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用宗の波打ち際で、私はちゃんと嫌われた

 私は、人に嫌われるのが怖い。 怖いくせに、嫌われるための努力ばかりしている。これを「努力」と言ってしまうところが、すでに嫌われる性格である。ほんとうは努力などしていない。ただ、余計なことを言って、余計な顔をして、余計な沈黙を守って、そして最後に「誤解だよ」と言う。誤解だよ、と言えば、まるで私が被害者みたいに聞こえるからだ。私は被害者の仮面が大好きだ。被害者の仮面をつけている間は、加害者である自分を見ないで済む。

 用宗へ行ったのは、その晩、私が自分の顔にうんざりしていたからである。 静岡の街の灯りの下で歩いていると、ショーウィンドウに映る自分の横顔が、ひどく卑怯に見える。卑怯に見えるくせに、私は横顔の角度を少し変えて、「あ、今の角度ならまだ人間に見える」などとやる。私は自分を嫌うことさえ、芝居にしてしまう。

 用宗は、海が近い。近いという言葉が、私には危険だ。近いものほど、逃げられない。私は逃げるために海へ行くのに、海が近い場所へ行くと、逃げ道がなくなる。逃げ道がなくなると、人間はどうするか。 ――ちゃんとする。 私にとって「ちゃんとする」は、もはや怪談である。

 駅で降りると、空気が変わった。塩の匂い。魚の匂い。濡れた縄の匂い。鉄の匂い。匂いが多いと、言い訳が少し黙る。言い訳は、室内でよく育つ。港の匂いは、言い訳の肺を塞ぐ。

 私は、スマホを見た。 見る必要などないのに見る。私が景色を見ないために、文明を総動員する癖は、日本平で富士を見なかったときから少しも直っていない。画面には短い通知が一つあった。

 「今、堤防のところ。来るなら早めに。」

 送ってきたのは、綾子だった。 綾子という名前を書いただけで、私はもう恥ずかしい。恋愛の恥ずかしさではない。私が「誰かに呼ばれる」ことの恥ずかしさである。呼ばれる資格があるかどうか分からない人間が、呼ばれると、すぐに心が汚れる。汚れるというのは、喜びと恐れが同時に出て、どちらにもなれず、ぐちゃぐちゃになるという意味だ。

 綾子とは、昔、ほんの少し仲が良かった。 仲が良かった、という言い方も、私が自分を守るための言い換えである。本当は、私は綾子に好かれたかった。好かれたかったが、好かれるほどの用意がなかった。用意がないのに好かれたがるから、私はいつも「いい人」のふりをして失敗する。いい人のふりは、だいたい一週間で腐る。

 堤防へ向かう途中、用宗の波の音が聞こえた。 しゅ、しゅ。 海は、いつも正しい拍子で息をしている。正しい拍子を聞くと、私は腹が立つ。私は正しい拍子に合わせられないからだ。合わせられないくせに、合わせたい。合わせたいくせに、合わせると負けた気がする。私の中には、いつも幼稚な勝負がある。誰と勝負しているのか分からない勝負だ。

 堤防の先に、綾子はいた。 夜の港の灯りに照らされて、顔が少し青く見えた。髪を束ねていて、首筋が寒そうだった。私はその首筋を見て、なぜだか胸が痛んだ。痛んだのに、私は痛んだ顔をしない。痛んだ顔をすると、綾子に「優しい人」だと思われてしまうからだ。優しい人だと思われると、私はそれを利用する。利用する自分が嫌だから、最初から優しい顔をしない。こういうのを、意地とか節度とか言う人もいるだろうが、ただの臆病である。

 綾子の隣には、男がいた。 背が高く、作業着のような上着を着て、煙草を吸っている。港の男らしい、無駄のない立ち方だ。私はこの「無駄のなさ」に、いつも負ける。私は無駄だらけで生きているからだ。無駄があるから詩を書く。詩を書くから借金が増える。借金が増えるから港へ逃げる。港へ逃げるから、また無駄な比喩を作る。人生が循環している。循環しているが、ちっともきれいではない。

 綾子が私を見て言った。

「来たんだ」

 来たんだ、という言い方が、私には刺さる。 来たなら何かをしろ、と言われている気がするからだ。

「うん。……たまたま近くまで」

 私は、出た。「たまたま」。 私は「たまたま」が好きだ。責任が薄くなるからだ。だが「たまたま」で来られる距離に、綾子がいるという事実だけは、責任を濃くする。私は言葉で責任を薄めようとして、現実で濃くされる。

 綾子は、隣の男をちらりと見て、言った。

「武田。昔話してた幹夫」

 男――武田は、煙草を口の端で噛んだまま、軽く会釈した。 会釈が軽い。軽いのに、礼儀がある。私はこういう会釈ができない。私は会釈する前に、相手に好かれる角度を考えてしまう。考えてしまうから、会釈が遅れる。遅れる会釈は、だいたい気味が悪い。

「どうも」

 私は言って、すぐ後悔した。「どうも」は便利だが、便利すぎて、私の正体が薄くなる。

 綾子は海の方を見た。 波が暗くうねっていて、沖の灯が、ゆらゆら揺れている。

「用件、言うね」

 言うね、と言われて、私は身構えた。 私はいつも「用件」が怖い。用件は現実の刃物だ。

「この前の、返して」

 綾子は、短く言った。 返して。 私はその一語で、全部わかった。金だ。借りた金だ。私は借りたとき、「すぐ返すよ」と言った。すぐ返すよ、という言葉ほど、すぐ腐る言葉もない。私は腐る言葉を、いつも新鮮な顔で使う。

「……ああ。うん。ごめん」

 ごめん、も便利だ。 便利な言葉ばかりで、私は生きている。

「ごめん、じゃなくてさ。返して」

 綾子の声は、怒っているというより、疲れていた。疲れた声は、私の卑怯を逃がさない。怒りなら、私は「怒らせてしまった」と悲劇にできる。疲れは悲劇にできない。疲れは、ただの事務だ。私は事務に弱い。

 私はポケットを探った。 財布は軽かった。軽い財布は、私の人格の軽さと同じだ。私は財布の軽さを、詩で重く見せようとしてきた。詩では返せない、と清水港で言われたばかりなのに、私はまだ学んでいない。

「今、全部は……」

 私は言いかけて、武田の目を見てしまった。 武田の目は、静かだった。静かな目は怖い。静かな目は、私の言い訳を見透かす。

「全部じゃなくてもいい。いくらかでも、今日」

 綾子は言った。 今日。 今日という単位が、私には残酷だ。私はいつも、明日で生き延びる。「明日返す」「明日やる」「明日話す」。明日を積み上げて、私は今日を空っぽにする。今日を空っぽにした結果、私はいつも空っぽだ。

 私は、財布の中身を見せたくなくて、笑った。 笑う必要などないのに笑う。 私の笑いは、火事のときの水のように、かえって被害を広げる。

「……綾子も、厳しいな」

 言った瞬間、私は「終わった」と思った。 厳しいな。 厳しいのは綾子じゃない。現実だ。 それを、相手の性格のせいにする。これが私の卑怯の核心である。

 綾子の顔が、ふっと固くなった。 固くなる、というより、冷えた。用宗の潮風より冷えた。

「厳しいの、私?」

 綾子は笑わなかった。 笑わない人は怖い。 私は笑わない人の前では、ますます冗談を言ってしまう。冗談は、笑わない人を余計に怒らせる。私はその仕組みを知っているのに、やめられない。知っていてやめられないことほど、救いがない。

「いや、そうじゃなくて……」

 私は言いかけた。言いかけて、言葉が出なかった。 私の言葉は、いつも「そうじゃなくて」で始まって、「結局俺が悪い」で終わる。その間に、肝心な説明はひとつもない。私は説明が下手なのではない。説明する気がないのだ。説明すると、責任が確定してしまう。私は責任が怖い。

 綾子は、海の方へ顔を向けたまま言った。

「幹夫ってさ、いつもそう。自分の話にする」

 自分の話にする。 ああ、そのとおりだ。 私は世界のすべてを、私の文学に変換してしまう。相手の怒りも、相手の悲しみも、相手の疲れも、私の材料にする。材料にして、私は「私は繊細だから」と言う。繊細じゃない。ただの泥棒である。感情の泥棒。

 綾子が、続けて言った。

「返せないなら返せないで、ちゃんと言えばいいのに。冗談とか、変な笑いとか、そういうの……私、嫌い」

 嫌い。 来た。 私はその言葉を、ずっと避けてきた。 嫌い、と言われるのが怖くて、私は先に自分を嫌ってきた。自分を嫌っていれば、他人の「嫌い」は半分で済む気がするからだ。そんな計算は通用しない。嫌いは、嫌いだ。

 綾子は、私を見た。 見て、はっきり言った。

「私、あなたのそういうところ、ちゃんと嫌い」

 ちゃんと。 その「ちゃんと」が、私の胸に刺さった。 ちゃんと嫌い。 曖昧じゃない。 社交辞令じゃない。 冗談じゃない。 これは、私の存在に対する正直な評価だ。

 私は、何も言えなかった。 言えば、また自分の話にしてしまう。 泣けば、また被害者になってしまう。 笑えば、また冗談で逃げてしまう。 つまり、私は初めて、逃げ道がなくなった。

 武田が、煙草を足元で消して、言った。

「帰ろう」

 帰ろう、は綾子に言ったのだろう。 だが、私には「帰れ」と聞こえた。 私は、帰れと言われると、妙に安心する。私は帰れと言われないと帰れない。終電前の改札と同じだ。私は命令されて、やっと動ける。自分で決められないからだ。

 綾子は、私の方をもう見なかった。 ただ、低い声で言った。

「今月中に。無理なら、無理って連絡して」

 それだけ言って、武田と並んで歩き出した。 二人の背中が、港の灯りの中へ溶けていく。 溶けていく背中は、悪役の背中ではなかった。生活の背中だった。私は生活に嫌われた。これがいちばん堪える。

 私は堤防にひとり残った。 波の音が、しゅ、しゅ、と続いている。 私はその音を聞きながら、なぜだか、肩の力が抜けていくのを感じた。

 ――嫌われた。 ――ちゃんと嫌われた。

 痛い。もちろん痛い。 胸のあたりが、紙で切られたみたいにひりひりする。 だが、そのひりひりは、どこか清潔だった。 好かれているのか嫌われているのか分からない、あのぬるい地獄よりは、ずっとましだ。ぬるい地獄では、私は永遠に芝居を続けなければならない。嫌われたなら、芝居は終わる。終わってしまう。終わってしまうのが、こんなに楽だとは知らなかった。

 私は砂浜の方へ降りた。靴が砂を噛んで、ざく、ざく、と鳴った。 波打ち際へ近づくと、潮が足首に触れた。冷たい。冷たいが、正確だ。正確な冷たさは、嘘を許さない。私は嘘を許されない場所が好きなのかもしれない。好きだが、好きだと言うとまた自分を立派にするので、ここでは言わない。

 私は、砂の上に座り込んだ。 ポケットから財布を出した。中身を数えた。 笑ってしまった。 私は「厳しいな」と言えるほどの金も持っていなかった。厳しいのは現実だ。現実に対して私はいつも、冗談を言って逃げる。冗談が通じない人に、私はちゃんと嫌われた。それは当然である。当然のことが起きると、人間は少し落ち着く。私は、落ち着いてしまった。

 海の上に、漁の灯が点々と浮いていた。 灯は揺れている。揺れているのに、消えない。 私は、消えそうで、消えない。 消えないくせに、ここにいていいのか分からない。分からないまま、波の音だけは聞いている。聞いている、というのは、つまり生きているということだ。生きていることを、私はいつも恥ずかしがる。だが今夜は、恥ずかしさが少しだけ薄い。嫌われたからだろうか。嫌われると、余計な期待が消える。期待が消えると、呼吸がしやすい。なんという皮肉。

 私は、綾子の言葉を反芻した。

 「自分の話にする」 「ちゃんと嫌い」

 耳が痛い。 痛いが、痛いということは、私にまだ神経がある。 神経があるなら、今月中に連絡できる。 返せないなら、返せないと言える。 そんな小学生の標語みたいなことを、私は命がけでやる。命がけでやるほどのことではないのに。

 波が寄せて、砂をさらさらと撫で、また引いていった。 海は私を好きでも嫌いでもない。 好きでも嫌いでもないものの前で、私はやっと、自分の顔を少しだけ正面から見られる。

 私は立ち上がった。 ズボンの尻についた砂を払った。砂はなかなか落ちない。落ちない砂は、私の卑怯に似ている。 それでも私は、歩き出した。 嫌われたまま歩く。 嫌われたまま帰る。 嫌われたまま、連絡する。 嫌われたまま、返す。 好かれるためではない。嫌われたからだ。嫌われたから、やっと現実に戻れる。

 用宗の暗い道を駅へ向かいながら、私はひとつだけ、誰にも聞かれない告白をする。 私は、綾子に嫌われたことが、少しだけ嬉しかった。 嬉しいと言ってしまった。ああ、また私は、少しだけ人間をやめそこねた。

 
 
 

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