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狭間の工場 — 中小企業サイバー対応長編(山崎行政書士事務所・現場小説)

止める/伝える/回す。中小企業では、この三つを同時にやるしかない。完璧な設計より、今の三分だ。—— 律斗

プロローグ|05:52

土曜の朝。静岡市の郊外、川瀬金属工業(従業員52名)の工場に、フォークリフトの逆流音が響く。社長の川瀬晴海(かわせ・はるみ)は、暗い食堂の自販機で缶コーヒーを買い、出荷管理のPCに顔を近づけた。

Your files are locked.支払いは72時間以内。交渉はここに——

画面の赤は、板金用の油の匂いより生々しかった。NASの共有フォルダは開かない。受注表のExcelも、BOM(部品表)も、曲げ加工のベンダー設定のファイルも、拡張子の最後に見たことのない記号が付いていた。

「……麻衣、起きてるか?」スマホの向こうで、経理兼CFOの川瀬麻衣(社長の長女)が短く息を飲む。

給与の振込データ、月曜の朝一です。止まります。」「山崎さんに電話しよう。あの行政書士のチーム。」

第一章|ウォールーム、シャッターの内側(06:29–08:40)

06:29シャッターを半分だけ開けた工場の会議室に、山崎行政書士事務所のチームが滑り込む。先頭は律斗、隣にりな(法務)、ふみか(広報)、蓮斗(可視化)、奏汰(運用)、陽翔(現場支援)、悠真(調査)。

ホワイトボードに三行。

止める/伝える/回す

律斗「社長、ここでの約束は三つです。」

  1. 止める暗号化の進行止めるため、電源を抜く順番を指定します。

  2. 伝える三文で現状を社内・主要取引先へ伝えます。電話が先、メールは後。

  3. 回す出荷給与止めないための紙運用復旧の順番を今決めます。

川瀬は頷いた。指が少し震えている。「やってください。」

06:42奏汰が工場のフロア図に赤ペンを走らせる。「隔離線はここ。事務所LAN工場LAN物理で切る。スイッチの上段と下段上段だけ生かす。」陽翔が現場に走り、LANケーブルを一本ずつ抜く。油の付いた指で、青いクリップを押し込む。順番を間違えると、曲げ機のモニタまで落ちる。

06:57蓮斗がNASの前に立つ。「RAIDは生きてる。だけど共有は暗いスナップショットの履歴は……七日前で止まってる。」麻衣が顔を上げる。「USBの外付け、昨日は交換してませんいつも金曜の午後なんですが——」

戻れる線七日前給与の振込データは、昨日の更新。給与だけ別ルートで守る。」律斗。

07:05悠真が壁のホワイトボードにタイムラインを作る。

  • 05:52 画面に脅迫表示

  • 06:29 ウォールーム設置

  • 06:42 物理分離開始

  • 07:20 給与データ退避(優先)

  • 08:10 受注表紙印刷(残っていれば)

りな「給与は人の血遅れ会社の信用に直結します。金融機関への電話を先に。振込の遅延があっても手数料を飲んで当日扱いにできるか、確認します。」

07:18ふみかが三文の原稿を置く。「社長、読み上げてください。」

現状:工場のファイル保存領域に不審な暗号化を確認。安全確保のためネットワークを区分しました。 対応出荷は紙運用に切替、給与振込別系統で確保します。 お願い支払い先変更などメールだけの依頼は無効です。必ず電話での確認を。

正午一次報17時二次報時刻を書きます。」りなが赤で線を引く。「不安に期限を。」

07:27工場の事務机。麻衣は給与振込ソフトのアイコンを見つめる。「このPCも暗号化の対象かもしれない。」奏汰が頷く。「オフラインで立ち上げる。USBエクスポート会計事務所安全な回線を使って、銀行入れる。」

USBに入れた後、封筒に入れて社長と二人で持つ。」りな。「二名承認口頭復唱法律の線はここです。」

07:50出荷チームが集まる。現場長の石野が手を挙げる。「でいけるのは三時間が限界です。ラベル印刷が死ぬと、誤出荷が——」

陽翔「ラベル単独PC浮島にして生かすネットワーク切ったままUSB経由CSVだけ渡す。」「遅いけど確実。」石野はうなずいた。「やります。」

08:10プリンタが紙を吐く。昨晩の受注分だけは、モバイルのPDFに残っていた。薄い印刷の表に、油の指が重なる。川瀬は深呼吸を一度。やれることが見え始めた。

08:40工場の非常ベルではなく、外のトラックバック音が鳴った。会社は動く暗号化の表示の裏で、回す

第二章|町のIT・坂井電算(09:05–12:30)

09:05坂井電算さん、連絡が取れました。」麻衣が顔を上げる。町のIT屋、坂井(50代)。RMM(遠隔管理)の小さな管理画面赤点が並ぶ。

坂井「金曜の夕方CADのアドインが動かないって言われて、ウイルス対策一時停止したんですよ。十分だけのつもりで……そのまま戻し忘れたPCが一台。」会議室の空気が一度止まる。律斗は責めない。「情報ありがとう責任の追及。今は止める。」

悠真が坂井の画面を覗く。「RDPが空いてる。転送ポート外に出てます。」坂井は顔を赤くする。「工場の制御機が古くて、どうしても。」りなが静かに言う。「古さじゃない。例外には期限を。期限が過ぎた例外恒常的な弱点です。」

09:33金融機関から折り返し。『給与振込当日扱いの臨時枠で対応可。手数料二倍社長決裁を。』川瀬は迷わず言う。「やってください。」

10:05ふみかが主要取引先15社電話スクリプトを渡す。

  • 現状暗号化を確認。出荷で継続。

  • お願い支払い先の変更依頼無効電話確認を。

  • 約束正午一次報17時二次報

営業の若手が言う。「怒られます。」ふみかは頷く。「怒り不安言い換え短く同じ言葉繰り返す時刻を入れる。」

10:38NASの中で動いている何か止まる。奏汰がスイッチ小さなLEDを見詰める。「進行は収束落ちなかった端末27台暗号化されたのはServers: 2 / PCs: 19 / 共有: 1。」蓮斗が数字四つだけ掲げる。

  • MTTD(検知まで):58分

  • 一次封じ込め2時間11分

  • 出荷継続率60%→正午80%(見込み)

  • 給与の確保当日扱い手配

取締役会はないけど、社長の頭の中は取締役会。」りなが小さく笑う。「数字安心の形。」

11:20坂井が机を握りしめる。「社長、僕のせいです。」川瀬は首を振る。「坂井さん、うちの現場金曜の夕方無茶を言う。僕の責任でもある。」律斗「誰のせいかより、どこまで戻るかだ。七日前限界給与だけは昨日に戻す。受注モバイル履歴から補完BOM図面から再入力部門ごと戻し担当決める。」

11:58正午報の配信準備。ふみかが原稿を読み上げ、りなが**“確認”“可能性”別段**に直す。

事実:工場内のファイル領域で暗号化を確認。ネットワーク区分により進行を封じ込め影響出荷紙運用で継続、遅延平均50分給与振込当日枠で確保。 連絡支払い先変更無効電話確認を。17時に二次報。

川瀬は社内チャット自分の言葉で短く添える。

「責めるために止めたのではない。守るために止めた。」

12:30食堂コンビニの弁当が並ぶ。湯気はない。けれど、食べる人がいることが会社の証拠だ。

第三章|紙で回す午後、油の指と数字の行(13:10–18:20)

13:10ラベル印刷孤島PCで復活。USBで渡したCSV一枚ずつ吐かれる。石野「遅ぇ! でも間違えない。」陽翔「遅いけど確実今日はそれ。」

14:05悠真がログを追う。「最初の侵入一週間前。RDPブルート同じID何度も金曜の20:12権限昇格。」りなはノート二本線

  • 確認:侵入経路は外部RDP開放ウイルス対策停止重なり

  • 可能性個人情報の第三者提供未確認継続調査

報告書の骨組みは今作る72時間月曜の朝からカウント。」りなはPPC(個人情報保護委員会)と取引先への連絡ライン二枚に分ける。混ぜない混ぜると時間が溶ける

15:22脅迫サイトタイマーが回る。00:00:00に向けて刻む。ふみかは顧客向けQ&Aを配る。

  • 身代金払いません

  • 警察連携中

  • 連絡正午/17時更新言い切り暴力ではない。不安に終わりを与える。

16:10出荷レーン三番再開トラックゆっくり動く。蓮斗が可視化の四つの数字を更新する。

  • 出荷継続率80%

  • 遅延平均43分 → 28分

  • 給与確保完了

  • 暗号化の進行停止(確認)

律斗「17時二次報で**“回っている”言う**。**“勝った”**とは言わない。」

17:00二次報

封じ込め進行停止。工場LANは区分を維持。 出荷:レーン3/4再開、遅延28分給与当日枠で実行、完了予定。 日曜復旧作業月曜朝に**通常出荷80%**目標。

18:20蛍光灯が一本、チカチカする。誰も替えない時間そこにはない。

第四章|夜の復旧、安い椅子と高い判断(19:10–02:40)

19:10NASスナップショットから七日前BOMを戻す。差分図面現場の記憶埋める。麻衣は指先紙の粉を付けて、番号打ち直す。「間違えてない?」石野「お前の手油の匂いがする。大丈夫だ。」

20:55坂井が椅子にもたれる。「更新契約切れてたんです。UTMのライセンス221日前に。」川瀬は沈黙のあと、小さく言った。「払うよ、今夜言ってくれれば良かった。」りな「伝えられないのは伝える仕組み欠陥責任共有再発防止人を責めない文章で。」

22:08悠真が一本を切る。外向けRDP閉じVPN仮運用を上げる。ID二要素期限72時間。「仮の線期限を。常設になると、また同じ夜が来る。」

23:40ふみかが社内向けに**“おやすみ報”**を流す。

出荷夜間停止誤出荷防止復旧NAS差分手作業継続。 お願い脅迫メール転送禁止スクショ広報へ

00:15脅迫タイマーゼロになる。何も起きない。りな「時間味方にもにもなる。見ない勇気。」

01:20奏汰が孤島PC電源を落とし、深く息を吐く。「回った回った。」律斗は頷かない頷くのは月曜の午前だ。

02:40会議室片隅白い猫のマスコットが置かれる。やまにゃん。しっぽのUSB Type‑Cが、非常灯を拾う。札には、誰か手書きでこうある。

「遅いけど確実。」

第五章|月曜の朝、小さな勝負(06:30–12:10)

06:30月曜。工場の空気冷たい来る前静けさは、稼ぐ準備だ。蓮斗の四つの数字が更新される。

  • 出荷予定通常比82%

  • 給与全員着金見込み

  • 遅延目標25分

  • 復旧率(BOM/図面)67%

07:15銀行から着電。『着金全員確認。』麻衣が笑う赤い

08:05ラベル印刷本番に戻る。孤島から半島へ。陽翔が現場短く言う。「復唱続ける二名承認も。」

09:10クレーム二件入る。営業「遅い!」と怒鳴られる。ふみかが電話代わる。「遅らせたのは、守るためです。正午状況を——」“正午”という時刻は、相手の呼吸整える

10:40坂井請求書を出す。UTM更新VPN機器作業工数。川瀬は数字で囲む。「払う。でも条件付ける例外に期限二要素復旧手順文書“金曜の夕方”のルール一枚に。」りな「合意書私が書く。**“言い切り”**で。」

12:10正午報

回復出荷82%遅延平均23分給与全員着金72時間報告ライン継続、可能性未確認夕刻、**復旧率90%**目標。

拍手ないでもため息軽くなった。

第六章|ポストモーテム、安堵と責任(木曜 17:00)

四日後。会議室にパネルが立つ。ポストモーテム。スクリーンには三つの列

  1. 現場(出荷・製造・経理)

  2. 規制(72時間・PPC)

  3. 経営(信用・費用)

蓮斗が数字を読み上げる。

  • MTTD58分 → 21分(改善後)

  • 一次封じ込め2h11m → 1h05m(練度向上)

  • 出荷目標達成率初日82%/二日目95%

  • 例外期限遵守67% → 96%

りなは原則三行で貼る。

  • 言い切る事実可能性混ぜない

  • 期限を付ける例外時間管理

  • 二重に確かめるメールだけを信用しない

坂井が小さく頭を下げる。「僕の現場甘かった。」川瀬は前を見て言う。「“金曜の夕方”を守る仕組みがなかった。僕の責任だ。」ふみか「短期仕組み長期文章にしてに貼る。」

やまにゃんの札が増える

「メールだけなら、まだ半分。電話で、ほんもの。」「遅いけど確実。」「例外には期限。」

笑いが生まれ、疲労ほどける会社は、細いけれど強い線でつながり直した

終章|狭間を渡る

土曜の朝、先週と同じ自販機の前。川瀬が缶コーヒーを買う。薄い甘さ画面にはもうはない。コマンド消えた代わりにプリンタを吐き、フォークリフト荷台押す仕事がある。給料が出る。文書が残る。約束が守られる。

中小企業完璧な城はない。でも、三分で作れる堤防はある。止める/伝える/回す。遅いけど確実。例外には期限。その小さな言い切りが、見えない夜渡す橋になる。

川瀬は握りシャッター上げる匂い広がり入ってくる狭間はまだある。けれど、渡り方もう知っている

——

付録(壁に貼られたメモ/川瀬金属工業)

  • 緊急時三文(社内/社外)

    1. 現状(確認した事実だけ)

    2. 対応(止める・回す・伝える)

    3. 時刻(次の報告予定を必ず入れる)

  • “金曜の夕方”ルール

    • ウイルス対策の例外最長2時間自動復帰

    • RDP外向け禁止VPN+二要素のみ。

    • 作業は二名承認ログ翌営業日レビュー

  • 指標(毎週)

    • MTTD/MTTR

    • 例外期限遵守率

    • 主要出荷の遅延平均

    • 給与準備のリードタイム

  • 合言葉

    • 「遅いけど確実。」

    • 「メールだけなら、まだ半分。」

    • 「例外には期限。」

(この物語はフィクションですが、描写・会話・数字の多くは中小企業の現場感に基づき、具体的な“攻撃手順”の開示は避けています。必要なのは止める判断言い切る言葉回す運用、そして例外に期限です。)

 
 
 

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