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白蛇の隠れ家

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月11日
  • 読了時間: 6分


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第一章:宿泊客の不可解な死

 草薙神社の近くに、古くから続く旅館があった。瓦屋根が低く重なり合い、玄関にはしとやかな暖簾がかかっている。外観はどこか昭和の香りを残し、遠方から訪れる客にとっては、郷愁を誘う佇まいだ。 女将の祥子(しょうこ)は、この旅館を先代の亡き父から受け継いだばかり。穏やかで柔らかな笑顔を湛えながらも、家業を守ろうとする強い意志が、心の奥底にしっかり根付いていた。 だが、ある夜、この静かな旅館で衝撃的な出来事が起きる。中年の宿泊客が、夜中に人知れず息を引き取ったのだ。部屋の隅に倒れ込んでいる姿が朝になって発見され、警察は一応の捜査をした結果、「自殺」と断定した。 それを聞いた祥子は胸騒ぎを抑えきれなかった。部屋には争った形跡こそなかったが、亡くなった客が“不可解な古書”を抱えたままだったこと、旅館の人間も彼と深く関わった様子はないのに異様な静けさが漂っていたこと――どれをとっても、彼が自ら命を絶つ理由が思いつかない。 気が重くなる一方で、「あれが単なる自殺だとは思えないのよね……」と、彼女は胸の内でつぶやく。旅館の看板を守る意味でも、このまま謎を放置してはならないと感じた。

第二章:古い文献と“草薙剣”の伝承

 亡くなった宿泊客の荷物を片付けるうちに、祥子は一冊の古い文献を見つける。黄ばんだ和紙に何やら漢字がびっしりと書かれており、部分的に「草薙剣」と読み取れる文字がある。 「草薙剣」――この地には草薙神社があり、剣の神話にまつわる伝説がもともと点在している。が、それをここまで真剣に研究していた人がいたのか、と祥子は不思議に思う。 台帳を確認すると、その客は「遠方から古い神社巡りの旅をしている学者」と名乗っていたらしい。彼はチェックインの際にも「近くの山を歩く予定」などと軽く口にしていたという。 捜査に当たった警察は「自殺」という結論に納得しているのかもしれないが、祥子はそれに納得できず、この文献が何を意味しているのか調べ始める。

第三章:白い蛇の目撃談

 事件から数日後、旅館のスタッフが、裏手の山道を通りかかった地元の人から奇妙な話を聞いて戻ってきた。「あの山で白い蛇を見たんですよ。しかも夜中に、目がぎらりと光って……」 さらに、同じような目撃情報が複数上がっているという。竹林や雑木林が混ざり合った山の奥深くで、白蛇の姿を見た者が何人もいる。 「蛇が神聖な存在だという伝承もあるけれど、どうしてこんなに目撃者が相次ぐんでしょう?」とスタッフが不安げにつぶやく。 祥子は胸に小さな棘が刺さるような感覚を覚える。白蛇と草薙剣の伝承は、草薙神社の古い言い伝えに必ずといっていいほど出てくる。亡くなった宿泊客がなぜ剣の文献を所持し、白蛇の噂が同じ時期に出回るのか。 「まるで、この地に昔から眠る秘密が、あの人の死をきっかけに動き出したみたい……」と、祥子は胸の奥底が揺れるのを感じた。

第四章:旅館を守る女将の覚悟

 旅館の客足にも影響が出始めた。**「あそこの旅館で死者が出たんだって」「幽霊でも出るんじゃない?」などと不安を煽る噂が流れ、予約のキャンセルが目に見えて増えたのだ。 祥子は女将として店を守らねばならない。それが先代から託された使命であり、ここで働くスタッフや家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。彼女の手が震えるのは、恐怖と不安、そして責任感がないまぜになっているからだった。 「あの宿泊客の死が本当に自殺なら、それ以上どうしようもないかもしれない。でも――」 母屋の居間で考え込むうちに、祥子の心にははっきりした意志が芽生える。「わたしが解決しなければ、この旅館の名誉も、あの人の無念も浮かばれないわ」**と。

第五章:草薙神社への手がかり

 事件前、亡くなった学者が草薙神社を熱心に訪れていたという情報が入る。そこで祥子は神社に赴き、神職や巫女に詳しい話を聞くことにした。 社務所の奥には古い巻物や文献が保管されているが、外部の人間に閲覧を許可することは少ないという。しかし「亡くなった宿泊客が、ここで古い巻物を求めていた」と聞かされ、祥子の胸にはまたもや不安と興味が渦巻く。 神主は憂いを帯びた目つきで、「草薙剣にまつわる伝承は多々ありますが、その中には白い蛇が剣を守っている話も。伝説の一部にすぎないと思っていましたが、この騒動と繋がっているとしたら……」と口を濁す。 また、社殿裏の山道には「隠れ家」と呼ばれる洞窟があるとも囁かれる。昔、その洞窟に貴重な品が隠された、あるいは祀られたままになっているという噂が、神社周辺の住民の間で細々と語り継がれているのだ。

第六章:白蛇の隠れ家

 旅館に戻った祥子は、スタッフの一人から「裏山の洞窟に白い蛇が住むのを見た」という証言を引き出す。事件の核心はまさにそこにある気がして、彼女は夜分に一人、提灯代わりのランプを手に裏山を目指す。 ひんやりとした夜の空気が肌を冷やし、まばらな月光が木々の隙間を照らす。かすかな足音だけが、凛と静まった森に響く。心拍が高まるのを感じながらも、前へ進まなければ、宿泊客が死んだ理由も旅館への疑念も晴らせはしない。 石段を上がった先、竹やぶが鬱蒼と茂る場所に、確かに小さな洞窟らしき岩穴が口を開けていた。奥からは湿った土の匂いが漂い、冷たい風が逆流してくる。 意を決して入ると、足元に僅かな水溜りがあるのがわかる。暗い闇をランプで照らし出すと、壁にはかすれた文字があり、そこに**「草薙」**の文字が所々読み取れた。さらに奥へ進むと、地面に古い箱が残されていて、錆びた鍵穴や鎖がついたままになっている。 そのとき、白い蛇がぬっと姿を現したかのように目の端を掠める。驚きで息を呑んだ瞬間、蛇は岩陰へすべるように消え去った。

結末:人々の欲望と伝説のゆくえ

 洞窟の奥に隠されていた箱を開くと、その中には亡くなった宿泊客の文献と酷似する内容が収められていた。過去の土地争い、草薙剣と呼ばれる神話の力を利用しようとした者たちの陰謀、白い蛇の守護伝説――人間の欲望の軌跡が凝縮されたような膨大な書付だ。 亡くなった学者がこの秘密に触れ、何か重要な真実を掘り出そうとした末に命を落としたのだろう。部外者にとっては些細に見えるが、この土地に根差した人々にとっては大きな利権や感情が絡み合う話であり、それが死を招いたのかもしれない。 祥子は胸を締めつけられながら、朝を待って警察へ連絡を入れる。供述を元に捜査が行われる中で、草薙剣の伝説は、現代社会における一種の象徴であったことが判明する。地域の利権や勢力争い、誰もが認めたがらなかった秘密を今も白い蛇が守っているかのように――。 結局、旅館の女将である祥子が自ら掴んだ真相は、事件の全容を明らかにする鍵となり、捜査は解決へ向けて一歩前進する。だが同時に、彼女は人間の業の深さと、伝説がもつ魅惑の力に胸を痛めた。 「白蛇の隠れ家」は閉ざされ、再び深い闇へと沈んでいく。けれど、この土地の人々は伝説と現実が交錯する不思議な“力”を秘めながらも、それを口にすることを避けるだろう――あまりにも痛みを伴う真実だから。 朝焼けが旅館の瓦を照らし出す頃、祥子は立ち尽くしたまま空を見上げる。そこには竹の葉越しに、かすかな蛇の影が揺れているようにも見えた。彼女は客を迎える支度をしながら、もう二度とこんな悲劇が繰り返されないことを、静かに祈っていた。

 
 
 

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