相続人名簿の空白
- 山崎行政書士事務所
- 5月13日
- 読了時間: 21分

空白は、嘘よりよく喋る。
山崎行政書士事務所にその男が来たのは、梅雨の終わりの午後だった。雨は上がっていたが、街には湿ったコンクリートの臭いが残っていた。窓の外では、古いビルの非常階段から水滴が落ち、下の室外機に当たって、一定の間隔で小さな音を立てていた。
男は五十代半ばに見えた。
紺のポロシャツに、薄いグレーのジャケット。靴は磨かれているが、爪の間に黒い汚れが残っていた。現場仕事の汚れではない。急いで身支度を整えた人間の汚れだった。
「相続手続をお願いしたいんです」
男は名刺を差し出した。
笹原泰一。
亡くなった高齢女性、笹原澄子の甥だという。
「叔母が先月亡くなりまして。八十八でした。子どもはいません。夫もずっと前に亡くなっています。相続人は、私と妹だけです」
泰一は、最初から用意していたような口調で言った。
「急いでいる理由は?」
山崎は尋ねた。
泰一は苦笑した。
「空き家が傷んでましてね。近所から苦情も来ているんです。預金も凍結されて、施設の未払いもある。こういうのは早く片づけたほうがいいでしょう」
よくある話だった。
親族が亡くなる。誰かが戸籍を集める。相続人を確定する。預金を解約する。不動産を名義変更する。誰もが面倒を嫌い、早く終わらせたいと言う。
だが、山崎は「早く」という言葉を聞くたびに、机の引き出しの奥で何かが鳴るのを感じる。
早く終わらせたい人間には、二種類いる。
本当に疲れ果てた者。
そして、終わらせなければ困る者。
泰一は、封筒から書類を出した。
死亡診断書のコピー。
戸籍謄本。
固定資産税の通知書。
預金通帳のコピー。
介護施設の請求書。
それから、遺言書。
山崎は最後の紙を見た。
便箋一枚。青い罫線。筆跡は細く、震えている。
私の全財産を甥の笹原泰一に遺贈します。
長女には一切遺しません。
令和五年十月十四日笹原澄子
山崎は、文字を追う目を止めた。
「長女?」
泰一の顔から、ほんの一瞬だけ血が引いた。
だが彼はすぐに笑った。
「ああ、それは昔の話です。叔母には娘がいました。でも三十年以上前に家を出て、縁を切っています。どこにいるかも分かりません。叔母も会いたがっていませんでした」
「戸籍上は?」
「まあ、戸籍には残っているかもしれませんが」
「相続人です」
泰一の笑みが硬くなった。
「先生、そういう建前は分かります。でも現実には、何十年も親を放っておいた娘ですよ。叔母の面倒を見たのは私です。施設の手続も、病院も、葬儀も、全部私がやった」
その言葉には、真実が混ざっていた。
真実が混ざった嘘ほど扱いにくいものはない。
山崎は遺言書を机に置いた。
「この遺言書は、どこで保管されていましたか」
「叔母の家です。仏壇の引き出しにありました」
「誰が見つけましたか」
「私です」
「亡くなった後に?」
「ええ」
「この日付の日、笹原さんはご自宅に?」
泰一は少し苛立ったように肩を動かした。
「施設です。でも外泊したかもしれません。細かいことは覚えていません」
山崎は通帳のコピーを見た。
澄子の預金口座には、年金が規則正しく入っている。そこから施設利用料、医療費、公共料金が引き落とされる。ここまでは普通だった。
だが、その間に、現金の引き出しが何度もあった。
九万八千円。
九万九千円。
十八万六千円。
十九万八千円。
金額は大きすぎず、小さすぎない。
誰かの生活を一度で壊すほどではないが、長く続けば骨まで削る額だった。
「この現金引き出しは?」
「叔母の生活費です」
「施設に入所していたんですよね」
「差し入れとか、雑費とか、いろいろあります」
「月に二十万近い雑費が?」
泰一は口を閉じた。
その沈黙は、怒鳴り声よりも湿っていた。
相続は、人の死後に始まる手続ではない。
本当は、死ぬ前から始まっている。
通帳の数字が減った瞬間から。
介護記録の欄外に小さく書かれた不安から。
本人確認という名の形式が、誰かの付き添いの頷きだけで済まされた日から。
そして、誰も「これはおかしい」と大声で言わなかった日々の積み重ねから。
山崎は泰一に言った。
「まず、笹原澄子さんの出生から死亡までの戸籍をすべて確認します。長女の方の現在戸籍も追います。相続人を確定しない限り、相続手続は進められません」
泰一の目が細くなった。
「そんなことをしたら、時間がかかるでしょう」
「必要な時間です」
「叔母の意思は遺言書にあります」
「遺言書の有効性も確認が必要です」
「先生」
泰一は、机に両手を置いた。
「私は揉めたくないんです。家族の恥を外に出したくない。叔母もそれを望んでいない」
山崎は、その言葉を何度も聞いてきた。
家族の恥。
便利な蓋だった。
その下に、殴られた子どもがいる。閉じ込められた老人がいる。金を抜かれた通帳がある。泣き寝入りした相続人がいる。
恥を外に出すなと言う者の多くは、恥そのものではなく、恥で利益を得た自分の姿を見られたくないだけだ。
「事実を確認します」
山崎は言った。
「それだけです」
泰一は笑みを消した。
「ずいぶん融通が利かない先生ですね」
そう言って帰った。
ドアが閉まった後も、湿った空気だけが事務所に残った。
山崎は遺言書のコピーを見直した。
長女には一切遺しません。
その一文は、妙だった。
子どもはいないと言って持ち込まれた相続案件に、子どもを排除する遺言がある。
空白にすべき名前を、書いた本人は知っていた。
消そうとした者だけが、そこを空白にしたがっている。
戸籍調査は、地味で、残酷だ。
人間の人生が、役所の紙に折りたたまれている。
出生。
婚姻。
離婚。
転籍。
死亡。
それらは簡潔に書かれる。
だが、簡潔すぎるからこそ、そこにある痛みが見えることがある。
笹原澄子には、確かに娘がいた。
宮代沙和子。
昭和四十二年生まれ。
二十六歳で結婚し、その後、別の市へ転籍している。
戸籍上、親子関係は消えていない。
つまり、笹原澄子の第一順位の相続人は沙和子だった。
甥の泰一は、少なくとも法定相続人ではない。
遺言が有効なら遺贈を受ける者にはなり得る。だが、遺言が無効なら、泰一は何も得られない。
だから急いでいた。
だから空白にしたがった。
山崎は相続関係説明図の下書きを作った。
被相続人 笹原澄子長女 宮代沙和子住所 調査中
その「調査中」の空欄が、ひどく重く見えた。
空欄は単なる未記入ではない。
誰かが消した時間だ。
誰かが黙らせた関係だ。
誰かが奪うために残した穴だ。
数日後、山崎は沙和子と会った。
彼女は五十代前半で、黒い髪に白いものが混ざっていた。化粧は薄く、服装も地味だった。派手な女ではない。金の匂いを嗅ぎつけて現れた相続人、という泰一の言い草とはまるで違った。
「母が亡くなったことは、知りませんでした」
沙和子は、そう言った。
声は乾いていた。
「連絡は?」
「ありません。母とは長い間、会っていませんでした」
「なぜですか」
沙和子は窓の外を見た。
「家を出たからです」
それ以上は言わなかった。
山崎は無理に聞かなかった。
沈黙には、守るための沈黙と、隠すための沈黙がある。沙和子の沈黙は前者に見えた。開ければ、彼女自身がまた傷つく種類の扉だった。
山崎は遺言書のコピーを差し出した。
沙和子はそれを読んだ。
長女には一切遺しません。
彼女は表情を変えなかった。
ただ、紙を持つ指が少しだけ震えた。
「母の字ではあります」
「そうですか」
「でも、母はこういう言い方をしません」
「どういうことですか」
「母は、私を長女とは呼びませんでした」
沙和子は低く言った。
「沙和子、とも呼ばなかった。あの人は私を、ずっと『あの子』と呼んでいました」
山崎は遺言書を見た。
長女。
法律のための言葉。
誰かが、相続を意識して書かせたような言葉。
「それに」
沙和子は紙の下部を指差した。
「母は、令和という字をよく間違えていました。令の下を、いつもマと書いていました。これはきれいすぎる」
遺言書の文字は震えている。
だが、震えの中に妙な整い方があった。
弱った老人の筆跡ではなく、弱った老人の筆跡を真似た人間の迷いのようにも見えた。
山崎は介護施設に記録の開示を求めた。
本人の相続人である沙和子から委任を得ると、施設側の態度は変わった。
それまで電話口では「個人情報ですので」と繰り返していた事務員が、相続人の名を聞いた途端、急に声を低くした。
「実は、気になる記録がいくつかあります」
施設の名は、ひだまりの苑。
名前だけは温かかった。
建物は郊外の幹線道路沿いにあり、隣には中古車販売店、向かいにはドラッグストアがあった。玄関には造花の向日葵が飾られ、掲示板には「笑顔で寄り添う介護」と書かれていた。
中は消毒液と尿と古い味噌汁の臭いが混ざっていた。
笑顔で寄り添う介護。
その標語の下で、職員たちは走っていた。
誰も悪人の顔をしていない。
疲れた顔をしているだけだ。
山崎は沙和子とともに、相談室で介護記録を読んだ。
令和五年十月十四日。
遺言書の日付の日。
記録にはこうあった。
午前、傾眠傾向強い。発語少ない。右手の震えあり。食事介助全量不可。午後、笹原泰一様来訪。持参書類あり。本人居室にて面談。職員同席せず。十六時十分、本人「疲れた」「手が痛い」と訴え。水分摂取少量。夜間、不穏。「娘に電話」「帳面」と繰り返す。
山崎は息を止めた。
「娘に電話」
沙和子は、その文字をじっと見つめていた。
紙の上の短い記録が、三十年分の沈黙を裂いていた。
「母が……私に?」
施設の相談員、佐伯恵は、青白い顔で頷いた。
「時々、おっしゃっていました。娘さんに会いたい、と」
沙和子の唇が動いた。
だが声は出なかった。
佐伯は続けた。
「ただ、泰一さんから、娘さんとは絶縁状態で、連絡すると本人が混乱するから控えてほしいと言われていました。私たちも、ご家族の事情だと思って……」
ご家族の事情。
それもまた便利な言葉だった。
福祉は、その言葉の前で立ち止まる。
銀行も、役所も、警察も、近所の人間も、みな立ち止まる。
中で何が腐っていても、家族という襖が閉まっていれば、外の者は「踏み込みすぎ」を恐れる。踏み込みすぎを恐れる社会は、踏み込まなかった責任を誰にも問わない。
佐伯はさらに記録を出した。
そこには、過去三年分の来訪記録と金銭管理のメモがあった。
泰一来訪。通帳預かり。泰一来訪。現金十万円持参と申告。本人確認できず。本人「お金がない」「誰が持っていった」と訴え。認知症状として記録。泰一より、成年後見申立は不要、親族管理で対応すると説明あり。本人「判子を返して」と訴え。本人「帳面は仏壇」と発言。
沙和子は、顔を両手で覆った。
「私、母に捨てられたと思っていました」
声が震えていた。
「父が死んだ後、母とはうまくいかなくて。家を出て、結婚して、連絡を絶ちました。でも、母も私を憎んでいると思っていた。会いたいなんて……」
山崎は何も言えなかった。
相続の現場では、金よりも厄介なものが出てくる。
謝れなかった時間。
聞けなかった言葉。
勝手に決めつけた憎しみ。
そして、それらを利用する者たち。
介護記録は、さらに別の闇を見せた。
澄子の財産は、一度に盗まれたわけではなかった。
少しずつだった。
通帳から引き出される現金。
生活支援費という名目の領収書。
見守りサービス。
終活相談料。
健康食品。
墓じまい調査費。
リフォーム見積調査費。
投資セミナー参加費。
海外不動産小口投資。
どれも、一つひとつなら犯罪と断言しにくい。
領収書がある。
契約書がある。
本人の署名がある。
印鑑が押されている。
説明資料には、笑顔の高齢者の写真が使われている。
「安心」
「豊かな老後」
「大切な資産を守る」
「家族に迷惑をかけない」
偽善の言葉は、いつも清潔だ。
そして清潔な言葉ほど、汚れた手に似合う。
山崎は、澄子の自宅を確認することにした。
古い木造二階建てだった。
玄関の戸を開けると、湿った畳と埃の臭いが押し寄せた。人が死んだ家には、独特の静けさがある。音がないのではない。かつてそこにあった生活の音が、すべて途中で止まっている。
台所には、賞味期限の切れた醤油。
洗面所には、古い歯ブラシ。
居間には、座面のへこんだ椅子。
仏壇の前には、枯れた榊が黒く縮れていた。
泰一は「遺言書は仏壇の引き出しにあった」と言った。
山崎は引き出しを開けた。
中には、線香、数珠、古い写真、年賀状の束があった。
遺言書が入っていた跡はない。
紙が長く置かれていたなら、埃の跡や日焼けの差が出ることがある。だが引き出しの底は均一に埃をかぶっていた。
山崎は仏壇の下を見た。
介護記録にあった言葉。
帳面は仏壇。
畳に膝をつき、仏壇を少し動かす。
裏の板と壁の隙間に、薄い大学ノートが落ちていた。
表紙には、震える字でこう書かれていた。
わたしのお金
沙和子が息を呑んだ。
ノートの中身は、日記ではなかった。
記憶の崩れかけた老人が、必死に自分の財産をつなぎとめようとした記録だった。
泰一さん 十万円 何に使う判子 返してもらっていないみまもり 毎月六万八千円 高い投資 百万円 元本保証と言った佐伯さんに聞く沙和子に電話したい通帳がない私のお金はどこへ行くの
文字は途中から乱れていた。
同じ言葉が何度も繰り返されている。
通帳がない。
判子がない。
電話したい。
帳面を隠す。
それは証拠というより、叫びだった。
大声ではない。
寝たきりに近い老人が、誰にも届かない部屋で、鉛筆の先だけで上げた叫びだった。
沙和子はノートを胸に抱いた。
「母は、分かっていたんですね」
山崎は頷けなかった。
分かっていたのか。
分からなくなりかけていたのか。
どちらでも、地獄だった。
分かっていたなら、奪われる恐怖の中で誰にも助けを求められなかった。
分からなくなっていたなら、その曖昧さを周囲が都合よく使った。
老人の判断能力は、白か黒ではない。
今日は分かる。
明日は分からない。
午前は怒る。
午後は笑う。
通帳のことは覚えているが、引き出しの日付は思い出せない。
その揺らぎを、制度は書類で切り取る。
署名がある。
印鑑がある。
本人確認をした。
意思表示があった。
それで済ませる。
人間の朽ちていく過程を、紙はあまりに簡単に平面にする。
山崎が調べるほど、笹原澄子の財産は、きれいな名目で削られていた。
一件目は、親族管理。
泰一は、施設入所後に澄子の通帳と印鑑を預かった。理由は、支払いのため。確かに施設費や医療費は払われていた。だが同時に、毎月不自然な現金引き出しがあった。
二件目は、生活支援業者。
「まごころ生活サポート」という会社が、見守り、買い物代行、掃除、書類整理を請け負っていた。請求額は月六万八千円。施設に入っている老人に対して、買い物代行と掃除が毎月必要だったのか。記録は曖昧だった。
三件目は、投資話。
「光邦ライフプランニング」という会社が、澄子に海外不動産小口投資を勧めていた。契約書には「元本保証ではない」と小さく書かれている。だがノートには「元本保証と言った」とある。
四件目は、後見制度の隙間。
地域包括支援センターは、澄子の金銭管理に不安があるとして成年後見制度の利用を勧めていた。だが泰一が「家族で対応する」と断った。さらに、任意後見契約を検討中だと説明したため、現場は様子見になった。
しかし実際には、任意後見契約は発効していなかった。
任意後見監督人も選任されていない。
つまり、監督する者はいない。
だが周囲には「後見の話は進んでいる」と見せることができる。
制度の名前だけが、盾として使われていた。
山崎は、吐き気を覚えた。
誰も大声で脅していない。
誰も一晩で全財産を奪っていない。
だから警報が鳴らない。
毎月六万八千円。
時々十万円。
一度だけ百万円。
葬儀費用。
相談料。
立替金。
感謝の謝礼。
名目はどれも、社会が許しやすい顔をしていた。
澄子の財産は、血を噴き出して倒れたのではない。
毛細血管から、少しずつ抜かれた。
本人が寒いと言う頃には、周囲は「高齢だから」と毛布をかけるだけだった。
泰一から電話が来たのは、その翌日だった。
声は低く、押し殺した怒りを含んでいた。
「先生、娘に連絡しましたね」
「相続人ですから」
「余計なことをしてくれましたね」
「必要なことです」
「叔母の家にも入ったそうですね」
「沙和子さんの同意を得ています」
泰一は笑った。
「急に娘面ですか。三十年も放っておいた女が」
山崎は黙った。
「先生、正義のつもりかもしれませんがね、介護の現場を知らないでしょう。誰が病院に連れて行ったと思ってるんですか。誰が施設の保証人になったと思ってるんですか。誰が夜中に電話を受けたと思ってるんですか」
その声には、確かな疲労があった。
「私はね、叔母のために動いたんです。少しぐらい金を使ったって罰は当たらない。娘が何をした? 何もしなかった人間が、死んだ後に権利だけ持ってくる。おかしいでしょう」
山崎はゆっくり息を吐いた。
ここにも、社会の冷たさがあった。
介護を家族に押しつける。
押しつけられた者は、疲弊する。
疲弊した者は、やがて「これだけやったのだから」と自分に許可を出す。
最初は交通費。
次は手間賃。
次は生活費。
次は報酬。
最後には、財産全部が自分のものに見えてくる。
制度は、家族の善意を前提にしている。
だが善意は無限ではない。
無限ではないものを、無限であるかのように扱う社会は、善意が腐る瞬間を見ないふりする。
「泰一さん」
山崎は言った。
「介護をしたことと、財産を不透明に扱ったことは別です」
電話の向こうで、泰一の呼吸が荒くなった。
「きれいごとだ」
「そうかもしれません」
「あなたみたいな人間が一番嫌いだ。書類だけ見て、正しい顔をする。現場で汚れたこともないくせに」
山崎は、机の上のノートを見た。
わたしのお金。
震える字。
消えかけた鉛筆の跡。
「汚れた現場を理由にして、弱った人間の財布を開けていいわけではありません」
泰一は何も言わなかった。
数秒後、電話は切れた。
その後、物事は一気に進んだ。
というほど、現実は劇的ではなかった。
警察に相談しても、最初は「親族間の金銭トラブル」と言われた。
銀行は「当時の本人確認は適切に行われた」と回答した。
生活支援業者は「契約に基づく正当なサービス提供」と主張した。
投資会社は「リスク説明済み」と書面で返した。
施設は「ご家族の意向を尊重した」と言った。
地域包括支援センターは「継続的に見守っていた」と言った。
誰も、自分が奪ったとは言わなかった。
誰も、自分が見殺しにしたとは言わなかった。
全員が、制度の中で適切に動いたと言った。
そして、制度の中で適切に動いた人間たちの足元で、一人の老人の財産は削られ、孤独は深まり、最後の声は介護記録の欄外に小さく残されただけだった。
山崎は神崎弁護士に資料を渡した。
通帳の出金履歴。
介護記録。
遺言書の日付と状態記録の矛盾。
澄子のノート。
生活支援業者の請求書。
投資契約書。
任意後見契約が発効していなかったことを示す資料。
神崎は無言で読み、最後に言った。
「静かな事件ですね」
「ええ」
「だから難しい」
山崎は頷いた。
「一つひとつは小さい。全部に言い訳がある。介護をした事実もある。本人の署名もある」
神崎はファイルを閉じた。
「でも、構造は見えます。弱った人の判断能力の揺らぎを利用して、親族、業者、投資会社がそれぞれ少しずつ取った。誰か一人の大犯罪ではなく、複数の小さな無責任がつながっている」
「責任は問えますか」
「一部は。全部は難しいでしょう」
山崎は天井を見た。
全部は難しい。
それもまた、相続と介護の現場で何度も聞く言葉だった。
全部は戻らない。
全部は証明できない。
全部は裁けない。
全部は救えない。
社会は、奪われたものを小分けにしておくと、怒りまで小分けになると知っている。
百万円なら事件になる。
十万円が十回なら、話し合いになる。
一億円の詐欺なら報道される。
月六万八千円の見守りなら、契約になる。
人間を壊すには、刃物はいらない。
領収書を切ればいい。
数週間後、泰一との話し合いが開かれた。
出席したのは、泰一、沙和子、神崎、山崎。
山崎は交渉代理人ではない。ただ、資料作成に関与した者として同席した。
泰一は以前より老けて見えた。
頬がこけ、目の下に濃い影がある。彼もまた、何かに削られている人間だった。
神崎が淡々と資料を示した。
「遺言書の日付の日、笹原澄子さんは右手の震えがあり、発語も少なかったと記録されています。職員同席なしで、あなたが持参した書類に接触しています」
泰一は低く言った。
「叔母が自分で書いた」
「通帳と印鑑は、いつから預かっていましたか」
「必要だったからです」
「現金引き出しの使途は」
「生活費です」
「施設入所中の生活費として、毎月十万円以上の現金が必要だった根拠は?」
泰一は黙った。
沙和子は、ノートを机に置いた。
「母は、判子を返して、と書いています」
泰一は沙和子を睨んだ。
「今さら娘みたいな顔をするな」
沙和子は顔を上げた。
「そうですね」
声は静かだった。
「私は、いい娘ではありませんでした。母から逃げました。電話もしなかった。会いにも行かなかった。それは私の罪です」
泰一の表情が少し揺れた。
「でも、それはあなたが母のお金を勝手に使っていい理由にはなりません」
泰一は笑った。
乾いた笑いだった。
「勝手に? じゃあ誰がやるんだ。施設の手続も、病院の説明も、役所の書類も、全部俺だ。あんたは逃げていた。俺は逃げなかった」
「逃げなかった人が、母を助けたとは限りません」
その言葉は、静かだったが鋭かった。
泰一の顔が赤くなった。
「じゃあ、俺は何だったんだ」
誰も答えなかった。
泰一は拳を握った。
「叔母は孤独だった。俺が行くと喜んだ。俺に頼った。金のことだって、叔母がいいと言った。自分が死んだら俺にやると言った。あの家も、預金も、俺が管理して当然だと」
「それを証明するものは?」
神崎が尋ねた。
泰一は黙った。
山崎は、泰一の横顔を見ていた。
嘘をついている顔。
それだけではなかった。
自分でも、どこまでが嘘でどこからが本当か分からなくなった人間の顔だった。
介護をした。
疲れた。
腹が立った。
金を使った。
少しだけのつもりだった。
戻すつもりだった。
そのうち、戻す必要がないと思い始めた。
叔母がどうせ自分にくれると思った。
そう思わなければ、自分の時間と労力が報われないと思った。
搾取は、必ずしも悪意だけで始まらない。
報われなさが、言い訳になる。
言い訳が、権利になる。
権利だと思った瞬間、他人の財布は自分の財布に見えてくる。
泰一は、最後に小さく言った。
「俺だって、誰かに助けてほしかったんだよ」
その言葉に、沙和子は目を伏せた。
山崎も、胸の奥が重くなった。
それは本音だった。
だが、本音は免罪符ではない。
救われなかった者が、別の弱者を削っていい理由にはならない。
結局、泰一は一部の使途不明金を返還することで合意した。
遺言書については争いが残ったが、沙和子側は無効確認を視野に入れた手続を進めることになった。
生活支援業者と投資会社には通知が送られた。
いくつかは返金に応じた。
いくつかは、弁護士名の回答書で逃げた。
「適法」
「説明済み」
「本人意思」
「契約自由」
その言葉は、乾いた落ち葉のように山崎の机に積もった。
笹原澄子の全財産は戻らなかった。
母娘の時間も戻らなかった。
介護記録の欄外に残された「娘に電話」という言葉は、誰にも届かなかったまま、死亡後にようやく読まれた。
それでも、沙和子は一度だけ澄子の家を片づけに行った。
山崎も立ち会った。
押し入れの奥から、小さな缶が出てきた。
中には、古い写真と、出されなかった葉書が十数枚入っていた。
宛名は、沙和子。
住所は途中までしか書かれていない。
文面も、途中で終わっていた。
元気ですか。暑いので体に気をつけて。あなたに言いたいことが
そこで止まっている。
次の葉書も同じだった。
あなたに言いたいことが
澄子は、何を言いたかったのか。
謝りたかったのか。
責めたかったのか。
会いたかったのか。
金を守ってほしかったのか。
それとも、ただ声を聞きたかったのか。
もう誰にも分からない。
沙和子はその葉書を一枚ずつ読み、最後に缶を抱いて泣いた。
五十を過ぎた女が、埃だらけの畳の上で、子どものように泣いた。
山崎は部屋の隅に立っていた。
慰める言葉はなかった。
相続手続の書類には、泣いた時間を書く欄がない。
母を憎んだ年数を書く欄もない。
会えなかった後悔を書く欄もない。
ただ、氏名、生年月日、続柄、住所。
人間の関係は、四角い枠に押し込まれる。
枠に入らない痛みは、空白になる。
数日後、山崎は相続人名簿を完成させた。
被相続人 笹原澄子相続人 長女 宮代沙和子
その下に、かつて泰一が持ち込んだ案では空白になっていた欄が、きちんと埋まっている。
氏名。
住所。
生年月日。
続柄。
紙の上では、それだけだった。
だが山崎には、その一行が、澄子の最後の叫びのように見えた。
私はここにいる。
私の娘も、ここにいる。
勝手に消すな。
夕方、山崎は事務所のキャビネットに新しいファイルを入れた。
表紙には、こう書いた。
笹原澄子相続関係資料。
少し迷って、その下に小さく書き足した。
相続人名簿の空白。
外では、雨がまた降り出していた。
細い雨だった。
傘を差すか迷う程度の雨。
だが長く浴びれば、服の芯まで濡れる雨だった。
山崎は窓の外を見た。
この社会の搾取は、いつも豪雨ではない。
小雨のように降る。
月六万八千円。
九万八千円。
相談料。
手数料。
見守り。
安心。
家族のため。
本人の意思。
誰も濡れていることに気づかない。
気づいた頃には、体は冷え切っている。
机の上には、また別の相続相談の予約票が置かれていた。
高齢の父。
預金が減っている。
兄が通帳を持っている。
本人は何も言わない。
山崎は予約票を見つめ、静かに息を吐いた。
死者は何も語らない。
だが、通帳は語る。
戸籍は語る。
介護記録は語る。
空白は、もっと語る。
この社会は、老人の孤独を財産目録に変える。
親族の疲労を権利に変える。
制度の隙間を商売に変える。
そして最後に、きれいな書式でこう尋ねる。
相続人は誰ですか。
山崎はペンを取った。
答えは、いつも紙の上だけにあるわけではない。
むしろ本当の答えは、誰かが消そうとした空白の中にある。





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