方、日本やエストニアは専守的色彩が強く、相手国へのハッキングは国際協調下(NATOや同盟国の同意下)で慎重に検討されますmofa.go.jp。日本は2025年法で自衛隊・警察による限定的な反撃を可能としましたがnippon.com、その運用には厳しい手続と国内統制が課され、あくまで「重大な攻撃を未然防止する最終手段」として扱われます。
民間企業の役割: 民間の能動防御参加については、米・イスラエル・日本はいずれも原則禁止または慎重である点で共通しています。米国ではACDC法案などの議論はあるものの、現行では民間が自ら攻撃者にハックし返すことは違法ですlawfaremedia.org。日本も新法により民間報告義務は課しましたが、実際のハッキング行為は官に限られ、企業が自力で逆探知・無害化する道は開いていませんgsq.co.jp。イスラエルも法律上は禁止ですが、検察裁量での黙認余地が指摘される程度ですinterface-eu.org。これに対しエストニアは、民間人が志願兵という立場で国家の指揮下に加わる独自モデルを構築しましたwarontherocks.com。この違いは各国の安全保障観と国土の大きさ、人材プールにも関係します。大国である米国は官の力だけで十分対処可能と考え、一方小国エストニアは民間人を動員せざるを得ないという事情もあります。またロシアは民間ハッカーの“非公式動員”を行っていますが、それはあくまで国家の意向に沿う形で、法による統制外での参加です。日本は現状、米国型に近く民間独自行為は認めていませんが、人的資源確保という観点ではエストニア型のアプローチ(民間有志の活用)も今後検討課題となるでしょう。
官民連携の形態: 情報共有や共同対処の体制にも各国で濃淡があります。米国はCISA法整備や多数のISAC設立に見るように、民間と政府が対等に情報交換し協力する仕組みが発達しています。イスラエルもINCD主導で民間にサイバー演習や脅威インテリジェンスの共有を推進し、官民の垣根が低いです。エストニアは防衛同盟サイバー部隊に象徴されるように、官民が一体化した取り組みであり、政府とボランティア技術者が同じ作戦計画の下で動きますccdcoe.org。ロシアは官民「連携」というより官民融合(実質は国家統制)であり、民間事業者は自発的パートナーというより命令に従う従属的立場ですstratcomcoe.org。日本は新法で官民協議会や報告義務を設けて連携を強化しましたがnippon.com、まだ米イスラエルほど双方向に密接な関係が築けているとは言えません。民間企業側の人材や機密情報取扱いの体制も十分ではなく、官主導に偏る傾向があります。今後、日本が参考にできるのは米国型の法的保護を与えた情報共有(企業が安心してインシデントを報告・相談できる仕組み)や、エストニア型の人材交流制度(民間専門家に非常招集や特別参加の道を用意すること)でしょう。
以上の比較から、日本における能動的サイバー防御の今後の方向性を考える際、**「法的権限の明確化と濫用防止」「官民の信頼醸成と役割分担」「国際法規範との整合」**の3点が鍵となることが浮かび上がります。次章では、それらを踏まえた日本への具体的提言を示します。
日本への提言:法改正と制度設計の方向性
法的枠組みの更なる整備と明確化
まず、日本の能動的サイバー防御を持続的かつ実効的なものとするためには、法的枠組みのさらなる整備が欠かせません。2025年の新法成立により基本的な権限は付与されましたが、運用段階で生じる具体的な論点についてガイドライン策定や必要に応じた法改正を検討すべきです。例えば逆探知用の技術(ビーコン等)の使用要件について、現行法では明文規定がないため、防衛当局が用いる場合でもどの程度の機能まで許容されるか明確にする必要があります。米国ACDC法案ではビーコンの条件を詳細に定め、CFAA違反とならない範囲を示そうとしましたlawfaremedia.orglawfaremedia.org。日本でも同様に、攻撃者特定・追跡のためのコード埋込や偽装通信送信といった行為を、法律上どのように位置づけるか検討が求められます。具体的には、不正アクセス禁止法の適用除外規定を拡充し、「被害調査または防御のための限定的アクセス」は違法としない条項を加えることも一案です。ただしその際は悪用を防ぐ歯止め(事前許可制や事後報告の義務づけ等)もセットで設け、あくまで正当防衛的な目的に限定する必要があります。
また**「通信の秘密」規制の現代化も重要です。日本は電話時代からの厳格解釈を引きずり、ISPが攻撃兆候の技術情報さえ提供しづらい状況が続いていましたiisec.ac.jpiisec.ac.jp。有識者からも「通信の秘密」概念をインターネット時代に即して見直す提案が出されていますiisec.ac.jpiisec.ac.jp。新法では国外通信に限り非同意傍受を可能としましたがnippon.com、これだけでは国内に潜む攻撃(内部犯や在日外国人による攻撃)に対処できません。今後は、たとえば裁判所令状に基づくサイバー捜査**の拡充(通信傍受法の適用対象犯罪に高度サイバー攻撃を追加する等)や、ISPが一定条件下でリアルタイムのネットワーク監視に協力できる制度を整えることが考えられます。具体的には、攻撃検知システムをISP網内に設置しても通信の秘密侵害とならない明文化や、その運用を監視委員会が審査する仕組みを用意することです。技術的にはAIによるトラフィック異常検知やシグネチャマッチングで内容を見ずに攻撃判定する方法も可能であり、プライバシーを極力守りつつセキュリティとの調和を図る法律上の工夫が求められます。
さらに、国際法上の位置づけも国内法整備と並行して検討すべきです。日本が能動的サイバー防御で国外の攻撃源に対処する場合、相手国の同意がなければ国際法上は主権侵害となるリスクがありますwww2.jiia.or.jp。ただ、国際法には**「対抗措置」や「緊急避難」の概念があり、自衛目的で一時的に相手国の違法行為に対抗する行為は認められる可能性がありますwww2.jiia.or.jp。日本政府としては、万一やむを得ず他国領域内のサーバー等に干渉する事態に備え、国際法的正当化ロジック(例えば攻撃が武力行使に該当する場合の自衛権発動や、それ以下でも相手国が明らかにサイバー犯罪者を庇護している場合の対抗措置)を整理しておく必要がありますwww2.jiia.or.jp。加えて、そうした行為に国内法上の根拠(自衛隊法や警察法上の職務権限)を持たせるための改正も視野に入れるべきです。幸い、日本は同盟国米国や“五眼”諸国との間でサイバー防衛に関する情報共有協定を進めています。将来的には多国間で「越境サイバー作戦」に関する取り決め**を結び、相互に一定のサイバー対処行動を許容し合う(例:NATOではサイバー攻撃も集団防衛の範疇)が理想です。日本も国際ルール形成に積極的に関与し、国内法と国際法の整合性を確保しながら能動防御を展開できる体制づくりを進めるべきでしょう。
官民連携と人材活用の強化
次に、官民連携の深化と人材活用策についての提言です。能動的サイバー防御を実効あらしめるには、政府当局と民間企業・専門家との緊密な協力が不可欠です。日本の新法でも官民連携が柱とされていますがnippon.com、運用面で以下の施策が考えられます。
インシデント情報共有の迅速化: 現在、重要インフラ企業には事故報告義務が導入されましたがunitis.jp、より広範な企業との情報共有も促すべきです。米国のISACのように、業界横断的な脅威情報プラットフォームを整備し、中小企業や地方自治体も含めサイバー攻撃兆候をリアルタイム共有できる環境を作ります。これに参加する企業には、提供情報に起因する責任を免除するセーフハーバー規定を法的に与え(既存の情報提供に関する民民の守秘義務契約の制約などを緩和する法改正)、企業が安心して政府・他社と協力できるようにします。具体的にはサイバーセキュリティ基本法や経産省所管の仕組みで情報提供者保護を規定し、積極的な脅威インテリジェンス交換を後押しします。
サイバー防衛ボランティア制度の検討: エストニアの事例にならい、日本でも高度IT人材が非常時に政府支援できる制度を検討すべきですwarontherocks.com。具体案としては、自衛隊の予備自衛官制度を拡充し「サイバー予備自衛官」を新設することが挙げられますmod.go.jp。現在、自衛隊にはIT分野の予備自衛官補採用もありますが数が限られていますmod.go.jp。これを大幅に拡充し、民間のホワイトハッカーやセキュリティエンジニアを平時は予備役として登録、有事の際にはサイバー防衛出動要請できる仕組みにします。その際、平時から訓練や演習に参加してもらい技能習熟を図ることも重要ですccdcoe.org。この制度には報酬や名誉を付与し、人材の参加動機づけを行います。また民間企業にも、自社社員がサイバー予備役となることを認め推奨する企業風土を醸成するよう働きかけます(例えば経団連など産業界から協力声明を出す等)。こうした**「サイバー防衛協力隊」**のような枠組みは、国内人材不足を補い官民の信頼関係を深める効果が期待できます。
民間による能動防御サービスの監督と活用: 一部のセキュリティ企業は先端的な能動防御技術(ハニーポット運用や逆探知スクリプト等)を持っています。これら企業が独断で違法行為とならない範囲でサービス提供できるよう、政府がルール作りと認定制度を設けることも有益です。例えば「認定サイバー防御事業者」制度を創設し、一定の資格を持った企業には限定的トラップ(攻撃者識別のためのおとりシステム)設置やマルウェア無力化ツールの使用を許可する、といった案です。認定企業は事前に総務省や警察庁の審査を受け、活動ログの提出など監督下に置くことで、逸脱を防止します。こうすることで、企業は法を犯すリスクなく高度な能動防御サービスを提供でき、結果として全体の防御力が向上します。米国では前述のACDC法案でこの種の民間アクティブディフェンスに政府認可を与える構想がありましたlawfaremedia.org。日本でも公的監督下で民間の力を活用する施策として検討に値します。
人材育成とセキュリティ文化醸成: 官民連携を強固にする前提として、サイバー人材の絶対数を増やし、かつ官民間の人材交流を円滑にすることが重要ですnippon.comnippon.com。具体的には、情報セキュリティ分野の高度専門人材育成プログラム(大学院教育や奨学金制度)を拡充し、防衛・情報機関への人材供給源を広げます。また民間の著名ホワイトハッカー等を非常勤で官に招へいしアドバイザーとして活用する仕組みや、逆に官の専門家を民間企業に出向させセキュリティ責任者を経験させるプログラム等、人の交流を活発化させます。セキュリティクリアランス制度も2024年から始まりましたがnippon.com、これを官民の相互人材登用に活用し、秘密情報を扱う共同作業が可能な人材層を増やします。最終的には、日本全体で「サイバー防衛は皆の責務」という文化を醸成することが、能動的防御の正当性と持続力を支える土台となるでしょう。
国際協力とルール形成への参画
最後に、日本の能動的サイバー防御を有効に機能させるため、国際的な協力関係の構築とルール形成にも積極的に参画することを提言します。サイバー空間は国境を越えるため、一国だけで完結する能動防御には限界があります。したがって、以下のような方策が考えられます。
同盟・友好国との協調作戦: 米国や欧州などサイバー能力を持つ国々と、攻撃情報のリアルタイム共有や反撃措置の役割分担について協議します。具体的には、例えば「日本が攻撃を受けた際、攻撃元が所在する国の政府や企業に即時通報し、相手国内法に基づくテイクダウンを依頼する」といったプロトコルを事前に整備します。また場合によっては、日本が米欧の対サイバー作戦に協力参加し、共同でボットネット壊滅やハッカー逮捕を行うようなシナリオも検討されます。現在でも米欧との合同演習や捜査共助は行われていますが、これをさらに発展させ、**「法執行・軍事をまたぐ包括的サイバー防衛協力」**の枠組みを模索します。ゆくゆくはNATO CCDCOEへのオブザーバ参加や、クアッド(日米豪印)におけるサイバー作業部会での協力などもテコに、多国間での能動防御の役割共有が期待されます。
国際法規範の整備主導: 能動的サイバー防御に関する国際法上の解釈は未確立な部分が多いため、日本が外交を通じて一定の合意形成をリードすることも意義があります。例えば、国連のサイバー作業部会(OEWG)などにおいて「重大なサイバー攻撃に対する限定的反撃措置の容認」や「国家がサイバー攻撃者を自国内で放置した場合の他国による対応権」について議論を提起し、国際社会の理解を得る努力をします。タリン・マニュアルでは、攻撃者のサーバーを被害国が遠隔操作で無力化する行為は場合により違法ではないとの見解も示されていますwww2.jiia.or.jp。日本としても、それを支持・補強する形で「被害拡大防止のためのやむを得ない措置は国際法上許容され得る」との立場を表明し、同志国を募ります。こうした国際的同意が広がれば、日本が実際に能動防御措置を執った際の正当性が高まり、外交摩擦を軽減できます。
捜査共助と犯人引渡し協定の推進: 攻撃者の多くは国外に居ます。そこで、各国のサイバー犯罪捜査当局との連携強化も不可欠です。具体的には、二国間のサイバー犯罪捜査共助条約や犯人引渡し条約を拡充し、日本でのサイバー犯罪について他国が迅速に捜査・身柄引き渡しに応じる体制を整えます。例えば日本と東欧諸国との間でハッカー引渡し協定を結ぶなどの外交交渉を進めます。またインターポール(ICPO)を通じた国際手配の迅速化や、サイバー犯罪に特化した情報共有ネットワーク(24時間連絡体制の確立)にも積極的に参加します。こうした国際捜査ネットワークが機能すれば、日本国内から攻撃インフラを無力化する前に、現地で犯人逮捕・サーバー押収が実現し、結果的に能動防御と同等の効果が得られます。能動防御は必ずしも自力ハックだけを意味するのではなく、**「国際協力をフル活用して攻撃を止める」**ことも広義の能動防御と位置づけるべきです。
以上、法制度・官民連携・国際協力の観点から日本への提言を述べました。ポイントは、**「合法性の担保された機動的対応」**を追求することです。すなわち国内法でルールを明確化しつつ、民間知見も取り込み、対外的にも正当性を確保しながら迅速果断に行動できる枠組みを築くことが肝要です。
おわりに
能動的サイバー防御は、日本のサイバー安全保障政策において大きなパラダイム転換をもたらすものです。従来、防御側は攻撃を座して待つしかなく「丸腰」とも揶揄されましたjbpress.ismedia.jpが、新法整備と国際的機運の高まりにより、日本もようやく反撃の盾と矛を手にしつつあります。しかし、その運用を誤ればプライバシー侵害や外交摩擦、エスカレーションの危険もはらみますgsq.co.jpgsq.co.jp。本稿で比較した米・イスラエル・エストニア・ロシアの事例は、能動防御のあり方が一様でないことを示しました。それぞれの国情(安全保障環境、技術力、法律文化)に応じて、国家と民間の役割分担や法的コントロールの度合いが異なっています。日本はそれらを踏まえ、自国に合ったモデルを構築する必要があります。それは、おそらく米国的な法の統制とエストニア的な官民一体精神の折衷になるでしょう。幸い、日本は高い技術力を持つ民間企業と、人材熱意のあるコミュニティ(セキュリティキャンプ出身者やCTF競技者など)が存在します。政府が適切な法制度と舞台を用意すれば、彼らが存分に活躍しサイバー防衛に寄与する余地は大いにあります。
今後、法改正や制度運用の細部設計にあたっては、本稿で提示した技術的パラメータごとの適法性(逆探知の線引き、越境対処の手順など)をさらに詰め、各ステークホルダーの理解を得る努力が求められます。能動的サイバー防御が十分機能すれば、政府はサイバー空間で**「遊撃戦」**を展開でき、防御態勢は飛躍的に向上するでしょうnippon.com。それはひいては抑止効果を生み出し、「日本を攻撃しても徒労に終わる」というメッセージをサイバー空間の敵対者に送ることになりますgsq.co.jp。本稿の分析と提言が、日本の法制と運用の進化にわずかでも寄与し、現場のセキュリティエンジニアが安心して国家防衛の任を果たせる環境づくりの一助となれば幸いです。





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