第20話 飲食店営業許可とゼロトラスト定食
- 山崎行政書士事務所
- 5月13日
- 読了時間: 16分

静岡市葵区、青葉通りから少し入った山崎行政書士事務所では、その日の朝、陽翔がホワイトボードに謎の献立を書いていた。
ごはん 味噌汁 焼き魚 小鉢 多要素認証 最小権限 ログ保存
「陽翔くん」
所長の山崎香澄が、湯呑みを片手に言った。
「はい」
「最後の三つは食べられないと思うの」
「概念としては、かなり栄養があります」
悠真が書類を整えながら、静かに言った。
「少なくとも、胃では消化できません」
「でも、心のセキュリティには効きます」
「心に入れる前に、仕事に戻ってください」
さくらが相談票を確認しながら笑った。
「今日のお客様は、新しく食堂を開くご夫婦ですね。飲食店営業許可と、予約システムやキャッシュレス決済のクラウド管理について相談したいそうです」
「食堂!」
陽翔の目が輝いた。
「だから献立を書いていたんですか?」
あやのが赤ペンを置いて尋ねる。
「はい。事前準備です」
「それは事前準備ではなく、空腹です」
奏汰がヘッドホンを片耳だけ外して言った。
「でも、キャッシュレス決済と顧客データが絡むなら、食堂にもゼロトラストは必要です」
陽翔は勢いよく振り返った。
「ほら! 奏汰くんが認めました!」
「献立は認めていません」
悠真が即座に言った。
午前十時、入口の鈴が、からん、と鳴った。
「こんにちは。予約していた大石です」
入ってきたのは、三十代後半の夫婦だった。
夫の大石航平は、やわらかい笑顔の男性で、手には丸めた厨房図面を持っている。妻の大石美咲は、ノートパソコンと分厚いファイルを抱え、緊張した顔をしていた。
「このたび、葵区で小さな食堂を開くことになりまして」
航平が頭を下げた。
「店名は?」
陽翔が前のめりになる。
「まだ仮ですが、“青葉ごはん こもれび”にしようかと」
事務所の空気が、少しやわらかくなった。
「素敵な名前ですね」
香澄が微笑んだ。
美咲は照れたように笑った。
「青葉通りを歩いていたとき、木漏れ日がきれいで。こんな場所で、毎日食べても飽きないごはんを出せたらいいなって」
「最高ですね」
陽翔が胸に手を当てた。
「もう行きたいです」
「まだ営業許可前です」
悠真が言った。
「では、開店後に行きたいです」
「それなら適切です」
香澄は二人を応接室へ案内した。
「今日は、飲食店営業許可の準備と、予約システムやキャッシュレス決済の情報管理を一緒に整理しましょう」
航平は厨房図面を広げた。
「保健所に相談する前に、図面や設備の確認をしたくて。手洗い場、シンク、冷蔵庫、食器棚、客席、レジ……何をどう整理すればいいのか分からなくなってしまって」
美咲もファイルを開いた。
「それに、今どきは予約もキャッシュレス決済も必要かなと思って。予約システム、決済サービス、ポイントアプリ、SNS、全部クラウドで便利そうなんですけど、お客様の情報を扱うのが少し怖くて」
「とてもよい相談です」
香澄はうなずいた。
「お店を始める準備と、情報を預かる準備。どちらも大切です」
りながホワイトボードに大きく二つの箱を書いた。
開業・許可。 IT・情報管理。
「まずは分けましょう」
しょうこが続けて、さらに細かく分類した。
厨房図面。 営業許可。 予約システム。 キャッシュレス決済。 顧客データ。 委託先管理。
「一気に見ると定食の大皿みたいですが、一品ずつ確認します」
陽翔が目を輝かせた。
「しょうこさん、今、定食って言いましたね」
「言いましたが、謎メニューの許可ではありません」
「まだ何も言ってません」
「顔が言っています」
最初は、飲食店営業許可の話だった。
香澄とさくらが、厨房図面を確認する。
「厨房の手洗い設備はここですね」
「はい」
航平が指さす。
「二槽シンクはこちら。冷蔵庫は厨房奥。食材の保管場所はここと、乾物用の棚がこちらです」
さくらが付箋を貼っていく。
「客席と厨房の動線、従業員の手洗い、食材の保管、清掃しやすさ、換気、トイレ、廃棄物の置き場所。図面で確認しておくと、相談しやすいです」
航平は真剣にうなずいた。
「料理のことは考えていたんですが、図面として見せるとなると、急に緊張します」
「厨房図面は、お店の体の設計図みたいなものです」
みおがぽつりと言った。
「どこで洗って、どこで作って、どこで出すか。ちゃんと流れがあると、お客様も働く人も安心できますね」
陽翔が小声で言う。
「結論の妖精、今日は厨房にも対応」
悠真が言った。
「適切です」
航平は嬉しそうに図面を見た。
「お店の体の設計図……いいですね」
次に、営業許可の手続きに必要な準備を確認した。
営業施設の概要。 食品衛生責任者。 厨房設備。 水回り。 保管設備。 提供メニュー。 開店予定日。 現地確認。
美咲は少し不安そうに言った。
「許可って、怖いものだと思っていました。何か間違えたら怒られるんじゃないかって」
香澄はやわらかく首を振った。
「怖がるための手続きではありません。お客様に安心して食べてもらうために、お店の準備を確認する手続きです」
航平が静かに言った。
「食べてもらう場所を整える、ということですね」
「はい」
さくらが微笑んだ。
「書類も図面も、そのための道具です」
そこまでは、昔ながらの開業相談の空気だった。
しかし、次に美咲がノートパソコンを開いた瞬間、応接室は山崎事務所らしいクラウドの空気へ切り替わった。
「予約システムは、こちらを検討しています。お客様の名前、電話番号、人数、来店日時、アレルギー情報、備考欄が入ります」
ふみかのピンクのクリップボードが開いた。
「アレルギー情報は、とても大切な個人情報ですね。必要な人だけが見られるようにしたいです」
奏汰が画面をのぞく。
「予約システムの管理者は誰になりますか?」
「私です」
美咲が答える。
「夫も見られるようにします。あと、アルバイトさんにも予約確認はしてもらうかもしれません」
蓮斗が静かに言った。
「全員に管理者権限を渡す必要はありません」
陽翔が待ってましたとばかりに立ち上がった。
「そこで本日の新メニューです」
悠真が眉を上げた。
「嫌な予感がします」
陽翔はホワイトボードの端に大きく書いた。
ゼロトラスト定食
ごはん:本人確認 味噌汁:最小権限 焼き魚:ログ保存 小鉢:委託先管理 漬物:定期棚卸し お茶:困ったときの連絡先
沈黙。
航平が真剣に見た。
美咲も真剣に見た。
山崎事務所の所員たちは、半分あきれ、半分あきらめ、少しだけ感心した顔をしていた。
「……意外と分かりやすいです」
航平が言った。
陽翔は胸を張った。
「ありがとうございます!」
悠真が静かに言った。
「悔しいですが、構成は悪くありません」
「悠真さんが定食を認めた!」
「定食を認めたのではなく、比喩として一部認めました」
美咲は少し笑った。
「ゼロトラストって、“誰も信じない”という意味だと思って、ちょっと冷たい感じがしていました。でも、定食にすると、少し分かる気がします」
奏汰が言った。
「信じないのではなく、確認する考え方です。お店で言えば、誰でも厨房に入れるようにしない。スタッフでも、担当に応じて見られる情報を分ける。レジ操作や予約変更も、必要な人が必要な範囲で行う」
ふみかが続けた。
「お客様のアレルギー情報は、調理や接客に必要です。でも、必要のない人が自由に見られる状態は避けたいです」
美咲はうなずいた。
「たしかに。アルバイトさんには当日の予約確認はしてもらっても、過去の顧客一覧や売上データまで見える必要はないですね」
蓮斗が画面を指した。
「予約システムの権限を、管理者、予約確認担当、閲覧のみ、というように分けられるか確認しましょう。退職したスタッフのアカウントを残さないことも大切です」
陽翔が言った。
「退職者アカウントは、食堂で言えば返してもらっていない裏口の鍵です」
「それは分かりやすいです」
航平が大きくうなずいた。
「裏口の鍵は怖い」
悠真も頷いた。
「今回の比喩はかなり適切です」
陽翔はしばらく目を閉じた。
「今日、僕は定食で勝ちました」
「勝負ではありません」
次に、キャッシュレス決済の話になった。
美咲は資料を出した。
「クレジットカード、QRコード決済、電子マネーを入れたいんです。決済サービス会社と契約する予定ですが、売上データやお客様の情報がどう扱われるのか、よく分からなくて」
かなえが契約書案を受け取った。
「決済サービスの契約ですね。手数料、入金サイクル、チャージバック、不正利用時の対応、端末の管理、障害時の対応、個人情報の取り扱いを確認しましょう」
あやのも赤ペンを持つ。
「入金時期は大事です。開業直後は資金繰りに影響します」
航平が真剣な顔になった。
「そこ、気になっていました。現金と違って、売上がすぐ口座に入るわけではないので」
悠真が契約書を見ながら言った。
「手数料だけでなく、入金日、締め日、返金処理、端末故障時の対応も確認しましょう。お客様から見れば“支払ったのに処理できない”というトラブルは、お店の信頼にも関わります」
奏汰が言った。
「決済端末も、クラウドにつながる小さなレジです。管理者画面、ログインID、パスワード、多要素認証、利用者権限を確認したほうがいいです」
陽翔がホワイトボードの「焼き魚:ログ保存」を指した。
「つまり、焼き魚がここで活躍します」
さくらが首をかしげた。
「焼き魚がログ保存?」
「香ばしく残す記録です」
「意味が分かりません」
奏汰がぼそっと言った。
「焼き魚比喩は不要です」
「定食の中で唯一却下されました」
次に、顧客データの管理がテーマになった。
美咲は予約システムとSNS、ポイントアプリの画面を見せた。
「常連さんには、誕生日クーポンや季節のメニュー案内を送りたいんです。でも、勝手に送っていいのか、どこまで登録していいのか分からなくて」
ふみかがクリップボードに書き込む。
「利用目的をはっきりさせましょう。予約管理、来店連絡、アレルギー対応、クーポン配信、問い合わせ対応。お客様に何のために情報を使うのか分かるようにします」
しょうこが三行にまとめた。
「一、予約に必要な情報と、販促に使う情報を分ける。 二、クーポンや案内は、お客様が希望した場合に送る。 三、外部サービスに預ける情報を把握する」
美咲はメモを取りながら言った。
「予約のために電話番号を聞くのと、キャンペーン案内を送るのは、別なんですね」
「はい」
香澄が言った。
「お客様がごはんを食べに来るとき、安心して情報を預けられるようにすることも、お店づくりの一部です」
みおがぽつりと言った。
「お客様の名前も、アレルギーも、好きな席も、その人が気持ちよく食べるための情報なんですね」
航平は、少し目を細めた。
「好きな席……いいですね。常連さんが“いつもの席”って言える店にしたいんです」
美咲も笑った。
「でも、その“いつもの席”の情報も、ちゃんと大切に扱うんですね」
「そうです」
ふみかが頷いた。
「お客様を覚えることと、情報を大切に扱うことは、同じ方向を向いています」
次は、委託先管理だった。
予約システム会社。 決済サービス会社。 POSレジ会社。 SNS運用支援を頼むかもしれない知人。 ホームページ制作会社。
開業前の小さな食堂なのに、関係する外部サービスや委託先は思ったより多かった。
航平は頭をかいた。
「食堂って、もっと鍋と包丁と米びつの世界だと思っていました」
陽翔が言った。
「今の食堂は、鍋と包丁と米びつとクラウドです」
奏汰が頷いた。
「正しいです」
「奏汰くんから正しい判定!」
かなえは委託先一覧を作った。
「それぞれの委託先について、何を任せるのか、どんな情報を渡すのか、契約はあるのか、再委託はあるのか、障害時の連絡先はどこか、契約終了時にデータを削除できるかを確認しましょう」
美咲は少し不安そうに言った。
「全部、難しいですね」
香澄は首を振った。
「最初から完璧にする必要はありません。でも、一覧にしておくことが大切です。誰に何を任せているか分かるだけで、困ったときに動きやすくなります」
りなが、食堂の業務フローを描いた。
予約を受ける。 仕込みをする。 来店する。 注文する。 提供する。 支払う。 次回来店につなげる。
その下に、ITシステムを並べた。
予約システム。 顧客データ。 POSレジ。 キャッシュレス決済。 会計ソフト。 SNS。 ホームページ。
「食堂の一日と、システムを重ねると分かりやすいです」
りなは言った。
「料理を出す流れと、情報が流れる道を一緒に見ます」
航平はホワイトボードを見つめた。
「すごい。うちの店が、少し見えてきました」
「厨房図面と同じですね」
みおが言った。
「お店の中の人の動きと、クラウドの中の情報の動き。両方に通り道がある」
陽翔が小声で言った。
「今日は完全に食卓とクラウドがつながっています」
その後、陽翔の「ゼロトラスト定食」は、なぜか相談の中で何度も登場した。
「予約システムにログインする人は?」
「本人確認のごはんですね」
「アルバイトさんの権限は?」
「最小権限の味噌汁です」
「決済サービスの管理画面は?」
「多要素認証の主菜を追加しましょう」
「委託先の一覧は?」
「小鉢です」
「退職者アカウントの棚卸しは?」
「漬物です。毎月確認すると味が締まります」
悠真は途中から止めるのを諦めた。
「比喩が定着してしまいましたね」
香澄が笑った。
「お客様が分かりやすいなら、今日はいいんじゃない?」
航平は真剣に言った。
「うちの開店前ミーティングで、この定食を使ってもいいですか?」
陽翔は立ち上がりかけた。
「もちろんです!」
悠真が即座に言った。
「正式なセキュリティ用語ではないことも説明してください」
「はい。山崎事務所発祥の謎メニューとして」
「それも説明しなくていいです」
美咲は笑いながら言った。
「でも、スタッフには伝わりやすそうです。“お客様の情報は、厨房の食材と同じくらい大切に扱いましょう”って」
その言葉に、応接室が少し静かになった。
香澄はうれしそうに頷いた。
「とてもよい表現です」
航平も言った。
「食材は、仕入れて、保管して、調理して、お出しして、余ったものはきちんと管理します。お客様の情報も、同じように扱うんですね」
悠真が静かに続けた。
「必要な情報だけを預かり、目的に沿って使い、必要な人だけが扱い、不要になったら整理する。地域のお店でも、大きな会社でも、基本は同じです」
美咲はノートパソコンを閉じた。
「開業って、料理や内装だけじゃないんですね。許可も、契約も、情報管理も、全部、お客様を迎える準備なんだって分かりました」
みおが言った。
「食卓に出る前の準備が、たくさんあるんですね」
陽翔が小さく言った。
「ゼロトラスト定食も、その一品です」
「まだ言いますか」
さくらが笑った。
夕方近く、今日の整理がまとまった。
飲食店営業許可については、厨房図面、設備、食品衛生責任者、メニュー、開店時期、現地確認の流れを確認する。 予約システムについては、登録情報、アレルギー情報、権限設定、スタッフ退職時のアカウント削除を決める。 キャッシュレス決済については、契約条件、手数料、入金時期、端末管理、不正利用時の対応を確認する。 顧客データについては、利用目的、販促同意、保管期間、問い合わせ対応を整理する。 委託先管理については、外部サービス一覧、預ける情報、契約、連絡先、データ削除を確認する。 そして、スタッフ向けには、分かりやすい情報管理ルールを作る。
しょうこが要点を三行にした。
「一、厨房図面は、お店の体の設計図。 二、顧客データは、お客様を迎えるための大切な食材。 三、許可・契約・クラウド管理は、安心して食卓を囲むための準備。」
航平と美咲は、その紙を見てしばらく黙っていた。
やがて、美咲が言った。
「これ、開店準備ノートの一ページ目に貼りたいです」
航平も頷いた。
「料理だけじゃなくて、こういう準備も含めて店なんですね」
香澄は微笑んだ。
「きっと、温かいお店になります」
陽翔が言った。
「開店したら、ゼロトラスト定食をぜひ」
航平は真面目に考え込んだ。
「……ごはん、味噌汁、焼き魚、小鉢、漬物。普通に定食として成立しますね」
「成立した!」
陽翔が声を上げた。
「ただし、多要素認証は食べられません」
奏汰が言った。
「名前だけならいいかも」
美咲が笑った。
「“ゼロトラスト定食”。信じないんじゃなくて、ちゃんと確認した食材だけを使っています、みたいな」
悠真が少しだけ考えた。
「食品表示としては誤解がないようにしてください」
「悠真さん、まさかの食品表示目線」
あやのが笑った。
二人が帰るころ、青葉通りには夕方の光が差していた。
航平は図面を丸め、少し晴れやかな顔で言った。
「来る前は、営業許可とクラウドの話が別々に頭の中で暴れていました。でも、今日、一つの食卓に並びました」
美咲も言った。
「お客様にごはんを出すことと、お客様の情報を守ること。同じお店の仕事なんですね」
香澄は深くうなずいた。
「はい。どちらも、お客様を大切にすることです」
二人が帰ったあと、事務所には少しだけ食堂の開店前のような余韻が残った。
さくらはホワイトボードを消しながら言った。
「今日の相談、楽しかったですね。厨房図面からゼロトラストまで」
ふみかがクリップボードを閉じた。
「地域の開業支援って、許可だけじゃなくて、情報管理までつながっているんですね」
かなえが契約書をしまう。
「委託先が増えると、契約関係も増えます。小さなお店でも、クラウドサービスを使うなら整理が必要です」
蓮斗が言った。
「予約、決済、会計、SNS。全部、情報の通り道です」
奏汰はヘッドホンをつけ直しながら言った。
「定食にも、ネットワークにも、動線があります」
陽翔がすかさずメモを取った。
「本日の最終名言です」
悠真が静かに言った。
「今日の陽翔くんの“ゼロトラスト定食”は、意外と役に立ちましたね」
事務所が止まった。
陽翔がゆっくり振り向く。
「悠真さんが……正式に……」
「正式ではありません」
「でも、役に立ったと」
「そこは認めます」
陽翔は椅子に座り込んだ。
「今日はいい日です」
香澄は笑いながら、お茶を淹れた。
青葉通りの木々が、窓の外でさらさらと揺れている。 その向こうのどこかで、これから小さな食堂が生まれようとしている。
厨房の手洗い。 シンクの配置。 食材の保管。 予約システム。 キャッシュレス決済。 お客様の名前。 アレルギー情報。 委託先との契約。 スタッフの権限。 困ったときの連絡先。
すべては、お客様が安心して席に座り、温かいごはんを食べるための準備だった。
地域の開業支援とIT法務は、別々の皿に見える。 けれど、同じ食卓に並べてみると、どちらも「大切に迎える」ための一品なのだ。
その日の終業前、悠真は正式な資料を保存した。
「飲食店開業相談_営業許可_IT管理整理_初版.docx」
陽翔が横からのぞいた。
「正式ですね。定食感が足りません」
「必要ありません」
「では、思い出フォルダ用に」
「作る前から止めます」
しかし、三分後。
共有フォルダに新しいファイルができていた。
「飲食店営業許可とゼロトラスト定食_食卓につながるIT法務版.xlsx」
悠真は画面を見た。
削除キーに指を置いた。
その瞬間、奏汰が言った。
「今回は、少し残してもいいです」
ふみかも頷いた。
「スタッフ研修の愛称としては、分かりやすいかもしれません」
香澄が笑った。
「思い出フォルダなら、残しましょう」
悠真は静かにため息をついた。
「思い出フォルダなら」
翌朝、航平からメールが届いた。
「昨日はありがとうございました。開店準備ノートに、しょうこさんの三行メモを貼りました。スタッフ研修では“ゼロトラスト定食”を使わせていただきます。なお、実際のメニュー化は美咲に止められました」
陽翔が読み上げると、事務所に笑いが広がった。
悠真は静かに言った。
「止めた判断は適切です」
奏汰がぼそっと言った。
「でも、まかないならありです」
陽翔はぱっと顔を上げた。
「奏汰くん!」
香澄はお茶を淹れながら、青葉通りの朝を見た。
新しい食堂が、いつか開く。 そこでは、温かいごはんが出る。 お客様の名前が呼ばれ、予約が確認され、決済が済み、また来たいと思える時間が生まれる。
その裏側に、許可と契約とクラウドの小さな仕組みがある。
青葉通りの契約書は、今日も笑う。 ゼロトラスト定食という謎メニューが、地域の食卓を少しだけ安心にするのを見守りながら。





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