top of page

緑走る台地 ~東京の雑踏~

第一章 東京の雑踏

 昭和五年(1930年)晩夏。静岡を出た幹夫は汽車で東海道をひたすら東へ進み、やがて東京へ辿り着いた。降り立った上野駅は人々の押し寄せる熱気でむせかえるよう。背負った鞄の重みに加えて、初めて単身やって来た都市のざわめきが、幹夫の胸を押しつぶしそうだった。

 「おい、幹夫、こっちだ!」 呼びかけたのは、先に上京して旧制高校に通う親友・井上。彼の手を借りて下宿先まで辿り着いた幹夫は、まず狭い六畳間と共同炊事場に驚く。静岡の実家とは比べ物にならない質素さだが、井上は誇らしげに笑う。 「ここが俺たちの“城”だ。いつか政治や社会の大問題を解決する人間になるかもしれない、若い学生たちが集う場所なんだよ」 カーテン代わりに掛けられた古い毛布、使い込まれたちゃぶ台、壁に貼られた切り抜きの新聞記事やポスター——幹夫はその雑然とした空気に、東京の学生文化を感じとった。

第二章 大学と試験

 翌日、井上は幹夫を連れて大学の構内を案内する。幹夫自身はまだ正式に入学が決まっているわけではなく、聴講生編入試験を検討中だった。大学の門をくぐると、レンガ造りの校舎や並木道が続き、大勢の学生が行き交う。 「東京の大学は、思った以上に人が多いんだな……」 幹夫は圧倒されながらも、どこか高揚感を覚えた。 一方、掲示板には学内の自治会や政治サークルのビラが何枚も貼られ、講演会や読書会の案内がびっしり。井上が指さす。 「ほら、ここの教授が今度“経済恐慌の本質”ってテーマで講義するらしい。幹夫も聴いてみるか?」 幹夫はうなずく。世界の不景気が地元静岡の産業を苦しめている今こそ、しっかり学んで対策を考えたいと思う。

 だが、編入や聴講生になるには経済的負担が大きいのも事実だった。父が多少援助してくれるとはいえ、母や祖母を思うと気軽に「学費を出してほしい」とは言えない。 「……静岡に残って働いたほうがよかったか……?」 一瞬弱気になりかけた幹夫の背中を、井上は軽く叩く。 「大丈夫さ。みんな食うや食わずでやってる。昼間は働きながら夜学に通う者も多いよ。何とかなる。東京はそういう“多様な生き方”ができる街だよ」

第三章 学生の議論

 ある夕方、井上の下宿仲間が集まり、部屋で時事問題を語り合う会が開かれた。持ち寄られた新聞や雑誌をもとに、「世界恐慌がどこまで深刻化するか」「日本はなぜ軍事的拡張の道を歩み始めているのか」など、熱のこもった討論が繰り広げられる。 「満蒙は日本の生命線だ、と言うが本当にそうか? 経済が苦しいからといって、中国へ進出すればいいという問題でもないだろう」 「軍部が勢いづけば、せっかくの普通選挙が形骸化してしまうぞ」 「米騒動や労働争議を経験しても、まだ政治は変わりきれないのか……」

 幹夫は耳を傾けつつ、何度もうなずく。静岡にいた頃、父や同級生と話していた問題が、ここ東京ではさらに大きな文脈と結びついて議論されている。彼が感じてきた不安や疑問は、決して一人だけのものではないのだ。 語り合う若者の瞳には、それぞれ理想や焦燥感が宿っている。大正デモクラシーの残り火を燃やそうとする者、社会主義や共産主義に希望を抱く者、軍に期待し逆に強い国を目指す者——多種多様な“声”が交錯し、幹夫の胸を強く揺さぶった。

第四章 父からの書簡

 東京暮らしを始めて半月ほど経った頃、静岡の父・明義から手紙が届く。封を開くと、まず「元気でやっているか?」という労りの言葉とともに、地元の近況が綴られていた。 「製糸工場の多くが米国向けの生糸輸出不振で倒れそうだ。銀行の合併は何とか進んだものの、失業者が増えている。農村も米価の下落で苦境だ。県としては茶業や織物の輸出拡大を模索しているが、世界恐慌の波は大きい」

 幹夫は深刻な報告に心が痛む。知ってはいたが、父の筆跡からじかに伝わる危機感は、想像以上だ。そして続きには、こんな言葉が書かれていた。 「とはいえ、人々が生きる力を失ったわけではない。浜松の楽器工場では新しい製品を開発しようと奮闘しているし、茶の高級品種を海外向けに売り込もうとする若者もいる。わたしは何とか官と民を繋ぎ、皆が生き抜く道を探したい。幹夫も東京で見聞を広げ、その知恵をいつか生かしてくれると信じている」

 手紙を読み終えた幹夫は、強い使命感に駆られた。東京で学ぶのは、自分のためだけではない――静岡で踏ん張る人々がいる。父も、祖母も、あの茶畑も、工場も。彼らが立ち止まらずに前へ進めるよう、いつか自分も力になりたい。それが幹夫の新たな矜持となって芽生えつつあった。

第五章 仕事と学問

 編入試験の結果を待つ間、幹夫は井上の紹介で小さな印刷所でのアルバイトを始めた。日中は機械の動きに合わせて紙を裁断し、インクで手が真っ黒になりながら刷り上がったビラを運ぶ。夕方からは大学の講義を聴講し、夜は下宿で予習・復習に取り組む日々。 「東京の学生生活って、体力勝負なんだな……」 疲れた身体を伸ばしながらも、頭の中は新しく学んだ経済学の理論や国際関係の知識でぐるぐるしている。静岡の父はどうやって地域の金融や産業を守っているのか――それを学問として整理できる予感に、幹夫はわくわくしていた。

 ある晩、下宿に戻ると井上が苦い顔で新聞を読んでいる。 「幹夫、関東軍の動きが怪しい。満州で事件が起きるかもしれない、と早版に書かれてる」 翌日の新聞にはさらに大きな見出しで「満洲某重大事件」(※当時の報道の一例) の可能性が示唆され、軍部が現地で何らかの行動を起こすかもしれないとの噂が渦巻いていた。 幹夫は、不安定な経済状況と対外進出の兆しが重なり合い、国全体が危うい方向に向かっているのではないかという不安を拭えなくなる。かつて大正デモクラシーが謳われた時代から、こうも情勢が変わるものか……その思いが頭に離れなかった。

第六章 書簡の返事

 夏の終わりが近づいたころ、幹夫は父への返事を書き始める。印刷所での忙しさと、聴講生としての試験準備でなかなか時間が取れず、ようやく筆を取ったのだ。 「お父さん、静岡の厳しい様子を読み、胸が痛みました。それでも多くの人が新しいことに挑んでいると聞き、私も励まされます。こちら東京でも学生たちが議論を重ね、社会の在り方を必死に模索しています。 わたしが学んだ経済学では、需要と供給、金融と産業政策の重要性が説かれます。でも、それだけでは解決できない“人の心”や“暮らし”の問題もあると思います。静岡のように、顔を合わせ交渉し支え合う現場力こそ大切だと改めて思いました。 いつか静岡に戻り、その知識と経験を役立てたいと考えています。それまでは東京で学び、働きながら自分を鍛えます。どうかお身体を大切に。祖母や母にもよろしくお伝えください。」

 書き終えると、懐かしい静岡の風景が脳裏に浮かんだ。茶畑や港、父がバタバタと出勤していく背中、祖母が竹刀を撫でながら口にしたあの言葉――“刀に代わる道具がある時代”。 幹夫は、そうした思いをぎゅっと心の中に抱きしめながら、筆を収める。自分はまだ何者でもない。でも一歩ずつでも前進して、必ず地元と時代のために役立つ人間になりたい。それがいま、彼を突き動かす原動力となっている。

エピローグ

 夜更け、下宿の小さな明かりの下で、幹夫は教科書と新聞記事を交互に睨みながらノートを走らせる。外からは学生たちの笑い声や議論の怒声が風に乗って聞こえ、遠い空には都会の薄い星々が瞬く。 激動の昭和という大河の流れを、幹夫は間近で感じていた。 静岡の大地で培った士族の誇りと、東京で学びつつある新しい知恵を糧に、 いつか自分が切り開く道を確信しよう――。 それはまだかすかな光だが、遠く故郷の緑走る台地を思えば、 足元を照らす力は十分だ、と幹夫は信じている。

 ——(続くかもしれない)

 
 
 

コメント


Instagram​​

Microsoft、Azure、Microsoft 365、Entra は米国 Microsoft Corporation の商標または登録商標です。
本ページは一般的な情報提供を目的とし、個別案件は状況に応じて整理手順が異なります。

※本ページに登場するイラストはイメージです。
Microsoft および Azure 公式キャラクターではありません。

Microsoft, Azure, and Microsoft 365 are trademarks of Microsoft Corporation.
We are an independent service provider.

​所在地:静岡市

©2024 山崎行政書士事務所。Wix.com で作成されました。

bottom of page