隠された店舗
- 山崎行政書士事務所
- 1月8日
- 読了時間: 7分

序章:薄暗い街角の静寂
灰色の雲が夜空を覆い、空気がひどく湿っている。町の一隅、人気のない細道を抜けた先にひっそりと建つ古い建物があった。窓ガラスには煤がこびりつき、かすかに焦げた痕のようなものが見て取れる。 その建物こそ、行政書士・船田(ふなだ)恭平のもとに新規飲食店の営業許可申請を依頼してきた男が“店舗”だと主張する場所だった。 「本当にここに店を開くのか……?」 夕暮れが迫る中、船田は薄気味悪さを感じながら、古い扉をそっと押す。鍵などかかっていないのか、すんなり開いた。埃と湿気、そしてわずかに焦げ臭い空気が漂う。 「火災事件……」 不意に、かつてこの場所で惨事が起きたという噂が頭をよぎる。
第一章:不可解な依頼
その数日前、船田の事務所を訪れたのは、やけに痩せた男――名を西脇(にしわき)と名乗る。 「飲食店を開きたいんですが、許可申請の手続きがよくわからなくて……」 一見、よくある相談だったが、店の所在地を問うたところ、男は曖昧に「ええと、○○町の……あ、番地はここにメモしました」と言ってメモを出しただけ。店舗の写真や図面を聞いても、はぐらかすような受け答えが続く。 いささか不審に思った船田は翌日、役所で所在地を確認してみた。すると、その建物はかつて火災事件が起き、未解決のまま終わったという、地元では忌まわしい記憶が残る場所だと判明する。 未解決という言葉が妙に引っかかった。船田は「単なる偶然か、それとも……」と胸に小さな蟠りを抱く。
第二章:旧店舗の火災事件
調べを進めると、五年前にそこでは飲食店が営業していた。オーナーは中年女性だったが、火災事故により全焼。その際、店内で女性の焼死体が発見された。現場は“事故”とされ、原因不明のまま幕が下りたが、実は他殺の可能性も囁かれていたらしい。 船田は、かつてその店で働いていた**内藤(ないとう)**という人物を知る。彼は事件当時、唯一の従業員だったが、「オーナーと揉めていた」だの「火災当夜、彼の姿を見た者がいる」など、根拠のない噂が絶えなかった。 「どうしてこの物件をわざわざ選ぶんだろうか……」 船田は書類に向き合いながら、頭の中で疑問が膨らむ。許可申請の依頼人である西脇がいう「実質的なオーナー」は彼ではないとの話も耳にし、何か後ろ暗い計画が進んでいるのではと警戒を強める。
第三章:不審な「実質オーナー」
ある夜、船田が書類の確認を進めていると、事務所の電話が鳴った。かけてきたのは西脇だが、声が落ち着かない。「ちょっと店のことなんですが……やっぱり手続きは少し待っていただけますか?」などと妙なことを言い出す。 そして翌日、船田のもとに別の男がやってきた。見るからに強面で、“服装は小奇麗”なのだが、どこか迫力を感じる。名刺を差し出すこともなく、言葉少なにこう告げる。 「西脇を名義人にしとくから、あんたは黙って手続きを進めてりゃいい。店の真のオーナーは俺だが、そこは内緒ってことで。……わかるな?」 船田はその男の態度に不気味な圧力を感じつつも、「これは明らかにやましい事情があるな」と直感した。男の足取りが消えたあと、船田は焦りを隠せない。「あの建物で再び“亡霊”が動き出そうとしているのか……」
第四章:深まる闇と過去の亡霊
西脇に再度連絡を入れても「いや、その件は少し延期で……」と歯切れが悪い。店舗の改装工事も全然進んでいないらしい。それどころか、西脇が建物を訪れた形跡もない。 ところが、船田が夜にあの建物を見に行くと、どこからか微かな灯りが漏れ、何者かが中で作業をしている様子。ドアの隙間から覗くと、さきの強面の男が携帯電話で誰かと話している。 「ああ、ちゃんと火災の痕跡を消しておけ。なに、今回はうまくやるんだ……遺体の処理も……」 一瞬、ぞっとする言葉が耳に入る。「遺体の処理……?」 船田は咄嗟に息を殺し、聞き逃すまいと身を寄せるが、男は何かに気づいたのか、すぐに灯りを消し、姿を消してしまった。胸の鼓動が激しい。「火災で死んだあの女性オーナーの事件が、まだ完結していないというのか……」
第五章:死体の再来?
翌朝、町で妙な噂が広がり始める。**「あの建物でまた死体が見つかったらしい」**と。 事実かどうか確証はないが、すでに警察が現場を調べているとの話も聞く。船田は意を決して、あの建物に向かうと、警察の規制線が張られていた。どうやら古い地下室から白骨化に近い遺体が出てきたという。 「まさか……五年前の火災で亡くなったのは一人だけじゃなかった? あるいは別の事件が隠されていた?」 頭の中で様々な推測が交錯するが、警察は捜査中としか言わない。しんとした空気の中、建物は再び“閉ざされた店舗”と化す。
第六章:探る過去と現在
船田は、一連の出来事に関し、少なくとも自分が関与している許可申請と関係があると確信し始める。 情報を得ようと、かつての従業員・内藤の消息を探るうち、「火災当夜、オーナーと金のやり取りで揉めていた」こと、そして「オーナー以外にも何者かが店にいて騒ぎになっていた」らしいという証言を得る。 さらに、5年前に失踪者がいたという未確認情報を掴むが、捜査は打ち切られ、うやむやにされているという。この町には根深い闇が広がっているのだろうか。 「あの強面の男も、この闇の一端を知る人物か……」 思案を巡らす船田のもとに、西脇から電話が。震える声で「先生、もう申請はキャンセルしてください」と告げ、**「俺、関わりたくないんですよ。もう限界だ……」**と通話を切る。
第七章:殺意と自殺
ほどなくして、衝撃の報せが入る。「西脇が遺体で発見された」というのだ。場所はあの建物から少し離れた川沿い。警察は自殺の可能性もあるとしているが、周囲には首を傾げる声が多い。 「彼は不自然な形で死んだんじゃないか……」 船田の背筋に寒気が走る。もしこの“申請”を巡る何らかの陰謀に巻き込まれ、口封じされた可能性はないのか――。 そして日が暮れるなか、船田はひとり事務所で震える手を見つめる。まるで自分もその闇に取り込まれていくようだ。「過去の火災事件、白骨遺体、そして今回の死……いったい何が糸を引いている?」
第八章:最後の秘密
やがて、火災事件の再調査で何かが浮上したのか、警察が強面の男を事情聴取しているという話が耳に入る。 その男は結局、店の“実質オーナー”などではなく、5年前の火災時にオーナーの女性から多額の金を受け取っていたブローカー的存在だったらしい。彼の証言により、火災は放火だったと判明し、オーナーの女性は何らかの金銭トラブルで殺害されていた可能性が高いとされる。さらに地下室から見つかった白骨遺体は、当時のもう一人の被害者かもしれない。 そして西脇は、その放火事件を知るがゆえに利用されていたのだろう——あるいは脅されていただけかもしれない。 「真相が見えてきた……。だが、これ以上、俺に何ができる?」
最終的に、警察が強面の男と数名の関係者を逮捕。5年前の火災は計画的な放火殺人で、金銭トラブルの隠蔽を狙ったものだとわかる。自殺と思われた西脇の死も、実は他殺の可能性が高いという。 行き場を失った“隠された店舗”は、結局再開されることなく、廃墟として取り壊される運命に。
エピローグ:過ぎ去りし闇の残滓
こうして事件は表向き終結したが、船田の胸には重いものが残った。あの依頼を断っていれば、西脇は死なずに済んだのだろうか。あるいは、そもそも新規営業を申し出た謎の人物が絡んでいたのか。 建物は取り壊されたが、そこに宿る“火災事件”の暗い記憶と、亡くなった人々の無念は消えない。 「この申請……もし通っていたら、また新たな火種が起きていたのかも。闇に蓋をするように店を隠し、何事もなかったかのように再開する……そんな恐ろしい計画だったんじゃ……」 夕闇の中、船田はひとり呟く。 大きく息を吸い込み、どこか虚ろな眼差しで夜の街を見つめる。遠くの街灯は静かに揺れ、まるで死者の魂が囁いているかのようだ。 ――忘れられた店舗は消え去った。しかし、その闇が残した影は、今も人々の心に微かに染みついているのかもしれない。
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