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黒い雪の夜

焼ける匂いというのは、最初から焼けている匂いではない。それは、まだ焼けきっていないものが、助けを求めるように立てる匂いだ。木が、紙が、畳が、布団が、写真が、そして人の髪が――燃えながら、燃えきれぬままに、匂いだけを先に世へ放つ。

あの夜、私はその匂いを、まだ火を見る前に嗅いだ。

三月九日の夕方、母は小さな箱を畳の上に置いた。箱は桐で、蓋の隅が少し欠けている。欠けたものは、欠ける前の形をいっそう強く主張する。母はその箱の中から、黒い鼈甲の櫛を取り出した。

「髪だけは、整えておくのよ」

母は笑いながら言った。その笑いが、私にはひどく不自然に見えた。整えるという言葉は、平時には美しいが、戦時には残酷だ。整えることは、崩れる前提をすでに含んでいるからだ。

妹の文(ふみ)は、畳の縁で膝を抱えていた。十四歳。顔の輪郭がまだ柔らかく、しかし目だけが、近頃やけに乾いている。乾いた目は泣かない。泣かない目は大人のふりをする。大人のふりは、子どもから一番大切なものを奪う。

「兄ちゃん、今夜も?」

文が訊いた。

「わからない」

私は答えた。わからない、と言うとき、人は本当は分かっている。分かっているからこそ、言葉を弱くする。弱い言葉は、現実の刃を鈍らせる麻酔になる。麻酔が切れたとき、痛みは倍になる。

外では防空演習の放送が流れていた。演習という字は、薄い。薄い字は、よく燃える。燃えやすい字ほど、現実になりやすい。

私は工場から帰ったばかりで、袖口には油の匂いが残っていた。油の匂いは甘い。甘い匂いは火と相性がいい。私はその甘さが嫌で、手を洗った。洗っても、指の腹のどこかに残る黒い煤は落ちない。落ちないものほど、後でこちらを責める。

母は櫛で髪を整え、鏡の前で少し首を傾けた。鏡の中の母は、私が知っている母より若く見えた。若く見えるのは、鏡が嘘をつくからではない。死の気配が近づくとき、人は妙に整う。整うことが、生き残る側への最後の礼儀になるからだ。

「文、荷物は?」

「うん。これと……」

文は布の風呂敷を引き寄せ、その上に小さな人形を置いた。セルロイドの人形だ。頬が赤く、目は青い。青い目の玩具が、こんな都で生き残れるはずがないのに、文はそれを抱きしめた。抱きしめるという行為は、未来を信じるふりだ。ふりでもいい。ふりがなければ、人はもう歩けない。

私は玄関先へ出て、空を見上げた。空は、妙に澄んでいた。澄んだ空は、いつでも不吉だ。澄みすぎたものは、破滅の舞台装置になる。

サイレンが鳴ったのは、日付が変わる少し前だった。最初の音は遠く、次の音は近い。近くなるほど、音は「知らせ」から「命令」に変わる。命令は人間を単純にする。単純になった人間は、恐ろしく正直になる。

「来た」

母が言った。声は震えていなかった。震えない声は勇気ではない。覚悟でもない。震えない声は、もう何度も死にかけた者の疲れだ。

私たちは戸を開け、路地へ出た。隣の家の戸も開き、人が流れ出る。流れ出た人々は、声を出しているのに声が揃わない。揃わない声は、恐怖の証だ。恐怖はいつでも個人のものだ。共同体は恐怖を引き受けない。

遠くの空が、薄く光った。稲妻のようだが、稲妻ではない。稲妻は天から来るが、あの光は人間から来る。人間が作った光は、必ず人間を焼く。

焼夷弾は、花火に似ていた。似ていることが、最も残酷だった。祭りの記憶が、殺しの光景と重なってしまう。重なれば、心が一瞬だけ甘くなる。甘さは罪だ。罪は、熱に弱い。

「川へ!」

誰かが叫び、私たちは隅田川の方へ押されるように歩いた。歩くというより、流される。流される身体は、意志を失う。意志を失った身体は、ただの肉になる。肉になった瞬間、私は初めて自分が怖くなった。刀を持たぬ者は、肉としてしか死ねない。

火が落ちた。音は遅れて来た。遅れて来る音ほど恐ろしい。音が遅れると、身体が先に理解する。理解した身体は勝手に走る。走る背中は美しくない。美しくない背中は、物語にならない。物語にならないことが、この夜の唯一の救いだった。

屋根が裂ける音。障子が破れる音。布団が燃える匂い。髪が焼ける匂い。匂いは、記憶より先に喉を焼く。喉が焼けると、人は叫べない。叫べない者は、ただ手で掴む。

私は文の手を掴んでいた。文の指は冷たい。冷たい指は、生の最後の誠実だ。

「兄ちゃん、熱い!」

文が叫んだ。熱い、と言う言葉は、火の前ではいつも遅い。遅い言葉が、火に追いつくためには、肉体の速度しかない。

私たちは堤へ出た。川面が見える。水は黒く、黒い水は火を映して赤く揺れていた。赤い揺れは、まるで大きな獣の舌のようだった。火は舌を持つ。舌を持つ火は、言葉を飲み込む。

堤の上は、人で埋まっていた。老人が倒れ、子どもが泣き、母が叫び、兵隊が怒鳴る。怒鳴り声は規律のふりをする。規律は熱に弱い。熱が上がると、規律はすぐに獣になる。

そのとき、風が変わった。風が火の方角から吹いてきた。風が熱を運ぶのではない。熱が風そのものになる。空気が燃える。空気が燃えると、人は息ができない。息ができない恐怖は、刀より鋭い。

「文!」

私は文の手を強く握った。握った瞬間、指が滑った。汗ではない。溶けたセルロイドのぬめりだった。文が抱えていた人形が、熱で柔らかくなっていた。柔らかくなる玩具は、少女の未来の溶け方に似ている。

文が私の方を見た。目が澄んでいた。澄んだ目は危険だ。澄んだ目は、こちらの心の汚れをそのまま映す。

「兄ちゃん、あれ……」

文が指差した先で、母が人波に押されていた。母の姿が、煙の向こうで薄く揺れる。揺れる母は、まるでこの世の輪郭を失いかけた影絵のようだった。

私は迷った。迷いは一瞬だが、その一瞬が人を一生殺す。

母へ行くか、文を離さぬか。二者択一ほど残酷なものはない。残酷さは理屈を許さない。理屈がないところで、人は本当の顔を晒す。

私は文の手を離した。離した瞬間、文の指の冷たさが自分の掌から消えた。消えた冷たさの穴が、胸に残った。穴は、後で必ず拡がる。

「文! ここにいろ!」

叫びは、炎の音に飲まれた。飲まれた叫びほど虚しいものはない。虚しさは、すぐ罪になる。

私は母へ走った。走るたび、背中が熱に押される。押される背中は、ただ逃げている背中だ。逃げている背中は、美学の外にある。美学の外にある者だけが、まだ生きられる。

母の腕を掴んだとき、母は私の顔を見て、笑った。笑いは薄い。薄い笑いは、死の準備だ。

「文は?」

母が訊いた。

私は答えられなかった。答えられない沈黙は、すでに答えだ。答えは、熱より早く人を焼く。

夜が明ける前に、火は少し落ち着いた。落ち着くという言葉は嘘だ。落ち着いたのではない。燃えるものが燃え尽きて、燃えるものが減っただけだ。燃え尽きたものは、二度と元に戻らない。元に戻らない事実を、人は「朝」と呼んで誤魔化す。

灰が降っていた。灰は黒い雪だ。黒い雪は、白い雪より残酷だ。白い雪は汚れを覆うが、黒い雪は汚れを暴く。黒い雪の下では、世界の惨めさがいっそう露わになる。

堤に座り込んだ私は、文の名前を何度も呼んだ。呼べば呼ぶほど、喉が乾いた。乾く喉は、言葉を拒む。拒まれた言葉は、心の中で腐る。

母は黙っていた。黙りは責めではない。責めより冷たい、受け入れだ。受け入れた者の沈黙ほど、こちらを壊すものはない。

夜が完全に明けたとき、川辺に人が集まっていた。水に浮かぶものを引き上げている。引き上げられたものは、人だった。黒い塊。黒い塊の中に、かつての顔の位置だけが残っている。位置だけが残るものほど恐ろしい。位置だけが残ると、心は勝手に顔を作る。顔を作ってしまうと、こちらの罪が完成する。

私は足が動かなかった。動けば、そこに文がいるかもしれない。動けば、いないことも確かになる。

確かになることが怖かった。確かさは、悲しみより鋭い。

そのとき、誰かが瓦礫の間から小さな白いものを拾い上げた。セルロイドの人形だった。頬の赤は溶け、目の青は濁り、首は曲がっていた。曲がった首の角度が、文が私を見上げた角度に似ていて、私は膝をついた。

私は人形を受け取り、胸に当てた。熱はもうない。冷たさだけが残っている。冷たさは、言い訳を許さない。

母が静かに言った。

「髪だけは整えておけって、言ったのにね」

その言葉が、私の胸を裂いた。髪。櫛。整える。どれも生の言葉だ。生の言葉は、死の前では残酷な冗談になる。冗談のように軽い言葉が、胸の奥では鉛より重い。

私は初めて、はっきりと泣いた。泣き方は醜かった。醜い泣き方ほど、誠実だ。誠実さは救いではない。誠実さは、ただ長く続く。

それから何年も経って、東京は新しい肌を持った。焼け跡の上にコンクリートが立ち、ネオンが瞬き、夜は再び華やかになった。華やかさは、忘却に似ている。忘却は甘い。甘いものは腐る。腐った甘さは、また別の火を呼ぶ。

私はときどき、春の川面に舞う花びらを見て、あの夜の灰を思い出す。白と黒。白い花と黒い雪。どちらも水に貼りつき、やがて沈む。沈むという事実だけが、国境も思想も超えて同じだ。

私はいまだに、火を美しいと思いかける瞬間がある。その瞬間、私は自分を殴りたくなる。美しさは危険だ。美しさは、死を物語にしてしまう。

だから私は、物語にしないために、この話を書いた。英雄も、正義も、勝敗も書かない。ただ、文の冷たい指の感触だけを、何度でも書く。

あの指の冷たさが、私の中で溶けない限り、私はまだ――火を、火として憎める。そして、生き残った者の醜さを、飾らずに抱いていられる。

 
 
 

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