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第3章 オノゴロ、仮住まいの匂い  雨と霧の国書(くにぶみ)—日本建国、風土の記憶


第一部「白い世界の輪郭」

第3章 オノゴロ、仮住まいの匂い

どこにも足がつかないとき、人は「仮」をつくる。仮の足場、仮の約束、仮の家。そして仮は、いつのまにか「常」になる。

「“オノゴロ”を入れるなら、矛が要るな」

ナガタが言いながら、紙束の端を軽く叩いた。紙の角が揃う音は、乾いた礼儀の音がする。礼儀は乾いているほうが長持ちする。だが国の始まりは、たいてい濡れている。

「矛は要る」私は頷いた。「ただ、どの矛だ」

ナガタが眉を上げた。

「また始まった。“一書曰く”地獄」「地獄じゃない。湿地だ」「湿地のほうが足を取られる」「足を取られるから、国になる」

私は紙束から異伝の一枚を抜いた。そこには、矛の名がそれぞれ違う字で書かれていた。

天の沼矛。天の瓊矛。天瓊矛。

「これ、どれ採る」ナガタが指先で「瓊」の字を叩く。「この字、書くのが面倒くさい。点が多すぎる。神の名はだいたい点が多い」

「点が多いのは、神が暇だからだ」「神、暇じゃないだろ。世界を作ってるんだぞ」「暇だから作るんだ。暇じゃないと作れない」

ナガタが笑いそうになって、やめた。笑いを飲み込むと、喉の奥に小さな苦味が残る。国の始まりを書いていると、どうしても笑いと苦味が混ざる。

私は硯に水を足した。墨が少し薄くなる。薄くなると、言葉の輪郭が柔らかくなる。柔らかくなると、海に似る。

「“沼”でいい」私は言った。「沼の矛。ぬめりの矛。湿り気の国には似合う」「上は“瓊”が好きそうだぞ。宝っぽい」「宝より先に、ぬめりがある」「国の始まりがぬめりって、夢がない」「夢はぬめりから生える」

私は筆を取り、紙の上に、矛の名を置く前に、まず“橋”を書こうとした。矛は振るう場所が要る。振るう場所がない世界で、最初に生まれるのは、立つ場所ではなく“渡る場所”だ。

——天に浮かぶ橋。

書いてから、私は自分の胸の中に、まだ誰も踏んだことのない板の感触を想像した。足を置いたら揺れる。揺れる板の上で、矛を持つ。矛を持った瞬間、手は世界の端に触れる。

空の上に、橋があった。

橋というより、渡るという意思のかたまりだった。下は水とも空ともつかない混沌で、上も下も決まっていない。決まっていないのに、橋だけは、橋の顔をしている。橋はいつもそうだ。岸がなくても、橋は先にできる。渡りたいという欲が、岸より先に生まれる。

そこに二柱が立つ。

イザナギ。イザナミ。

名を付けた瞬間、二人は“二人”になる。二人になると、世界は急に忙しくなる。忙しいとは、手を伸ばす先が増えることだ。

二柱の手に、矛が渡される。

矛は冷たい。金属の冷たさではない。まだ熱のない世界の冷たさだ。冷たいものは、決断を促す。冷たいから、長く握っていられない。早く何かをしなければならない気がしてくる。

二柱は橋の縁に立ち、下を覗く。

下には、岸がない。だから目は迷う。迷う目を、矛の先が引っ張る。

矛を、下へ。

最初の一掻きは、乱暴だ。世界のやわらかさを知らない手つきで、ぐい、と混沌をかき回す。だが、混沌は怒らない。怒るほど形がない。形がないから、ただ揺れる。揺れると、音が出る。潮のない波音が、矛の動きに合わせて少しだけ近くなる。

二掻き目は、少しだけ丁寧だ。混沌の抵抗がないぶん、手が滑る。手が滑ると、矛は踊る。踊る矛の先から、水が絡みつき、糸を引く。糸を引いた水が、ぽたぽたと落ちる。

落ちた雫は、ただの水ではなかった。

塩の匂いがした。

塩の匂いがした瞬間、世界に“海”が生まれる。海は塩でできているのではない。海は匂いで海になる。匂いは境界を作る。境界ができると、世界は急に狭くなる。狭くなると、足が欲しくなる。

矛の先から落ちた雫は、下で固まり始めた。

固まる、と言うのは簡単だ。だが固まるとは、柔らかさが自分の形を決めることだ。自分の形を決めるのは、苦しい。だから固まり方はいつも少し歪む。歪むから、踏める。完全な球体は転がるだけで立てない。歪みがあるから、足がかかる。

小さな島が生まれる。

オノゴロ。

名を付ける前から匂いがあった。新しい土の匂い。湿った土の匂い。まだ草も木もないのに、すでに“住まい”の匂いがする。人が住む匂いではない。住める、という可能性の匂いだ。

二柱は、そこへ降りた。

降りた瞬間、足裏に冷たさが伝わる。冷たさは、現実の合図だ。橋の上では何でもできる気がする。だが地に足がついた途端、できることは急に限られる。限られるから、工夫が始まる。工夫が始まるから、国になる。

二柱は、柱を立てた。

天の御柱。

柱は、目印ではない。目印は眺めるためのものだ。柱は支えるためのものだ。支えるためには、まんなかに立つ必要がある。まんなかとは、誰かの都合ではなく、倒れにくい場所だ。

柱が立つと、周りを回りたくなる。

回るとは、確認することだ。壊れないか、ずれていないか、いまどこにいるのか。回りながら確かめると、人は安心する。安心は次の行為を呼ぶ。次の行為が、世界を増やす。

二柱は柱の周りを回り、出会い、言葉を交わそうとする。

——あなたは、誰。

最初に口を開いたのは、イザナミだった。

声は柔らかい。柔らかい声は、湿り気を連れてくる。湿り気は世界を生かす。だから、悪いことではない。だが“段取り”というものは、善悪とは関係がない。段取りはただ、規則としてそこにある。規則を破ると、世界は嫌味のない顔で、すぐにバグる。

イザナギは一瞬、言葉を失った。

失った言葉の隙間に、風が入る。風が入ると、言葉は滑る。滑ったまま、二柱はそのまま、儀を進めてしまう。

生まれた子は、形が定まらない。

——一書曰く、水蛭子。

水の蛭。名は残酷だ。名を付けられると、形が固定されてしまう。固定されると、救いが遠のく。だが名を付けないと、物語が続かない。私たちが書くという行為は、いつも少し残酷だ。

二柱は、子を抱いた。

抱いた腕の中で、子は軽い。軽すぎる。軽いものは昇ってしまう。昇ってしまうものを、地に留める術がない。二柱は顔を見合わせ、何も言えない。何も言えないとき、海の音だけが強くなる。

やがて二柱は、子を舟に乗せた。

舟は揺れる。揺れは、世界の最初の癖だ。揺れの上に乗せられた子は、どこへ行くのか分からない。分からないまま、ただ流れる。流れるものは、責められない。責められないから、悲しみが行き場を失う。

悲しみは、柱の根元に溜まる。

柱の根元に溜まった悲しみは、土を湿らせる。湿った土は、次の芽を呼ぶ。だからこの国の土は、最初から悲しみを含んでいる。

二柱は高天原へ戻り、問う。

——なぜ、うまくいかぬ。

返事は、冷たいほどに簡単だ。

——段取りが違う。

段取り。世界は段取りでできている。風が吹く順番、雨が降る順番、稲が実る順番。順番を間違えると、命はすぐに拗ねる。

二柱は戻る。

戻る、という行為そのものが、すでに国の癖だ。やり直す。作り直す。台風で倒れた屋根を直す。雪で折れた枝を括る。泥で埋まった道を掘り返す。やり直す癖が、湿った国を保つ。

二柱は再び柱を回り、出会い、今度はイザナギが先に言う。

——あなたは、誰。

声は少し硬い。硬い声は、境界を作る。境界ができると、混ざりすぎない。混ざりすぎないと、形が保たれる。形が保たれると、ようやく、増やせる。

儀が進む。

今度は、世界が受け取る準備をしている。

生まれるものは、土の重さを持ち始める。

島が、島として並ぶ。

海が、海として流れる。

風が、風として回る。

オノゴロは仮住まいだったはずなのに、仮の匂いがいつの間にか“常”の匂いに変わっていく。仮が仮でなくなる瞬間は、いつも静かだ。静かだから気づかない。気づかないまま、人はそこで暮らし始める。

「……やり直し、書くのか」

背後でナガタが言った。声は軽く、目は重い。

私は筆を止めて、紙面を見た。柱の話、矛の話、オノゴロの話。どれも“始まり”の顔をしているのに、その真ん中に、ひとつだけ重い点が落ちている。

水蛭子。

その名が、墨の匂いを少し苦くする。

「書く」私は言った。「書かないと、この国の匂いが嘘になる」

ナガタは、しばらく黙っていた。雨の音が外でまた細くなった。細くなった雨は、息に似る。息は止めると苦しい。だから、続けるしかない。

「でもさ」ナガタがようやく言った。「“女が先に言ったから失敗”って書いたら、今度は別の人心が乱れるぞ」

私は少しだけ笑った。

「だから、段取りの話にする」「段取り?」「善悪じゃなく、順番の話だ。順番は風土だ。稲の順番、潮の順番、雪の順番。間違えたら、世界が拗ねる。それだけだ」

ナガタは鼻で息を吐いた。

「便利な言い方だな」「便利だから、国が続く」

私は硯の水面を見た。そこに映る天井の梁が、一本の線になっている。梁は、柱があるから梁でいられる。柱がなければ梁は落ちる。落ちたら家は終わる。家が終われば、人は外で雨に打たれる。雨に打たれると、また仮住まいが欲しくなる。仮住まいが欲しくなると、また柱を立てる。

繰り返し。

この国は、繰り返しでできている。

私は筆を取り直し、オノゴロの匂いを、紙の上にもう一度濡らした。

——一書曰く。——一書曰く。

異伝の言葉が、今日は少し優しく見えた。異伝は迷いではない。やり直しの記録だ。やり直しを恥じない国の、最初の癖だ。

外で、雨が一度だけ強く降った。まるで、次の章の合図のように。

私は次の題を、心の中で静かに呼んだ。

――島々の誕生、海流の癖。

そして、墨を摺る音を少しだけ速めた。世界が、増えたがっている。

 
 
 

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