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清水の岸辺に太陽は昇る



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〔夜明けに霞む漁港〕

港の朝は、微かに紫がかった空と海とが溶けあう、その刹那(せつな)の時刻に一番美しい。**陽香(はるか)**は、まだ暗さの残る港町を散策するのが日課になっていた。魚市場の一角では早朝から競り(せり)が始まり、声を張り上げる男たちの熱気と、たちのぼる潮の香りが彼女の鼻腔(びくう)を満たす。空がやや桃色に染まりはじめる頃、陽香は防波堤(ぼうはてい)に腰かけ、ゆっくりと広がる海面(かいめん)の淡(あわ)い光に目を凝らした。静かな朝の海には儚(はかな)いものたちの姿があるように思えて――それは魚の群れか、それとも水底で眠る昔の人たちの影か。彼女にはわからない。ただ、その儚さが愛お(いと)しくて仕方ないのだ。

〔青年・修一と軍刀への憧れ〕

そんな朝の港町に、手入れの行き届いた身体(からだ)を持つ青年がいる。修一――元海軍士官の父を持ち、自らも軍の系譜(けいふ)への尊崇(そんすう)を抱いて育った。彼はヨット競技に打ち込み、真夏の日差しの中でも黙々とトレーニングを続けている。だが、その動機は単なるスポーツマンシップではない。かつて父が遺(のこ)した軍刀(ぐんとう)を彼は密かに崇(あが)めており、そこに宿る美しさと“死”の香りに惹(ひ)かれていた。**「海は戦場(せんじょう)だ」**と言い放ち、真剣(しんけん)な眼差(まなざ)しで海原(うなばら)を見つめる姿が、周囲には少し危ういものと映る。その父の影を追うように、風を読み、波を読み、ヨットを操る技術を磨き上げながらも、彼の心の底には「勝利と同時に死にたい」という、歪(いびつ)な美学が眠っている。夜の桟橋(さんばし)で軍刀を抜き、空に向かって一閃(いっせん)を走らせる姿は、ほとんど人に見られることはないが、もし見たならば血の匂いを感じるほどの張りつめた空気が漂う。

〔挑発的な声――作家・十条〕

東京から来た新進作家十条(じゅうじょう)は、何か面白いネタを探しに清水へ下りてきた。彼は観光向けの小説を書くつもりは毛頭なく、この港の政治や経済の裏側、漁協やヤクザまがいの勢力の暗部などを抉(えぐ)ろうと鼻息を荒くしている。酒場で漁師たちと交わす会話は刺激的かつ挑発的。「こんなもん、時代錯誤(じだいさくご)の街だぜ。海なんかただの漁業資源だろ?」と舌鋒(ぜっぽう)鋭く言い放ち、若者たちに「もっと反骨(はんこつ)心持てよ!」と煽(あお)る。そんな彼は、ヨットマンの修一に面白い“香り”をかぎつける。あの軍刀に宿る“狂気(きょうき)”と、“死をも辞さない美学”が、彼の作家的血を沸(わ)かせるのだ。「インタビューさせろよ、これは売れる記事になる」――しかし修一は「表に出したくない」と警戒する。二人のやりとりは火花を散らし、まるで拳(こぶし)を交わすような男の衝突(しょうとつ)が次第に生じていく。

〔朝焼けの海、陽香の見上げる光〕

夜明け、陽香は何も知らぬまま、漁港で朝市の手伝いをする。マグロやカツオを満載したトラックが行き交うが、その喧騒(けんそう)の後ろには、ぼんやりした霧が海上に立ち込めており、彼女はそこに神々(こうごう)しいまでの輝きを感じ取る。“海は残酷(ざんこく)だけれど、その冷たい光には絶対の美がある”――ふいにそう思うと、ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、心を落ち着かせる。修一が姿を現すのは、いつも朝の八時過ぎ。ヨットハーバーに向かう彼を見かけると、声をかけたい気持ちがあるが、妙に厳(おごそ)かな空気を纏(まと)う彼に近づきがたい。そのうち、彼が一瞬こちらを見て微かに微笑(ほほえ)むと、陽香の胸は切なさと喜びとで締(し)めつけられるのだ。

〔海上レース――死への疾走〕

とうとう“清水港レース”の日がやってきた。海上には幾隻ものヨットが帆(ほ)を張り、ブイを回るルートで競い合う。天候はやや荒れ気味で、風速(ふうそく)が強く、波も高い。修一はライバル艇との激しい先頭争いに身を焦がしつつ、同時に頭のなかで「もしここで沈むなら、それは死と美が一体化する至高(しこう)の舞台だ」と思い詰めている。「この海を戦場に……父の軍刀が見ている……」 彼の意識はすでに狂気(きょうき)の域(いき)に入り、身体は限界(げんかい)を超えた力を放出(ほうしゅつ)している。陸上から、真柴(ましば)がそれをカメラで追いながら言い放つ。「くだらねえ命の浪費(ろうひ)だが、これがコイツの芸術ってやつか」。街の若者たちも集まり、SNSで生配信しながら「頑張れ!」と声援(せいえん)するが、真柴はにやりと鼻で笑う――彼はこの狂乱(きょうらん)を記事にして世に突きつけるつもりなのだ。

〔クライマックス:沈みゆくヨット、真紅の海原(うなばら)〕

レースが終盤に差しかかったとき、突風(とっぷう)が走り、修一のヨットが大きく傾(かたむ)き、マストが折れかける。隣のライバル艇と衝突(しょうとつ)しかねない状況に、修一は必死に舵(かじ)を捌(さば)くが、波が容赦なく打ちつけ、艇(てい)は海中(かいちゅう)へ沈みそうになる。遠くから陽香の絶叫(ぜっきょう)が聞こえ、真柴は「あれだ、撮れ!」とばかりにカメラを向ける。周囲の観客や救助ボートが色めき立つが、修一は心のなかで奇妙な安堵(あんど)を感じている。「ここで死ぬなら、俺は最高の形で終われる」――そう呟(つぶや)くかのように、彼の目は血走(ちばし)った陶酔(とうすい)を帯びる。薄明(はくめい)の空が破れ、朝日が射(さ)すのか夕陽(ゆうひ)なのか、そこに真紅(しんく)の色が差し込み、海は一瞬“血のよう”に染まる。ヨットの白い帆が切り裂かれ、修一が海面に落ちていく――あたりは一秒にも満たない静寂(しじま)に包まれ、世界が呼吸を止めたかのようだ。

〔余韻:太陽は昇るのか、それとも――〕

瞬間の後、周囲で救助の動きが走り回る。真柴は「撮れ!今が決定的瞬間だ!」と喚(わめ)き、陽香は堤防(ていぼう)の向こうで両手を握りしめ祈りに似た姿勢を崩さない。そして波が静まったころ、修一の姿は……ここから先は誰にも分からない。生還したという者もいれば、行方不明だと噂(うわさ)する者もいる。ただ、次の朝、清水の岸辺にはいつもどおり太陽が昇(のぼ)り、マグロ水揚げの市場には活気(かっき)が戻ってくる。しかし、陽香は漁港の片隅に立って、紅色(べにいろ)に染まったように見えた海面の記憶を拭い(ぬぐ)きれない。まるであの瞬間、修一が血と海とを一つに溶(と)かし、魂だけを高く昇らせたのではないか――彼女はそんな幻想を抱かざるを得ないのだ。港の一角、真柴が執筆する記事には、**「清水の岸辺にこそ若き狂乱(きょうらん)があった」という挑発(ちょうはつ)的な見出しが踊るかもしれない。だが誰もが、それが“純粋な死”を夢見た青年の足跡(そくせき)だとは気づかないだろう。今朝も清水の岸辺は静かで、太陽は昇りゆく。けれど、この街の海には一度落ちた“死と美”**の物語が潜(ひそ)んでいて、いつかまた波間(なみま)に浮かび上がるかもしれない――。

 
 
 

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