龍火の海峡~~救~~
- 山崎行政書士事務所
- 2025年1月15日
- 読了時間: 5分

1. 中国艦の影、緊迫した海上
東シナ海の蒼い水平線がわずかに揺らいでいた。**沖縄県出身の海上保安官・東里(あずまり)**は、巡視船の甲板から遠くを睨(にら)む。そこには、中国の海警局の大型艦が複数、尖閣諸島近海を巡回(じゅんかい)している姿が見えた。日本政府は「衝突(しょうとつ)は回避せよ」との指示を出しているが、東里にはそれがもどかしくてならない。愛する日本が脅(おびや)かされているのに、ただ傍観(ぼうかん)するだけでいいのか? 彼の胸には、“国家への殉教(じゅんきょう)”のロマンが燃えあがり、“死をもって領土を守る”という狂熱的な考えに囚(とら)われていた。
2. 決行の夜、狂気が走り出す
夜が更(ふ)け、海は漆黒(しっこく)の闇(やみ)に包(つつ)まれる。漂うのは湿(しめ)った塩(しお)の匂(にお)いと、遠くで低く響くエンジン音(おん)。東里は「今こそ行動するときだ」と心を固める。仲間がうとうとしている深夜の当直(とうちょく)の隙(すき)をつき、小型の高速ボートにひそかに乗り移る。「俺一人が特攻(とっこう)のごとく突撃(とつげき)すれば、中国が牽制(けんせい)している場所に一太刀(ひとたち)を浴(あ)びせられる――そうすれば、この島々の危機が全国に響くだろう」彼はそう思い込(こ)み、ボートのエンジンを始動(しどう)させる。誰も気づかないうちに波間(なみま)を滑(すべ)るように進み、まっすぐに中国艦の方向へ向かい始めた。
3. 高速艇の追跡、同僚たちの葛藤
しかし、東里の異変に気づいた同僚たちは慌てて飛び起き、艦(ふね)長(ちょう)の指示で**別の高速艇(こうそくてい)**を出す。「無茶(むちゃ)だ、東里! 戻(もど)ってこい!」深夜の海には風が強く吹き、波がやや荒(あ)れ始めている。中国艦の影が遠くにぼんやりと見えるなか、仲間の高速艇は全速力(ぜんそくりょく)で東里のボートを追いかける。波しぶきがヘッドライトに反射して白い粒(つぶ)が舞(ま)い、あちこちに散っていく。東里の心には、もう“死”を賭けて敵艦へ突撃しようという意思しかなく、無線機(むせんき)からの呼びかけも応答しない。
4. 小競(こぜ)り合いの末、取り押さえられる
程(ほど)なくして、仲間の高速艇が東里のボートに追いつく。荒波(あらなみ)を越えながら横につけようとするが、ボートは激しく跳(は)ねており、衝突(しょうとつ)の危険もある。「東里! そっちへ行くな!」怒号(どごう)とともに数名の隊員が強引(ごういん)に身を乗り出し、東里のボートへ飛び移る。そこで激しい小競り合いが発生(はっせい)し、東里は短い刃物(はもの)か何かを握(にぎ)って威嚇(いかく)するような姿勢を見せるが、複数の仲間に押さえ込まれる形になる。もはや絶望(ぜつぼう)したかのように、東里は**「放せ! 俺は日本のために死ぬんだ!」**と叫(さけ)び、そのまま仲間に羽交(はが)い締めにされ、体を強打(きょうだ)して意識(いしき)を失う。
5. 意識を取り戻す、そして処分(しょぶん)の日々
翌(よく)朝、艦内(かんない)の医務室の簡易ベッドで、東里は頭痛(ずつう)を感じながら目を覚ます。窓の外には明るい日差しが届き、もう中国艦との緊迫(きんぱく)はひとまず静まっている様子。「……俺は生きているのか?」そう呟(つぶや)くと、同僚が重い表情(ひょうじょう)で「おまえ、いったい何を考えてるんだ……」と呆(あき)れ混じりに問いただす。やがて上官も現れ、「これは重大な規律違反(きりついはん)だ。厳重(げんじゅう)な処分は避けられない」と告げる。東里はもはや観念(かんねん)するしかなかった。彼が想定(そうてい)していた“英霊(えいれい)的特攻(とっこう)”は失敗(しっぱい)し、現実(げんじつ)は容赦(ようしゃ)なく彼を捉(とら)える。
6. 海保を辞めざるを得なくなり、新たな道へ
数週間後(すうしゅうかんご)、正式な処分(しょぶん)が下され、東里は海上保安庁(かいほ)の職を辞することとなる。内心では「この現代社会は魂(たましい)なく惰性(だせい)で流されている……」という苛立ち(いらだ)をいまだ捨(す)てきれないが、自分が守ろうとした“何か”が、実際には形もつかめず消えていくような喪失感(そうしつかん)に苛(さいな)まされる。最後に同僚や上司、あるいは家族が「生きていてくれてよかったよ」と言葉をかけるが、東里は素直に笑えない。彼の胸の中で燃(も)えていた“龍火(りゅうか)”の炎は消えたわけではない。ただ、自分の居場所がなくなっただけなのだ。
7. 龍火が消えない——微妙な救済と危うい余韻(よいん)
退職後、東里はしばらく沖縄本島の実家に戻る。港(みなと)の桟橋(さんばし)から見える海はいつもと変わらず美(うつく)しいが、彼にはその光景がむしろ残酷(ざんこく)なほど無表情に映(うつ)る。彼は三島由紀夫の著作をもう一度開き、「死を賭(か)してこそ国を守れると思った……」と改めて振り返る。“生きてこそ価値(かち)がある”という仲間たちの言葉は理解(りかい)できても、彼の魂はまだ完全には腑(ふ)に落ちていない。
「あのとき死ねば、美しかったのか?
しかし死んでも、何も変わらなかったかもしれない……」
そんな葛藤(かっとう)が頭を巡(めぐ)り、夜中に砂浜(すなはま)をさまよう。それでも、彼が生き延びた事実だけは変わらない。世界も日本もあいかわらず動き続けている。誰にも認められないまま孤独(こどく)に燃えていた“龍火”は、今なお彼の心の奥で赤い火花(ひばな)を散らしているかのようだ。
8. 結末——危うい静寂(しじま)のなかで
海岸に立ち尽くす東里は、北風(きたかぜ)を受けながら不意に空を見上げる。彼にはまだ、死の誘惑(ゆうわく)が消えない。“死こそが国家への真の貢献”という思いは、どこかで彼を呼ぶかもしれない。だが今はとりあえず“生”を選んだまま、生を背負(せお)ってこの世にとどまり、やがて違(ちが)う形で“日本を守る”道を探すかもしれない――。その姿は救われたようでいて、いつまた火が燃え上がるか分からない不穏(ふおん)さをはらんでいる。美と破滅の香りを宿したまま、海は静かに波の音を立て、夜明けの薄光(うすひかり)が水平線(すいへいせん)をわずかに照らしている。
(了)







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