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第十四作「ちゃっきり節に啼(な)く夜――上原堤の鏡に映る影」




序章 古い唄(うた)が呼ぶもの

 静岡清水線・狐ヶ崎駅周辺が、再び不穏な空気に包まれ始めた。 前作「上原堤に沈む月」で、月が赤く染まる夜に“狐ヶ崎の刀”を持つ子供が亡霊列車を走らせ、多くの犠牲を生んだばかり。にもかかわらず、今度は「ちゃっきり節」が深夜に聞こえる、という奇妙な目撃報告が急増しているのだ。 ちゃっきり節とは、北原白秋の作詞により、1927年(昭和2年)頃に静岡鉄道が狐ヶ崎遊園地の宣伝として発表し、一躍有名となった新民謡。かつてはこの地の風物詩とされる明るい唄だったが、今ではむしろ“古き時代の名残”としてほとんど歌われることがない。 それが、なぜこの闇夜に甦るのか――。

第一章 夜のホームに響くちゃっきり節

 深夜の狐ヶ崎駅。最終電車が去って間もない頃、薄暗いホームに微妙な旋律が漂った。三味線の音色にも似たか細い響き、そこに乗る低い声――確かに、あの「ちゃっきり節」の一節だった。 巡回中の駅員は背筋が凍りつく。こんな時間に三味線など持ち込む人はいないはず。それなのに、まるで遠くから風に運ばれてくるように音が聞こえる。 急ぎホーム端へ向かうと、そこには誰の姿もなかった。ただ、複線のレールをかすめるように、赤い影がスッと動いたように見えた――あの“子供”か、それともまったく別の亡霊なのか……。

第二章 赤い衣装に三味線の少女

 駅構内の防犯カメラを確認してみると、カメラの死角をかすめて、一瞬だけ三味線らしきものを抱えた少女のようなシルエットが映っていた。衣装は赤い袴に似ており、その肩から背中にかけて、刀のようにも見える長い物を負っている――もしかして“狐ヶ崎の刀”なのか? 「子供が刀を持ち、しかも三味線を奏でている……?」 担当刑事の**上原勝(うえはら まさる)**は、前作での惨劇を思い出し、不安を募らせる。これまでにも赤い衣装の子や、拍子木のような音を立てる亡霊が度々目撃されてきたが、今度は三味線とちゃっきり節――要するに“静岡らしい唄”をキーワードにしているようだ。

第三章 ちゃっきり節に隠された哀歌

 大正末期から昭和初期にかけて、ちゃっきり節は静岡鉄道が狐ヶ崎遊園地を宣伝するために作られ、北原白秋の詩と町田佳声の曲によって大ヒットしたとされる。しかし、残されている楽譜や当時のレコードは今では希少品で、一部の郷土資料館にしか存在しない。 上原は郷土史家の老人に話を聞くうち、こんな噂を耳にする。

「ちゃっきり節はね、元々は明るい唄だが、裏には“もう一つの詞章”があったという話さ。血と刀の歴史を婉曲に織り込み、亡霊を鎮めるための哀歌としての意味も持っていた、とね……。それが今、誰かが本来の詞章を甦らせようとしているのかもしれない。あるいは、『刀の亡霊』と結びついてしまったのか……」

 ――刀、亡霊、三味線、ちゃっきり節。本来は楽しげな遊園地のイメージソングが、いつの間にか血塗られた怨念の発露になっているのかもしれない。

第四章 行方不明の女子大生

 そんな中、駅近くの茶商「本多製茶」のアルバイトをしていた女子大生・遠藤理香が行方不明になる。夜のバイトを終え、狐ヶ崎駅から新静岡方面へ帰宅するはずが、深夜を過ぎても家に戻らない。携帯は繋がらず、駅の係員も彼女が来たかどうかは確認していない。 ただ、同じ職場の同僚がLINEでやりとりしていた際、理香が「駅のホームで赤い袴を着た子供に声をかけられた。三味線みたいな音がする……怖い……」と打ち込んでいた履歴が残っている。 明らかに事件の匂いがする――上原は狐ヶ崎駅を中心に捜索を開始するが、理香の姿は発見されないまま。

第五章 上原堤へ導かれる

 翌日の夕方、またしても上原堤で不穏な噂が流れる。「堤の縁に三味線の音が響いていた」とか、「赤い服の子供が池のほとりで何かを埋めているのを見た」という通報まで入った。 上原は警官隊を率いて上原堤へ急行し、周囲を探索。すると、水際の草むらから何か赤い布を引きずった痕跡が見つかった。さらに草むらの中に、理香の学生証と靴が散乱している。 「ここに……理香さんが連れてこられたのか?」 さらに深い場所を掘り起こすと、そこには女子用の小型の三味線ケースが土にまみれて捨てられていた。中身は空っぽ。先ほどの通報では“子供が三味線を弾いていた”とされているが……?

第六章 深夜の“ちゃっきり列車”

 その夜、狐ヶ崎駅からまたしても不可解なアナウンスが流れる。 > 「まもなく‘ちゃっきり列車’が参ります……刀と三味線をお持ちの方はお急ぎください……」

 誰かが悪質なハッキングを仕掛け、駅システムを掌握しているのは間違いない。以前にも同様の手口で亡霊列車が動かされたことがある。警官たちが必死に制御しようとするが、すでに何者かが留置線のポイントを切り替えている。 ――23時半、普段なら動かないはずの一両編成が本線へ合流し、狐ヶ崎駅に滑り込む。しかも車両のスピーカーから三味線の音色がかすかに響いている。まるで“ちゃっきり節”を流すかのようだ。 「また亡霊列車か……!」 上原は拳銃を構え、ホーム端で待ち構える。車両が停まると、運転席には誰もいない。しかし次の瞬間、客室のドアが開いて子供の影が飛び出し、ホームへ降り立つ。赤い袴姿、手には短い刀のようなものと小さな三味線ケース――。

 「おまえがやっているのか! 遠藤理香さんはどこにいる!」 上原が詰め寄ろうとすると、子供は三味線ケースを放り投げ、虚空を見つめるように呟く。 「おねえちゃんは……月の底……池の底……もう戻れない……」

 背筋が凍る。子供はホームの床に刀を突き立てるような仕草を見せ、そのまま電車の下へ潜るかたちで姿を消す。追いかけようにも、車体の隙間に入られたら危険だ。 駅員が非常ブレーキを確保し、車両が動かないようにしたが、子供はそこにいなかった。まるで闇に溶けたかのように消えてしまった。

第七章 血塗られた三味線

 結局、列車は暴走こそしなかったが、ホームには禍々しいものが残されていた。――子供が放り投げた三味線ケースだ。開けてみると、中には血の付いた小型三味線と、白い絹布が折り畳まれている。絹布には「遠藤理香」の名がかすかに書かれており、彼女の血かと思われる暗いシミが広がっていた。 「刀も確かにあったが……姿はどこへ?」 上原は愕然としつつも、状況から推測するに理香が既に命を落とした可能性は高い。あの子供は“おねえちゃんは池の底”と呟いた――彼女の亡骸は上原堤に沈んでいるのか。

 夜明けにかけて捜索隊が池を集中捜索した結果、案の定、理香の無惨な遺体が発見される。水面下で何かに押し込められたかのようで、遺体の胸には刀のような鋭利な切り傷があった。

第八章 ちゃっきり節の哀切

 理香の遺体発見後、駅と上原堤付近の住民は恐怖と悲嘆に沈む。かつて遊園地の明るさを象徴した“ちゃっきり節”は、今やおぞましい殺人のBGMのように思われ、誰もが耳を塞ぎたくなる。 しかし、その夜もまた深夜のホームに三味線の音が流れたという。駅員がホームへ出ると、瞬間的に三味線の旋律が止み、赤い袴の子供が立っている……かに見えたが、すぐに消える。 子供はどこから来たのか? 誰が操っているのか? “清水家”の呪縛や“狐ヶ崎の刀”の因縁も絡んでいるのか――一切が謎のまま。また一人、犠牲者だけを残した形となった。

第九章 鏡のような水面に沈む最後

 惨劇から数日後、夜の上原堤。月が妙に大きく光り、水面を鏡のように映し出している。そこを一人ふらふらと歩く男性が目撃される。遠藤理香の恋人で、彼女の死を嘆き塞ぎ込んでいた会社員だ。 彼は取り乱した様子で、「赤い袴の子に呼ばれている……理香が下で待ってる……」と独り言を呟きながら、池の奥へ進んでいったという。 上原が緊急出動して駆けつけたとき、既に男性の姿はない。水辺には血のように赤い染みがこびりつき、短い三味線の弦が絡まっているだけ。 池の奥から、まるで誰かが三味線を弾くような音がかすかに響く――チン、チン……それは哀切に満ちた調べ。まさに“ちゃっきり節”の旋律が闇にこだまするかのようだ。

 「理香さん……!」 上原が叫ぶが、応える声はない。ただ水面には月が静かに揺れ、“赤い姿”を宿しているように見える。

終章 叫びは届かず、闇は深く

 こうして、狐ヶ崎駅と上原堤を舞台に繰り広げられた新たな惨劇は、また複数の犠牲者を出し、何の解決もないまま終わりを迎えた。赤い衣装の子供、刀、三味線、ちゃっきり節の旋律――すべてが謎のベールに包まれたまま、闇へと沈んでいく。 捜査を続ける上原刑事の胸には、重苦しい徒労感がのしかかる。――この“亡霊”はいったい何を望んでいるのか? “狐ヶ崎の刀”と“ちゃっきり節”が結びつく先にあるものは、さらなる血の宴なのか。 駅前の旧東海道沿いからも、深夜に三味線の音を聞いたという報告が絶えず、住民たちは皆すくんでいる。これまで明るい郷土の文化として愛されてきたはずの「ちゃっきり節」が、今や死を招く呪詛のように錯覚されていた。

 ――こうして、ちゃっきり節が啼く夜は、人知れず血を飲むかのように狐ヶ崎駅を蝕んでいく。 上原堤の水面は鏡のごとく月を映し、そこには赤い袴の子供がゆらりと揺れる幻。誰もそれを追い払えず、叫びも届かない。あたかも、かつての遊園地の陽気なメロディが、今は妖しく、永遠に人を誘う鎮魂歌(レクイエム)に変わってしまったかのようだった……。

 (第十四作・了)

あとがき

「ちゃっきり節に啼く夜――上原堤の鏡に映る影」は、これまでの“刀”や“亡霊列車”に加え、**三味線や新民謡「ちゃっきり節」**という新たな要素を取り込み、狐ヶ崎駅の歴史と悲劇をさらに深化させるエピソードです。1927年、北原白秋が静岡鉄道のCMソングとして作詞したちゃっきり節は、元来は明るく楽しい唄でしたが、本作では血と刀の伝承と結びつき、闇夜に響く不吉な音として登場します。上原刑事の叫びも虚しく、再び犠牲者が増えるばかり。“赤い袴の子”の正体は何なのか、“狐ヶ崎の刀”との関連は本当にあるのか――謎は深まるばかりで、依然として解決には遠い状況となりました。

もし次回作があるなら、ちゃっきり節が持つもう一つの詞章や、三味線を操る子供の過去などが掘り下げられるかもしれません。明るいはずの静岡民謡が、いつから呪詛のように鳴り響くようになったのか――その根源が明らかになる日は来るのか。血塗られた鉄道のサスペンスは、まだ終着駅を見つけることなく、さらなる深い闇へ沈んでいくのです。

 
 
 

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