第五作 「血濡れの軌道――奈落へ疾走する亡霊」
- 山崎行政書士事務所
- 1月26日
- 読了時間: 13分
更新日:1月27日

序章 深まる闇
深夜。静清鉄道の留置線。 そこには、かつて暴走を繰り返した亡霊列車の残骸が、ひっそりと放置されていた。横転・炎上した車体からは、もう車両の原型すらほとんど留めていない。しかし、月明かりの下で見ると、その鉄骨に刻まれた無数の裂傷がどこか血塗られた文字のように浮かび上がる。
――この地に敷かれたレールは、たび重なる惨劇で多くの血を吸ってきた。 地主一族「清水家」との因縁、幽霊列車とも称される不可解な走行事故、そして“亡霊”のごとく暗躍する老女・清水桂(しみず けい)。 その闇は、なおも消えていない。
第一章 失踪する目撃者
捜査一課の刑事・**上原勝(うえはら まさる)**は、まだ完治しない右腕に包帯を巻いたまま、県警本部の資料室で過去の事件記録を読み漁っていた。 ――前作の惨劇からすでに数週間。ブレーキを奪われたレトロ車両が夜間に暴走し、大破した。辛うじて衝突寸前に停止させたものの、多くの死傷者が出たあの惨事。肝心の首謀者である清水桂は、いまだ行方不明だ。
少しでも彼女を追う糸口を得ようと、上原は当時の目撃者たちに再度の聴取を試みていたが、不可解なことに関係者が次々と“失踪”していた。 たとえば、事故を目撃した駅職員。事件後に辞職し、今は消息不明。さらには、一命を取り留めたフリー記者の海老沢も意識不明のまま入院していたのだが、先日、病院からいなくなったという。 「退院許可も出ていないのに、突然ベッドが空になっていた……?」
上原は、病院の防犯カメラを確認するが、そこには何者かに連れ出されるような海老沢の姿が映っていた。車いすを押す長身の男が、意識の無い海老沢を乗せて出口へ向かう映像――。顔はフードとマスクで隠されている。 「こいつが“協力者”なのか……。清水桂の手足となって動く謎の男……!」
第二章 見知らぬ警告
上原のスマートフォンに差出人不明のメールが届いたのは、そうした混乱の渦中だった。 件名は「警告」。本文には妙な言葉が並ぶだけ――
「呪われし路線にさらなる供物を捧げるとき、血濡れの軌道は深紅に染まる。清水家の怨念、最期まで見届けよ――狐ヶ崎 22:40」
狐ヶ崎駅は、これまでも大惨事を引き起こした“亡霊列車”の終着点となった場所。22:40といえば、最終電車よりも少し早い時刻だ。何かまた仕掛けられているのか。 上原は上司の**坂下恒夫(さかした つねお)**管理官に報告し、警戒態勢を敷くよう指示を仰いだ。
「わかった、狐ヶ崎駅の監視を強化する。もしまた謎の“臨時列車”が動き出すようなことがあれば、すぐに押さえ込む。だが、前みたいにシステムを乗っ取られたら厄介だな……」
第三章 忍び寄る狂気
当日22時過ぎ。狐ヶ崎駅は普段なら閑散とした時間帯だが、警察官がホームや改札に配備され、厳戒態勢となった。終電に乗ろうとする数名の通勤客も、不安そうに周囲を窺っている。 上原はホーム端で手帳を握りしめながら時刻を待つ。22:40になっても、特に怪しい動きはない。駅のスピーカーも問題なく、ダイヤ通りにアナウンスが流れている。 「……やはりただの脅迫メールか?」
しかし、22:45を過ぎた頃、誰もいないはずの駅長室から甲高い悲鳴が上がった。駆けつけると、そこには倒れた駅員の姿。額から血を流して気絶している。隣には血文字のように何か書かれていた。
「血をもって償え。亡霊は止まらない」
同時にホームが突如停電し、非常灯の赤い明かりだけがぼんやりと灯る。構内放送が異様な雑音を立て始め、次いで低い女の声がスピーカーに割り込んだ。 ――清水桂の声だ。
> 「よく守りを固めたつもりかい? だが無駄だ。 > 我が怨念は、この鉄路に刻まれた血とともに再び走り出す……」
その瞬間、遠くのトンネルの奥からライトが光り、ひとつの車両がホームへ迫ってきた。ホーム上の警官たちが慌てて制止しようと指示を出すが、列車はまるで無人のように加速したまま突っ込む――。 幸い線路の切り替えによって本線から逸れたため、ホームへの直撃は免れたが、そのまま留置線方向へ疾走していく。金属音が不気味に響き、夜の空気を震わせた。
第四章 留置線の惨劇
「追え!」 上原は手近なパトカーで線路沿いの整備路を急行する。警官隊も数名が同行し、懐中電灯を振って暗闇を進む。 狐ヶ崎駅の先にある留置線は、過去にも亡霊列車が暴走を始めた場所。そこではすでに警戒が敷かれていたが、警備員が何者かに襲われ、倒れているという報告が入る。次々と聞こえる悲鳴や怒号。 「まさか、また同じ手口か……」
留置線へ着くと、低いフェンスが破壊され、夜の闇の中に車両のライトが煌々と照らされている。2両編成の電車が停止しており、運転席には黒いフードを被った長身の男が座っているのが見えた。 「おい、降りろ! 警察だ!」 拳銃を構える上原。そのとき、車両の乗務員ドアが開き、男がゆっくりと出てくる。その顔はマスクとゴーグルでほとんど覆われているが、背格好は以前に洋館で上原を襲った男に酷似している。
男は一言も発しないまま、急にスタンガンを取り出し、近づいてきた警官を襲いかかる。 「やめろ!」 上原が威嚇射撃をするも、男は信じがたい俊敏さで跳び退き、夜闇へと消えていった。足を怪我した警官のうめき声が、静まり返った留置線に響く。
運転席を確認すると、そこには意識を失った海老沢が横たわっていた。口にはガムテープ、腕には点滴のような痕があり、何か薬物を投与されているのだろうか。 「海老沢……! しっかりしろ!」 海老沢はかすかに瞼を開いたが、言葉を出せる状態ではない。連絡を受けた救急隊がすぐに駆けつけ、彼を担架に乗せて搬送していく。
その車両の客室内には、またもや赤い文字――まるで血文字のように大きく書かれていた。
「最終の列車は、最後の血を奪う。まだ始まりだ――」
第五章 蘇る過去
捜査が進む中、上原たちは以前手に入れた「清水家」の古文書をさらに掘り下げて調査していた。そこには大正・昭和初期にかけての争いや、清水家が鉄道会社に対して抱いた怨嗟が綴られている。 だが、新たに判明したのは「清水家が実は、静清鉄道沿線に複数の分家を持っていた」という事実だった。桂はそのうちの一分家筋であり、系譜上は“宗家”ではない。しかし、何らかの理由で“宗家”を滅ぼす決意を固め、行動していた可能性が高い。
さらに驚くべき記述が残されていた。
「我が宗家は、異なる血を交わした娘を遠く東京へ送り出す。その娘こそ次世代の鍵を握る。やがて“村上”の姓を名乗ることとなるが、その血脈は清水の正統たる証。もし彼女が鉄路を通じて帰還すれば、過去の呪いが蘇るだろう」
「村上」の名前を聞いた瞬間、上原は激しい既視感に捉われた。 ――「村上美月(むらかみ みづき)」。 かつて行方不明となり、あの連続殺人に巻き込まれ、毒を盛られて死亡した若い女性だ。彼女が実は清水家の血脈を引く“正統後継者”だったというのか? 桂が必死に美月を追い詰めたのも、清水家の血筋をすべて根絶やしにするため――あるいは、自分こそが“真の後継者”と信じているがゆえに?
しかし、美月はもういないはずだ。死体も確認された。しかし、桂はまだ執念深く何かを探しているように思える。――あるいは、美月以外にも、もう一人“血を受け継ぐ者”が存在するのだろうか……?
第六章 衝撃の事実
その頃、海老沢は集中治療室で一命を取り留めていた。さすがに今回は意識が戻らないかと危惧されたが、奇跡的に数日後に意識が回復。上原は病室を訪れ、話を聞くことができた。 痛々しい点滴の管が付いたまま、海老沢は弱々しい声で告げる。
「俺は、“長身の男”と呼ばれる奴に拉致されていた。そこで聞いたんだ……。あの老女・桂には特別な執念がある。『美月は死んでいない』と言い続けていた。あるいは誰かの手によって美月が生かされている、もしくは“美月が残した子”がいる、とか……。はっきりしたことはわからない。ただ、奴らは“新たな血”を探し出すために必死なんだ」
「美月が残した子……」 上原は思い当たる節があった。美月が消息を絶つ前、東京で誰かと交際していた形跡がある。父親が執拗に探したのも、その男の存在が関係していた。 もしその子が現在生きているならば、清水家の“正統の血”を受け継いでいる可能性がある。桂はそれを根絶やしにするために動いているのか。あるいは――自分の手元に置き、新たな狂気に利用しようとしているのか……。
「またしても大きな惨劇が起こりそうだ。最悪の形で……」
第七章 幻の最終列車
そんな中、またしても不可解な時刻表トリックが浮上する。静清鉄道側のシステムに、存在しないはずの「終電」が紛れ込んでいるという報告が上がったのだ。 名目上は「新清水行き 24:05(0時05分)発」と記載されているが、静清鉄道の公式終電は23時台で終了している。 「また“幽霊列車”を走らせる気か……!」
上原は坂下管理官のもとへ駆けつけ、警戒態勢を最大限に敷くよう要請する。しかし、前回までの“亡霊列車”は全て予想外の形で動き始め、しかもシステムをハッキングされて対応が追いつかなかった経緯がある。 「相手は内部事情をかなり把握している。どこかに協力者がいるんだろう。今回も先手を打つのは難しい……」 坂下は頭を抱える。
だが上原には作戦があった。 「彼らが“最終列車”を動かすなら、こちらは一切線路に通電しない。全面的に電力供給を遮断し、強制的に運行を止めるんです。ただし、留置線や検査施設に緊急の別回線がある可能性があるので、そこも封鎖しなければならない」
静清鉄道側も承諾し、この夜は終電繰り上げ&夜間の電力遮断を徹底する。列車を走らせようにも電源がなければ不可能というわけだ。 「これでさすがに“亡霊列車”は止まるはず……」 上原はほっと息をつきつつも、何か胸の奥で嫌な予感が拭えない。
第八章 地下トンネルの呼び声
夜23時半。静まり返った線路。 上原や警官隊が新静岡駅で見張る中、いっこうに“幻の最終列車”は現れない。電力は完全に落としてあるから当然だろう。 ところが、同僚刑事が慌てた様子で駆け寄ってくる。 「上原さん、大変です! 春日町~柚木駅間の地下ケーブルルートで人影があるとの通報が入りました。そちらに急行してもらえますか?」
「地下ケーブルルート」――静清鉄道の一部区間には、地下配線を通すトンネル状の施設がある。緊急時にはメンテナンスが可能だが、当然一般人の立ち入りは禁止。そこから駅構内へ入り込み、何らかの操作をされる恐れがある。 上原は急いで現場へ向かう。そこでは非常灯が点滅し、警備員が怯えた様子で待ち構えていた。 「人影を見たんです。スーツケースみたいなものを引きずりながら、奥へ……。声をかけたら、真っ暗闇に消えてしまって……」
上原は警官数名を連れてトンネル内を進む。暗い空気が纏わりつき、奥に行くほど湿気と埃の臭いが鼻を突く。誰かが歩いた足跡が薄く残っているが、終点近くで途切れていた。 「ここから先はコンクリート壁で行き止まりのはず……?」
念のためコンコンと壁を叩いてみると、中が空洞かもしれない感触が返る。まさか隠し扉か何かが――。 上原がライトを照らすと、小さな亀裂が走った部分が見える。強く押し込むと、ぎぎぎ……という音とともに壁が奥へスライドした。
第九章 奈落へ疾走する亡霊
隠し通路の先には、朽ちた階段が続いている。下へ降りるほど、鉄や油の臭いが濃くなっていく。やがて古びた地下空間に出た。そこには長いレール状のものが敷かれている。しかもかなり古い軌道だ。 「まさか、昔の廃線跡……?」
静清鉄道の前身となる私鉄が敷設していた頃の、いずれ廃止された支線かもしれない。だが、こんな地下に眠っているとは誰も知らなかった。 そして、その奥に一両だけの小型車両が止まっている。まるで博物館にでも飾られるようなレトロ車両。だが、周囲には発電機やバッテリーの類が設置され、どうやら自力で動かせるように改造されているらしい。 「ここで“闇の最終列車”を走らせようとしていた……!」
車両の近くに立つ車椅子の女――清水桂。その背後には、例の長身の男がスーツケースを抱えている。 「桂……! もう終わりだ!」 上原が銃を構えると、男は再びスタンガンを振りかざすが、今回は警官隊の数が圧倒的に多い。すぐに取り押さえられ、もがき苦しむ。マスクが外れ、その素顔が露わになる。 「お前は……鉄道会社の総務課長・森川……?!」 かつて上原が事情聴取した、静清鉄道の内部職員がそこにいたのだ。彼こそが桂の“協力者”だった。
「うるさい……! わしらは、清水家の誇りを取り戻すために……!」 森川は悔しげに叫ぶが、警官たちに押さえつけられ動けない。 一方、桂は車椅子に腰掛けたまま、穏やかな微笑みを浮かべる。むしろ、すべて悟ったような顔だ。
「ここまで来たか……上原刑事。だが、まだ最後の血は足りない。新しい血を……」 そう言って彼女は、手元のスーツケースを開ける。そこには何と、生後間もない赤ん坊らしき小さな姿が――。
「なっ……!」 警官たちが凍りつく。桂の説明によれば、この子こそが“村上美月の忘れ形見”だという。どうやって連れ去ったのかは定かでないが、桂はその赤ん坊を鉄路で“生贄”に捧げることで、清水家の因縁を終わらせようとしていた。 「わたしにはあと短い命しか残っていない。ならば、この子を連れて奈落へ落ちれば、全ての血筋は消え去る。……さあ、最後の終着駅へ行こうか」
そう呟いて桂は発電機を操作し、車両のモーターを回転させる。車椅子ごとその車両に乗り込み、何とレバーを引いて走行を開始させたのだ。 「待てっ!」 上原たちが叫ぶも、車両は急加速し、朽ちたトンネルの奥へと消えていく。
終幕 血で刻まれた運命
トンネルは崩落寸前の箇所が多く、警官隊が追跡しようとすると天井から崩れた瓦礫が通路を塞ぐ。車両のライトが闇の奥で揺れ、次第に霞んでいく。やがて、地鳴りのような轟音とともに何かが崩れ落ちる音が響いた。 ――桂は、赤ん坊を抱えたまま自ら“廃線”を暴走し、崩落へ呑まれていったのか。誰もその先の光景を目撃しないまま、地下空間は完全に閉ざされた。
後日、重機を使った捜索が行われたが、地下トンネルの大部分が大規模に崩落しており、瓦礫の山の中から車両の残骸は見つからなかった。桂や赤ん坊の遺体も発見されず、行方不明として処理される。 一方、共犯の森川は逮捕されたものの、供述は支離滅裂で要領を得ない。「清水家の魂が呼んだ」「美月の血筋を断たねばならなかった」などと繰り返すばかり。彼がどこまで知っていたのか、全貌は依然不透明だ。
こうして、静清鉄道をめぐる連続怪事件は、ひとまず表向きの幕引きを迎えた。最重要人物・清水桂の消息は闇のまま、清水家の血筋とされる赤ん坊も、事実上行方不明。 上原は、血で刻まれたレールの上を歩き続けた悪夢のような日々を振り返る。多くの死者、行方不明者、そして奪われた平穏――。いかにしても取り返しようがないほど傷ついた街と、人々の心。 今や静清鉄道は平常運転に戻ったものの、廃線となった“地下軌道”の存在が象徴するように、この地には未だ古い怨念が潜んでいるかもしれない。
――そして結末。血濡れの軌道を舞台に繰り広げられた清水家の復讐劇は、崩れ落ちた地下トンネルの闇へと姿を消した。だが、その闇は本当に消え去ったのか? あるいは、いつか再び、亡霊が血を求めて甦るのか。
雨上がりの静岡の街を走る電車の窓には、まるで一筋の赤い痕が映ったようにも見える。その線はいつまでも記憶にこびりつき、決して消えることのない“血のレール”として、物語の奥底に刻み込まれたまま――。
(第五作・了)
あとがき
一連のサスペンスが、崩落した廃線トンネルという「見えない墓場」によって、ある意味“終焉”を迎える形となりました。しかし、肝心の清水桂の安否は不明。さらに“村上美月の忘れ形見”の存在がほのめかされ、すべてが解決したとは言いがたい不穏な余韻を残しています。「血で刻まれた線路」は果たして本当に閉ざされたのか、それともさらなる惨劇へと続くのか――。静清鉄道を巡る怨念と謎は、まだ深い闇の底で息づいているのかもしれません。
次回作があるとすれば、その赤ん坊、あるいは生き残りかもしれない誰かをめぐって、またしても血塗られた鉄路が開かれることになるでしょう。静清鉄道サスペンスシリーズは、これにてひとまず一区切り。長きにわたり繰り返された陰謀と惨劇の軌跡に、読者の皆様が暗い魅力を感じていただければ幸いです。





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