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踏切の花束

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 5分



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第一章:いつも同じ花

 七ツ新屋の踏切は、通勤や通学路として地元の人々がよく利用する、ごく普通の踏切。朝夕には列ができ、警報音とともに遮断機が上がったり下がったりする、なんの変哲もない風景のはずだった。 しかし、高校生の咲希は最近、そこで気になるものを見かけるようになった。遮断機の近くの柵に、同じ種類の花束が毎日供えられているのだ。水替えされているのか、枯れた様子もなく、いつ見ても新鮮な花が活けられている。 「誰が供えてるんだろう……」 放課後、踏切を通るたびに目が留まる。赤や白の小さな花が、騒がしい踏切に対して不釣り合いなほど静かに佇んでいて、咲希にはそれが妙に切なく映るのだった。

第二章:花を供える女性

 やがて咲希は、その花束を供えているらしき年配の女性を見かけた。午後四時半頃、まだ明るい時間帯に、すっと現れては両手で花束を置き、ふかぶかと頭を下げている。 その様子は厳かというより、どこか穏やかで優しい雰囲気があった。咲希は声をかけようか迷ったが、タイミングを逃し、ただその背中を見送るだけだった。彼女が去ったあと、踏切の近くには新たな花束がふんわりと咲いていて、なんとも言えない温もりを感じる。 「どうして踏切に花束……? 事故でもあったのかな」と思いつつ、咲希は家族や友人に尋ねても、「さぁ……」と首を傾げられるだけ。意を決して、次こそはあの女性に直接聞いてみると心に決めた。

第三章:息子の事故

 数日後、思い切って声をかけてみると、女性は少し驚いたように振り返った。咲希が「すみません、いつもここに花束を置いてますよね?」と尋ねると、女性は柔らかく微笑んで答えてくれた。 「ええ、私の息子がね、昔ここで事故に遭ったの」 やはり予想通りの理由だったと胸が痛む。彼女が語るには、息子はまだ若くして踏切で事故に巻き込まれ、帰らぬ人となったという。長年、その思い出の場所に花を手向けているのだ、と。 「そう、息子のための花なんですか……」 咲希はか細い声で呟くと、女性は微笑みながら首を横に振る。「もちろん最初はそうだったんだけど、いつからか違う意味も加わったの」

第四章:花束に込められた別の想い

 「違う意味……?」 女性は「そう」と頷いて、懐かしそうに語り始める。息子が亡くなった直後は、悲しみとやりきれなさで花を供えていたが、やがて月日が経つにつれ、彼女は気づいたのだという。 この踏切を通るのは、息子だけではなかった。毎日たくさんの人が行き来し、それぞれの人生や想いを抱えて線路を渡っていく。もしあの悲惨な事故が、また起こるかもしれないし、誰かが同じ苦しみを味わうかもしれない。 それならば、この場所を少しでも温かいものにしたい、危険を忘れないために花束を置きたい、そしてこの花が誰かの心を安らげるなら――彼女はそんな願いを込めるようになった。 「だから今は、息子だけのためじゃなく、この踏切を通るすべての人への祈りなんです」 彼女の目には、静かな光が宿っていた。

第五章:咲希と家族の思い

 その話を聞いた咲希は、胸がきゅっと締まるのを感じる。自分にとって踏切は当たり前の通学路にすぎなかったが、そこに誰かの人生や想いが交錯しているのだと知り、はっとさせられた。 咲希自身、最近家族とのコミュニケーションがぎこちなくなっていた。受験のプレッシャーや進路の違いなどで、家族との対話を避けてしまう自分がいる。 「この女性が、息子を亡くしながらも、他者を想う優しさを忘れなかったように……私も、家族や周りの人を思いやる気持ちを失わないようにしなくちゃ」 心が温かくなるのと同時に、強い決意が芽生える。家に帰ったら、少し母に話してみようか。そんな気持ちが自然に湧いてきた。

第六章:踏切と花束の連鎖

 翌週、咲希は放課後に再び踏切を訪れた。例の女性は、いつものように花束を供え、静かに祈るような目を閉じている。 遠目に見ていると、一人のサラリーマンらしき男性が声をかけ、花について尋ねている様子が伺えた。女性は笑顔で答え、男性もうなずいている。もしかすると、また一人、その花束の意味を知る人が増えたのかもしれない。 「こうして、人から人へ優しさが伝わっていくんだな」 と咲希は感じる。ふと踏切がチンチンと警報音を鳴らし、遮断機が下りる。電車が通り過ぎる間、花束は淡い光を浴びて輝いているように見えた。

第七章:新たな一歩

 その夜、咲希は家に帰り、母と久々にゆっくりと話し込む。学校のことや将来のこと、言いにくい悩みも少しずつ打ち明けながら、案外自分が孤独だと思っていたのは勘違いかもしれないと気づく。母も温かい言葉で受け止めてくれ、心が軽くなる。 翌日、踏切を通ると、花束がいつもより少し大きくなっていた。誰かが追加の花を持ってきたのだろう。エピソードを知る人が増えていく中で、こうして“踏切の花束”は、失った息子と、そこを通る全ての人々を守る象徴になっているのだ。 「踏切の花束」は、悲しみだけではなく、優しさの連鎖や小さな気づきをもたらすもの。その場所で交わされる心の通い合いは、いつしか咲希にも深い安らぎを与えていた。 線路の向こうには明日が待っている。咲希は花束にそっと目を落とし、これからもきっと、この踏切を通るたびに、誰かを思いやる気持ちを忘れないようにするだろう。

 
 
 

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