秋風の別れ道
- 山崎行政書士事務所
- 1月12日
- 読了時間: 4分

第一章:展望台の女性
梶原山公園の展望台は、小さな丘の上にぽつんと立ち、秋には周囲の木々が色づき、遠くに街並みを見下ろせる静かな場所。毎年、秋風が冷たく吹き始めると、なぜかそこに一人の女性の姿が目撃されるという噂があった。 地元の人々は「恋人を待っている幽霊なんじゃないか」と囁き合い、誰も近寄ろうとしなかった。だが、実際に見た人は少なく、あくまで都市伝説めいた話にすぎなかった。
第二章:綾子の気づき
ある秋の日、散歩がてら公園を訪れた綾子は、黄昏の展望台で噂どおり一人で佇む女性に出会った。黒髪を肩まで伸ばし、コートの裾を秋風になびかせ、景色を見つめている横顔がどこか物悲しい。 そっと距離を置いて見ていた綾子は、ふと**「この人は幽霊じゃない」と直感した。そのシルエットに、確かな温かみを感じたのだ。 周囲には他に人の気配がなく、綾子は意を決して声をかけた。「あの……大丈夫ですか?」**――すると女性は振り向き、少し驚いたような笑みを見せる。「秋風が吹くと、なぜかここに来たくなるんです」と言うと、翌日には姿を消したという。
第三章:名残の落ち葉
翌週も同じ時間帯に公園を訪れた綾子だったが、女性は来なかった。山道にはすでに落ち葉が増え、風が吹くたびに枯れ葉が地を舞うばかり。幽霊話がウソだと確信した綾子は、逆に**「あの人は何者なんだろう」という好奇心を募らせるようになった。 そんな折、展望台のベンチで散らばった落ち葉を掃除していると、一枚の古い写真が挟まっているのを見つける。そこには、公園らしき場所で若い男女が笑顔で並んでいる姿が写っていた。背後には戦後すぐと思しき街並みが見える。「どうしてこんな昔の写真がここに?」**と綾子は首をかしげる。
第四章:戦後の恋愛悲劇
写真を持ち帰り、地元の図書館で調べたところ、それは戦後の混乱期に撮影されたものだと判明する。当時、この梶原山公園には、軍施設の一部が残っていたり、復興が進まない中で多くの人が集まっていたらしい。 さらに、図書館の古い記事の一隅に、「戦後、この山で結ばれるはずだった恋人たちが不運に巻き込まれ、結婚直前に破局した」という小さなコラムを発見する。ある災害か事故があって、片方は戻らなかったという噂話まで記されている。 「これが、あの女性の関係者……?」 直感が走り、綾子はさらに資料を読み漁る。だが決定的な証拠はなく、ただ切ない恋愛悲劇が埋もれた形で語られているようだ。
第五章:女性の正体
ある日、綾子は展望台でまた女性に出会う。空は少し曇り、冷たい風が吹いていたが、彼女はじっと遠くを見るように佇んでいた。綾子は一枚の写真を取り出し、「これ、あなたの落とし物じゃありませんか?」と恐る恐る声をかける。 女性はびっくりした表情を浮かべつつ写真を見つめ、涙をこぼしそうになる。**「私の祖母が、戦後まもなく撮った写真です。どうしてここに……」と、その場で打ち明けてくれた。 祖母は若い頃、ここで愛する人を待っていたが、彼は戻ってこなかったという。「だから、私は祖母の代わりに、秋になるとここに来ているんです。二人が誓った結婚の場所が、この展望台だったから……」**と女性は静かに語る。
第六章:想いを紡ぐ場所
その話を聞いて、綾子の胸は熱くなる。戦後の混乱期に引き裂かれた恋人たちの話は、写真や新聞記事が語る**「悲劇」に他ならない。女性は祖母の遺志を継ぎ、彼が帰ることを信じていた気持ちを感じ取るため、この展望台に通っているのだ。 「幽霊じゃなかったのか」と地元の噂は的外れだったが、ある意味、「想いの幽霊」**がそこに漂っているとも言えるかもしれない。彼の帰りをひたすら待ち続けた祖母の魂が、秋風とともにこの場所に宿っているような気がするからだ。 「恋人を待つ幽霊」の正体が生身の人間だったにしても、その背景には切ない物語が隠れていた。綾子は胸を詰まらせながら、「あなたの祖母の話をもっと教えてくれませんか?」と問いかける。
第七章:秋風の先に
後日、二人で展望台を改めて訪れ、写真を見ながら祖母の昔話を追想する。戦時中に出会った二人がここで永遠を誓い合ったが、復員できなかった男性と、その後ずっと待ち続けていた祖母の苦悩。 しかし、祖母は決して恨みを抱くことなく、「彼が戻る場所を守りたい」と公園の美化運動を続け、死ぬまで誰にも言わずに想いを温めていた。 「その想いが、秋の風に乗ってここを訪れる理由……」綾子は納得した。過去の悲劇を「悲しみ」として終わらせず、一つの「尊い形」として後世に伝える、それがこの場所の意味なのかもしれない。 そして、秋風が強まる夕刻、二人は静かに手を合わせる。「この場所は、ただの公園じゃなく、誰かの想いが永遠に息づく場所なんだ」と。 「秋風の別れ道」はもう悲しみだけの道ではなく、祖母と恋人の愛を感じる温かい道になった。綾子もまた、この物語を知ることで自分の中にある過去の傷を少しずつ乗り越えようとしていた。風が冷たく頬を撫でるが、その温もりを感じるような不思議な感覚に包まれながら、二人は今度こそ穏やかな笑みを交わして公園を後にするのだった。





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