第四章 原稿用紙の白
- 山崎行政書士事務所
- 1月30日
- 読了時間: 6分

白いものは、だいたい軽い顔をしている。紙も、雲も、湯気も。軽そうに見えるから、触ってから驚く。軽いはずなのに、手のひらに残るものがある。
翌朝、祖母は買い物袋の底から、薄い束を取り出して食卓の端に置いた。原稿用紙だった。四百字詰めの升目が、まっすぐ並んでいる。紙はまだ新しく、指先で撫でると繊維がきゅっと鳴る。鳴った気がしただけかもしれない。でも新しい紙は、たいていそういう音を隠して持っている。
「作文だら。これ、使いな」
祖母はそう言って、湯を足した。言葉を足すみたいに湯を足す。足しても、説明は増えない。増えないのに、続けられる感じだけが増える。
父はテレビの音を小さくして、箸を置いたまま立ち上がった。畑へ行く時間。段取りの時間。父は段取りに遅れない。
幹夫(みきお)は原稿用紙を一枚だけ抜き取って、胸のあたりに当ててみた。紙は冷たかった。朝の空気の冷たさが、そのまま紙に移っている。冷たい紙は、まだ何も書かれていないのに「ちゃんと書け」と言っている気がした。紙が言うわけじゃない。自分の胸の中が勝手に言う。
学校で「夏」という題が出たとき、教室の誰かが「楽勝じゃん」と言った。楽勝、という言葉の軽さが、幹夫には少し遠く聞こえた。夏は、楽勝の季節ではない。夏はいつも、何かを増やす。汗、匂い、影、声。増えたものが減るときに、急に重さが出る。
昼過ぎ、部屋の机に原稿用紙を広げた。鉛筆は削ってある。消しゴムもある。机の上には、夏の準備が整っている。整っているのに、升目は白いままだった。
最初の一行目がいちばん白い。白いというより、まっさらすぎる。升目が整いすぎて、言葉の居場所がない。居場所がないと、言葉は喉に残る。喉に残った言葉は、いつか咳みたいに出る。
幹夫は一升目に「な」と書きかけて止まった。な、の次に続くものが多すぎた。夏、なつ、鳴く、なにも。どれも違って、どれも近い。
消しゴムで軽くこすると、鉛筆の灰色が紙に薄く広がった。消したはずなのに、残る。残った薄い灰色は、雲の影みたいだった。見えないふりをしようとすると、かえって目に入る。
窓の外で蝉が鳴いた。まだ大合唱じゃない。一本だけ、ためらうように。鳴き方が遠いと、夏はまだ「始まっていないふり」をする。始まっていないふりをするくせに、肌にはもう張りつく。湿度だけが先に来る。
しばらくして、蝉の声が途切れた。途切れた瞬間、家の音が浮いた。台所の水道の音。祖母が鍋を動かす音。廊下の床板がきしむ音。そして、自分の呼吸。
午後の静けさは、いつも説明不足だ。静かになればなるほど、書かなかったことが増える。増えると、紙は軽いままでも、机の周りの空気だけが重くなる。
幹夫はペン先を持ち上げて、机の端のスマホを見た。画面は暗い。暗いまま、そこにある。画面を点けるかどうかを迷う時間だけが、やけに長い。
結局、点けた。点けた瞬間、昨夜の母の文が出てきた。
「茶町の匂いも、清水の風も、同じ線でつながってるの不思議」
“線”という言葉が、升目の縦横と重なった。線で区切られた白に、何かを入れる。入れたら、出ていってしまう。出ていってしまったものは戻らない。戻らないから、書くのが怖い。怖いのに、書かないと、何も動かない。
幹夫は原稿用紙の端に、題とは関係のない一行を書いた。
「しずてつの踏切は、鳴る前がいちばんうるさい」
書いてから、自分で少し驚いた。うるさい、という言葉を選んだことに。うるさいと言い切るほど、あの音が嫌いだったわけではない。嫌いでもないのに、うるさい。うるさいのは、音じゃなくて「鳴る前」の一拍が、胸の中の段差を見せるからだ。
幹夫はそれを二重線で消した。消したのに、線の痕が残る。残る痕は、いちど書いたという事実だけを残す。事実だけが残ると、感情は置き去りになる。置き去りのほうが楽なのに、置き去りにすると夜に戻ってくる。
夕方、父が納屋の前で、茶袋を積み替えていた。乾いた麻袋が擦れる音。土の匂い。機械油の匂い。茶畑の匂いは、ここではもう「背景」みたいに薄い。背景はいつも同じだから、変化に気づきやすい。
父が、幹夫を見ないまま言った。
「作文、やっとるか」
“やっとるか”は、確認の形をしている。叱るでも、励ますでもない。段取りの一部みたいに投げられる。段取りの言葉は、受け取りやすい。受け取りやすい言葉は、答えやすい。
「……やってる」
「題、なんだ」
幹夫は少し黙った。「夏」と言うと、夏が大きくなる気がした。大きくなると、抱える腕が足りなくなる。
「……夏」
父の手が一度止まった。止まって、また動き出す。止まった時間が短いほど、その止まり方は目立つ。
「夏ぁ……」
父はそれだけ言って、茶袋の角を押した。袋の中身が落ち着く。落ち着く音がする。音はしないけれど、落ち着いた気配がある。落ち着く、というのは、重さが定まることだ。
父は、ひどく不器用に続けた。
「……清水の風、書いたらどうだ」
何の説明もない。それなのに、その一言は、幹夫の胸の中の何かに触れた。父が「清水」と言うのは珍しい。珍しいから、言葉が硬く響く。硬いのに、突き放す硬さではない。硬さの奥に、近づけない人の距離がある。
幹夫は「うん」と言いかけて、言わなかった。言えば、そのまま会話が始まるかもしれない。始まったら、次の言葉が要る。次の言葉を、父も自分も用意していない気がした。
父は茶袋を積み終えると、手袋を外しながら言った。
「無理に、うまく書かんでええ」
うまく、というのは便利な逃げ道だ。うまく書けない、と言えば、書かなくて済む。でも父の言い方は、逃げ道というより、踏み外さないための縁の作り方みたいだった。
「……うん」
今度は、幹夫は言った。言った「うん」は、納屋の土の匂いに吸われず、ちゃんと残った。
夜、原稿用紙の白はまだ白かった。でも白の中に、消しゴムでこすった灰色がいくつか残っている。残っているだけで、紙は「今日を吸った紙」になる。吸った紙は軽くない。軽くないけれど、机の上でちゃんと平らだ。
幹夫は、母の留守電を再生した。「茶町、覚えてる?」という声。声は、風のない部屋では途切れない。途切れない声は、聞けてしまう。聞けてしまうと、返したくなる。
返信欄を開いて、幹夫は短く打った。
「作文、夏」
それだけ。送信は、少し遅れた。遅れたのに、押した。
送ってから、すぐに後悔は来なかった。後悔はたいてい、少し遅れて来る。遅れて来るものがあることを、幹夫は茶の甘みで知っている。
数分後、母から返信が来た。
「夏、って言われるとね、 安倍川の花火の帰り、国一が混んで、車の中で寝ちゃった幹夫を抱えたの思い出す」
抱えた、という動詞が、画面の上で静かに光った。抱える重さの話なのに、母の文は軽かった。軽いのは、具体的だからだ。具体的な重さは、想像よりも扱いやすい。想像の重さは無限に増える。
幹夫はその文を読んで、机の上の原稿用紙に視線を戻した。夏は、安倍川の花火の帰り道の国一。夏は、渋滞の車内の匂い。夏は、眠った自分の体温。夏は、抱える腕の筋肉の疲れ。そういうふうに、夏はいつも、言葉より先に身体で残る。
幹夫は一行目に、ゆっくり書いた。
「夏は、匂いが先に帰り道を作る」
書き終えた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。縮んだのに、固まらなかった。固まらない縮み方を覚えてしまうと、前へ進んでしまう。進んでしまうのが少し怖い。怖いけれど、白い升目の中に一行あるだけで、机の周りの空気が少しだけ軽くなった。
窓の外で、また蝉が鳴いた。一本だけ、短く。鳴いて、途切れる。途切れたあとに、家の遠い音が戻る。
幹夫少年は、まだ世界の重さを知らなかった。けれど「抱える」という言葉が、誰かの文の中にあるのを見た夜、白い紙に一行置いても倒れない程度の重さなら、自分の中にも生まれ始めていることを、指先だけが知っていた。





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