静岡浅間神社の奇怪な祭り
- 山崎行政書士事務所
- 1月18日
- 読了時間: 7分

第一章:祭りに消えた人々
静岡市の中心部に鎮座(ちんざ)する静岡浅間神社。 毎年行われる大祭(たいさい)は、多くの露店や神輿(みこし)で賑わい、華やかな光に包まれる。その祝祭の雰囲気は地元住民だけでなく観光客も大いに惹(ひ)きつけ、夜遅くまで参道に人の波が途絶えない。 しかし、ここ数年、この祭りの最中に参加者が突然姿を消すという奇妙な事件が起こっていた。消えた人たちの年齢や性別はさまざまで、明らかな共通点は見当たらない。警察が捜索をしても遺留品すら見つからず、ただ「祭りの喧騒の中で、忽然(こつぜん)と消えた」――それだけが事実であった。 町では「もしかして人さらいか?」「幽霊だ、神隠しだ!」などと恐れと噂が飛び交っている。
第二章:記者・桂木の興味
そんな異様な噂を耳にした**桂木 靖(かつらぎ やすし)**は、地元紙の記者だがオカルトや怪奇現象に興味を持ち、紙面の片隅に独自コラムを載せるのが趣味である。 「毎年、浅間神社の祭りで人が消える……これはただごとじゃないね」 桂木は編集長に頼み込み、この祭りの謎を追う記事を担当させてもらうことにする。どうやら取材を重ねると、祭りの夜に見慣れない奇妙な服装をした人物を目撃した者がいるという。「山伏(やまぶし)のような装束」だったとか、「般若(はんにゃ)の面をかぶっていたようにも見えた」という曖昧な証言で、確証はない。 しかし、いずれにせよ、毎年同じ頃に失踪が起きるのは事実。これはただの偶然とは思えない。桂木は神社の由来や祭りの伝統を洗い直そうと決意する。
第三章:神社の縁起と封じられた怨霊
静岡浅間神社は、浅間大社や神部(かんべ)神社・大歳御祖(おおとしみおや)神社など複数の神社が合祀(ごうし)されて成り立っている複合社だ。 桂木は神社に古くから伝わる由緒書や祭りの記録を漁(あさ)る。そこには華々しい祭りの歴史が延々と記されているが、ある時期に不自然な空白があることに気づく。それは江戸後期から幕末にかけての資料が妙に抜け落ちている。 一部裏書きや絵馬の断片を見ると、「悪霊を封じるため祭を行った」「浅間神社の奥に怨霊を鎮める穴を掘った」という不気味な記述が出てくる。その穴には、**ある特定の“怨霊”**と称される存在が埋められ、封印の儀式を行ったらしい。 この記述を読み、桂木は背筋がゾクリとする。もし、この怨霊が現代に蘇って、祭りの参加者をさらっているのだとしたら……あまりに荒唐無稽だが、そう思わせる怪しさがある。
第四章:祭りの夜の影
祭りの初日、桂木は人波に混ざって露店が並ぶ参道を歩く。提灯(ちょうちん)がゆらめく光の中、太鼓や笛の賑やかな音が響く。 しかし、その喧騒の中、桂木は鋭い視線を感じる。まるでこちらを監視しているかのような、陰の気配。 ふと、参道脇の林のあたりで、黒い装束をまとった人影が横切った気がした。桂木が駆け寄るも人影はなく、ただ草が揺れているだけ。 「何者かがこの祭りを利用しているのは確かだ……」と桂木は思う。しかも毎年、失踪者が出ることを知りつつ、神社や町は祭りをやめようとはしない。それには何か深い理由があるのでは?
第五章:奇怪な絵馬と失踪事件の関連
祭りが二日目に入ると、神社の境内に絵馬が多数奉納される。桂木はその中に、妙な絵馬を見つけた。子供のような文字で「オマエヲ連レテ行ク」という脅迫めいた言葉が書かれ、さらに何か人影の形が落書きされている。 巫女(みこ)に尋ねると、この絵馬を掛けた人は見ていないし、こうした不穏な絵馬は今までも何度かあったらしい。「気味悪いから外してしまうが、犯人は毎年同じ文言の絵馬を置いていく」と。 さらに神社内部の一角には江戸期の面が収蔵されており、「怨霊を鎮めるために用いた能面」として非公開ながら存在しているという情報も出てくる。 「どうやら本当に、この神社に何か怨霊伝説があり、それを利用するか憑かれた者が毎年一人ずつ人を消しているかもしれない……」桂木の推理が深まっていく。
第六章:旧文献に残る封印の儀式
ある夜、桂木は地元の古文書研究家を訪ねる。そこで江戸期の「浅間神社祈祷録」にある一文が目を引く。「祭りの夜、怨霊ハ生贄(いけにえ)ヲ求ムル故、毎年一人捧ゲラルベシ」――ぞっとする内容である。 さらに、明治初期にも類似の失踪事件が起きており、当時の庄屋(しょうや)が対策しようとしたが失敗し、結局封印を守るため“生贄”を暗黙のうちに差し出していたのかもしれない。 まさか現代にまで続く慣習があるのか? あるいはそれを装った犯人が裏で操作しているのか? 研究家は「ただ、そんな話は伝説として終わったと思っていました……」と首をかしげる。桂木は感じる。この町には、表向き平和な祭りの裏に怨念が流れているのだ。
第七章:祭りの最終日、再び消える被害者
ついに祭りが最終日。前年同様に深夜、再び失踪事件が起きる。今度は観光客の女性が姿を消す。友人が「人混みの中で見失って、そのまま見つからない」と怯える。 警察や桂木が全力で捜索するが成果なし。神社の裏手には“血の跡”らしきものが点々と残り、行き着く先は御神木の近くで途切れる。 このままでは犠牲者が増え続けるかもしれない――桂木は神社の奥へ踏み込む覚悟を決める。世話人に頼み込み、古い社務所や倉庫を調べさせてもらうと、床下に妙な隠し通路があることを発見。 そこを降りていくと、古い石造りの空間に出る。壁に書かれた文字は、**「ヤミノモノ、サクリナサイ」**という意味不明の呪文……背筋が凍る。
第八章:恐怖の奥、怨霊の正体
暗い空間を進むと、そこに捉えられた女性がいた。失踪した観光客だ。桂木はすぐ助け出し、彼女を安全なところへ避難させる。しかし、なおも誰かの足音が近づき、桂木は身を隠す。 やって来たのは神社の関係者と思しき人物たち数名――顔が能面のような白粉(おしろい)で隠されている。「今年の生贄は確保できたが、外の者が邪魔をしている……」と話している。 そう、この町には実際、生贄の儀式を受け継ぐ集団が存在したのだ。彼らは呪いを解く唯一の方法が、毎年祭りで一人を捧げることだと信じ、秘密裏に実行していた。 桂木は飛び出して「貴様ら、それが許されると思うな!」と叫ぶ。だが、彼らは鈍器を手に襲いかかってくる。暗闘の末、桂木はなんとか数名を倒すが、リーダー格が刃物を振りかざし、激しい応酬となる。
第九章:怨霊か人間の狂気か
激しい乱闘の途中、神社の地下のさらに奥から青白い光が射す部屋があり、そこに“何か”のシルエットが見える。動かぬ人形か、あるいは衰弱した人間か……。 リーダーは「これは我らが守る怨霊のお姿……家康公の怨敵(おんてき)を祀(まつ)ったものだ。これによって我らは町を呪いから救っているのだ!」と狂ったように叫ぶ。 しかし、桂木が懐中電灯で照らすと、それは単なる干からびた遺体のようにも見える。江戸期からずっと供えられ、乾燥した遺骸を“怨霊”と崇めていたのか? あまりに異様な光景に足が震えそうになるが、桂木は力を振り絞って抵抗者を制圧。リーダーを追い詰め、彼の面をはぎ取ると、そこには祭りの関係者として名の知られた神社の宮司の顔があった。
第十章:明ける朝と静かな余韻
翌朝、警察が地下の部屋や囚(とら)われていた生贄候補たちを救出し、宮司や関係者の宗教的狂信が明るみに出る。彼らは数百年前の記録を拡大解釈し、**“怨霊封じには毎年の人身御供(ひとみごくう)が必要”**という邪説を守ってきたのだ。 青白い霧や怨霊伝説は、彼らが人々を威嚇するために仕立てたものであり、一部の化学薬品で幻覚や錯覚を誘導していた模様。 町はこの衝撃的事実に大騒ぎとなるが、失踪者は無事救出され、殺害された人も数名いたが、すべての犯行は狂信者たちの仕業と判明した。 こうして、静岡浅間神社の奇怪な祭りに隠された秘密は暴かれ、長きにわたる呪いの伝承は終わりを迎える。 祭りは一時中止となり、人々は悲しみと安堵が入り混じる。桜の花びらが境内に舞い落ち、清々しい春の陽光が闇を洗い流すかのようだ。 だが、余韻として、もしかすると神社の奥の暗がりに、まだ別の怨念が潜んでいるかもしれない。そう思わせるに十分なほど、鳥の啼(な)く声がどこか不気味な調子に聞こえたまま、物語の幕は静かに下りるのであった。
(了)





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