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第33章 名を数える、こぼれる――戸と里のはじまり


第四部「道の骨、東の光」

第33章 名を数える、こぼれる――戸と里のはじまり

名は、糸だ。糸は、手から離れるとほどける。ほどけた糸の端を拾うのが「治める」。——数えるとは、拾いきれない端っこに、先に謝ること。

「……次、戸口(ここう)かよ」

ナガタが言った。湯呑みは空っぽで、昨日の汁の匂いだけが残っている。匂いだけ残るのは、だいたい大事なものだ。匂いが残るから、また欲しくなる。国も同じで、ひとつ整うと、次の欲が出る。

「戸と里だ」私は頷いた。硯の水を替える。水は澄んでいるのに、今日の水はどこか乾いた匂いがする。帳面の水だ。

ナガタは顔をしかめる。

「王様、即位した翌日に土木やって、次の日に戸籍作るの?ブラックすぎない?」「ブラックじゃない。稲の国だ」私は淡々と言った。「火を入れた。水を回した。水を回したら“誰に”回したかが残る。残らないと、また喧嘩になる」

「また喧嘩かよ」「喧嘩は毎年だ」私は筆先を整える。「稲は毎年生える。水も毎年揉める。だから“毎年の仕組み”が必要になる」

ナガタが机を指で叩く。

「でもさ、数えるって嫌だよな。数えられた瞬間、税とか役とか始まるんだろ」「始まる」私は正直に頷いた。「だから数えるのは、優しさにも残酷にもなる。名を与えるのは居場所を与える。でも同時に、背中に荷を乗せる」

ナガタが、少しだけ真面目な顔になる。

「……こぼれるやつ、出るだろ」「出る」私は言った。「数えるって、必ずこぼす。こぼれた者は、最初は“いないこと”にされる。いないことにされると、夜が寒い。夜が寒いと、黄泉に寄る」

「お前ほんと黄泉好きだな」「好きじゃない。怖いから書く」

ナガタは諦めた顔で言った。

「じゃあ書け。数えることで救われるやつと、数えることでこぼれるやつ。両方、ちゃんと濡らせ」「濡らす」私は頷き、最初の一行を置いた。

——伊波礼毘古命、民を集へて曰く、「水を分くるには、名を分たねばならぬ」と。

橿原(かしはら)の朝は、霧と煙が混ざっていた。

霧は盆地が溜める。煙は竈が吐く。吐いた煙が霧に引っかかると、空に線ができる。線ができると、人は思う。

——ああ、ここに家がある。

家があると、火がある。火があると、汁がある。汁があると、昨日の戦は少しだけ遠くなる。

だが汁の遠さの中で、また別の近さが迫ってくる。

「順番を決めろ」「水を回せ」「上と下を決めろ」「誰が何人だ」

“誰が何人だ”という言葉は、矢より冷たい。矢は一本だが、“誰が”は村の数だけ飛んでくる。

伊波礼毘古(いわれびこ)は、宮の前の土に、白い小石を置かせた。

白い小石は、川の腹から出てきた石だ。川の石は丸い。丸い石は角がない。角がないから、喧嘩の場に向く。角がある石は投げたくなる。

小石を並べると、まるで米粒みたいに見える。米粒みたいに見えるものを並べると、人は腹が減る。腹が減ると、嘘が減る。嘘が減ると、話が進む。

年寄りたちが集まった。

上の者も、下の者も。霧の底で揉めた者も、汁の匂いで笑った者も。そして——どっちでもない者も、端に立つ。

端に立つ者は、目立たない。目立たない者は、数えるときにこぼれる。こぼれる者ほど、冬が長い。

伊波礼毘古は、まず言った。

「名を言え」

名。

名は短い。短いのに、人の一生が詰まる。詰まるから、喉が詰まる。

最初に出たのは、太い声だった。

大久米(おおくめ)が前に出て、どん、と胸を叩く。

「久米!」

久米、という名は、声が大きい。声が大きい名は、風土に勝つふりができる。できるが、勝てない。だから久米は、いつも歌う。勝てないものと並ぶために。

次々に名が出る。

「○○の里の、△△」「香具山の麓の、□□」「水口(みなくち)の、××」

名の言い方が、みんな土地に寄っている。この国の名は、だいたい地形でできている。海の子は潮で名乗り、盆地の子は霧で名乗り、田の子は水口で名乗る。名は、住所だ。住所は、呼吸だ。

伊波礼毘古は、小石をひとつ、前へ滑らせる。

カリ、と乾いた音がした。乾いた音は帳面の音だ。帳面の音がすると、胸が少し硬くなる。

「次。戸(へ)を言え」

戸。

戸は、扉の戸だ。でもここで言う戸は、家の戸だ。竈の戸だ。煙の数の単位だ。

年寄りが答える。

「この里は、十戸」

伊波礼毘古は小石を十個、並べさせる。

並べさせると、白い石が雪みたいに見える。雪みたいに見えると、冬の匂いが一瞬だけ来る。冬の匂いが来ると、人は黙る。黙ると、数え漏れが怖くなる。

そのとき、端に立っていた女が、手を挙げた。

挙げ方が小さい。小さい手は、見逃されやすい。見逃されやすい手は、こぼれの手だ。

久米の若い者が、ぼそっと言う。

「……あの婆さん、どこの戸だ?」

婆さんは、婆さんじゃない。ただ、肩が小さいだけだ。肩が小さいと、世界が勝手に“軽い人”だと思う。軽い人だと思われると、数から落ちる。

女が言った。

「……私は、戸に入れてもらえませんか」

声が震えている。震えている声は、恥の声ではない。生存の声だ。

年寄りが言う。

「おぬしは、夫が亡くなった。息子もいない。隣の戸に入れ。ひとつに数えると楽だ」

楽だ、という言葉は怖い。楽だ、はだいたい誰かの冬を長くする。

女が、唇を噛む。

噛んだ唇の端が白い。白いのは、霧の冷えだ。霧の冷えは、骨に入る。

「……私の竈は、まだ火が消えていません」

竈。

その一言が、場を少し暖めた。

伊波礼毘古の目が動く。目の動きは小さいが、目の動きで王は仕事をする。

「竈があるなら、戸だ」

伊波礼毘古は短く言った。

「ひとつ、数えよ」

小石が一つ増える。

増えた小石の白が、女の肩の冷えを少しだけ溶かす。溶けた肩は、ほんの少しだけ上がる。肩が上がると、人は生き延びる姿勢になれる。

女は、頭を下げた。

下げた角度が深い。深い角度は、感謝ではない。冬が短くなることへの安堵だ。

ナガタが、私の背後で小さく言う気配がした気がした。

(……えらい)

私は振り返らない。振り返ると、今の空気が壊れる。この章は、壊れやすい。

数える、というのは、揃えることではない。

揃える、と言うと綺麗だが、数えるの現場はだいたい泥臭い。名前が長い。発音が違う。同じ名が二人いる。昨日まで敵だった者が、今日、同じ列に立つ。

饒速日(にぎはやひ)の従者たちが、少し離れて立っている。

彼らの名乗り方は、少し天の匂いがする。乾いていて、澄んでいて、でもどこか冷たい。冷たい名は、盆地の霧に馴染みにくい。

久米の者が囁く。

「……あいつら、どこの里だ?」「里じゃなくて、空だろ」「空の里ってなんだよ、落ちるぞ」

笑いが起きかけて、起ききらない。起ききらない笑いは、まだ角が残っている笑いだ。角が残っていると、すぐ刺さる。

伊波礼毘古は、饒速日を見た。

「お前の者たちは、どの戸だ」

饒速日は、すぐに答えない。

沈黙の癖がまだ残っている。沈黙は、選ぶ痛みの跡だ。跡は消えない。消えないから信じられる。

饒速日は言った。

「……我らは、ここで暮らしてきた。霧の底で火を守り、田を守った。ならば、戸だ」

伊波礼毘古は頷く。

「戸だ。名を、土に置け」

名を土に置け、というのは変な言い方だ。でも盆地では、変な言い方のほうが真実に近い。

饒速日の者たちが、名を名乗る。

名が、ひとつずつ小石になる。小石が増えるほど、盆地の器が重くなる。重くなる器は、割れにくい。割れにくい器は、国になる。

しかし——数えると、必ずこぼれる。

こぼれたのは、山の者だった。

山の者は、里の中に住まない。里の中に住まないから、戸に入りにくい。戸に入りにくい者は、数えにくい。数えにくい者は、すぐ“いないこと”にされる。

山の男が、霧の端に立っていた。

肌が黒い。目が静かだ。背に獣皮の匂いがする。獣皮の匂いは、火より先に生存を語る匂いだ。

伊波礼毘古が目を向けると、男は言った。

「俺の家は、木だ」

木。

木が家、というのは、嘘じゃない。森に住む者にとって、木は屋根で、壁で、道だ。道が家でもある者は、戸を持たない。

久米の若い者が、イラついて言う。

「じゃあ戸はゼロか?ゼロは数えられねえぞ!」

ゼロは数えられない。数えられないと言った瞬間、人は簡単に“切る”。切ると、境界が尖る。尖った境界は血を呼ぶ。

伊波礼毘古は、切らなかった。

「戸がないなら、口(くち)を数えよ」

口。

口は、人だ。息だ。戸がなくても、息があるなら、国の中に置ける。

山の男は、目を細めた。

「数えられると、縛られる」

縛られる、という言葉は、正直だ。名は糸だが、糸は縄にもなる。縄になると苦しい。苦しいと逃げる。逃げると争いになる。

伊波礼毘古は言った。

「縛らない。ただ、迷子にしないために数える」

迷子。

迷子という言葉は、熊野の雨の匂いを少し持つ。方角を失う怖さ。怖さを知る者は、縛るより先に“道”を作る。

「山口(やまぐち)を里の縁に作る。そこを、お前たちの出入りの口にする。口を数える。戸は強いらぬ。だが祭の火には来い。汁は、逃がさぬ」

最後が急に汁なのが、この王の人間臭さだ。でもその人間臭さが、縁を柔らかくする。

山の男は、少しだけ笑った。

笑い方が、森の笑い方だった。声を出さない笑い。出さない笑いは、信用の種になる。

「……なら、口を貸す」

伊波礼毘古は頷いた。

「貸せ。借りた口は、返す」

返す。

この国の作法の言葉が、また出る。返す、があると、縛りは縄になりにくい。縄になりにくい糸が、名になる。

小石が、ひとつ増えた。

増えた小石は、里の中ではなく、縁に置かれた。縁の石。縁の石があると、器は割れにくい。割れにくい器は、風土に馴染む。

その日の夕方、木の札に字が書かれた。

紙ではない。木だ。木は、この国の帳面だ。木は燃えるが、燃える前に匂いを残す。匂いを残す帳面は、忘れさせない。

札が干され、風が通る。

風が通ると、墨が乾く。乾いた墨は黒く締まる。締まった黒は、名を固定する。固定された名は、逃げにくい。逃げにくい名は、守りやすい。

守りやすい。でも同時に、背負わせやすい。

伊波礼毘古は、札を見ながら、小さく息を吐いた。

「……こぼれる者を、こぼれたままにしない」

言葉は静かだった。静かな言葉は、耳成山の沈黙に吸われずに残る。

久米の者が、案の定、台無しにする。

「こぼれたら拾え!拾ったら汁だ!汁が戸だ!」

……うるさい。でもうるさい声が、冬の長さを少し短くすることがある。真面目な帳面の横で、ふざけた声が鳴ると、帳面が縄になりにくい。

女の竈から、煙が上がっていた。

山口の縁でも、小さな火が灯った。

煙が霧に引っかかり、また線になる。線は、ただの線だ。でも線が増えると、人は「ここ」と言える。

「ここ」が言える場所が増えるほど、国は家になる。家になるほど、家の喧嘩も増える。増えるから、また水を配り、また名を数える。

終わらない地味さ。

その地味さが、この島の強さだ。

私は筆を止めた。

ナガタが、しばらく黙ってから言った。

「……数えるの、怖いな」「怖い」私は頷いた。「だから、こぼれを残す。縁を作る。全部を箱に詰めない。詰めると腐る」

ナガタは、女の「竈が消えていません」のところを指で叩いた。

「この一言、いいな」「竈が国だからな」私は言った。「火があるなら戸だ。火がない国は、証文だけで立つ」

ナガタが、余白を見て言う。

「次は?」「次は、縁が動く」私は硯の水を替えた。縁は、じっとしていると角が立つ。動かして丸めないといけない。

 
 
 

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