第八作 「禍りの呼声――御門台駅に揺れる亡霊」
- 山崎行政書士事務所
- 1月26日
- 読了時間: 10分
更新日:1月27日

序章 薄闇に漂う気配
静清鉄道・御門台駅。 清水区の住宅街を見下ろすように位置し、周囲は閑静な雰囲気が漂う。昼間は学生や地元住民が行き交い、和やかな時が流れる。しかし、夜半になると妙に冷え込む風が吹き、物寂しいホームが闇に沈む。 ――そこで最近、「夜になると奇妙な声が聞こえる」という噂が立ち始めた。しかも、駅の外れにある階段付近で、小柄な人影を見かけたという証言が相次いでいるのだ。
上原勝(うえはら まさる)刑事が、御門台駅のホームを訪れたのは、ある深夜のこと。駅係員から「誰もいないはずの構内に子供の声が響いた」という通報があった。 近年、静清鉄道周辺では“亡霊”や“少年の幻”の噂が絶えず、さらに前回の暴走事件以来、上原はずっと不穏な予感を拭えずにいた。 「また始まるのか……この連鎖が」 そうつぶやきながら、薄暗いホームの先端へと足を進める。
第一章 御門台駅の怪異
夜の22時半。終電にはまだ時間があるが、ホームにはほとんど乗客の姿がない。駅員の話では、先ほど「ホームの端に子供らしき影が立っている」との目撃報告があったが、その後スッと消えたという。 上原が懐中電灯を照らしてみると、足元のコンクリートに小さな泥の痕がついている。人間の足跡にしては小さめで、まるで小学生くらいの靴底サイズだ。 ――十年前の事件以降、“少年の亡霊”がたびたび目撃されるという話は後を絶たない。しかし、本当に同一の存在なのか、それとも誰かが意図的に“少年”を装っているのか……。
駅の隅に設置された監視カメラ映像を確認すると、22時頃、確かに小柄な影がホーム端を歩き、階段を降りるように見えた。しかし画面が暗く解像度も低いため、顔まではわからない。 「ここから下の踏切へ抜けたのか……?」 上原は駅係員とともに階段を降りてみるが、人影は見当たらない。冷たい夜風がひゅう、と吹き抜けるばかりだった。
第二章 消えた作業員
翌朝、県警本部に一本の報告が入る。御門台駅の設備保守を担当していた若い作業員が、昨夜を境に行方不明だという。夜間の見回り当番を終えて帰宅するはずが、自宅には戻らず携帯もつながらない。 捜査を開始した上原たちは、駅構内でその作業員が使っていた工具箱を発見する。なぜか鍵もかけず放置されており、中身のスパナや計測器が散乱していた。 「この状況……何者かに襲われたのか? あるいは意図的に失踪したのか……」
駅係員に聞き込みをすると、昨夜22時すぎ、作業員が「階段付近を点検してくる」と言い残したまま帰ってこなかったらしい。 「まさか、あの“子供の影”と何か関係が……?」 上原は不安を抱えながらも、十年前の少年事件を彷彿とさせる展開に胸騒ぎを覚える。
第三章 留置線での発見
さらに奇妙な報告が続く。御門台駅から数駅離れた新清水駅近くの留置線で、昨夜未明に人が走り去る姿を目撃したという情報があったのだ。そこには通常、終電後の車両が停泊している。 「まさか、また深夜に車両を動かそうとする連中が暗躍しているのか……?」 上原はかつての“亡霊列車”の惨劇を思い出す。静清鉄道が夜間にテロのような暴走を仕掛けられ、多くの犠牲者を出した事件がいくつもあった。 ただ、今回の目撃情報では車両自体の動きは確認されていない。留置線を歩いていたのは、フードを被った小柄な人物と、大きな荷物を引いていた影。二人が交わす言葉までは聞き取れなかったが、「御門台……」という単語だけ耳にしたという。
「御門台駅と留置線。作業員の失踪。謎の子供の影。……すべて繋がっているのかもしれない」 上原の勘が警鐘を鳴らす。
第四章 不可解な遺留品
御門台駅の近くを改めて調査した結果、新たな手掛かりが見つかる。作業員が最後に目撃された階段の下に、小さく折りたたまれた紙切れが落ちていた。開いてみると、そこには奇妙な図が走り書きされている。 円を描くように駅名が並んでいるが、中でも「御門台」が赤く塗られており、矢印で囲まれている。さらに「柚木」「狐ヶ崎」「新清水」など、これまでも惨劇の舞台となった駅名が太字で記されていた。 紙の端には子供の字らしき稚拙な文字があり、「ボクは ここにいる」と書かれている。
「まるで“ここ(御門台)”を中心に何か計画されているかのようだ……」 上原は背筋が寒くなる。“ボク”と名乗る子供が何らかの計画を練り、駅を渡り歩いている? しかも、これまで血塗られた歴史を持つ狐ヶ崎や新清水の名が書かれている。
第五章 作業員の証言
その日の夕方、思わぬ知らせが入る。なんと失踪していた作業員が保護されたというのだ。清水区内の公園の片隅で震えているところを発見されたらしく、精神的に混乱していたが命に別状はない。 上原はさっそく病院を訪れ、作業員から事情を聞く。彼は蒼白な顔でこう語った。
「あの階段の下に、小さな子供が立っていたんです。ライトを当てたら、“一緒に来て”って手招きされて……。なぜか断れなかった。気づいたら留置線にいて、そこで仮面を被った大人が現れ、何か指示していたんです。“電車を夜に動かしたい。御門台駅は鍵だから協力しろ” って。拒んだらスタンガンみたいなのを当てられて……どうしても怖くて、逃げ出したんだけど……」
作業員は朦朧としたまま公園へ倒れ込み、その後の記憶がないという。 「仮面を被った大人……。子供が連れてきた? やはり背後に“黒幕”がいて、子供を利用しているのか」
上原の頭に、かつての“少年亡霊事件”がよぎる。子供が先導役となり、何者かが本当の目的を果たそうとしている――恐ろしい既視感が膨らむ。
第六章 予告の貼り紙
夜。上原は御門台駅に警官を配置し、警戒に当たらせた。だが、22時を過ぎても子供の姿は見当たらず、構内は静まり返っている。 駅係員が巡回を終え、ホームに戻ると、いつの間にかベンチの背もたれに貼り紙が残されていた。誰も気づかぬうちに貼られたものだ。 赤いマーカーで大きく書かれた文字――
「まもなく最終の電車が走る。血塗られた駅を巡り、御門台へ戻る。お迎えの時はすぐそこに――」
――最終の電車? 公式ダイヤなら御門台駅の終電は23時台。しかし、過去の惨劇では“亡霊列車”が架空の時刻で走行したことが何度もある。 「今度もヤツらは夜中に列車を動かす気なのか……しかも“御門台へ戻る”と書かれている」
上原は鉄道会社と相談し、可能な限り夜間の電力供給を抑えるよう要請する。しかし、全線を止めるわけにはいかないため、留置線や車庫のゲートに施錠を施し、車両の制御装置にもロックをかけるなど対策を行うことになった。
第七章 闇を裂く軋み
深夜0時を回る。通常ダイヤは全て終了し、御門台駅構内も消灯が進む。上原と数名の刑事が残り、万が一に備えて周囲を巡回していた。 すると、駅北側の踏切付近から低い金属音が響き始める。まるでレールを叩くような、カン、カン……という規則的な音。 「誰かが線路で作業しているのか?」 急いで踏切へ向かうと、そこには小柄な影がひとつ。少年か、あるいは小柄な成人か判別しづらいが、薄闇の中でレールをハンマーで叩いている。
「警察だ! やめろ!」 上原が大声をかけるが、影は振り向くことなくスタンガンを構えたもうひとりの人物が割って入ってくる。仮面を被っていて顔が見えない。 「くそっ……!」 刑事たちが懐中電灯で照らすと、仮面の人物はすかさずスタンガンを振りかざし、数人を威嚇。夜の闇に紛れて逃亡を図る。 が、一人の若手刑事が果敢に飛びかかり、仮面を剥ぎ取ることに成功する――そこにあったのは、意外にも年配の女性の顔だった。
「あなたは……!」 上原の声もむなしく、女性は咄嗟に発煙筒を焚き、一面に煙が立ち込める。足元も視界も混乱する中、影たちは姿を消した。
第八章 亡霊列車の出発
発煙筒の煙が晴れたとき、遠くから電車の走行音が聞こえてきた。まさか電力を遮断していたはずの留置線から? 無線が混線しているため確認が遅れるが、どうやら一編成が動き出したらしい。施錠を破り、制御装置を解除したのだろう。 「またか……!」 上原は一同を率いてパトカーで線路沿いの非常用道路を急行する。まだ暴走するほどの速度には至っていないようだが、闇夜を照らすヘッドライトが不気味にゆらめく。
やがて無人のように見える車両が、御門台駅へ向かって走り始める。周囲のポイント切り替えも誰かが遠隔で操作しているのか、スムーズに本線へ合流していく。 「止めなくては……!」
御門台駅のホームへ戻ると、そこには先ほどの“子供”らしき影が佇んでいた。ホーム上の明かりは落ちていて、その姿がシルエットとして浮かび上がる。 列車が駅へ滑り込む寸前、子供の影はホームからまっすぐ線路へ降り立つ。轟音を上げるブレーキ。――だが、止まらない。轢かれる……! 上原が絶叫し、身を乗り出したその瞬間、闇の中からもう一つの人影が飛び込んできて子供を突き飛ばした。結果、その人影が車両の先端に跳ね飛ばされ、ホームの下へ叩きつけられる形となった。
ホーム上は悲鳴がこだまする。ブレーキ音が鋭く響き、火花とともに列車はようやく停止。線路には倒れたままの人物がうめき声をあげる。 駆け寄る上原が懐中電灯を照らすと、その顔には先ほどの“年配女性”があった。真っ白な髪、血まみれの口元――作業員を脅したあの仮面の人物。 「な、なぜ子供を助けた……?」
第九章 悲劇の真相
女性は最後の力を振り絞り、かすれた声で言う。 「わたしは……清水桂(しみず けい)の…姪よ……あの人の怨念を、継ぐはずだった……。でも、何度こんな真似をしても……救われない……。子供まで犠牲にしていいわけが……ない……」
そう呟くと、女性は血泡を吹いて息絶えた。その手には、小さな人形が握られていた。そこには「●●(判読不明)清水」と書かれている。 一方で、子供はというと、列車の衝撃で軽傷を負った程度だったが、顔を見ようとすると必死に身を隠し、「お母さん……」と泣き叫んでいる。それを見て上原は悟った。 ――この子が、実際には“亡霊”ではなく“生きた子”だったのだ。おそらく、桂の姪と称する女性に利用されてきたのだろう。深夜の作業員拉致や、駅への落書きなど、子供の姿が人々を攪乱し、恐怖を増幅させるには格好の存在だったのだ。
警官たちが子供を保護しようとするが、子供は震えながら上原の手を拒む。 「お母さんを返して……お母さんはぼくを守ってくれたのに……!」 そう叫ぶ瞳には、憎悪と絶望が渦巻いているようにも見えた。
エピローグ 残された深い闇
結局、今回の“亡霊列車”騒動は、清水家の遠縁とされる姪が中心となり、十年前の少年事件を模倣したものだったらしい。目的は、またしても静清鉄道への復讐か、あるいは桂の思想を完遂することだったかもしれない。 しかし当の女性は亡くなり、詳細は永遠の闇へ消えた。 保護された子供は施設に送られることになったが、何度も「お母さん」「ぼくは清水の子」と繰り返し、精神的にも不安定な状態。先行きは不透明だ。
御門台駅のホームには、まだ昨夜の衝突の生々しい痕跡が残されている。赤い塗料の剥がれたレールや、暗い床の血痕。駅員たちは早朝の清掃に追われながら、重苦しい空気のまま始発電車を迎える。 ――上原は線路をじっと見つめていた。列車が来るたび、ホームの隅から“子供の影”が覗いている気がするのだ。 結局、この呪われた連鎖は何度繰り返せば終わるのか。清水家を名乗る者がまた現れるかもしれないし、利用される子供が増えるのかもしれない。止める手立ては見当たらない。 「子供を巻き込んだ血の復讐なんて、もうやめてくれ……」
その祈りにも似た呟きは、けれども夜の静寂に溶けていくだけだった。誰の耳にも届かず、御門台駅のホームは再び日常を取り戻す――表面だけは。 だが、そのレール下に沈む禍(まが)りの呼声は、まだ完全に消えてはいない。おそらく、また新たな怪異となって顔を出すに違いない。
――こうして、御門台駅を舞台に繰り広げられた亡霊の連鎖は、ひとまずは悲痛な結末で幕を下ろした。しかし、清水家の怨嗟は今なお路線を蝕み続け、いつか再び悲劇を呼び起こすのではないか。上原刑事の胸には、拭いきれぬ絶望が重くのしかかったままだった。
(第八作・了)
あとがき
「禍りの呼声――御門台駅に揺れる亡霊」は、これまでのシリーズに登場した“清水家”の怨念や少年亡霊のイメージを踏襲しつつ、新たに御門台駅をキー舞台に据えた続編です。作業員失踪、深夜の駅で目撃された子供の影、仮面を被った女性――すべてがかつての惨劇を再現するかのように進行し、最後はまたしても血を流す悲劇で終わりました。利用された子供や亡くなった女性の正体など、多くの点で謎は残り、清水家の呪いは完全には解かれません。むしろ、時が経つほどに歪んだ形で蘇り、鉄路を覆う闇をさらに深くしているようにも見えます。
もし次回作があるとすれば、今回救えなかった子供の行く末や、謎の女性が言及した「桂の姪」という血筋の真相など、新たな局面が開かれるでしょう。血塗られたレールを走る亡霊列車の記憶は、まだ消えないまま、静清鉄道の日常を淡々と侵し続ける――。





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