頂上のラストラン
- 山崎行政書士事務所
- 1月12日
- 読了時間: 6分

第一章:ヒルクライムへの誘い
梶原山公園は、地元の自転車愛好家たちにとって“聖地”のような場所だ。駅前から少し走るだけで、急勾配の山道が現れる。斜度が上がるたびに、息は切れ、腿は焼けるように痛むが、それでも頂上を目指すのは、上りきったときの達成感と爽快な絶景があるからにほかならない。 大学生の雄介(ゆうすけ)も、そんなヒルクライムの魅力に取り憑かれた一人だった。仲間と週末に登るのが習慣で、いつか大きな大会に出てみたいと夢見ていた。 そんな彼に友人から舞い込んだのが、「梶原山ラストラン」という地元ヒルクライム大会への招待だった。「ラストラン」の名の由来は、コースが年々難しくなるため、これを完走すると“自転車人生の一つの区切り”とされるのだという。 なんだか大げさに思いつつも、雄介はワクワクしながらエントリーを決めた。仲間数人も参加するから怖くはない——そう思っていた。
第二章:頂上での失踪
大会当日、晴れた空の下、梶原山公園の麓に多くのサイクリストが集まる。整然と並んだロードバイクが、金属のきらめきを放つ。スタートの合図とともに、雄介は軽快なペダル回転で、後ろから追い抜きを狙う。 息が乱れ始めても、「負けるか」と気合いで坂を上る。道中、友人たちと励まし合いながら、最終的にどうにか頂上近くのゴール地点に到達できた。辛かったが、湧き上がる達成感に笑みがこぼれる。 しかし、ゴールエリアには妙な空気が漂っていた。スタッフが慌ただしく何かを探し回っている。**「一人、選手が突然いなくなったみたいなんです」という声が聞こえる。 仲間と顔を見合わせる。「どこかで足を怪我して遅れてるだけかも」と最初は楽観的だったが、タイム計測を見ると確かにゴール通過リストにその選手の名がなく、途中チェックポイントでは通過が確認されているのに——。「頂上に至るまでのわずかな区間で行方不明?」**不可解な状況に緊張が走る。
第三章:奇妙な過去の噂
「山で人が消えた……」というニュースはすぐにSNSで拡散され、メディアの小ネタにもなった。数人が捜索を行ったが、手がかりは見つからない。山道から踏み外して崖に落ちた形跡もなし。 そんな中、地元の年配サイクリストが「実は、昔も似たような失踪事件が起きた」と話し始める。雄介は面食らいつつ耳を傾けると、戦後まもない頃、梶原山公園で何人かの人が突然姿を消したという噂があったらしい。 しかも、その噂と関連して、「戦時中に山が隠れ家として使われ、何か秘密の道かトンネルがある」という話も囁かれていたという。地形的にトンネルを掘るのは難しい気もするが、実際、この山は地質が複雑で知られており、迷路じみた鍾乳洞の存在なども完全には否定されていない。 「もし、行方不明の選手がそのトンネルに迷い込んだ?」——荒唐無稽に思いつつも、雄介は不安と興味が入り混じる感情に突き動かされる。
第四章:秘密のトンネルの手がかり
仲間内で相談し、雄介は友人の一人・綾乃が持っている古地図を見せてもらう。梶原山周辺の戦前の地形図だ。綾乃の祖父が郷土史を趣味にしており、それを家に保管しているという。 古地図を見てみると、公園の北東端に怪しげなマークが小さく記されているが、文字が消えかけていて読めない。かなり急勾配の箇所らしく、現代の地図には遊歩道など描かれていない場所だ。 「これが“秘密のトンネル”?」 と二人は胸を高鳴らせる。単なる落書きかもしれないが、そこへ足を運ぶしかない、と意を決する。失踪した選手を探すためにも、何か糸口があるかもしれない。
第五章:謎の洞窟
翌週末、雄介と綾乃は自転車ではなく徒歩で、古地図が示す場所へ向かった。整備されていない山道を分け入り、草をかき分けながら進むと、不意に崖の斜面に小さな洞穴があるのを発見する。入口は崩れかけていて、外からは隠れるような地形だ。 懐中電灯を照らしながら中へ入ると、狭い通路が数メートル先まで続き、やがて少し広がった空間に出た。息苦しいほど空気はひんやりし、足元は湿っている。 ふとライトが何か金属物を照らす。そこには古い自転車フレームらしきものが横たわっていて、現在のロードバイクに似たパーツがいくつか錆びついて残っている。「まさか、失踪した選手の……?」 とドキリとするが、どうも型が古く、戦後すぐの頃のものにも見える。 さらに奥へ進むと、木箱や鉄くずの山があり、どうやら戦時中に武器や物資を隠したかもしれない形跡がちらほら。「ここが“隠れ家”だったのか……」 と驚く二人だが、足音がこだまする中、何かの気配を感じて振り返っても、誰もいない。背筋が嫌な汗でじっとりする。
第六章:行方不明者の真相
暗い洞窟を奥へ進むと、さらに分岐があり、迷路のようだ。綾乃が怖がり始めるので、雄介は**「もう引き返そう」と言った瞬間、不意に足を滑らせ、壁に体をぶつけた衝撃で小さな落石が発生。二人は慌てて退避し、危機一髪で岩に埋もれるのを免れた。 何とか外に戻ったとき、外は既に夕暮れが迫っていた。「あれ以上奥へ行ったら危険だったね。まさか、失踪した選手もあそこに……?」** 綾乃が震えながら言うが、雄介はむしろ**「違う、あそこにはもっと先へ繋がるルートがある気がする。あの人がそこに迷い込んだ可能性はある」と直感する。 一旦警察に通報して捜索依頼を出したが、そこまで大規模な捜索をするかは不明。「こんな謎めいたトンネル、公式には存在しないし……」** 町も腰が重いのだ。
第七章:ラストランの行方
結局、失踪した選手は後日、トンネルの奥で意識不明の状態で発見された。救助隊が捜索を続けた結果、分岐の先で倒れており、幸い命に別状はなかったが、記憶が混乱しているという。彼は**「何かに追われるように逃げ込んで、出口が分からなくなった」と断片的に語った。 しかも発見現場には、戦後の古い雑物や骨片らしきものも見つかり、戦時中から続く“隠れ家”であることが公に認められる形となった。 大会は一時中断され、伝説のヒルクライムコースは「謎のトンネルが眠る山」として一躍有名に**。しかし町はその歴史を公表すべきか二の足を踏む。ヒルクライム競技への影響も懸念され、賛否が巻き起こる。 「もしかして、あの選手が辿ったのは“梶原山ラストラン”という名の、本当に危険な“ラスト”を意味するコースだったのかもしれない」——雄介は背筋が寒くなる一方で、歴史という深い闇を垣間見たような気がした。 ある日、丘の上から町を見下ろし、「自分もいずれ、この山をもう一度登るときが来るかもしれない」と感じる。隠しトンネルや秘密の歴史を知った以上、彼は梶原山にただのレクリエーション以上の敬意を抱くようになっていた。「この山は、僕たちが知らない多くの物語を隠しているんだ……」 そして今日も、自転車が梶原山公園の坂道を駆け上がる。ゴール地点には静かな風が吹き、雄介は仲間たちと笑い合いつつも、あのトンネルの入り口をチラリと思い出すのだった。きっと“ラストラン”は、まだ本当の終着点ではないのだ





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