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第十一作「狐火の灯――狐ヶ崎駅に漂う影」

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月26日
  • 読了時間: 9分

更新日:1月27日



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序章 駅名に宿る不吉な響き

 静清鉄道・狐ヶ崎駅。 新清水駅へ向かう路線の中間付近に位置し、かつては観光スポットへの玄関口として賑わった。しかし近年は人通りが減り、夜になるとホームは閑散とした雰囲気に包まれる。 もともと“狐ヶ崎”という地名には霊的・怪異的な伝承も多く、「夜には狐火(こび)が出る」と昔から囁かれていた。それに加えて、近年相次ぐ“清水家”関連の怪事件が影を落とし、駅員や地元住民は薄暗い恐怖を抱えている。

 上原勝(うえはら まさる)刑事は、続発する謎の失踪や亡霊列車騒ぎを追ううちに、この狐ヶ崎駅が次の舞台になるのではないか――と危惧していた。 御門台駅での悲劇(第十作)以来、謎の子供の姿や「清水」と書かれた写真が繰り返し発見されてきた。いまだに行方がわからない若者たちや、事件に巻き込まれて命を落とした被害者の存在も含め、どれほどの犠牲が生まれればこの連鎖は終わるのか――上原の胸には重い虚しさが広がっている。

第一章 夜のホームに落ちる足音

 狐ヶ崎駅の夜。時刻は23時を回るころ。 改札を抜けてホームへ降りる乗客はわずか数名。翌朝早くの用事のために出勤する人や、終電で帰る学生がちらほらと行き交うだけだ。そんな中、「ホーム端で妙な足音を聞いた」という通報が入る。 駅員が確認すると、確かに誰もいないはずの場所からカツン、カツン……と金属を打つような音がする。懐中電灯を照らしても人影はなく、やがて音は消えてしまった。

 翌朝、ホームの隅で錆びた金属棒が落ちているのが見つかる。何かを引きずった跡のような筋が床に残り、血のような赤黒い汚れもかすかに付着していた。 「また“亡霊”の仕業か。あるいは誰かが細工をしている……?」 駅側はすぐに上原に連絡を入れる。上原も嫌な胸騒ぎを覚えながら、その金属棒の鑑定を急ぐが、はっきりとした痕跡は出てこないままだ。

第二章 狐面(きつねめん)を被る少女

 そんな中、地元の高校生から妙な噂が広まる。 「最近、夜の狐ヶ崎駅で“狐面を被った少女”を見た」 狐面――白い面に狐の目や耳が描かれた、お祭りなどで用いられる仮面だ。目撃証言によると、肩までの髪をした中学生くらいの体格の少女が、ホームのベンチに腰かけていたが、声をかけようとしたら消えたという。 「まさか、亡霊じゃないよな……」 高校生たちは半ば面白半分に噂し合うが、いつしか駅員や周辺住民の耳にも届き、不安を煽る結果となる。

 上原は「狐面の少女」と、先日まで見かけていた“少年の亡霊”との関連性を疑う。清水家がらみで、子供を使った幻惑が繰り返されている可能性がある。 「子供が増えている? あるいは前に見た少年が少女を連れているのか……?」 いずれにせよ、狐ヶ崎駅にもまた不穏な影が忍び寄っているのは間違いない。

第三章 再び深夜の走行

 ある晩、狐ヶ崎駅の係員が夜間巡回を終えて事務室に戻ると、モニターに奇妙な映像が映っていた。先ほどまでは正常だったホーム映像がノイズ交じりになり、誰かが画面奥を横切る。 係員が駆けつけると、そこには“狐面”を被ったらしき人影が立っているのが見えた。ホームの暗がりで佇む姿は、まるでこちらを監視しているかのよう。 「おい、そこの君! 立ち入り禁止だぞ!」 声を上げた瞬間、ホロロン……という不気味な笑い声が聞こえた――ように思えたが、次の瞬間には人影は消えていた。

 さらに不可解なことに、その直後、留置線に繋がるポイント制御室がハッキングを受けたらしく、夜間には動かないはずの車両に通電が行われる。 駅員が慌ててシャットダウンしようとするが、一部システムはロックされており、操作を受けつけない。 「まさか……亡霊列車を走らせようとしているのか!」

 上原も緊急連絡を受け、狐ヶ崎駅へ急行。警官隊がホームや留置線を固める。しかし不安な時間が過ぎても、幸い車両は動き出さず、騒ぎは空振りに終わった。 それでも「誰かが悪意をもってシステムを操作しようとした」事実は消えない。狐面の少女が犯人なのか? 背後に誰がいるのか――緊張は高まるばかりだ。

第四章 焼け焦げた写真、再び

 翌日、ホームのベンチ下から“焼け焦げた写真”がまた見つかった。人物は子供のようだが、やはり顔の部分が燃えていて判別不能。裏には「清水」の文字が薄く残る。 前作でもたびたび出現したこの“清水”写真。この駅でも現れたのは初めてではないが、一度は途絶えていた時期があった。 「“狐面の少女”と写真を置いた犯人は同一人物なのか? 清水家の怨念を象徴するアイテムなのか……」

 上原は駅係員と協力して防犯カメラを精査するが、またしても死角が多く、写真を置いた人物は映っていない。どこからか忍び込み、ホームに写真を置いているのだろうか。

第五章 失踪者の予兆

 その後、狐ヶ崎駅の利用者が「気味が悪い」と敬遠し始め、乗客数がさらに減っていく。にもかかわらず、今度は「駅周辺で人が消えた」という通報が入る。 被害者は20代の男性会社員。夜の帰宅時に「狐面の子供に声をかけられた」と同僚にメッセージを残したまま行方不明。スマホの電源は切れており、線路沿いの道で血痕のような染みが見つかったものの、本人は発見されない。 「またか……同じパターンが繰り返されている」 上原は焦りを募らせるが、確証を得られないまま、時間だけが過ぎていく。

第六章 警戒の狐ヶ崎駅

 事態を重く見た警察は、狐ヶ崎駅に重点警戒チームを配置し、深夜の監視を徹底することを決める。ホームの各所に警官を配置し、怪しい人物がいれば即座に取り押さえる方針だ。 夜22時すぎ、上原も現場に加わり、改札口やホーム端を巡回する。空気はじっとりと重く、遠くから踏切の警報音がかすかに聞こえる。まるで不気味な音楽のように感じられる。 しかし、しばらくしてトラブルが発生する。ホームの照明が瞬間的に落ち、真っ暗闇になる。数秒後に非常灯が点くものの、その間に「キャッ」という悲鳴が響いた。

 警官が駆けつけると、ホーム端にいた若い女性が倒れ込んでいる。肩を何か鋭利なもので切られたのか、血が滲んでいた。気を失いかけている彼女がうわごとのように言う。 「狐面を被った子が……私を……押そうとして……」

第七章 無残な幕引き

 パトカーや救急隊が到着し、一時騒然となる狐ヶ崎駅。ホーム上は警察官で溢れ、もう犯人が逃げる隙はないかに思えた。 その中、上原は線路脇の暗がりで、小さな影がチラリと横切るのを目撃する。狐面らしき白い輪郭が浮かび、スッと消える。 「いた……逃がさん!」 上原は咄嗟に線路へ飛び降り、非常階段下へ回り込む。しかし、その先には遮断された柵と、かすかな足音だけが残り、少女の姿は見当たらない。 柵越しに見えるのは、またしても夜の留置線の方角。そこから低いモーター音が響いていた。まさか――。

 刑事たちが留置線へ駆けつけると、やはり1両の車両が動き出している。最終電車後、電力を落としているはずなのに、再び誰かが遠隔操作をしているらしい。 警官数名がポイントを切り替えようとするが、システムがロックされて受け付けない。やむなく線路内で合図を送るが、列車は止まらずに衝突寸前――警官たちは咄嗟に飛び退き、免れる。 車両は本線へ合流し、狐ヶ崎駅のホームへ突入。幸いスピードはそこまで高くないが、まるでホーム端に何かを求めるように接近してくる。

 上原は急いで車両の最前部まで走り、乗務員扉を叩く。運転席は無人……と思いきや、暗がりの中に狐面を被った少女の姿らしき影が座っているではないか。 「おまえがやっているのか! やめろ!」 上原が必死に扉をこじ開けようとした瞬間、少女はわずかに首を傾げ、ハンドルを奥へ押し込む。――ブレーキではなく、加速のレバーだ。 「やめるんだ……!」 車両がカツンと衝撃を受け、加速しそうになる。しかし、その直後、ホームから飛び乗ってきた若手刑事が身を挺してレバーを戻し、すさまじいブレーキ音と共に列車は停車した。

 が、その拍子で少女は運転席脇のドアから線路下へ転落し、警官たちがライトを照らすも、そこには誰の姿もない。ほんの数メートル下はコンクリートの床だが、少女の体は見当たらず、狐面が落ちているだけ。 面の裏には赤いシミ――血痕らしきものがべったりついていた。

第八章 消えた狐面の少女

 列車は辛うじて大事故を免れたが、ホーム周辺は大混乱。乗務員扉付近には線路と車両が擦れた跡が残り、運転席には子供用の上着らしきものがかすかに引っかかっている。サイズは小学生~中学生くらいか。 「誰かが確実に運転席にいた……。だが、転落したはずなのに、どこへ?」 床には大きな血痕が残る。警官たちが周辺を徹底的に捜索しても、少女の姿は発見されない。まるで最初から存在しなかったかのように消えてしまった。

 翌朝になっても騒ぎは収まらず、駅はしばらく休止状態となる。ホームに流れた血、破損した車両の先頭部、そして無人の狐面……。すべてが謎だらけで、事件は未解決のままだ。 「一体何が目的だったんだ。清水家の怨念か、それともただの狂気か……。また子供が犠牲になったのか、それすらもはっきりしない」 上原はやり切れない思いで胸を締め付けられる。そう、今回もまた“犯人”も“真相”も闇の中に沈んでしまった。

終章 狐火(こび)の灯が消えない夜

 数日後、狐ヶ崎駅は最低限の復旧を終えて運行を再開したが、夜になるとホームには乗客がほとんどいない。誰もがあの狐面の少女の噂を恐れているのだ。 駅の防犯カメラ記録を精査しても、加速する車両の運転席にいた子供の姿は映っていない。唯一、警官や上原の証言だけが“少女は存在した”と言う。だが、彼女が本当に生きているのか、亡霊だったのか、答えは見つからない。

 ホーム端からは、まるで赤い狐火が揺らめくような錯覚を覚えることがあるという。地元住民は、かつての伝承を思い出し、「狐ヶ崎」という地名が持つ怪異に恐れをなしている。 ――こうして、新たな惨劇の舞台となった狐ヶ崎駅には、またしても血と謎が刻まれた。行方不明者や被害者、狐面の少女の足取りは深い闇へ消え、駅には未だ禍々しい気配が漂うのみ。

 静清鉄道の小さな駅には、今夜も淡々と列車がやってくる。だが、その闇の奥底には、消えぬ狐火の灯が蠢いているかのようだ――夜のホームを見つめる上原の瞳には、どうしようもない虚無だけが残っていた。 (第十一作・了)

あとがき

「狐火の灯――狐ヶ崎駅に漂う影」は、第十作「赤き背中が視るホーム」の続編として、舞台を狐ヶ崎駅に移しつつ、新たな亡霊的存在(“狐面の少女”)と不可解な車両操作事件を描きました。これまでのシリーズと同様に、清水家の呪縛めいた要素や、幻のような子供たちが暗躍し、誰も正体を掴めないまま多くの犠牲を出す悲劇的展開となっています。最後まで「狐面を被った少女」は実在だったのか、怨霊だったのか――曖昧なまま終わりを迎え、静清鉄道の闇はますます深みを増しています。

もし続編(第十二作)があるとすれば、この狐面の少女が本格的に姿を現すのか、あるいはこれまでに登場した少年亡霊との繋がりが明かされるのか――。いずれにせよ、静清鉄道を巡る血塗られた遺恨が、ここで終わる兆しはまだ見えそうにありません。どこまでも続くレールの闇に沈む狐火は、さらなる犠牲を求めて、夜な夜な人々を惑わせ続けるのでしょう。

 
 
 

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