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清水の風鈴

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 5分

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第一章:夏祭りの夜風と風鈴

 清水の夏は、海からの潮風にまぎれて、どこか懐かしい匂いを運んでくる。その海辺の町では毎年、町全体がカラフルな提灯と屋台で彩られる夏祭りが行われる。人々は浴衣を着て商店街をそぞろ歩き、射的や金魚すくいを楽しむ。 その祭りのハイライトの一つが、手作り風鈴の市だ。地元の職人や若いアーティストがガラスや陶器で作った風鈴を並べ、その涼しげな音をふりまく。夜風に響く一つ一つの音色が、暑い夏をほんの少し和ませる。

 高校を卒業して以来、この町から離れていた絵里は久々に帰省し、祭りを訪れた。鮮やかな光景に心がときめきながら、彼女の耳に飛び込んできたのは、ひときわ澄んだ風鈴の音色。 「こんな音色、初めてかも……」 そう思った瞬間、耳の奥でチリンという透明な響きが重なり、なぜか昔のことがふっと頭に浮かぶ。子供の頃、祖母と一緒に清水の夏祭りを歩いた光景が思い出され、胸がじわっと温かくなる。 実は彼女が持っている風鈴こそ、**「音色が人の記憶を呼び起こす」**という不思議な伝説をもつ特別な風鈴――祖母の形見でもあった。

第二章:祖母から受け継いだ風鈴

 絵里が清水を出てからもう何年経っただろう。祖母は自分が大学に入った年に亡くなり、その直後にこの風鈴を形見として残してくれたのだ。見た目はシンプルなガラス玉に薄緑色の模様が描かれているだけ。でも、振るとまるで波打ち際のさざめきのような音色がする。 その風鈴を祭りに持ってきたのは、何かの拍子に“祖母が残した言葉”を思い出せる気がしたから。実際、久々に音を鳴らしてみると、幼少期の夏休み、祖母に連れられて訪ねた浜辺や夜の屋台のにぎわいが頭の中を駆け巡る。 「絵里、この風鈴はね、不思議な力があるんだよ」と祖母は言っていた。けれどその言葉の本当の意味は、幼い頃の絵里には曖昧だった。今になって考えると、祖母はただの迷信を信じる人ではなかったはず。音色が記憶を紡ぐ――そんなにわかには信じがたい話が、どうも本当らしい。

第三章:忘れていた記憶たち

 祭りの賑わいが落ち着いた夜、絵里は祖母の家で風鈴をテーブルに置き、その微かな音に耳を澄ます。すると胸がかすかに締め付けられるように痛み、まるで扉の奥に眠っていた記憶が目を覚まし始めるような感覚に襲われる。 ある夏の日の夕方、祖母と並んで歩いた埠頭。打ち上げ花火が遠くに見えて、祖母の手を握りしめる子供だった自分の姿。 その情景がまざまざと浮かぶと、なぜか涙がにじむ。 どうやら祖母は、“家族の時間”という宝物を風鈴に託したのかもしれない。そこには祖父や両親もいた頃の、にぎやかだった家族の思い出。けれども、いつの間にかバラバラになってしまった家族の姿が浮かび、絵里は静かな苦しみを感じる。 しかし同時に、**「もしかして、この風鈴に導かれるように、家族の絆を取り戻すことができるかもしれない」**という小さな希望も湧いてくる。

第四章:祭りの準備と思い出の声

 翌日、絵里は町の人々が夏祭りの準備を手伝う姿を眺めながら、声をかけられる。「あら、絵里ちゃん。久しぶりじゃないの。お祖母さんの風鈴、まだ大事にしてるのね」 そう言うのは祖母の友人だった老婆。彼女は祖母と共に昔、風鈴づくりを学んでいたとか。**「あの風鈴は特別なガラスから作られていて、音がとても澄んでいるんだよ」と穏やかに説明してくれる。 さらに、祖母があの風鈴に込めた願いは「家族の幸せ」であり、「もし絵里ちゃんが家族を思い出さないまま大人になってしまったら、きっと祖母さんは寂しがるわね」**と微笑む。 胸にズキリとくる言葉だ。絵里は故郷を離れた生活が長く、家族とも疎遠になりつつある。祖母がそれを恐れて、この風鈴を遺してくれたのでは……と考えると、何故もっと早く思いを汲み取れなかったのかと、軽い後悔が湧き上がる。

第五章:夜の音色が呼ぶ記憶

 その夜、再び絵里は静まった裏庭で風鈴を鳴らしてみる。チリン、チリンという音に混じって、記憶が鮮やかに呼び覚まされていく――家族全員で囲んだ食卓の笑い声、祖母がカラッと揚げた天ぷらの香り、父が冗談を言って母が笑う姿。 大人になってから家族と少しずつ距離ができ、母も海外に住み、父は転勤で遠方に行き、姉は結婚して東京へ引っ越した。いつの間にか絵里だけが故郷からも家族からも遠ざかっていた。 「そうだ、祖母はいつも言ってた。『風鈴を鳴らすと家族の笑顔を思い出すだろう?』って……」 それが形だけの言葉ではなかったと、いま実感する。音が隙間だらけの心を満たしていくようで、うっかり泣きそうになる。

第六章:祖母のメッセージ

 翌日、祭りの日がやってきて、町は華やかに飾られ、屋台が並ぶ。絵里は手作りの短冊を用意して、そこに**「また家族みんなで、この町に集まれますように」と一言書く。 こうして風鈴に願いをかけるのは子どものころ以来だが、祖母がいつもそうしていたのを思い出す。きっと祖母は、家族がいつか再会する未来を信じ続けていたのだろう。その思いを絵里にも託したかったに違いない。 夜になると、境内の縁日には風鈴屋台が並び、カラフルなガラス玉が提灯の光を受けてきらきらと輝く。風が吹くたびにチリン、チリン**と一斉に音が響き、まるで天の川を思わせる清涼感を放つ。

第七章:再会の兆し

 その夜の祭りの中、絵里は思いがけず姉から電話をもらう。「久しぶりに母たちと相談して、近々清水の実家に集まろうって話になったの。あなたもいるんでしょう? 久々にみんな揃うのはどう?」 突然の出来事に驚きながらも、絵里は嬉しくて言葉が出ない。風鈴の音が自分だけでなく、家族の心にも届いたような、不思議な感覚に包まれる。 「いいね、そうしよう。お祖母ちゃんの家で待ってるから……」 電話を切り、肩の力がふっと抜けると、祭りの夜風が頬をさらりと撫でていく。風鈴屋台のコーナーで、子どもたちが音色に耳を澄ませて笑っている姿が目に入り、絵里も思わず微笑む。 「祖母が紡いでくれた記憶が、きっと私たちをまた一つにしてくれるんだろう」――そんな確信が湧く。

 その夜、無数の風鈴が祭りの空に音を重ね、星空に向かって昇っていくように感じられた。絵里の胸には、忘れかけていた家族への思いがゆっくりと形を成し、遠く海外や他の町で暮らす家族へ、そっと呼びかける。 「やがて、またみんなで笑い合える日が来る」――そう信じて、風鈴の音に耳を澄ませる絵里は、微かに祖母の声を聞いた気がした。「よかったね。これで、家族はまたひとつになれるわ……」

 
 
 

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