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龍と虎の血判

同盟は、刀を収める鞘ではない。同盟は、刀を抜く前に磨く布である。磨かれた刃ほど、切断は清潔に見える。清潔に見える切断ほど残酷なものはない。

春先の越後は、雪がまだ地面を離れていなかった。雪は白い。白は潔白ではない。白は、汚れが目立つことを最初から知っている者の色だ。雪の白は、昨年の血の黒さをいつまでも忘れさせない。忘れさせないから、越後の寒さは正しい顔をしている。

私は春日山の麓で、主君の文を受け取った。紙は薄く、軽い。軽い紙が人を動かす。人を動かす紙ほど、紙のふりをしている。文には、墨の匂いと、ほんの少しの塩の匂いが混じっていた気がした。塩は贈れる。敵にでも贈れる。だが血は贈れない。血を贈ったとき、贈り主は贈り先に縛られる。

「駿府へ行け」

老臣は私に言った。声は乾いていた。乾いた声は涙を許さない。涙は湿っている。湿り気は、決断の刃先を鈍らせる。老臣の声が乾いているということは、もう決断が終わっているということだった。

私は文の端を見た。そこには“毘”の印が押されている。神の字は、いつでも人の喉を締める。喉が締まれば声が細くなる。細い声は、命令に従いやすい。

三国同盟に、越後が加わる。甲斐・相模・駿河に、越後。龍と虎と鱗と二引が、一つの紙の上で肩を並べる。紙の上の肩は近い。近い肩ほど、実際には遠い。

私は、行きたくなかった。行けば、私の兄の死が、ただの「誤差」になる。誤差は数字の言葉だ。数字は臭いを持たない。臭いを持たぬ死ほど、惨めなものはない。

兄は川中島で死んだ。馬の蹄の下で、雪ではなく土が白く見えた日のことを、私はまだ覚えている。白い土は、骨の色に似ていた。骨は清潔に見える。清潔に見えるものほど不潔だ。骨は、誰かの腹を満たさなかった現実の名残だからだ。

兄は敵を憎んで死んだのではない。ただ、旗の下で死んだ。旗の下の死は、いつでも軽い。軽い死ほど後で美談になる。私は美談が嫌いだった。嫌いなのに、兄の死を美談にしてしまわなければ、私は夜を越せないことがある。美談は甘い。甘いものは腐る。腐った美談の上で、人はまた旗を欲しがる。

——その旗を、今度は紙が代わりに掲げるというのだ。

山を越える道で、風はいつも同じ方向から吹いた。同じ方向の風は秩序に似る。秩序は安心に似る。安心に似たものほど危険だ。私は安心しないために、文を腰に結び、結び目を何度も確かめた。結び目は、ほどける前提の形だ。ほどける前提の結び目ほど、人間の胸を落ち着かせない。

甲斐へ入ると、空気が変わった。越後の湿った冷えではなく、乾いた冷え。乾いた冷えは正しい。正しい乾きは、戦の匂いを保存する。武田の里で、馬はよく太り、人の眼はよく光っていた。光る眼ほど怖い。光る眼は、死を生の装飾に変える。

私は信濃の峠で立ち止まり、川中島の方角を見た。そこには、もう戦場はない。あるのは草だ。草は伸びる。伸びるものほど、いずれ刈られる。刈られた草は、また伸びる。反復は秩序に似る。秩序に似たものほど危険だ。秩序の顔をした草の反復の下に、兄の骨もまた秩序として沈んでいるのだろうか。

「お前は、何を運んでいる」

峠で会った旅僧が訊いた。僧の眼は濁っていた。濁りは迷いでも恐れでもない。濁りは、世の臭いを知ってしまった者の色だ。

「平和です」

私は嘘を言った。嘘は悪ではない。嘘は、生活の接着剤だ。だがこの嘘は、喉の奥に苦い味を残した。苦さは真実だ。真実は甘くない。甘くないから腐らない。

私は続けて、正直に言った。

「刃の向きを変える紙です」

僧は笑わなかった。笑わないことが、僧の礼儀だった。

駿府の城下は、暖かかった。暖かさは油断を生む。油断は、裏切りの入口になる。私は城門をくぐり、畳の匂いと、香の匂いと、汗の匂いが混じった空気の中を歩いた。香は血を隠す。隠すための香ほど卑しい匂いはない。

広間には、三つの影があった。今川義元の影は大きく、衣のひだが豊かで、影にまで「雅」があった。雅は美しい。美しい雅ほど危険だ。雅は血を薄める。北条氏康の影は低く、動かず、畳に張りついていた。張りつく影は執念の影だ。執念は静かで、静かな執念ほど恐ろしい。武田晴信(信玄)の影は、妙に端正だった。端正な影ほど不潔だ。端正さは、殺しを整えてしまう。

その三つの影の前に、越後の影を置く。それが私の役目だった。

私は主君の文を差し出した。手が震えた。震えは恐怖ではない。恐怖に似た責任の震えだ。責任の震えほど人を早く老けさせる。文の封が切られ、紙が開かれる。紙が開くとき、国境が開く。国境が開くとき、死の数え方が変わる。

「越後も、加わるか」

今川が言った。声は軽く、言葉の端に笑いがあった。笑いは薄い。薄い笑いは、こちらの血を軽んじる。軽んじられた血ほど危険だ。

北条は黙っていた。黙りは赦しにも断罪にも似る。似ているから怖い。武田は目だけで私を見た。目が澄んでいなかった。澄んだ目は正義の目だ。濁った目は、勝つための目だ。勝つための目は、敵だけでなく味方の未来まで測る。

そして、四つ目の席は空いていた。“毘”の旗が来るべき席。その空席が、私の胸を刺した。空席は不在の形をしているが、実際は「これから埋める」ための穴だ。穴は人を落とす。

ほどなくして、越後から来た別の使者が入った。主君自身ではない。だが主君の冷たさを持った若い男だった。彼は座り、起請文が用意された。

紙が広げられ、四つの紋が並ぶ。武田菱、三つ鱗、二引両、そして、毘。紋は美しい。美しい紋ほど危険だ。紋は人の死を象徴に変える。象徴になった死は、臭いを失う。

「血判を」

誰かが言った。血。ついに血が紙へ呼ばれた。紙は血を嫌う。血が落ちれば滲み、滲めば文字が歪む。歪んだ文字は命令にならない。命令にならない言葉ほど無力で、無力な言葉ほど人を殺す——私はかつてそう思った。だが今、命令になるために血が求められている。

四人の指が刺され、赤が滲んだ。赤は血の色だ。血でない赤もあるが、この赤は嘘をつかない赤だった。その血が、紙の上の紋のそばに押される。血の点は小さい。小さい汚れほど洗っても消えない。消えない汚れほど、後で「意味」を持たされる。

私は、兄の顔を思い出した。兄の死に、血判ほどの意味があったのか。兄の血は、紙に乗らず、土に吸われた。土は正直だ。正直な土ほど残酷だ。土は名を残さない。

血判が終わると、部屋の空気が少し軽くなった。軽さは不吉だ。軽さは「済んだ」と思わせる。済んだと思った瞬間、人は次の刃を探す。同盟は終わりではない。矛先の向きを揃える儀式だ。揃えられた矛先は、必ずどこかへ向かう。

武田が、紙の端を押さえながら言った。

「これで東は静まる」

静まる。静まるという語は美しい。美しい語ほど危険だ。静まりは、ただ音が減っただけで、刃が消えたわけではない。

北条が初めて口を開いた。

「静まった刃は、鈍る。鈍らぬために、磨きが要る」

磨き。同盟は磨き布だ。私は最初にそう思った。磨かれる刃が向かう先は、どこだ。畳の上に広げられた地図の西側が、妙に白く見えた。白は潔白ではない。白は、汚れを目立たせる背景だ。

今川が笑った。

「都へ向くのか、尾張へ向くのか」

尾張——。その名が、薄い火種のように空気に落ちた。火種は小さい。小さい火種ほど、町を焼く。私は理解した。兄の死が無意味になるのではない。兄の死が、別の方向へ“意味づけ”され直すのだ。意味づけは麻酔だ。麻酔は苦い現実を甘くする。甘い現実ほど腐る。

帰路、私は再び川中島の近くを通った。草は伸び、土は黙り、空は無関心に青かった。青は無関心の色だ。無関心は残酷で、残酷だから正しい。私は馬を止め、草の間に膝をついた。

「兄上」

と、声に出してみた。声は乾いていた。乾いた声は涙を許さない。私は泣かなかった。泣けば、兄は美談になる。美談は甘い。甘い美談は腐る。

懐から、起請文の写しの端切れを取り出した。紙の端に、四つの血の点が並んでいる。その点を見つめながら、私は思った。血は、土に落ちるべきなのか。それとも、紙に残るべきなのか。土の血は名を残さず、紙の血は名を残す。名を残す血は、いつか誰かに利用される。利用される血ほど哀しいものはない。

遠くで、太鼓の音がした。音は反復して近づく。反復は秩序に似る。秩序に似たものほど危険だ。土の向こうに、旗が見えた。

武田菱。三つ鱗。二引両。そして“毘”。

四つの旗が、同じ風を受けていた。風は無関心だ。無関心は残酷で、残酷だから正しい。正しい風の下で、同盟は「平和」ではなく「方向」になっていた。

私は紙片を握りしめた。紙は軽い。軽い紙が、骨まで重くする。私はその重さを、兄の墓標の代わりに胸へしまった。

この先、彼らは西へ行くだろう。尾張の小さな火種は、やがて大きく燃えるかもしれない。燃えれば、美しい炎が立つ。美しい炎ほど危険だ。炎は罪を清めた気にさせる。私は清めたくなかった。

だから私は、ただ臭いを覚える。雪の白さが隠していた土の臭い。血判の赤の生ぬるさ。紙の上に並ぶ紋の美しさの不潔さ。そして、兄が土に吸われた無名の重さ。

同盟は鞘ではない。同盟は磨き布だ。磨かれた刃が向かう先で、また誰かの兄が土に沈むだろう。

そのとき私ができることは、ひとつだけだ。その死を、清潔な物語にしない。匂いを、匂いのまま残す。

——龍と虎が肩を並べた日、私の中で、戦は終わらなかった。ただ、矛先が揃っただけだった。

 
 
 

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