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夜の看板

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月11日
  • 読了時間: 5分



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プロローグ:夜に浮かぶ文字

 夜の御門台駅は、いつもより少しだけ静かだった。淡い街灯が地面をオレンジ色に照らし、人通りのまばらな駅前には涼しい夜風が流れている。航(わたる)はその夜、帰宅の足を止めた。 視界の端に、ほのかに光るものが映ったのだ。駅近くのビルの壁面に取り付けられた行政書士事務所の看板——昼間は何の変哲もないただの看板が、今は不自然に淡く光っているように見えた。 「気のせいか?」そう思いつつも、航はなぜか胸の奥が妙にざわつくのを感じた。試しに近づくと、看板の表面にかすかな文字が浮かび上がっている。 夜の暗がりの中で、その文字はまるで自分だけが読めるように静かに揺れながら、**「後悔しているのか?」**と囁いているかのようだった。

第一章:見知らぬメッセージ

 翌朝、航は昨日の出来事を思い返しても、まるで夢のような感覚に襲われた。だが、昨夜たしかに看板を通じて、あの問いかけが自分の胸を射抜いたのは事実だ。「後悔……か」 彼は数年前にやりたい仕事を諦め、現在の企業に就職した経緯がある。仕事に不満があるわけではないが、心の底に何かが燻っているのを否定できない。まさか、看板がそんな彼の心情を言い当てるだなんて。 気になった航は、仕事の帰り道にもう一度看板を確かめようと御門台駅に向かった。夜の駅前、看板は月明かりに溶けるように佇んでいるが、さすがに文字が浮かんでいるようには見えない。 半信半疑で近づくと、かすかに白い光が看板の表面を走り、そこに別の言葉が浮かび上がった。「選び直せるとしたら?」 思わず鳥肌が立つ。まるで看板が自分の心を読んで、問いかけを投げ返しているかのように感じられた。

第二章:事務所の回答

 翌日、航は意を決し、看板を管理しているとされる行政書士事務所を訪ねることにした。事務所は駅近くのビル二階にあり、打ち合わせスペースには書類が積まれた棚が整然と並んでいる。 受付の女性は丁寧に応対しながら、「看板ですか? 不具合ですか?」と首をかしげる。現れた行政書士の男性も、「夜に文字が浮かぶ? そんな話は聞いたことありませんね……」と不可解そうな表情だ。 しかし、その視線の奥に一瞬だけ鋭い光が宿ったのを航は見逃さなかった。「まるで何か隠しているような」。けれど言葉にする余裕もなく、業務的な受け答えであしらわれてしまう。 その事務所は何かを知っているかもしれない。航はそう直感し、さらに調べることを決める。

第三章:看板が語る“後悔”

 夜になると、看板の文字は航にしか見えないかのように現れた。「あの日の選択を思い出せ」とか、「失ったものを取り戻せるか?」といった、不気味に的を射たフレーズが浮かぶ。 誰かに見られているような落ち着かなさと、しかし同時に、「自分の後悔に真正面から向き合うよう促されている」ような感覚が同居する。 航は思い出す。大学を出て、やりたかったのは音楽関連の仕事だった。だが家計の都合や就職のタイミングでそれを諦め、今の会社に入った。「もし、あのとき音楽を選んでいたら……」 看板は夜な夜な、航の胸に残る傷口をじわじわとえぐる。それは苦痛であり、同時にどこか清涼感さえある。広告の上には**「人生はやり直せるのか?」**という問いが文字となって小さく浮かぶ。航は目をそむけられず、いつしかその答えを求め始めるのだった。

第四章:謎の力と重大な選択

 ある深夜、看板のメッセージはいつも以上に鮮明だった。まるで発光ダイオードが埋め込まれたかのように白く光り、「おまえの選択が世界を変えるかもしれない」と映し出される。 航は愕然とする。どうして自分の人生と看板がそこまで繋がる必要があるのか。まるで超自然的な力が働いているとしか思えない。 しかし、不思議な魅力に吸い寄せられるように、航は看板の前に立ち尽くす。そして心に問いかける:「もし今、人生をやり直せるなら、どう動くだろう?」 と、その時看板がかすかに音を立てた。まるで背面で何かが動いているような。彼がドキリとして裏に回り込むと、そこには小さな扉が見える。いつもは封印されていたのか、錆びた南京錠がかかっているが……。

第五章:看板に隠された秘密

 数日後、航は事務所の行政書士を再び訪ね、「あの看板はあなた方が管理してるんですよね?」と突き付ける。 行政書士は相変わらず知らん顔だったが、ふと漏らした。「その看板には昔の契約が関わっているかもしれない。ずっと以前にクライアントが取り付けたものだが、今はもう詳細は不明で……」 話によれば、かつてその看板は、人生の大きな選択を迫られた人に“不思議な力”を与えるという噂が囁かれたという。航は背筋が冷える思いをするが、それでも看板の背後にある錆びついた扉を開けば何かが分かるかもしれない、と考える。 夜更け、航は雨が降る薄暗い駅前へ走った。看板の下には濡れた水溜まりがあり、街灯の光が反射している。雨音のなか、彼はこっそり扉の錠を外すべく工具を握った。

結末:やり直すための鍵

 扉を開けると、中には古びた書類らしき束が収められていた。そこには、過去に看板が“導いた”とされる人々の名前と“新たな人生”に踏み出したという記述が、まるで契約書のように羅列されている。 航は最後のページに自分の名前が書かれているのを見て仰天する。――「まだ書き込まれていないが、欄が用意されている」と言わんばかりのスペース。 外では雨が強まり、看板の前面を叩く音が激しく響く。ふと見ると、文字がまた浮かび上がっている。「今こそ選べ。君は自分の後悔を断ち切るか、それとも……」 航の胸は強く打たれ、書類を握った手が震える。もしこれに従えば、人生をやり直すことができるかもしれない。だが、代償は何なのか? 彼の頭には家族や友人、現在の生活が浮かんで消える。 最終的に彼がどう選んだのか、それは誰にも分からない。翌朝、扉は再び南京錠で閉ざされていたし、看板には相変わらず昼間はごく普通の文字しか見当たらなかった。 しかし、航のまなざしは少し変わっていた。「もし、本当にやり直せるならどんな道を歩むのか?」――そんな問いを抱えながら、駅のホームで電車を待つ彼の姿は、一種の決意を伴った静けさを纏っていた。

 薄曇りの空に、駅の看板は何事もないように佇む。だが夜になると、誰かの心に呼応して言葉を映し出すかもしれない。人生の分岐点に立つ者を、ある方向へ誘うように……。

 
 
 

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