清水の浮かぶ島
- 山崎行政書士事務所
- 1月12日
- 読了時間: 6分

第一章:浮かぶ島の噂
清水港の沖合――地元の人々が「浮かぶ島」と呼ぶ不思議な現象があると聞けば、普通はただの干潮時に見える砂州だろうと想像する。だがこの島は、満ち引きの単なる上昇下降を超え、予測不能なタイミングで海上に姿を現したり消えたりするらしい。 町の伝承では、**「その島へ辿り着いた者は清水の未来が見える」**と語られているが、科学的には根拠がない。“現れたり消えたり”なんて地質学的に正確に調べれば、単に水位や海底地形の特殊な作用とわかるはずだ——そう考えるのが普通だろう。 優香(ゆうか)も、そう思う一人だった。大学院で地質学を研究する彼女は、指導教授からこの浮かぶ島の謎を調べるように言われ、半信半疑で清水港を訪れることになる。「どうせ珍しい海底の構造があるんでしょ。それか単なる神話じみた観光PRだろう」——そんな軽い興味が始まりだった。
第二章:最初の調査と奇妙な感触
晴れた午後、優香はレンタルボートで沖合の座標へ向かう。町の人いわく、「あの辺りに突然島が現れるんだ」。GPSを頼りに目星をつけて探すが、海面はただ穏やかな波が揺れているだけ。 いくつか観測器を下ろして海底の様子をチェックしてみると、どうもこの区域だけ微妙に岩盤が隆起しているようなデータが得られる。しかし、要因は分からず、まだ一度の調査では何も言えない。 ただ、帰り際に不思議な感覚を覚える。まるで海面下で大きなものが息づき、時を待っているような錯覚だ。**「科学者がこんな幻想を抱くなんて」**と苦笑しながらボートを戻す優香だが、胸の奥に微かなざわめきが残った。
第三章:島と伝承を追う
翌日、優香は地元の図書館や民俗資料館を回り、この“浮かぶ島”にまつわる記述を探す。すると江戸末期の古文書に、**「清水の沖に浮かぶ島、そこを踏む者は清水の末路を知る」**という文が出てくる。 さらに明治期にも、数回だけ“島に上陸した漁師が見た幻”が記録されている。彼は「将来、清水に大きな災害が訪れる」と言いふらしたとか……。当時は戯言扱いされ、彼は船を捨てて出奔したらしい。 「災害の予言? 未来を見る? それはやっぱりおとぎ話だろう」と優香は思いつつも、あまりの資料の一致に背筋が寒くなる。もしこの島が、過去から繰り返し出現し、何かしらの警告をもたらしてきたとすれば……?
第四章:謎の人物との遭遇
港町を散策していると、**「最近、島を追っているのはあなただね」と声をかけられる。振り向けば、黒いコートを纏った中年男性が不敵な笑みを浮かべていた。 彼は名乗らず、ただ「浮かぶ島には、まだ知られていない機能がある」と言う。まるでこの島が“仕掛け”そのものであるかのような口ぶりだ。しかも、「あれは過去の災害を記録し、未来を警告するために海底から現れる“記録装置”なのだよ」と意味深な言葉を残して去っていく。 優香は唖然としつつ、彼が何を根拠にそんな話をするのか知りたいが、問い返す間も与えられず、男は路地に消える。「記録装置……?」**科学者の優香の思考回路が騒然とする。自然現象を説明するために“記録装置”という言葉は突飛だが、どこか彼の言葉には妙に説得力が含まれていた。
第五章:過去に起きた災害
再度、町の資料を当たると、明治中期に清水を襲った地震と津波の被害が大きく記録されているのを発見する。死者行方不明が多数出たが、そうした大災害のあとに“浮かぶ島”が現れたという記述が幾度となく出現する。 「つまり、この島は大きな災害があった後にも姿を見せ、さらに未来の災害を暗示する……?」と推測が膨らむが、優香には理解しがたい。 しかしその男が言った“記録装置”という言葉が頭に残る。もし海底に特殊な地質や構造があり、地震や地殻変動を感知して浮かび上がるような仕組みが存在するとすれば……あるいは人工的なもの? 誰がそんな巨大なものを作ったのか? いずれも現実離れしすぎている。
第六章:島の出現
ある満月の晩、突如として“浮かぶ島”の目撃情報がネットやSNSに溢れかえる。多くの住民が沖合に白い形が見えたと投稿し、さらに一部の漁師が**「夜釣りの最中、島がせりあがるように出てきた」と興奮気味に語っている。 優香は大急ぎでボートを手配し、海へ向かうが波が荒く、夜の海は危険だと止められる。それでも意を決して沖へ向かうと、遠方に薄青い影が確かに浮かんでいるのが見える。まるで小さな丘のような形状。 近づくにつれ、船底を揺らす奇妙な反響が聞こえてきて、海面から何かの岩が突き出している。胸が高鳴るが、荒波に阻まれ、すぐには上陸できない。結局、夜が明ける前に島は再び海中へ沈み始め、優香は引き返すしかなかった。 しかし、その一瞬で見た岩肌に、何やら人為的な刻印らしき模様が見えた。「誰かが意図的に作った痕跡?」**——彼女の科学的思考は混乱を深めるばかりだ。
第七章:未来への警鐘
翌朝、優香が今回の調査結果をまとめる中で、謎の中年男性が再び現れる。「あなたも気づいただろう。あれは先人が残した警告だ。災害が近づくと、あの島は浮かび上がる。港や町に警鐘を鳴らすために、遥か昔から作られた“仕掛け”なんだ」 彼は言う。「地質学で全てを解明しようとしてもいい。だが、先人の意図はそれだけじゃない。災害を思い出し、未来を守ろうとする祈りの装置でもあるんだ。あなたたちはそのメッセージを受け取るかどうか、選ぶことになる……」 そう言い残すと、男は港の雑踏に紛れ消えていく。優香は立ち尽くし、思考が駆け巡る。**「もし本当に、島が災害を予告するために出現するなら、私たちはどう行動すべき?」と。 結局、島の存在を完全に否定する根拠は見つからず、逆に町の人々もSNSでの騒ぎをきっかけに“大地震か津波が来るのでは”と警戒を高める。「デマかもしれないが、備えるに越したことはない」**と防災意識が盛り上がるのは、悪いことではなさそうだ。
最終的に、優香は学会で報告をまとめながらも、「科学的な説明には限度がある」と自身の論文に書き添える。「あの島は、地質学の概念を超えた何か——先人が未来へ託したメッセージといえるのかもしれない」。 清水港に立つと、潮風が静かに吹き抜ける。彼女は遠くに富士山を望みながら、**「次に島が現れるときが、もし大きな災害の前兆だとしたら……」と胸をざわつかせる。しかし同時に、町の人々が一致して防災を考えるなら、あの島の出現は意味を持つかもしれないと思う。 こうして、「浮かぶ島」**は再びその姿を海中に隠し、町は未来への一抹の不安を抱えながらも歩み続ける。優香は、町がこの“記録装置”をどう受け止めるか、これからの行方を見守るのだった。





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