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見えない展望台

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 6分
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第一章:夜の展望台に現れる「何か」

 日本平の展望台は、昼間は観光客が絶えず訪れる活気ある場所だった。遮るものなく見渡せる駿河湾や、晴れた日には富士山の姿も一望できる絶景スポットとして、写真愛好家や家族連れが集まる。だが、地元の人間の間では昔から**「夜にあそこへ行ってはいけない」**という警告めいた噂が囁かれていた。

 その噂を無視し、深夜の展望台に足を踏み入れた若者グループが、その後、口を揃えて語る。「展望台の上に見えない何かがあった。確かにそこにいたのに、目を凝らしても形がはっきりしないんだ」と。 ただの酔いどれ騒ぎだろう、と多くの人は片付けてしまったが、圭吾というフリーライターの胸には、この話が小さな棘のように刺さった。――「夜の展望台」に潜む何か。それは現実なのか、幻なのか。彼の好奇心を妙に刺激したのだ。

第二章:謎めいた噂と「封印された物」

 圭吾は地元の住民や展望台の運営管理者に取材を試みる。だが、みな一様に黙りこみ、あるいは気まずそうに苦笑するだけで、詳細を語る人はほとんどいなかった。 仕方なく図書館へ足を運び、古い郷土資料を読み込んでみると、展望台が建設された時期にやや不自然な記述が見つかる。町史には、「この場所にはかつて小さな祠があったが、何らかの理由で取り壊され、その跡地に展望台が建てられた」という一文が非常にあっさりと書かれていたのだ。 しかも、その祠がある物を“封印”していたという記録も微かに示唆されている。圭吾の中に、不穏な想像が膨らむ。**「建設の際に何かが隠された、あるいは封じられたのかもしれない」**と。

第三章:静かな山の夜

 次の夜、圭吾は日本平の山道を静かに車で登る。月は雲の奥に隠れ、街灯は少ないため、闇が押し寄せるように濃い。時折吹く夜風が樹木を揺らし、葉擦れの音が耳をくすぐる。 展望台に到着すると、昼間の賑やかなイメージとは打って変わって、人影のない広場が闇に沈んでいた。遠くに街の灯りが点々と見えるだけで、満天の星も雲に遮られ、ほとんど見えない。 圭吾は懐中電灯を足元に当てながら、そっと柵の近くに立つ。深呼吸をしてみるが、胸の奥に冷たい緊張が巣食っているのがわかる。「ここで“見えない何か”を目撃したというのは、果たして幻影だったのか、あるいは――」と頭を巡らせたとき、背後で僅かな気配を感じた。

 何かがいる――そう思って振り返ったが、そこには風が吹き抜ける音だけがある。かすかに**「うっ……」**という嘆きにも聞こえる声が霧のように漂い、圭吾は鳥肌が立った。まさか、自分も噂通り“見えないもの”を感じてしまったのか?

第四章:封じられた祠と失われた歴史

 後日、圭吾は一人の老人から貴重な話を聞き出す。すでに亡くなった父親が、当時の祠の撤去作業に関わっていたのだという。 「その祠は神社とも、どこかの寺社の分社とも関係がない、不思議なものだったらしい。戦前から何世代にもわたって地元の人が守ってきたとか。だけど開発が進む中で、建設業者と町が協議して取り壊しちゃったんだ。そこに“あるもの”が封印されていたって、父が怖がっていたっけ……」 老人は声を潜め、まるで何かタブーに触れるような表情をした。「結局、その後に起こった事故や変死事件が、祠を壊した呪いだなんて言われてたよ。もちろん、表向きは全部事故として処理されたがね」

 圭吾の中で不安と興味がせめぎ合う。だが、この地に住む人々が抱えてきた“言えない過去”が、じわじわと彼の胸を締め付けていく。静かに息を飲むたびに、「ここに何かが眠っている」確信が高まっていった。

第五章:失踪した女性と現代の影

 さらに取材を進める中で、圭吾は10年ほど前に起きた若い女性の失踪事件が、展望台付近と関連を指摘されていた事実を発見する。夜の展望台に一人赴いたまま帰らず、捜索した警察も手掛かりを得られなかったという。 どこか既視感のあるパターン。封印が破られた際に“見えない何か”が再び動き出すかのような噂が、当時もちらりと聞かれたという。まさか、今起こりつつある奇妙な現象と同じ流れなのか? 圭吾は憂いを帯びたまま、自宅の机に散らばる古文書や町の記録を見下ろす。過去の祠の撤去、不可解な事故や失踪、そして夜の展望台で起こる霧の幻。 彼は静かな怒りと哀しみを感じ始める。多くの人がこの場所の歴史を都合よく忘れ、祠をなくしてしまった結果、本当の姿が見えないまま不協和音だけが残っているのではないか――と。

第六章:夜の展望台、そして対峙

 覚悟を決めた圭吾は、再び深夜の展望台へ向かう。そこには以前にも増して密やかな暗さが漂い、風が止んだ静寂が辺りを包んでいた。彼は胸の奥の不安を振り払うように、携帯ライトを片手に柵のそばへ歩み寄る。 遠くからうっすら聞こえるかのような低いうめき声——あるいは単なる風の音かもしれないが、彼の耳には“誰かの声”として響く。 すると視界の先で、何かが微かに揺れる。目をこらしてもはっきりしないが、確かにそこに“何か”がある。霧が立ち込め、白いモヤの中に人影らしき輪郭がぼんやりと浮かんでいるようだった。寒気が背中を這い上がり、手元のライトが小刻みに震える。 圭吾は必死で踏みとどまり、**「誰だ?!」と声を上げる。が、何も返らない。だが、その影が消えた瞬間、彼の頭にはふと“過去に封印されていた祠”**の情景がよぎる。もし祠に閉じ込められた“存在”が今も彷徨っているのだとすれば、これ以上被害が出るのを止めなければならないと、心に刻む。

第七章:解けゆく封印と穏やかな朝

 最終的に、圭吾の取材と捜査によって、戦後の混乱期に展望台の場所で祠が取り壊され、その“ある物”を封印するための儀式が不完全に終わっていた事実が明らかになる。地元の有力者が神主を脅し、祠ごと封じ物を壊すことで土地開発を進めたが、それが原因で奇妙な事故や失踪が相次いだという経緯が浮上した。 “見えない展望台”とは、封印が解けかけた場所を指しており、霧が濃い夜には過去に消えた人々の声が現実世界に重なるのではないか——。まるでそう思わせるような不穏さだ。 圭吾は地元の神社関係者の力を借り、簡単な再封印の儀式を行う。正式な神事というより、人々の“恐怖と過去への償い”を鎮める象徴的な行いだ。 翌朝、夜明けとともに日本平から眺める駿河湾は、いつになく清らかな青を帯びていた。霧はすっかり晴れて、遠くに富士山の姿がくっきり見える。その穏やかな光景の奥で、**“人々が封じたかった過去”**がようやく姿を潜め、再び闇に溶けていったかのように思える。

 しかし、圭吾は最後に小さく息をつく。過去の出来事は完全に消えるわけではない。「この地に刻まれた罪や怨みは、時として夜の闇に囁き、霧の中で姿を見せるかもしれない」——それでも今は、夜が明け、陽光が展望台を照らしている。 静かな風が吹き、展望台の下には街の朝が広がる。人々は普段通りの生活へと歩みを進めるが、彼は知っている。「見えない展望台」は、いまだに誰かの痛みを呑み込みながらそこにあるのだ、と。

 
 
 

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