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羽衣の欠片

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 5分

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第一章:砂浜で見つかった布

 三保の松原――紺碧の海と連なる松並木が美しい、観光地として名高いこの地で、地元の高校を卒業したばかりの玲奈は、羽衣伝説をテーマにした町のキャンペーンにボランティアとして参加していた。普段はただの観光名所にしか見えない松原も、そのキャンペーン期間中は、伝説めいた空気がうっすらと漂うように感じられた。

 ある日の清掃活動中、玲奈は砂浜の波打ち際近くで小さな布の切れ端を発見する。ぱっと見は古びた布にしか見えないが、奇妙な光沢があり、なにより触れるとまるで人肌のように温かい。少なくとも普通の布ではないと直感した。 「これ、何だろう……」 素手でそっと握りしめると、明らかに体温よりも高い熱を感じる。だが、不思議に思いキャンペーン仲間へ見せても、みな口を揃えて「ただのゴミだよ」と笑うだけ。**「羽衣の一部」**という玲奈の言葉は相手にされなかった。

 それでも、彼女の胸には、一種の既視感に近い感覚がずっと引っかかっていた。まるで自分が長く探していたものを見つけたような……。そんな得体の知れない予感に、心がざわめく。

第二章:奇妙な夢と天女の呼び声

 その夜、玲奈は不可解な夢を見た。暗い松の間を、白い衣を纏った女性がゆっくり歩んでいる。遠くで波が砕ける音が響き、風が松の葉を揺らす。 女性は振り向き、玲奈にかすかに笑いかけると、「わたしを見つけて……」と語りかけるような視線を投げかけた。そしてそこで夢は途切れる。 目覚めたとき、胸の鼓動は早く、額にはうっすらと汗がにじむ。思い返せば、白い衣はまるで天女の羽衣。まさか昼間に拾った布が影響しているのか、と頭を振って打ち消そうとするが、頭の片隅に奇妙な不安と期待が居座って離れない。

 翌朝、玲奈は仕事仲間や友人たちに夢の話をしようか迷ったが、また笑われるだけかもしれないと黙り込む。いっそありふれた偶然にして忘れてしまおう、そう思いかけたが、見るたびに手の中でほんのりと温かさを放つ布が、彼女の決心を鈍らせた。

第三章:羽衣の伝説と過去の記録

 町役場や図書館に当たり、羽衣伝説について文献を漁るうち、玲奈はキャンペーンで語られている一般的な民話とは別の、断片的な記録に行き当たる。 そこには、「戦後間もない頃に、羽衣を実際に所持していたと言い張る女性がいた」「その女性が地元の名家に嫁ぐことを拒んで失踪した」などという話が、ごく簡素に記されている。文献はいずれも断片的で、事実関係ははっきりしないが、“天女の羽衣”をめぐる何らかの不幸があったことは匂わされていた。

 興味を掻き立てられた玲奈は、さらに当時を知る人物を探し出す。中には「富士山を拝むとき、羽衣を纏った天女が現れる」といった半ばオカルトめいた話を真剣に語る年配者もいた。 都市部からやってくる観光客相手の“おとぎ話”ではなく、本気で**“羽衣の実在”を信じている気配がある。さらに話を聞くほどに不穏な感覚が増していく。「もしかして、本当に天女の布が現代まで受け継がれていたのか?」** と、玲奈は現実味のない可能性を否定しきれなくなっていた。

第四章:影を落とす秘密

 しばらくして、玲奈は町の記録の片隅から、戦時中・戦後にかけて三保の松原周辺で不可解な“行方不明”事件がいくつか発生していたことを知る。犠牲者は若い女性が多く、いずれも詳細が不明のまま。いまでは忘れ去られたような扱いだが、なぜか警察が捜査を打ち切る形になっていた時期が重なる。 もし、その失踪の裏に“羽衣”をめぐる争いがあったのなら……考えるほど、嫌な胸騒ぎを抑えられなくなる。海岸で謎の女性を目撃したという話も散見されるが、半ば怪談のように扱われているらしい。 そして、玲奈の胸に、見覚えのない微かな陰が落ちる――まるで、松原で見かけたあの布切れが、過去の痛ましい事件を再び呼び覚ましているような気がして、暗い重圧が肩にのしかかる。

第五章:奇妙な夢の深化

 相変わらず、夜ごとに見る夢はますます鮮明になっていく。白い衣の天女が、松の根元に膝をつき、**「見つけて……返して……」**と訴えている。砂浜の向こうには富士山が半ば霞んで、波打ち際にぽつりと人影。 目が覚めると、布切れがなお温かく、微かに脈動するような感覚さえする。まるで生きた生地のようで、玲奈の鼓動と同調しているかのような気味悪さと、ある種の愛惜がないまぜになり、胸が焼けるように切ない。 あの女性が言う「返して」というのは、何を返せと意味するのか。羽衣そのもの? あるいは違う何か? そこには隠された過去があるはず……。そう考えると、玲奈はたまらないほど落ち着かなくなる。

第六章:過去の女性の足跡

 ある日、玲奈はもう一歩踏み込んで、失踪したという女性の足跡を追い始める。どうやら軍や地元有力者の争いが複雑に絡み、“羽衣”として崇められたその女性が利用された可能性があるらしい。 当時の人の証言からは、彼女が最期に残した言葉が、「わたしは天女じゃない。羽衣を返して……」という悲痛な叫びだったと示唆されていた。 冷たい胸騒ぎに囚われつつ、玲奈は自問する。「自分が見た天女は、この悲劇を訴えたかったのか……?」 もしその布こそ“天女の羽衣”の残骸なら、いま再び表れた理由は、何を示すためなのか。

第七章:羽衣の謎と決着

 最後に、玲奈は勇気を出して、深夜の三保の松原へ向かう。激しい波音の下、風が松林をざわめかせ、遠くには富士山のかすかなシルエットが浮かぶ。ポケットにはあの布切れ。 松の根元に立つと、またもや白い衣の女性が現れ、その顔は涙を含んだ微笑みのように見える。どこか安堵した様子で、**「わたしの……返して……ありがとう……」と口を動かす。声にならない声が、玲奈の耳に直接響くようだ。 そして彼女の姿はまぶしい光のように消え、残るのは朝焼けに染まる松原だけ。玲奈は胸に熱いものを感じて、石の根元に布切れをそっと置く。まるで大事な物を、ここに返してあげるように。 朝日が昇り、空が青白く染まってくると、砂浜にはただいつもの松原が広がっている。観光客もやってきて、普段通りの風景になったが、玲奈の胸中にはもう一つの“物語”が鮮やかに刻まれていた。 実際に羽衣が何であったのか、古の天女が実在したのか、それは誰にも証明できない。だけど、「羽衣の欠片」**は確かに玲奈に小さな奇跡を見せた。過去の悲しみと現代を繋ぎ、失われた声を救済する瞬間を。 そして、松の葉擦れの音に、静かに「ありがとう」という囁きが聞こえた気がしたのは、きっと玲奈だけが知る秘密かもしれない。

 
 
 

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