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駿府城 堀のほとりの金色姫

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月13日
  • 読了時間: 7分
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静岡市の中心にある駿府城公園。その堀をのぞきこむと、昼間はただゆらゆらと緑色の水面(みなも)が広がり、観光客や地元の人たちがのんびりと散歩しているだけに見えます。けれど夜になると、ときおり、金色に輝く小さな人魚のような姿が水面に映るのだ――。そんな噂を聞いた大学生の**千花(ちか)**は、民俗学のフィールドワークの一環として、その真偽を確かめるべく夜の公園を訪れました。

1. 夜の堀と薄い月光

 公園の街灯は決して暗いわけではないけれど、高いビルの影と混じり合い、堀の水面には奇妙な反射光が走ります。風がそよぐと、月の輪郭がぶれるように波立ち、それがまるで古い城壁の石垣(いしがき)をざわめかせるかのようでした。

 千花は堀に沿ってそろそろと歩き、「噂の金色の姫」が出るという辺りまで来ました。視線を凝らしていると、ふいに堀の奥、城壁がせり出したあたりが淡く光を帯び、人影らしきものがちらりと見えたのです。水面に映る月あかりかと思いきや、どうやらそれ自身が金色に輝いているらしく、千花は息を呑(の)みました。

「あ……れは、人……? それとも……?」

 堀に近づくにつれ、その影はゆっくりと上下に揺れ、髪のようなものが水中でふわりと広がっているように見えます。まるで人魚の尾の代わりに、金色の衣(ころも)がゆらめいているかのよう。千花が足を止めた瞬間、その“姫”は小さく微笑(ほほえ)むような仕草を見せ、すうっと堀の奥へ消えていきました。

2. 姫の正体と、かつての駿府城

 翌日、千花は図書館で駿府城の歴史を調べてみました。江戸時代には徳川家康が隠居(いんきょ)した城として知られ、戦災(せんさい)や近代化の波に飲まれながらも、堀の一部が残されて今に至る……。その過程で多くの人が街を往き来し、数えきれない物語がこの地に眠っている。

 調べを進めるうちに、かつて「駿府城を守るために現れた金色の姫」の伝説が、古い地誌(ちし)の片隅に載っているのを発見しました。姫は城の築造や拡張のとき、堀に棲(す)むとされる水神(すいじん)の化身ともいわれ、城が危機に瀕(ひん)した際には、その姿を現したという。千花の胸に、昨夜目撃した光景がよみがえり、妙な高揚感が生まれます。

「あの姫は、もしかして本当にいるんじゃないか。しかも、ただの噂や幻(まぼろし)なんかじゃなく、街の記憶そのものを映す存在かもしれない……」

3. 堀に映る過去の姿

 再び夜の公園へ赴(おもむ)いた千花は、今度こそ姫の姿をはっきり見たいと、カメラを持参しました。だが、夜の堀はやけに静かで、風の音すら止んだように感じられます。少し心細くなってきたころ、水面にかすかな波紋(はもん)が広がりました。その中心で光が集まるように生まれ、再びあの金色の姫が現れます。

 姫は今度は逃げる様子もなく、千花に向かってやさしく微笑(ほほえ)むように見えます。すると、姫の背後にかすかに城郭(じょうかく)らしき影が浮かび上がり、松の木や石垣、当時の人々のざわめきまで、まるで映画のように水面に映りはじめたのです。

 城の門をくぐる侍(さむらい)たちの姿、華やかな行列(ぎょうれつ)、賑(にぎ)わう市場(いちば)、子どもたちが走り回る姿――千花は堀のほとりで立ち尽くしたまま、目の前で繰り広げられる昔の駿府城の景色に息をのみました。姫はまるで案内人のように、そこに棲む人々の笑い声や嘆きの声まで千花の耳元に届けるのです。

4. 過去と今が重なる瞬間

 夜風がひとしきり吹いたあと、城下町の幻影はゆらゆらと滲(にじ)んで消え去り、再び静寂(しじま)が公園を包みこみました。水面にただよう姫も、やがて輪郭が透きとおってゆきます。

「待って……あなたは、いったい……」

 千花がそっと声をかけると、姫が一瞬うつむいて何かを思い出すようなしぐさをしました。そして金色の眼差しで千花を見つめ、**「私たちは駿府城の記憶。過去の人々の想いがつくった化身(けしん)なの……」**と囁(ささや)きます。

 その言葉を聞いたとき、千花の胸に何かがこみ上げてきました。古い時代の人々がどんな暮らしをして、どんな喜びや哀しみを抱えていたのか。それらが現代の街並みに少しずつ埋(う)もれてゆくという現実。自分はそこにどんな思いをもって関わってきただろう――。いつのまにか、千花の瞳(ひとみ)には涙が浮かんでいました。

5. 自分なりの街への想い

 翌朝、堀のほとりを歩きながら、千花は深く考え込んでいました。姫が見せてくれたのは、ただの幻想(まぼろし)ではなく、この街の根底(こんてい)を支えているたくさんの記憶。変わりゆく街の姿の中で、本当に大切なものが失われてはいないだろうか。

 図書館でさらに古地図や写真資料をたどってみると、思いがけず多くの場所が再開発によって消えていることを知りました。昔ながらの風景も、文化的な遺産(いさん)も、人々の記憶の奥底にあるだけかもしれない。だけど、その記憶はちゃんと継承(けいしょう)していけるのではないか――千花はそう信じたくなりました。

「今この街に生きているわたしも、過去の人たちと繋(つな)がっている。だからこそ、街をもっと大切に思いたい……」

 そう感じたとき、千花の心は何かに導かれるように、もう一度夜の堀へ足を運ぶ決心をしました。

6. 姫との対話と、光満ちる水面

 再び夜が訪れ、穏やかな月が水面を照らすころ、千花は同じ場所に立っていました。すると、一瞬だけ湖面(こめん)が金色に輝き、姫がすっと現れます。ゆらめくドレスのような光が風に合わせて動き、その美しさに千花はしばし見とれました。

「わたし、決めたの。あなたが守ってきたこの街の記憶を、わたしなりに紡(つむ)いでいきたい。昔の駿府城を調べるだけじゃなくて、今の街や人々をもっと知って、過去と今を繋ぐ橋渡しをしてみたい。」

 千花が思いのたけを口にすると、姫はにこりと微笑(ほほえ)み、金色の光を増したように見えました。すると、水面にもう一度、かつての城下町が映り、そこに混じるかたちで現在の街並みも重なりあいます。ビル群や整然としたアーケード街の向こうに、石垣や和風の屋敷が淡く写り、時代を越えた風景のコラージュ(綴り合わせ)が目の前に広がっていったのです。

7. 消えゆく姫と、新たな光

 最後に姫は、静かに手招きするようなしぐさを見せ、千花のもとへ近づきました。そしてその耳元で、まるで風のようにか細い声で囁(ささや)くのです。

「ありがとう。あなたが思い出してくれたなら、きっとこの街はこれからも大丈夫……。どうか、この駿府城の記憶を、たくさんの人に伝えていってね。」

 そう言うと、姫の輪郭は月明かりに溶けるように淡く白んでいき、最後には金色の微笑だけを残して水面の中へと消えました。その瞬間、まるで夜が明ける前ぶれのように堀の水面(すいめん)にさわやかな光が差し込み、城壁の向こうから朝の気配が漂(ただよ)ってくるのを千花は感じました。

8. 余韻

 翌朝、公園の堀端を歩く千花は、これまでとは違うまなざしで街を見ていました。かつての城跡の石垣や堀、水際の鯉(こい)や水鳥(みずどり)、遠くにはビルが立ち並ぶ姿――すべてが同じ場所に共存しているのだと実感するのです。過去の駿府城を支えていた人々の声と、今の街を彩る人々の息づかいが、この堀を通じて繋がっているかのように思えました。

「この街がどう変わっていっても、わたしはここにいる記憶を大事にしたい。姫が教えてくれたのは、そんな気づきなんだ……」

 静かな朝の光を受けて、千花は微笑みながら堀のほとりを後にします。水面にはすでに姫の姿はなく、ただ青空と緑の木々が映りこんでいるだけ。けれど、夜が来れば再び金色の輝きを纏(まと)って現れるかもしれない――そのことを想像するだけで、千花の胸には新しい希望が生まれていました。

――駿府城の堀が映しだすのは、 かつての城と人々の息づかい、そして今を生きる街の姿。 金色の姫が時を超えて囁くたびに、 忘れかけていた大切な思いが、 夜の水面を照らし出す。

 
 
 

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