第5話:根岸の逆襲 〜“豪華”は正義か迷惑か〜
- 山崎行政書士事務所
- 2月8日
- 読了時間: 15分

1 バズの翌朝は、だいたい地獄
「……おかしいな。うち、カフェだよね?」
開店十分前。**Fig & Spoon(フィグ&スプーン)**の前には、すでに列ができていた。
列の先頭には、なぜかスーツの男性が立っている。その後ろに、なぜか制服の女の子が二人。さらに後ろに、なぜか“マイ保冷バッグ”を持ったおばあちゃん。みんな、同じ表情をしていた。
「イチジク……」
杉山美月はドアの内側からその光景を眺め、そっと鍵を握り直した。
(昨日まで、うちは“静かな店”だったはずなのに)
背後で、江口香里がウキウキしながら言った。
「店長! これ、完全にバズってます! 予約DM、百件来てます! 百! ひゃく!」
「その数字、言わないで。胃が縮む」
「縮むのは胃じゃなくて、イチジクですよ! 完熟は繊細ですから!」
「そういう“正しい情報”で追い詰めないで」
カウンター席には、常連の星野剛志がすでに座っていた。いつもより早い。早すぎる。彼はカップの水を飲みながら、疲れた声で言った。
「店長……僕、会社の“スイーツデー”の責任者にされました」
「あなた、何をどうしたら会社の制度を動かせるの」
「僕にも分かりません。怖いです」
香里が明るく言った。
「大丈夫です! 星野さんが巻き込まれれば、だいたい解決します!」
星野が即座に返す。
「巻き込まれは“職能”じゃないです!」
美月は深く息を吸って、ドアに手をかけた。
「……開けるよ」
「はい!」
ドアを開けた瞬間、列が一斉に前へ“半歩”進んだ。
半歩。だがその半歩には、歴史があった。昨夜、謎のスーツ男――本社監査の比護部長が、SNSの“Figo”として投稿した、例の一文。
「白×黒のイチジクが、派手さなしに成立している」
その投稿が、静かな店に“戦場の朝”を連れてきたのだ。
2 商品名が増えすぎると、人は混乱し、そして怒る
最初の客が注文した。
「えっと……“あの”ください」
美月はにこやかに尋ねる。
「どの“あの”でしょう」
客は真剣に答えた。
「ほら、白と黒の……監査の……」
星野が小声で突っ込む。
「監査のパフェって何……」
別の客が叫ぶ。
「海じゃないカキの!」
美月の眉がぴくっと動いた。
「それは……やめてください」
香里が元気に補足する。
「“柿は海じゃない”って書いた札を、昨日つけちゃったんですよね!」
美月が低く言う。
「香里、余計なことを言うな」
香里が胸を張る。
「でも評判です!」
「評判にするな」
列は伸びていく。注文は増えていく。そして、商品名はどんどん勝手に増えていく。
白黒パフェ
監査パフェ
海じゃないカキパフェ
例の“地味なのにバズったやつ”
星野さんが泣きながら食べてたやつ(※泣いてない)
美月はカウンターの裏で、心の中に“新しい棚”を作った。
(商品棚じゃない。誤解棚だ)
3 そこへ来る、余計な人
昼過ぎ。店がようやく落ち着きかけた瞬間――
ドアが開き、香水の匂いとともに一人の女が入ってきた。
「いやあ、相変わらず……狭い店ねえ」
ルージュフルールの店長、根岸だった。
美月が即座に言う。
「いらっしゃいませ……じゃない。何しに来た」
根岸は紙袋をぶら下げ、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「様子見? 挨拶? あと……宣戦布告?」
星野が椅子から落ちかけた。
「宣戦……」
香里が目を輝かせる。
「戦ですか!? イチジク合戦!?」
美月が香里を見ないまま言った。
「香里、楽しそうに火をつけるな」
根岸はカウンターに紙袋を置いた。中身は、恐ろしく華やかなポスターだった。
『イチジク大絢爛(だいけんらん)フェア!』〜金粉・ベリー・生クリームの滝〜本当のイチジクの魅力、見せます。
美月は無言でポスターを見つめた。そして、静かに言った。
「……イチジク、窒息するよ」
根岸は肩をすくめる。
「窒息? 違うわ。これは“豪華に抱擁(ほうよう)”よ」
星野が小声で言う。
「抱擁という名の圧迫……」
根岸が星野に微笑んだ。
「星野さん、久しぶり。今日も巻き込まれてる?」
星野はすがるように言った。
「巻き込まれてないです。休憩です」
根岸は店内を見回し、列の写真を撮りながら言った。
「へえ……混んでるじゃない。でもね、バズっていうのはね――」
美月が言う。
「言わなくていい」
根岸が言う。
「次の日が一番しんどいのよ」
美月は冷静に返した。
「今、それを体験中」
根岸はにっこり笑った。
「だから救ってあげる。明後日、うちで“イチジク大絢爛フェア”。あなたの店の客、半分もらうね」
香里が身を乗り出す。
「半分って、どこで切るんですか? 列を?」
美月が言う。
「香里、真面目に考えるな」
根岸は美月の目を見た。
「あなたは“地味”で勝ったつもりかもしれないけど、私は“豪華”で勝つ」
美月は、少しだけ口角を上げた。
「勝ち負けじゃないって、レビューに書かれてたよ」
根岸は眉をひそめた。
「……誰が?」
美月は言いかけて止めた。ここで“Figo”の名を出すと話がこじれる。
(こじれるのはいつもだけど)
代わりに、星野が口を滑らせた。
「えっと……本社の比護部長が……」
根岸が固まった。
「比護……?」
香里が即座に叫ぶ。
「フィーゴ!」
根岸が叫んだ。
「それを早く言いなさいよ!」
美月が叫んだ。
「香里も星野さんも、余計なこと言うな!」
店内が一瞬、静かになった。列の客がひそひそ言う。
「フィーゴって誰?」「サッカー?」「イチジクの神?」「監査?」
星野は額を押さえた。
(誤解棚が満杯だ)
4 根岸の作戦は、だいたい“仕入れ”から始まる
翌日。Fig & Spoonの冷蔵庫は、静かに悲鳴を上げていた。イチジクの入荷が、妙に減ったのだ。
農家からの電話。
「すみません杉山さん、今日は……ちょっと確保が難しくて」
美月が受話器を握りしめる。
「難しいって、昨日は大丈夫って……」
「ええ、でも急に“大口”が入りまして」
美月の目が細くなった。
(大口。豪華。嫌味。香水。ポスター)
美月が香里を呼んだ。
「香里」
「はい!」
「根岸が、買い占めた可能性がある」
香里が目を輝かせた。
「買い占め! 悪役!」
「悪役って言うな。現実が荒れる」
星野が弱々しく言った。
「えっと……買い占めって違法じゃ……」
美月が言った。
「合法でも不愉快」
星野が言った。
「僕の人生も合法ですけど不愉快な時あります」
香里が星野の肩を叩いた。
「星野さん、それ名言です!」
美月は息を吐き、決めた。
「よし。今日は“白イチジク多め”で回す」
香里がすぐ言う。
「じゃあポスター作りましょう!『白いちじく、白い未来』とか!」
美月が言う。
「宗教みたいになるからやめて」
そこへ、宅配便が届いた。
「お届け物です。ルージュフルール様から……?」
美月の眉が跳ねた。
「……何でうちに?」
段ボールの側面に、でかでかと書かれていた。
“金粉”取扱注意:吸い込むとむせます。
美月がゆっくり言った。
「……むせる未来が来た」
香里が叫ぶ。
「店長! これ、チャンスです!うちも豪華に――」
美月が即座に遮った。
「しない」
星野が段ボールを覗き込み、呟いた。
「でもこれ、宛先、Fig & Spoonになってます……」
美月が固まる。
「……宛先が?」
星野が言った。
「書いてあります。ここに。“フィグ&スプーン御中”って」
香里が口を押さえる。
「え……根岸さん、送り先間違えた……?」
美月の顔に、普段店では出さない種類の笑みが浮かんだ。
「……よし、返そう」
香里が言った。
「返すんですか!?」
「返す」
「でもこれ、今うちが使ったら……」
「返す」
星野が言った。
「……使ったら戦争になりますよ」
美月が言った。
「戦争は胃が荒れる」
香里が言った。
「胃はもう荒れてます!」
美月が言った。
「荒れるな」
5 間違いは、だいたい“もう一個”来る
金粉の段ボールを返送手配しようとした、その矢先。また宅配便が来た。
「お届け物です。今度は……Fig & Spoon様へ……えっと、ルージュフルール様宛?」
星野が叫んだ。
「逆!」
段ボールにはこう書いてある。
完熟イチジク(黒)“繊細につき、優しく扱ってください”
美月が目を閉じた。
「……完全に入れ替わってる」
香里が言った。
「交換日記みたいですね!」
美月が言った。
「日記は心を交換する。これは在庫を交換する」
星野が言った。
「それも心、荒れますね……」
美月は決断した。
「よし。根岸に電話」
香里がスマホを差し出す。
「はい、もう出ます! 私が!」
美月が言った。
「あなたは黙って」
香里が言った。
「黙ると存在が薄くなります!」
「薄くなれ」
電話がつながった。
「はい、ルージュフルール。根岸ですけど?」
美月は淡々と言った。
「段ボールが入れ替わってる」
根岸が明るく言う。
「あら、そう? うち、忙しいから」
美月が言った。
「うちも忙しい」
根岸が言った。
「で?」
美月が言った。
「返しに来て」
根岸が笑った。
「今さら? うち、明後日フェアなんだけど?金粉ないと始まらないのよ」
美月が言った。
「金粉はうちにある」
根岸が黙った。
美月は続けた。
「完熟イチジクは、そっちに届いてるはず」
根岸が息を呑む音がした。
「……まさか」
美月が言った。
「まさか」
根岸が低い声で言った。
「……誰がやったのよ」
星野が小声で言った。
「宅配便……」
香里が小声で言った。
「運命……」
根岸が叫んだ。
「今から行く!」
電話が切れた。
星野が椅子の背にもたれた。
「……来ますね」
美月が言った。
「来る」
香里が言った。
「来たら盛り上がりますね!」
美月が言った。
「盛り上がらなくていい」
6 根岸、到着。店内、臨戦態勢(むしろ厨房が戦場)
根岸は三十分後に来た。香水と怒りをまとって。
「金粉どこ!?」
美月が言った。
「段ボールの中」
根岸が段ボールを開け、金粉を確認すると、ふっと力が抜けた。
「……あってよかった」
美月が冷静に言った。
「よかったね」
根岸はすぐにキッと睨む。
「で、完熟イチジクは?」
香里が元気に言った。
「こっちです! すっごい良い香りですよ!」
根岸が言った。
「触った!?」
香里が言った。
「触ってません! 匂いだけです!」
根岸が言った。
「匂いもダメ! 完熟は繊細なの!」
美月がぼそっと言った。
「あなたが繊細って言うの、初めて聞いた」
根岸が言った。
「私は繊細よ! 豪華な繊細さ!」
星野が呟いた。
「繊細って便利な言葉だな……」
根岸は急に声のトーンを変えた。
「ねえ、美月。これ、誰かがわざとやったんじゃない?」
美月が即答した。
「やってない」
根岸が言った。
「あなたの店、最近バズってるからって調子乗って――」
美月が言った。
「調子に乗ってるのはあなたの金粉」
香里が笑いそうになって口を押さえた。
根岸が言った。
「冗談言える余裕あるじゃない」
美月が言った。
「冗談じゃなくて本音」
そこへ、星野が恐る恐る割り込んだ。
「あの……本題は交換ですよね……?」
二人が同時に言った。
「そう!」
星野が言った。
「じゃあ交換しましょう。今すぐ。お互いに必要なもの、返しましょう」
美月が言った。
「星野さん、今日は正しい」
根岸が言った。
「星野さん、あなた有能ね」
星野が照れかけた瞬間、香里が言った。
「星野さん、巻き込まれが昇格しました!」
星野が即座に言った。
「昇格させないで!」
7 交換したはずが、なぜか“イベント”になる
段ボールを車に積み替えようとした、その時。
店のドアが開き、客が入ってきた。そして、その客が言った。
「……すみません。イチジクパフェ、あります?」
美月が言いかけた。
「今日は――」
根岸が言った。
「ありますよ!」
美月が根岸を見る。
「なぜあなたが答える」
根岸が言う。
「だって今、完熟イチジクが“ここ”にあるじゃない」
美月が言う。
「それは返すやつ」
根岸が言う。
「返す前に、試食すればいいじゃない」
美月が言う。
「客に?」
根岸が言う。
「客に。宣伝になる」
美月が言う。
「うちの店で?」
根岸が言う。
「うちのフェアの前に、反応見たい」
美月が言う。
「あなた、厚かましいね」
根岸が言う。
「褒め言葉?」
星野が小声で言った。
「褒め言葉じゃないです……」
しかし客がもう一人入ってくる。さらにもう一人。列がまたできはじめた。
香里がささやく。
「店長……この状況、断ったら炎上します」
美月が言う。
「断ると炎上するの、世界が間違ってる」
根岸が言った。
「世界はいつも間違ってる。だからバズるの」
美月が眉を寄せた。
「……やる?」
根岸がにやり。
「やる」
星野が叫んだ。
「何をやるんですか!」
香里が明るく言った。
「緊急! 店内イチジク共演会!」
美月が言った。
「名前が煽りすぎ」
根岸が言った。
「じゃあ“偶然の合同試食会”で」
美月が言った。
「それも大げさ」
星野が言った。
「僕、帰っていいですか」
二人が同時に言った。
「ダメ!」
星野が崩れた。
8 豪華と上品、ぶつかると“変な名作”が生まれる
厨房で、戦いが始まった。
美月は、いつもの構成を守ろうとする。イチジクの香りを邪魔しない。ソースは控えめ。層で勝負。
根岸は、豪華を主張する。金粉。ベリー。ホイップの山。「映え」の迫力。
香里は、二人の背後で言った。
「店長、根岸さん、折衷案ってありますよね!“上品豪華”!」
美月が言った。
「矛盾してる」
根岸が言った。
「矛盾こそ魅力!」
星野がカウンターから叫ぶ。
「矛盾は胃もたれします!」
根岸が言った。
「胃もたれは大人の証拠」
美月が言った。
「証拠は監査で出して」
香里が急にひらめいた。
「じゃあこうしましょう!“豪華”は上に少しだけ。“上品”は中でじっくり。つまり――」
香里は、金粉をほんの一粒、指先に取った。
「金粉一粒(ひとつぶ)だけ!」
根岸が叫ぶ。
「一粒!? それ豪華じゃない!」
美月が言う。
「一粒なら邪魔しない」
根岸が言う。
「豪華感ゼロ!」
香里が言った。
「豪華感は“物量”じゃなくて“意思”です!」
星野が呟いた。
「急に哲学……」
結局、二人は渋々それを採用した。完成したパフェは、こうなった。
中は美月式の“層の静けさ”
上は根岸式の“ひと雫の派手”
そして金粉一粒が、なぜか堂々と輝いている
香里が誇らしげに言った。
「名付けましょう!“イチジク騒動スペシャル”!」
美月が言う。
「事件名にするな」
根岸が言う。
「でも売れるわ」
星野が言う。
「売れてほしくない……僕帰れなくなる……」
9 そこへ“本人”が来る(たぶん本人が来るときは、いつも地味)
店が一番混乱している時、また一人の客が入ってきた。地味なスーツ。静かな目。スマホをポケットに入れる仕草。
星野が小声で言った。
「……店長」
美月が言った。
「うん」
香里が息を呑む。
「……来た?」
根岸が急に身だしなみを整え始めた。
「え、どこ、鏡、鏡!」
星野が言った。
「根岸さん、今さら!?」
その地味な客はカウンターに来て、静かに言った。
「すみません。イチジクパフェを」
美月は一瞬、根岸と視線を交わした。(この人が“Figo”かもしれない)(でも、もう“本人バレ”してるし)(でも、こういう時って、だいたい本人)
香里が小声で叫ぶ。
「星野さん、今日こそ巻き込まれの出番です!」
星野が言った。
「出番じゃないです!」
結局、その客には“金粉一粒”の新作が出された。
地味な客は、一口食べ――少しだけ目を見開いた。
店内が静まり返る。
根岸が身を乗り出す。
「……どう?」
美月が固唾をのむ。
香里が祈る。
星野が胃を押さえる。
地味な客は、静かに言った。
「……面白いですね」
根岸が言った。
「面白い!?」
地味な客は続けた。
「上が派手すぎないのに、ちゃんと“特別”がある。中は落ち着いていて、果物が主役でいられる。豪華と上品が喧嘩してない」
美月が心の中でガッツポーズした。
(喧嘩してるけど、味はしてない)
根岸が息を吐いた。
「……それ、褒めてる?」
地味な客は頷いた。
「褒めてます」
香里が叫びそうになるのを美月が目で止めた。
客は最後にこう言った。
「ところでこれ、正式メニューですか?」
美月が言った。
「いえ、今は偶然で」
根岸が言った。
「偶然の方が売れるのよ」
星野が言った。
「売れると困るんです!」
地味な客は微笑んで、会計をして帰った。
香里が震え声で言う。
「……あの人、絶対……」
美月が言った。
「言うな」
根岸が言った。
「言うな」
星野が言った。
「言わないでください、帰りたいので」
10 後日、レビューが上がる。タイトルがひどい
翌朝。香里が店に飛び込んできた。
「店長! 上がってます!」
美月が嫌な予感を抱く。
「……何が」
香里がスマホを見せた。そこには――
Figo 新投稿「金粉一粒が、争いを終わらせた日」
美月が頭を抱えた。
「……争いって書いた」
根岸が(なぜか店にいる)叫んだ。
「なんで“争い”って書くのよ! 商売上の対話でしょ!」
星野が言った。
「争いに見えたんですよ……」
投稿の続き。
「豪華が悪ではない。上品が退屈でもない。フルーツは主役でいたい。そして人間は、どうしても余計なものを足したがる。だが“余計”が一粒なら、物語になる」
美月は静かに言った。
「……一粒で、物語」
根岸が唇を噛んだ。
「悔しいけど、いい文章」
香里が言った。
「つまり店長! 次は“二粒”いきましょう!」
美月が言った。
「調子に乗るな」
星野が言った。
「二粒いったら戦争再開です」
根岸が言った。
「二粒は豪華の始まりよ」
美月が言った。
「一粒が限界」
香里が言った。
「じゃあ“粒は一粒、でも輝きは二倍”!」
美月が言った。
「どうやって」
香里が言った。
「気合いです!」
星野が言った。
「気合い万能説がまた来た……」
11 オチ:勝ち負けがないのに、なぜか“責任者”が増える
その日の夕方。根岸は段ボールを抱えて帰ろうとしていた。ドアの前で振り返り、素直じゃない声で言った。
「……今日のやつ、うちでもやる」
美月が言った。
「一粒?」
根岸が言った。
「一粒。悔しいから一粒」
美月が言った。
「悔しいって言うな」
根岸が言った。
「悔しいのよ。でも……あんたの“地味”が、意外といい」
美月は少しだけ笑った。
「あなたの“豪華”も、たまに良い」
根岸は照れ隠しのように言った。
「たまにって言うな」
香里が割り込んだ。
「根岸さん! 今度“合同フェア”やりましょう!『豪華と上品、握手会』!」
美月が言った。
「握手会にするな」
根岸が言った。
「アイドルじゃない!」
星野が小声で言った。
「でも今の流れ、ちょっとアイドル……」
そこへ、南(星野の同僚)が店に入ってきた。
「星野さん! 来週のスイーツデー、テーマ決まりました!」
星野が嫌な予感で聞き返す。
「……何?」
南が満面の笑みで言った。
「“一粒”です!」
星野が絶叫した。
「なんで会社にまで一粒が侵食してるの!」
美月がぽつり。
「……星野さんが原因です」
星野が泣きそうに言った。
「僕、ただパフェ食べたいだけなんです!」
香里が笑顔で言った。
「じゃあ食べましょう! 星野さん、責任者なんで!」
星野が言った。
「責任者って何の責任ですか!」
美月が言った。
「巻き込まれの責任」
根岸が言った。
「お似合いね」
星野は天井を見上げた。
(勝ち負けのない世界で)(なぜか俺だけ責任を取っている)
店内に笑いが広がる。イチジクの香りが、いつもより少しだけ“華やかに”揺れた。そして金粉一粒が、今日も堂々と光っていた。
(第5話・了)







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