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茶畑から銀河まで


 夜になると、茶畑は遠くへ行く支度をする。

 幹夫少年は、そう思った。

 昼間の茶畑は、きちんと丘の上にあった。丸く刈りそろえられた畝が、斜面に沿って幾筋も並び、茶の葉は太陽を受けて明るく光っている。そこには人の手があり、働く人の足跡があり、土の匂いがあった。

 けれど夜になると、茶畑は少しだけ地上から離れる。

 茶の畝は闇に沈み、緑の波は空の暗さとつながり、葉の先に宿った露は小さな星のように光る。丘の向こうには夜空が広がり、そのさらに奥には、淡い銀河が流れていた。

 幹夫は農道の端に立ち、茶畑と銀河を見比べていた。

 足もとは土。 頭の上は星。 そのあいだに、自分がいる。

 それが、少し不思議で、少し心細かった。

 その日、幹夫は学校で「遠くへ行きたいと思うことがありますか」と聞かれた。

 先生は作文の題として言っただけだった。みんなは楽しそうに話していた。外国へ行きたい。海の向こうへ行きたい。宇宙へ行きたい。未来へ行きたい。まだ見たことのない場所へ行きたい。

 幹夫も、遠くへ行きたいと思うことはあった。

 けれど、それは楽しさだけではなかった。

 誰の言葉も届かないところへ行きたい。 胸の中の重さを置いていけるところへ行きたい。 自分が何に傷ついているのか、説明しなくてもいいところへ行きたい。

 そういう遠さだった。

 でも、それを作文に書くのは怖かった。

 だから幹夫は、ノートにただ一行だけ書いた。

 銀河まで行ってみたい。

 それ以上、鉛筆が進まなかった。

 銀河まで行って、何をするのか。 そこで何を見たいのか。 戻ってくるのか、戻ってこないのか。

 自分でもわからなかった。

 わからないまま、夜の茶畑へ来た。

 風が吹いた。

 茶葉が、さわ、と鳴った。

 それは、幹夫の心に返事をするような音だった。

 幹夫は、茶畑の奥へ向かって歩いた。夜露を落とさないように、畝の間の細い道を選ぶ。土は少し湿っていて、靴の裏にやわらかく触れた。

 茶葉の先には、露がいくつも光っていた。

 ひとつひとつの露に、星が映っている。

 その小さな星たちを見ていると、空へ行くためには、まず足もとの水を見なければならないような気がした。

 その時、茶畑の中央で、小さな灯がともった。

 幹夫は足を止めた。

 灯は、茶の葉の上に置かれた小さな湯呑みから漏れていた。誰が置いたのだろう。白い湯呑みの中には、濃い緑のお茶が入っていた。けれど湯気は普通ではなかった。

 湯気が、上へ上へと伸びている。

 白く細い湯気は、夜空へ向かってほどけずに続き、やがて星の間へ入り、銀河の帯へつながっていた。

 まるで、茶畑から銀河まで続く一本の道だった。

 幹夫は息をのんだ。

 湯呑みのそばに、一枚の茶葉が浮かんでいた。

 風に吹かれているのではない。 露に濡れているのでもない。 その茶葉は、小さな舟のように、湯呑みの光の上で静かに揺れていた。

 「乗るの?」

 声がした。

 幹夫はあたりを見回した。

 誰もいない。

 「ここだよ」

 声は、茶葉の舟から聞こえていた。

 幹夫は顔を近づけた。

 茶葉の上に、小さな人が立っていた。

 米粒ほどの背丈しかない。けれど、ちゃんと笠をかぶり、小さな茶摘み籠を背負っている。顔はよく見えないが、声は明るく、どこか古い歌のように懐かしかった。

 「君は誰?」

 幹夫が聞くと、小さな人は胸を張った。

 「茶葉の渡し守」

 「渡し守?」

 「茶畑から銀河まで、香りの道を渡す役」

 幹夫は、湯気の道を見上げた。

 それは本当に、銀河まで続いているように見えた。

 「銀河まで、行けるの?」

 「行けるよ。でも、逃げるためだけなら途中で戻される」

 幹夫は胸を突かれた。

 「逃げるためって……」

 渡し守は、幹夫を見上げた。

 「遠くへ行きたい時には、二つある。ひとつは、知らないものに会いたい時。もうひとつは、自分の胸から離れたい時」

 幹夫は黙った。

 渡し守の声は小さいのに、幹夫の胸の奥まで届いた。

 「ぼくは……どちらかわからない」

 幹夫は正直に言った。

 渡し守はうなずいた。

 「それなら乗れる。わからないと知っている子は、まだ道をなくしていない」

 茶葉の舟が、幹夫の足もとへ近づいた。

 小さすぎる舟だった。

 こんなものに乗れるはずがないと思った。けれど、幹夫がそっと手を伸ばすと、舟はふわりと大きくなった。茶葉一枚だったものが、幹夫ひとりを包むほどの緑の舟になった。

 幹夫はおそるおそる乗った。

 茶葉の舟は、驚くほど柔らかかった。けれど頼りなさはなかった。茶の葉の筋が、舟の床に細く走っていて、その一本一本が道のように見えた。

 渡し守は、湯呑みの湯気を小さな櫂でひとすくいした。

 「では、茶畑から銀河まで」

 舟が浮いた。

 最初は茶畑の上を低く滑った。

 茶葉の先にある露が、舟の底に触れそうになる。露の中には星が映っていて、舟が通るたびに小さく揺れた。幹夫は、ひとつの露の中に自分の顔が映るのを見た。

 不安そうな顔だった。

 でも、少しだけ期待もしている顔だった。

 舟は湯気の道へ入った。

 白い香りの川を、茶葉の舟が上っていく。

 茶畑が下へ遠ざかっていった。

 畝は緑の波から、やがて細い線になり、丘の形へ溶けていく。けれど完全に見えなくなることはなかった。どれだけ上っても、茶の香りが幹夫の足もとに残っている。

 「遠くへ行っても、香りはついてくるんだね」

 幹夫が言った。

 渡し守はうなずいた。

 「本当に遠くへ行く時ほど、出発した場所の匂いが大切になる」

 「どうして?」

 「戻るためではないよ。自分がどこから来たかを忘れないため」

 幹夫は、胸の中でその言葉を受け止めた。

 どこから来たか。

 自分は、どこから来たのだろう。

 家。 学校。 町。 母の声。 夕方の道。 そして、今はこの茶畑。

 自分は、そういう小さな場所や声を背負って、ここにいる。

 銀河まで行くとしても、それらを全部捨てて行くわけではないのだ。

 舟はさらに上った。

 やがて、雲のような白い層に入った。

 それは本当の雲ではなかった。湯気と夜露と茶の香りが混じってできた、やわらかい霧だった。霧の中には、いくつもの場面が浮かんでいた。

 朝の茶畑。 手ぬぐいを巻いた人が、腰をかがめて葉を摘んでいる。 雨の日の畑。 若い茶葉が雨粒を受けて震えている。 冬の霜の朝。 人々が心配そうに畝を見ている。 茶を揉む手。 急須に湯を注ぐ音。 湯呑みを両手で包む誰かの指。

 それらは、茶畑の記憶だった。

 幹夫は、舟の縁につかまりながら見つめた。

 「茶畑は、こんなに覚えているの?」

 「覚えているよ」

 渡し守は答えた。

 「人間が忘れても、葉と土と香りは覚えている」

 幹夫は、霧の中の人々を見た。

 誰も特別なことをしているわけではない。葉を摘み、土を見て、天気を気にし、お茶を淹れている。ただそれだけの日々だった。

 けれど幹夫には、その「ただそれだけ」がまぶしかった。

 大きな夢を語れなくても、人は毎日、何かを育てている。 名のない仕事をしている。 誰かの喉を温める一杯のために、土と葉に向き合っている。

 それも、銀河へ続くほど大きな営みなのかもしれない。

 霧を抜けると、空が近づいた。

 星が大きく見えた。

 それでも、星は手でつかめるほど近いわけではない。近づくほど、遠さがいっそうわかる。幹夫はその遠さに胸が震えた。

 「怖い?」

 渡し守が聞いた。

 幹夫はうなずいた。

 「少し」

 「遠いものは怖い。けれど、遠いものを見ないと、近くのものの形がわからないこともある」

 「近くのもの?」

 「茶葉一枚の小ささも、銀河の遠さを見て初めてわかる。逆に、銀河の広さも、茶葉一枚を持っていなければ、ただ大きすぎて心が迷う」

 幹夫は、舟の床を撫でた。

 茶葉の舟は、まだ足もとにある。 銀河に近づいても、自分は茶葉の上に乗っている。

 それが、幹夫を安心させた。

 やがて舟は、銀河の入り口へ着いた。

 そこは、川のようで、道のようで、空そのもののようでもあった。無数の星が淡い流れを作り、白く、青く、金色にまたたいている。星の間には、暗い場所もあった。黒い裂け目のように見えるそこにも、静かな深さがあった。

 銀河は、ただ明るいだけではなかった。

 光と闇が混じって流れていた。

 幹夫は、そのことに少し驚いた。

 銀河へ行けば、すべてが光で満ちていると思っていた。胸の暗さも、遠くへ行けば消えると思っていた。

 けれど銀河にも闇がある。

 星があるから闇が見える。 闇があるから星が光る。

 渡し守は、舟をゆっくり進めた。

 銀河の流れの中には、いろいろなものが浮かんでいた。

 星屑。 遠い光。 古い願い。 まだ誰にも言われていない言葉。 地上でこぼれた涙が、空まで届いて透明になったもの。 誰かが湯呑みを包んだ時の、小さな安堵。

 幹夫は、星の川の中に小さな白い紙を見つけた。

 それは作文用紙の切れ端だった。

 幹夫が手を伸ばすと、切れ端は舟の上に落ちてきた。

 そこには、鉛筆で一行だけ書かれていた。

 銀河まで行ってみたい。

 幹夫は息をのんだ。

 自分が今日、学校で書いた言葉だった。

 「どうして、ここに」

 渡し守は言った。

 「本当に胸から出た言葉は、時々ここまで来る」

 幹夫は、紙を見つめた。

 あの時は、何も書けなかったと思った。 たった一行しか書けなかった自分を、少し情けなく思った。

 けれど、その一行は銀河まで届いていた。

 言葉は短くても、遠くへ行けることがある。

 幹夫の目に、涙がにじんだ。

 「ぼくは、何をしに銀河まで来たんだろう」

 幹夫はつぶやいた。

 渡し守は、櫂を止めた。

 「では、聞いてみよう」

 「誰に?」

 「銀河に」

 渡し守がそう言うと、星の川が静かになった。

 音が消えたのではない。幹夫の耳が、もっと深い音を聞き始めたのだ。

 銀河の声は、とても遠かった。

 けれど不思議なことに、胸のすぐ内側から聞こえるようでもあった。

 ――遠くへ来たかった子よ。

 幹夫は息を止めた。

 ――何から離れたかったのですか。

 幹夫は答えようとした。

 でも、言葉がすぐには出なかった。

 友だちの言葉から。 教室の空気から。 うまく笑えない自分から。 将来の夢を言えなかった恥ずかしさから。 何でも感じすぎる心から。

 どれも本当だった。

 けれど、一番奥には別のものがあった。

 幹夫は、小さな声で言った。

 「自分を責める声から、少し離れたかった」

 銀河は、静かに光った。

 ――その声は、地上に置いてきましたか。

 幹夫は胸に手を当てた。

 いいえ、と思った。

 ここまで来ても、その声は少し残っている。

 自分は弱い。 考えすぎる。 夢をはっきり言えない。 みんなと同じ速さで進めない。

 その声は、銀河までついてきていた。

 「置いてこられませんでした」

 幹夫は正直に言った。

 銀河は答えた。

 ――ならば、逃げるためだけの旅ではなかったのです。

 「どういうことですか」

 ――持ってきたものを、ここで見つめるために来たのです。

 幹夫は、胸の中の声を思った。

 それは、ずっと暗いかたまりのようだった。見たくないもの、消したいものだった。

 でも、銀河の光の中で見ると、それは少し形を持っていた。

 自分を責める声の奥には、ちゃんと生きたいという願いがあった。 人を傷つけたくないという思いがあった。 自分の心をどう扱えばよいかわからない苦しさがあった。

 ただの敵ではなかった。

 痛いけれど、何かを守ろうとしている声でもあった。

 幹夫は、涙をこぼした。

 涙は舟の上に落ちず、銀河の流れへ浮かんだ。 小さな透明な粒になり、星屑の間をゆっくり流れていく。

 「涙も、銀河まで来るんだね」

 幹夫が言うと、渡し守はうなずいた。

 「涙は水だからね。水は、どこへでも道を見つける」

 銀河の声が、ふたたび響いた。

 ――茶畑から来た子よ。

 幹夫は顔を上げた。

 ――あなたの夢は、まだ小さい。けれど、小さい夢は近くのものを照らします。

 「近くのもの?」

 ――茶葉の露。友だちの沈黙。母の湯呑み。道ばたの折れた草。そういうもののそばで、あなたの夢は灯ります。

 幹夫は、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 大きな夢でなくてもいいのだろうか。

 遠くへ行く夢ではなく、近くで立ち止まる夢でもいいのだろうか。

 銀河は静かに続けた。

 ――銀河まで来たからといって、銀河のように大きくなる必要はありません。茶葉は茶葉のまま、星を映せます。

 幹夫は、声を出さずにうなずいた。

 茶葉は茶葉のまま、星を映せる。

 自分も、自分のままで何かを映せるだろうか。

 弱いまま。 迷うまま。 すぐ立ち止まるまま。 それでも、小さな光を受け取ることはできるだろうか。

 幹夫は、できるかもしれないと思った。

 できる、と強く言い切るにはまだ怖かった。 けれど、できないと決めつけることは、もうしたくなかった。

 渡し守は、舟の先を銀河の奥へ向けた。

 「もう少しだけ見ておいで」

 幹夫は、星の流れの向こうを見た。

 そこには、大きな茶畑があった。

 銀河の中に、茶畑が浮かんでいた。

 それは地上の茶畑よりも広く、畝は星の光でできていた。茶の木は銀色に輝き、葉の一枚一枚には小さな地球のような青い点が映っている。畑の中では、たくさんの人影が静かに働いていた。

 人だけではない。

 風も働いていた。 雨も働いていた。 虫も、土も、光も、夜も働いていた。

 すべてが茶を育てていた。

 幹夫は、その景色に胸を奪われた。

 「これは何?」

 「銀河の茶畑」

 渡し守は言った。

 「地上で育った茶畑の夢が、ここに集まる。人が一杯のお茶を飲んでほっとした時、その安堵もここへ届く」

 幹夫は、銀河の茶畑を見つめた。

 誰かが疲れて帰ってきて、お茶を飲む。 誰かが泣きそうな夜に、湯呑みを包む。 誰かが朝、まだ眠い目でお茶をすする。 その小さな時間が、銀河の茶畑に光を足していく。

 日々の小さな安堵が、宇宙のどこかに畑を作る。

 それは途方もなく美しく、幹夫は泣きたくなった。

 渡し守は、茶葉の舟を銀河の茶畑の端へ寄せた。

 「一枚、摘んでいいよ」

 「ぼくが?」

 「今夜の旅のしるしに」

 幹夫は、銀色の茶葉へ手を伸ばした。

 摘むのは怖かった。傷つけてしまうかもしれないと思った。けれど、茶葉は幹夫の指にそっと寄ってきた。

 幹夫は、やさしく摘んだ。

 銀色の茶葉は、手のひらに乗ると、普通の緑の茶葉に変わった。ただ、葉脈の中にごく小さな星の光が残っていた。

 「それを地上へ持って帰るといい」

 渡し守は言った。

 「でも、人に見せても、ただの茶葉にしか見えないよ」

 「それでもいい」

 幹夫は言った。

 自分にだけわかる光があれば、それでよいと思った。

 帰り道、舟は銀河の流れを下り、湯気の道へ入った。

 上る時より、道は短く感じられた。

 遠ざかる銀河を見ても、幹夫はもう置いていかれる気がしなかった。銀河は遠いままだった。けれど、その遠さは幹夫を拒んでいなかった。

 茶畑が近づいてきた。

 丘の斜面。 夜露を抱いた葉。 湯呑みの小さな光。 農道の土。

 茶葉の舟は、最初の場所へ静かに降りた。

 幹夫が舟を降りると、渡し守はまた米粒ほどの大きさに戻っていた。

 「もう銀河まで行った子だね」

 渡し守が言った。

 幹夫は首を振った。

 「行ったけど、ぼくはまだぼくです」

 渡し守は嬉しそうに笑った。

 「それがいちばん大事」

 湯呑みの湯気は、もう空まで続いていなかった。普通の湯気のように、夜風の中でほどけて消えていく。

 茶葉の舟も、小さな一枚の葉に戻り、湯呑みのそばに静かに落ちた。

 渡し守の姿も、いつの間にか見えなくなっていた。

 幹夫は、茶畑にひとり立っていた。

 空には銀河があった。

 けれどさっきより遠く見えた。 同時に、さっきより近くも感じた。

 幹夫は手のひらを開いた。

 銀河の茶畑で摘んだ一枚の茶葉がそこにあった。

 普通の緑の茶葉。

 けれど、葉脈の奥に小さな光がひとつ、静かにまたたいている。

 幹夫は、その茶葉を胸に当てた。

 「帰ろう」

 誰に言ったのか、自分でもわからなかった。

 茶畑に。 銀河に。 自分自身に。

 家に帰ると、母が台所でお茶を淹れていた。

 「遅かったね」

 母の声は、少し心配していた。

 幹夫は靴を脱ぎながら言った。

 「茶畑に行ってた」

 「また?」

 母は少し笑った。

 「冷えたでしょう。お茶、飲む?」

 幹夫はうなずいた。

 湯呑みを両手で包むと、温かさが指から胸へ伝わった。

 幹夫は、手の中の茶葉をそっと湯呑みのそばへ置いた。

 母には、ただ拾ってきた葉に見えただろう。何も言わなかった。

 幹夫は湯気を見た。

 湯気はまっすぐ銀河へ続いてはいなかった。けれど、その中に星の川の記憶がわずかに揺れていた。

 幹夫は、お茶をひと口飲んだ。

 苦みがあった。 そのあとに、甘みが来た。 そして、ほんの少しだけ、遠い星の冷たさがあった。

 その夜、幹夫は作文の続きを書いた。

 銀河まで行ってみたい。

 その一行の下に、ゆっくり書き足した。

 銀河まで行って、ぼくは、茶畑のことを思い出した。 遠くへ行くことは、近くのものを忘れることではなかった。 茶葉は茶葉のまま、星を映せる。 ぼくも、ぼくのまま、小さな声を聞ける人になりたい。

 書き終えると、幹夫は鉛筆を置いた。

 立派な作文かどうかはわからなかった。 先生がどう思うかもわからなかった。 友だちが笑うかもしれない。

 それでも、幹夫はその文章を消さなかった。

 それは、銀河まで行って持ち帰った自分の言葉だったから。

 窓の外には夜空が広がっていた。

 銀河は、町の灯りでよく見えなかった。 けれど、あることはわかっていた。

 茶畑も、今は見えない。 けれど、夜露を抱いて静かに眠っていることを幹夫は知っていた。

 見えないものが、ないわけではない。

 胸の中の小さな夢も、同じだった。

 まだ名前はない。 まだ道もはっきりしない。 でも、確かに光っている。

 幹夫は机の上に置いた茶葉を見た。

 葉脈の中の光は、もう見えなかった。普通の茶葉にしか見えない。

 けれど幹夫は、それでよかった。

 大切なものは、いつも光っていなくてもよい。

 必要な時に、思い出せばいい。

 茶畑から銀河まで。 銀河から茶畑まで。 遠いものと近いものは、香りの道でつながっている。

 幹夫少年は、湯呑みをもう一度両手で包んだ。

 その温かさの中に、地上と星空のあいだを行って帰ってきた、小さな旅のすべてが静かに沈んでいた。

 
 
 

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