見えない木目 — 重電の六月(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月20日
- 読了時間: 7分
— 2019~2020年「三菱電機の不正アクセス事案:2019/6/28の不審挙動検知→社内端末・サーバの広域調査→個人情報や企業機密の外部流出“可能性”を1/20公表→ログ消去など痕跡隠滅が指摘→防衛装備の『注意情報』を含む可能性を2月に追加公表→起点や手口について複数の技術報道(アンチウイルス製品のゼロデイ等)—を骨格にした創作
00|金曜 23:41 木目が逆立つ音
青蘭(せいらん)重電・品川本社。夏芽は、監視盤の一角にある地味な折れ線を見つめていた。数分ごとに一定の呼吸で外へ出ていく細い線。宛先は海外拠点のプロキシ——見覚えはある。だが、時刻も間隔も綺麗すぎる。
WAFは緑、FWも緑。SIEMのルールも鳴かない。それでも、木目に逆らうような逆光が、夏芽の皮膚を逆立てた。
「出していないのに、出ている。」
プロセス列を覗く。先週まで無かった細い常駐。署名は正しい顔をしている。夏芽は電話の短縮を押した。
「山崎行政書士事務所に、最短で。」
01|00:07 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。白板の前に**律斗(りつと)**が立ち、太いペンで三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:対象サブネットを電源落とさずネットワーク隔離。Outboundは**“白”(許可宛先だけ)に絞る。RAMダンプ/ディスク像/KMS・ID発行ログを一方向で吸い上げる。常時特権はゼロ**、必要時だけ(JIT)に短期貸与。検疫VLANへ疑わしい端末を順次退避。
伝える:三文を経営/広報/所管連絡窓口に同報。“事実”(海外拠点宛の規則的通信/隔離実施)と**“可能性(仮説)”(セキュリティ製品管理系の穴→横展開→持ち出し)を段落で分離**。正午/17時に時刻で更新。「支払い先変更メールは無効」を文頭に。
回す:夜間のリリースを全面停止。保守作業は紙の手順+口頭復唱へ。遅いけど確実に回す。
りなが頷く。「72時間の所管報告を回します。“声は鍵”(折り返し+二名承認)を全窓口に。」
奏汰(そうた)は構成図に赤を走らせる。「防御の箱に穴を穿たれてる線。管理サーバに静かに寄生、正規の顔で鍵束に触る。」
悠真(ゆうま)が短く言う。「“正しいものの顔をした別人”が門を抜けてる。ログは後から消す手癖。」
ふみかは三文の一次報を置いた。
現状:規則的な越境通信を検知。当該セグメント隔離/Outbound白化/証跡保全、JIT特権化を実施。対応:夜間リリース停止、保守は紙+口頭復唱。正午に一次報、17時に更新。お願い:“返金・送金先変更”などメールだけの依頼は無効。必ず電話の二重確認を。
受付でやまにゃんのしっぽ(Type‑C)が、小さく光る。札には太い字。
「遅いけど確実。」
02|01:12 「六月二十八日の置き手紙」
監査ログをめくると、夏の入口に薄い跡があった。6/28の未明、一台の端末が短く咳をした。数日おきに別の島で同じ咳。やがて、管理系に静かな影が差し、プロセスが一つ増えた。署名は正しい。でも、木目に逆らう手触り。
夏芽は喉が冷えるのを感じた。
「扉は、六月に開いたままだった。」
03|02:05 四つの数字(第一次)
蓮斗(れんと)が白板に数字を書く。
MTTD(検知):49分(規則的越境通信の相関)
一次封じ込め:71分(隔離/白化/証跡保全/JIT化)
観測痕跡:端末常駐+プロセス偽装/ログ削除疑い
暗号化:兆候なし(**“持ち出し型”**を優先)
律斗は短く言う。「勝ってはいない。でも**“間に合っている”**。」
04|正午 一次報(社外)
事実:当社ネットワークで不正アクセスの可能性を確認。関係セグメント隔離/Outbound白化/証跡保全/JIT特権化を実施。影響(現時点):個人情報/企業機密の外部流出の可能性あり。具体の確定は継続調査。対応:関係機関と連携。二次報は17:00。
会見の台本にりなは主語を太く置いた。
「当社は、いつ、何を、どう変えるか。」“誰がやったか”は私たちが言わない。公的発表に歩調を合わせる。私たちは**“何が起き、何を止め、どう戻すか”を時刻**で言う。
05|夜 削られた鉛筆
端末のイベントログには歯抜けがあった。痕跡が消しゴムでなぞられたみたいに薄い。悠真はメモリの底に残る糸くずを拾い上げる。注入、プロセス名の借用、サービスの影。奏汰は**“二つの森”の小道を閉じ**、Outboundを白に絞り、DNSの未知の連鎖を即死に落とす。
やまにゃんの札が光る。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
06|数週間後 段落が増える
社内の棚卸が進むにつれ、段落が一つ増えた。
「個人情報の“可能性”がある方への郵送開始」「取引先へ“企業機密の可能性”の個別連絡」防衛・電力・鉄道などの機微情報については、“流出確認なし”を事実として置く一方、“注意情報”の可能性を別段落で扱う。混ぜない。言い切る。
蓮斗が数字を添える。
“可能性”の通知:段階開始(郵送)
“注意情報”の扱い:関係所管に報告
“確認済み”個人情報:数千~数千人台(継続集計)
07|二月 「注意情報」の重さ
所管は緊張していた。装備仕様の要件など**“注意情報”が、可能性として輪郭を持ち始めたからだ。りなは二段落の型を崩さずに更新**する。
確認された事実:“注意情報”の存在可能性を把握→所管に報告済み。
未確定(継続調査):対象ファイルの最終確定・範囲。
混ぜない。時刻で切る。謝るときは主語を最初に置く。
08|外の声、内の地図
報道は**“海外拠点→日本へ横展開”、“セキュリティ製品のゼロデイ”、“14部署・約200MB”などを並べた**。りなは会見で言う。「帰属や手口の特定は私たちが言わない。公的情報と検証結果を時刻で示す。」奏汰は地図を描き直す。
“見る鍵/運ぶ鍵/署名する鍵”を分離。
常時特権ゼロ、JITの短い貸与。
SOCで越境の呼吸を常時監視。
EDRで端末の微熱を拾う。
証跡はWORMで二経路。
悠真は**“空の箱”を立ち上げ、既知良品だけで最小復帰を走らせる。古い箱は凍らせ**、道は記録でふさぐ。
09|三つの時計
現場の時間(開発・運用・調達)
規制の時間(72時間と継続報告)
経営の時間(信頼・費用・再発防止)
りなは三行で締める。
言い切る(事実と可能性を同じ文に置かない)期限を付ける(例外は48時間で自動失効)二重に確かめる(自動の前後に**“人の10分”**)
やまにゃんが静かに札を揺らす。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
10|春 紙の重さ
郵便は遅い。でも、戻れる速さはそこから生まれる。通知は名寄せで分け、内容で段落を変える。“確認済み”と“可能性”を混ぜない。サポート回線は折り返し前提、台本の一行目に**「当社からATM操作や送金依頼はしない」**を置いた。
夏芽は監視盤に新しい鈴を付ける。“正しい顔をした別人”の小さな足音が、夜に鳴るように。
11|一巡後 木目は揃う
青蘭重電の箱は、小さく歌い直す。越境はSOCが、端末はEDRが、人は紙が受け持つ。技術と資本の境界を一致させ、共有の小道は閉じた。ログは長く深く、監査は外の目も入れる。夏芽は机の引き出しに薄い紙を戻し、時刻を押した。
木目は静かに揃い、逆立っていた皮膚は温度を取り戻す。見えない木目の乱れは、もう一つの地図を私たちにくれた。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/主要報道・技術整理)
※本作はフィクションですが、骨格(2019/6/28の検知→2020/1/20公表、個人情報・企業機密の外部流出“可能性”、ログ消去の指摘、2月に“注意情報”の可能性を追加公表、一部報道による起点・手口の解説など)は下記に基づいています。
主な点:三菱電機の公式発表(1/20初報/2/12第3報)、Reutersの防衛装備『注意情報』可能性の報道、piyologによる時系列・ログ削除の指摘、BleepingComputer/SecurityWeek等の英語圏報道、**朝日(AJW)**の継続取材、ゼロデイ(アンチウイルス)の指摘に触れた技術系記事を併記しました。


コメント