雪の切替 — 冬至の配電網(長編フィクション)
- 山崎行政書士事務所
- 9月15日
- 読了時間: 6分

— 2015年のウクライナ電力網サイバー攻撃(BlackEnergy/KillDisk/遠隔での開閉器操作・コールセンターDoS・シリアル‐イーサ装置の破壊)を骨格にした物語
00|15:23 「誰かが、私たちの手で動かしている」
北陸の山あい、白波電力配電センター。監視卓の前で、運転員の千佳はマウスを掴み直した。一次変電所の母線図に、あり得ない速度のポップアップが走る。開閉器のステータスが閉→開、閉→開……自動のリズムではない。誰かの手で、こちらのマウスの上から押されているみたいだ。
「ライン2、無電圧。」「無許可操作だ、HMIの制御を切れ!」
千佳が非常停止のキーに手を伸ばすより早く、画面の端に小さな黒窓が開き、英字が流れた。誰かが中にいる。そして電話が鳴り出した。数百本。切っても切っても鳴る。広報が顔を上げる。「停電の問い合わせじゃない。音の壁だ。電話のDoS。」
「山崎行政書士事務所に回線を。」所長の野尻が言った。「今すぐ。」
01|15:38 “止める/伝える/回す”
静岡・山崎行政書士事務所。ホワイトボードに**律斗(りつと)**が三行を書く。
止める/伝える/回す
止める:遠隔制御を落とす。HMIから操作権を剥がし、SCADAの外向きを遮断。シリアル‐イーサ変換器(RTU前段)は切替盤で物理分離。
伝える:三文で現場・自治体・警察に同報。“事実”と“可能性”を段落で分け、時刻(正午/17時相当の節目)を約束。
回す:手順書どおり現地切替。保守班をルートごとに分け、手動閉路で優先需要(医療・通信・送水)に電気を配る。遅いけど確実に。
りなが付け足す。「72時間の法の時計も回します。“支払い先変更メールは無効”は序文に必ず。停電情報は短文+時刻で刻む。」
奏汰(そうた)はネットワーク図に赤を入れた。「BlackEnergy系の横移動とKillDiskの破壊。HMIの人間の指を遠隔で上書きしている。無線中継も怪しい。UPSを切られてログが飛ぶかもしれない。」
悠真(ゆうま)が言う。「シリアル‐イーサの一部はファーム書替えで文鎮化の可能性。遠隔復帰は難しい。現地切替で行くしかない。」
ふみかが三文の一次報を読み上げる。
現状:配電監視系で不審な遠隔操作を確認。遠隔制御を停止し、現地切替に移行。コールセンターへの電話集中は抑止策を適用。対応:医療・通信・送水を優先に手動閉路で復電。正時に更新、夕刻に二次報。証跡は一方向で保全。お願い:支払い先変更などメールのみの依頼は無効。必ず電話で二重確認。
「時刻は安心の枠。」りなが赤で丸をつけた。
02|16:05 「画面の向こうの運転員」
SCADA卓では、ポインタが勝手に動くのをやめ、黒窓が増えた。KillDiskが静かに足元を削っていく。表示が一枚ずつ灰色に——消えていく。電話は鳴り続け、通信室のUPSが鳴動して落ちた。冗長は一段しかなかった。
蓮斗(れんと)が四つの数字を掲げる。
MTTD(検知):数分(HMIの無許可操作で発覚)
一次封じ込め:27分(遠隔制御の遮断・現地切替開始)
停電世帯:数十万規模(推計)
復電見込み:優先需要は2時間以内→段階復帰
律斗は言う。「勝ってはいない。**“間に合っている”**だけだ。」
03|17:12 雪とゴム手袋
保守班が白の軽トラを飛ばす。手袋で切替棒を握り、雪の中で油圧をじわと押す。無線は短い言葉だけ。「14‐B、閉。」「音合わせ良し。」優先配電の地図はA3の紙、蛍光ペンのルートが増える。
広報は定時の三文をループする。「何時にどこが戻る。」怒号は減り、呼吸が整う。受付には白い猫のマスコット。しっぽはUSB Type‑C。札には太い字で、
「遅いけど確実。」
04|18:40 シリアルの断絶
変電所の端で、シリアル‐イーサの小箱が沈黙していた。電源は生きているのに、返事がない。悠真が呟く。「ファームを塗りつぶされた。遠隔の指は切られた。人の足で戻すしかない。」奏汰は切替盤に磁石の札をかけ、誤操作の線を機械的に潰す。SCADAの画面は黒、だが、現場の電気は紙と声で流れていく。
05|20:05 “見えない期間”をどう扱うか
経営会議。「いつから入られていた?」所長の野尻。りなが答える。「数か月前から偵察・横移動、年末に開閉器操作。“静かな期間”は被害の一部です。広報は**“確認された事実”と“未確定(継続調査)”を段落**で分けます。」
ふみかはFAQに一行を足す。
「当社は不当な要求には応じません。証跡の確保と関係機関との連携を優先します。」
身代金は主役ではない。狙いは停電と混乱だ。
06|21:30 “手で回す夜”
保守班の動作票にチェックがつき、優先系統が点から線へ。変電所の床に水滴が並ぶ。吐く息が白い。蓮斗の数字が緑に寄る。
優先需要復電:完了
一般復電:段階中(見込み:深夜〜明朝)
SCADA/HMI:KillDiskで損耗(再構築へ)
コールセンター:DoS緩和、定型での案内へ遷移
07|00:10 「戻す設計」のはじまり
クリーンルームでSCADAの新しい箱が立つ。最小構成で動かし、監視は**“人の10分会議”を間に挟む。外向きは白リスト**、双方向は分離。遠隔は**“鍵を三つ”**——現場、監視、系統運用。誰も全部持たない。
例外には期限。48時間で自動失効。延長は10分会議で。
08|翌朝 06:45 雪、解ける
日の出の頃、最後の支線が復電する。千佳は真新しいHMIに最小の画面だけを出し、紙の地図を横に置いた。画面は信じるためではなく、照合のためにある。
09|二日後 12:00 “72時間”の線
りなは報告を二段落で固める。
確認された事実:遠隔での無許可操作、コールセンターDoS、KillDiskによるHMI/SCADAの破壊、シリアル‐イーサ変換器の機能不全、現地切替による復電。
未確定(継続調査):侵入の初期経路、期間、関与主体。
蓮斗の数字。
MTTD:“瞬時”→さらに短縮(監視ルール見直し)
一次封じ込め:27分 → 18分
優先復電SLA:2h → 90m
例外期限遵守率:98%
律斗はホワイトボードの端に書く。
「信頼は、地図(系統図)と手続きでできている。」
10|エピローグ 雪解けの後
白波電力の受付で、やまにゃん(白い猫のマスコット)がしっぽのType‑Cを光らせる。札には変わらない一行。
「速さは、戻れるときだけ味方。」
画面は戻る。だが、紙と声は捨てない。遠隔は便利だが、鍵は三つに分けて持つ。冬至の停電を越えて、人が電気をもう一度流した。
—— 完
参考リンク(URLべた張り/事実ベース・一次情報/技術分析・公的整理)
※物語はフィクションですが、骨格(遠隔での開閉器操作・コールセンターDoS・BlackEnergy/KillDisk・シリアル‐イーサ装置破壊・現地切替による復電・影響規模・多段階侵入)は以下に基づいています。
参考:E-ISAC/SANSの共同報告(ウクライナ停電分析)、US‑CERT/ICS‑CERTのアラート、ESET/Dragos/Mandiantによる技術解析が主要な出典です。





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