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見積書に隠された秘密

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月7日
  • 読了時間: 9分




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第一章:不審な見積書

 都心のビルが立ち並ぶ片隅、控えめな看板を掲げた**「志水(しみず)行政書士事務所」**がある。 この事務所を切り盛りするのは、開業五年目の若き行政書士、志水遼一(しみず・りょういち)。日々、契約書の作成や企業法務のサポートに奔走しているが、その業務は地味なようでいて、時に大きな波紋を呼ぶこともある――。

 ある日、志水のもとへ大手ITベンチャー**「フューチャーテック」の法務部から契約書関連の依頼が舞い込んだ。 「次のプロジェクトで、外部企業と新規取引を結ぶ。契約書を作ってほしい」とのこと。内容自体は珍しくないが、添付されていた見積書**に、どうにも不可解な点があった。

「単価設定が妙にズレている……」

 ざっと目を通した志水は思わず眉をしかめた。表面的には工事や開発費などが列挙されているが、内訳が一般的な相場とかけ離れている部分がある。しかも、細かい項目がやたらに多く、総額の数字は“いかにもきれいに合わさっている”――まるで“何か”を隠すかのように。 かといって、すぐに「この見積書はおかしい」と言っても法的根拠は乏しい。フューチャーテックの法務部も「先方と細かく打ち合わせすれば解決するでしょう」という淡白な反応で、志水の違和感をいまひとつ共有していない。

 それでも、志水の胸中には強い引っかかりが残っていた。 「この見積書……どうも単なる計上ミスとかではなさそうだ」

第二章:疑惑の企業と過去のトラブル

 取引先は**「深山(みやま)プランニング」というコンサル会社。中堅ながら実績豊富で評判も高いという触れ込みだが、志水が業界の知人に問合わせると、どうやら数年前に“ある大きなトラブル”を起こしていたらしい。 しかし、そのトラブルの詳細を調べようとすると、なぜか情報がほとんど出てこない。記事も削除されていたり、曖昧な噂ばかり。 そんな中、一人だけ匿名を条件に話をしてくれたのは、業界紙の元記者N氏**。

「深山プランニングは、以前“融資詐欺”に絡んだ疑惑があったんですよ。具体的には、企業の貸付金を不正に転用しようとしたという話で……でも、当時、証拠不十分のまま、ウヤムヤになったんです。なんらかの政治力か、裏の手が働いたのかもしれません。

 “企業の貸付金を不正に転用”――そのフレーズが、志水の脳裏で引っかかった。あの不可解な見積書は、大きな金の流れを“別の目的”に使うためのカモフラージュではないのか。

 さらに不穏なことに、深山プランニングの代表・**柏田(かしわだ)**が最近“行方不明になっている”との噂を耳にする。 「代表が失踪? となると、あの見積書の出所は誰が……?」 ますます疑念が深まり、志水の探究心は高まるばかりだ。

第三章:消えた経営者の行方

 契約書を仕上げるにあたり、通常なら経営者や法務担当と直接やりとりするものだが、深山プランニング側は「担当者が多忙」「社内事情が複雑」を理由に、なかなか会ってくれない。その不自然さが余計に志水をかき立てる。 そこで志水は、合法な範囲で独自の調査を開始。官報や法人登記情報、過去の裁判記録を調べ、柏田がどんな人物なのか探ろうとする。

 結果、掴んだ手がかりの一つが、“柏田は銀行出身で財務に極めて詳しい”という点。深山プランニングの躍進は、彼の財務スキルに負うところが大きいらしい。 さらに、取引先の元従業員によれば、柏田は過去に「F・インベスト」と呼ばれる投資ファンドとも関係があった。ここは融資詐欺の噂が絶えない“危険なファンド”とされ、表向きはきれいなビジネスを装っているが、裏では債権を買い漁って不正な転用を行っているとの黒い噂がある。 「もし深山プランニングがF・インベストと繋がっていれば、過去のトラブルとも符合する……」 そんな推論を巡らせていた矢先、志水のスマホに見知らぬ番号から着信が入る。 「志水先生……突然すみません。私は深山プランニングの経理担当、永瀬と申します。どうしてもお話ししたいことが――」

 電話の向こうからはどこか追い詰められた響きが感じられる。やはり、この見積書にはとんでもない裏があるのか――。

第四章:経理担当の告白

 夜の喫茶店で待ち合わせた永瀬は、落ち着かない面持ちで座っていた。志水が挨拶もそこそこに切り出すと、永瀬は小声で語り始める。 「実は、社長の柏田は先週から連絡が取れなくなっています。しかも会社には、F・インベストの人間が頻繁に出入りするようになり、私たちに“ある見積書”を作らせるよう圧力をかけているんです。……それが今回、先生に提出している書類かもしれません」

 やはりF・インベストが絡んでいた。永瀬の話によれば、その見積書は「表向きはプロジェクト費用だが、実際には某金融機関からの融資を横流しし、F・インベストを経由して不正にプールする仕組みが組み込まれているらしい」とのこと。 「こんなこと、明るみに出れば大スキャンダルです。だけど、私が声を上げれば、会社も社員も危険に晒される……。社長が行方不明なのも、反対しようとしたからなのかもしれません」 永瀬は両手をぎゅっと握りしめ、震えている。どうやら他社へのM&A資金か、あるいは自社救済のためなのか、複雑な思惑があるにせよ、違法行為の疑いは濃厚だ。

 志水は静かに告げる。 「わかりました。私が法的にやれることを全力でやります。経理データや見積書の裏付けとなるファイルがあれば、ぜひ拝見させてください。そこから、何が隠されているのか突き止めましょう」

 永瀬はほっと安堵の表情を見せ、携帯に保存した一部データを志水に送ってくれる。そこには数字の羅列が並んでいたが、どうやら“二重帳簿”の可能性を示すものらしい。

第五章:二重帳簿と隠蔽データ

 翌日。志水は事務所のパソコンに向かい、永瀬から受け取ったデータを精査する。 そこには見積書に登載されている項目とよく似た項目が並んでいるが、金額が微妙に異なるものが幾つもある。さらに合計値を比較すると、**およそ数千万円ほど“不自然な差額”**が生じる構造になっていた。 「これだ……この差額を別の口座に流し込むつもりなんだな」

 計算式を追いかけると、どうやら**“架空の請求項目”**を使って資金をかき集め、それをF・インベストの関連口座へ移す算段らしい。その帳簿を埋めるためには、外部クライアント(今回ならフューチャーテック)と正式契約を結んで投資や開発費が動く必要がある。つまり、志水が作成する契約書こそがカギになるわけだ。 「なるほど……。だから先方はあの手この手で契約書を急がせ、フューチャーテックから実際の入金を引き出したいのか」

 問題は、柏田社長が何らかの正義感からこれを止めようとして失踪したのか、あるいは脅されて姿を消したのか。その真相はわからない。しかし、このままでは深山プランニング自体が金融犯罪に巻き込まれ、フューチャーテックも被害を受けるに違いない。 志水は意を決する。「絶対にこの契約は阻止しなければならないし、柏田社長の行方も探るべきだ」

第六章:探偵的推理と法的戦術

 まず、フューチャーテックの法務部に“見積書の重大な不備”を指摘し、調査を依頼。だが「いや、そこまで大事にはしたくない」と渋る。大手企業特有の内向き体質か、あるいはプロジェクトの遅延を嫌った上層部が抵抗しているのかもしれない。 そこで志水はあえて**“法的に大きなリスクがある”**と警告する。 「万が一これが不正取引に利用されれば、御社も共犯関係と疑われる恐れがあります。訴訟や信用失墜を避けるため、きちんと精査すべきです」 その言葉に、ようやく法務部長が重い腰を上げ、内部調査を約束してくれる。

 次に、志水は深山プランニングが保有する登記簿や銀行口座の情報、可能な範囲で集めた書類を整理し、独自の“時系列マップ”を作り上げる。 「この日、この金がこの口座に入り、翌日には別の口座へ送金。F・インベストを経由して、最終的には謎のファンドに流れる……」 煩雑なカネの流れが、マップ上で一本の線に繋がったとき、志水は思わず唸った。 「これが全容か……」

 さらに永瀬が恐る恐る教えてくれたのは、「数年前にも同じような不正取引があったらしい」「柏田社長はそれに加担しているという噂が社内で広まっていた」という事実。だが柏田は「もうこんな事はやめよう」と急に態度を変え、ファンド側と対立した結果、強い圧力を受けていたらしい。

第七章:失踪した社長との邂逅

 契約締結が間近に迫る中、志水は偶然にも思わぬ情報を手に入れる。 「柏田社長、実は地方の病院に入院しているらしい」 とある医師が患者名簿の一部を見て、柏田の名前に気づき、志水にこっそり教えてくれたのだ。 志水がすぐに病院を訪ねると、柏田は個室で安静にしていた。何者かに襲われ、重傷を負ったとのこと。面会すると、柏田は憔悴しきった表情で呟く。

「すべて、私の責任だ。あのファンドと手を組んだのは私だが、途中で引き返そうとしたら脅されて……不正な見積書を使って資金をかき集める計画は止めたかったのに……」

 柏田は苦しげに続ける。 「もし契約が成立すれば、フューチャーテックの資金も奪われる。深山プランニングは倒産寸前。それでもファンドは土地や資産を奪い、あとには何も残らない……。頼む、止めてくれ、私の代わりに……」

 志水は決意を新たにする。「わかりました。もう時間はないが、必ず止めてみせます」と宣言すると、柏田はほっとしたように目を閉じた。

第八章:最終決着――暴かれる真実

 契約調印当日、フューチャーテックの大会議室には、深山プランニング側としてF・インベスト関係者も同席。何事もなく契約を結び、巨額の資金を動かそうというシナリオだ。 だが、書類が並べられ、最終署名の段階で、志水が声を上げる。 「申し訳ありません。この契約は、重大な瑕疵(かし)が発覚したため締結できません」 深山プランニングの幹部が「何を言うんだ?」と訝しげに睨む。 志水は堂々と証拠ファイルを広げる。 「本見積書には不自然な架空項目が多数含まれ、二重帳簿の疑いがあります。フューチャーテックは、すでに法務部の調査でこれを把握済みです。さらに――」

 そこでフューチャーテックの法務部長も立ち上がり、一枚の書類を差し出す。 「私どもは先ほど警察と金融庁に通報しました。F・インベストと深山プランニングがグルになり、不正な資金流用を図った疑惑があると。証拠も十分集まっています」

 この瞬間、F・インベスト側の男は顔面蒼白となり、「馬鹿な……」とつぶやく。隣の幹部も「そんな馬鹿げた話が」と動揺する。 ところが志水はさらに一言。 「既に失踪していた柏田社長が、すべてを証言することを表明しています。もう言い逃れはできませんよ」

 一瞬の沈黙。やがて、F・インベストの男は書類を放り捨てて立ち上がり、「ふざけるな!」と叫ぶが、フューチャーテックのセキュリティ係が即座に取り押さえる。こうして、不正M&Aまがいの金融犯罪劇は幕を閉じることとなった。

エピローグ:再生への一歩

 事件後、深山プランニングは柏田社長の復帰とともに、F・インベストの圧力から解放されるために再建策を模索し始めた。法的整理を進め、過去の不正を清算しつつ、社員たちも団結して再スタートを切ろうとしている。 フューチャーテックは不正契約を回避できたことで、逆に社会的信用を高める結果となった。法務部の対応を称賛する声も上がり、志水の名前もひそかに業界で注目され始めている。 志水はいつもの小さな事務所に戻り、一仕事終えた疲れを感じながらも、書類の山を前に微笑む。「企業法務」とはいえ、ときには名探偵のような推理と行動力が求められるのだと痛感した事件だった。

 カーテンを開けると春の陽光が差し込み、ファイルの文字が明るく照らされる。 不審な見積書――そこに隠された秘密を暴き、関わる人々を救うことができた。 志水はデスクの上にファイルを閉じると、次の案件に向けて新たな闘志を燃やすのだった。

 
 
 

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