海辺にさまよう木の人形
- 山崎行政書士事務所
- 1月17日
- 読了時間: 7分

第一章:奇妙な人形の噂
海霧が夜の清水港を包み込む。 ある夜、港の倉庫裏で一人の漁師が仰天する出来事を目撃したという。 「木製の人形が、ひとりで動いていたんだ……足がコツコツと音をたて、まるで意思を持つように歩いていた! あまりの気味悪さに悲鳴を上げそうになったが、気づくと姿は消えていた……」 その漁師の話を耳にした町の人々は、最初は笑い話と受け止めた。だが、同じような噂が立て続けに二、三件聞こえてくると、町には徐々に不気味な空気が漂い始める。 夜の港に現れては消えるという“木の人形”――これはただの噂なのか、それとも……?
第二章:古い木箱に眠っていた人形
真相を求め、警察ではなく探偵に依頼が入る運びとなった。 河島 正也(かわしま まさや)という民間調査員だ。地元の人の紹介で、さほど名の知られていない若い探偵だが、奇妙な事件をいくつか解決した経験を持つと噂される。 河島が調べを進める中、港の倉庫で“古びた木箱”が発見される。そこには埃(ほこり)をかぶった木製の人形が収められていた。 まだ人間の子供くらいの大きさで、複雑な関節を持つ精巧なつくり。顔は人間に近いが、無表情で少し微笑むようにも見える。 地元の老人が言うには、「昔、外国の船員が清水港に持ち込み、そのまま倉庫に放置されていた人形だ」とか、「戦中にどこかの裕福な家が寄付したが、呪われて捨てられた」など、はっきりしない伝承がいくつかあった。
第三章:人形が動く夜と、始まる怪事件
それから数日後、港周辺で人形らしき影を見たという証言がさらに増える。しかも、人形に触れた人々が次々と謎の死を遂げるという恐ろしい話が広まり、町は混乱に陥る。 第一の犠牲者は倉庫会社の職員。人形の木箱を調べてから一週間後、夜の埠頭で変死体となって見つかる。死因は心臓麻痺とされたが、遺体の周りにはかすかな木屑が散っていた。 第二の犠牲者は地元の骨董(こっとう)店主。人形を買い取ろうとしていたらしいが、彼もまた倉庫近くで血を流して倒れていた。凶器や外傷の痕跡はなく、またしても不可解な死。 警察はさほどオカルト的なものとは結びつけず、連続殺人の可能性を視野に動き出すが、決め手に欠ける。 そのなかで、探偵・河島は直感的に「これは普通の殺人事件ではない。人形がまるで動いているかのように、犯人を連続殺人に誘導しているのか、それとも……」と思い悩む。
第四章:深まる謎、そして謎の音
夜毎、港の波止場には怪しい足音が聞こえるという。コツコツ……という木と地面が擦れるような音。 ある若い漁師がこの音を追いかけてみると、遠くに人形が立っているように見えたが、霧の中へ消えたという。こんな不可解な現象が続くうち、町は恐怖に凍え、夜間の外出を避ける人が増えた。 河島が手掛かりを探すため、木箱を詳しく調査すると、その箱には「S・IRAGASHI」と刻印があった。“イラガシ”という読みを推定し、もしかして“五十嵐”という名の外国人風な書き方なのか……? そう思い至ると、何か過去に「五十嵐邸」と名のつく洋館があった話を耳にする。しかも、その洋館も奇妙な事件を抱えていたという。だが、それは真相を掴むにはまだ遠い。
第五章:人形に秘められた過去の復讐劇
さらに河島は市立図書館で古い新聞記事を検索。戦前に清水港近くで“動く人形”を巡る事件が起きたとの短い記事を発見する。 その記事によれば、ある富豪がヨーロッパから船で木製人形を取り寄せたが、謎の失踪を遂げ、その家は火災に遭い焼失――事件はうやむやになったとある。 人形を取り寄せた富豪は「五十嵐」の姓を名乗っていたという説も。河島はこれが奇妙な一致だと直感する。 すると、その後出てきた資料が衝撃的だった。**「五十嵐家の娘が人形に嫉妬し、家人を毒殺しようとした末に人形が燃えるはずが、忽然と消えた」**という噂。 あるいはその娘の怨念が人形に宿っているのか?——いかにも乱歩的幻想を呼び起こす記述があちこちに散見され、河島は背筋が寒くなる。
第六章:連続殺人の真犯人は何者か
このまま怪奇談で済ませるわけにいかない。二人の犠牲者以外にも、町で行方不明者がちらほら出始めた。一部には「人形が連れ去っている」などという馬鹿げた噂があるが、冷静に見れば人間が裏で動いている可能性が高い。 誰が人形を操っているのか? もしくは、人形そのものが仕掛けを持ち、自動で動くようになっているのか? 河島は「人形に精巧な歯車やゼンマイが仕組まれたオートマタ(自動人形)かもしれない」と予想し、倉庫を調べようとするが、既に何者かが侵入した形跡があり、木箱も消えていた。
第七章:深夜の追跡、そして倉庫街の罠
夜、河島は一人で桟橋周辺を張り込む。ほどなくして、霧が立ち込めた港に木の足音が聞こえる。コツコツ……というあの音が近づいてくる。 探偵はライトを向けるが、そこには人形らしき影が確かに動いている。しかし、その背後には一人の男が紐を操っているのをかすかに見破った。やはり人形を遠隔操作しているのか? 探偵が飛び出して追いかけるも、男は倉庫群の奥へ逃げ込み、人気のない通路に誘い込まれた。そこでトラップが仕掛けられており、河島は重いコンテナが落ちてくる寸前、辛うじて身をよじって回避。 ほとんど死にかけたが、間一髪で生き延びた彼は、男の後ろ姿を見失う。人形は通路に転がっており、その頭部が外れて内部に複雑なメカニズムが組み込まれているのを彼は目撃する。
第八章:暴かれた復讐の真相
翌日、地元警察が大規模な捜査を展開し、人形が隠されていた倉庫を見つけ出す。そこには犯人が作り上げたコントロール装置があり、無線の仕掛けで人形を操っていた痕跡が判明する。 さらに、その倉庫の奥から、数名の拉致(らち)された人物が発見される。彼らは気絶させられ、殺される一歩手前であった。間一髪、警察の突入が間に合ったのだ。 犯人はここで姿を消したが、管理人の証言から、元・五十嵐家の子孫を名乗る者だとわかる。戦後は行方不明とされていたが、久々に町へ戻り、先祖の無念を晴らすためにこの人形を用いたらしい。 捜査が進むにつれ、判明するのは、五十嵐家が過去に町から裏切られた事件があったこと。町人たちが財産を狙い、家族を陥(おとしい)れ焼き討ちにした、という逸話が闇に埋もれていた。 犯人はそれを逆恨みし、この町への壮大な復讐として、人形を使い、恐怖と殺人を演出しようとしたのだ……。
第九章:決戦—青白い人形と最後の惨劇
クライマックスは、深夜の港。犯人が最後の大仕掛けを実行しようとしているとの情報が入り、河島は走る。 倉庫地区に青いライトが点々と灯され、そこを目指して人形が動いている。まるで“見世物”のようだが、付近には結束されたガソリンタンクがあるのを河島は発見。ここを火事にして、町に甚大な被害を与えようとするつもりか? 犯人は人形のリモコンを操作しつつ、再び拉致した人質を引き連れようとする。河島は素早く人質を解放しようと奮戦し、激しい攻防の末、なんとか人形を破壊し、犯人を取り押さえる。人形は黒い燃料に引火しかけたが、間一髪で消火することに成功する。 うめき声を上げる犯人は「五十嵐家は……町に滅ぼされた……我が先祖の無念を晴らそうと……」と泣き叫ぶが、その異常な怨念はもう行き場を失っていた。
エピローグ:朝焼けに残る人形の残骸
夜が明け、清水港は静寂の中にある。警察が犯人を逮捕し、救出された人々はホッと息をつく。 港の波止場に残された人形の残骸が、朝日に照らされ、冷たい海風にさらされている。折れた手足のメカニズムがむき出しになり、そこには何とも言えない虚しさが漂う。 河島は人形の頭部を手に取り、少し呆然(ぼうぜん)とした表情になる。そこには精巧な歯車と、古い家紋の刻印があった。五十嵐家の象徴だろうか。 「……これが彼らの復讐の形だったのか。」 呟(つぶや)く探偵を尻目に、波はさざめき、町には新しい一日が始まる。住民たちは今回の事件をいつか忘れていくかもしれないが、この人形が徘徊した夜の恐怖は、しばらく語り草となるに違いない。 奇妙な人形がさまよった港町――そこには歴史の闇と人間の狂気が結びつき、悲劇を生んだ。けれど今は、ただ青空だけが広がり、海鳥が舞う平和な光景が戻っている。 江戸川乱歩的怪奇の幕引きとして、人形の空虚な眼窩(がんか)はなおも何かを訴えているかのようだったが、波の音にかき消され、やがて静かに消えていくのだった。
(了)





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