白蛇の杜
- 山崎行政書士事務所
- 1月11日
- 読了時間: 6分

第一章:不思議な巻物との出会い
静岡の草薙神社近くにある古風な骨董店で、亮平は店主として日々古物を扱っていた。店は細い路地の先にひっそり佇んでおり、通りすがりの観光客よりも、地元の常連客が主な得意先だった。亮平は先代の父からこの店を継いだ際、骨董商としての手腕こそ未熟だが、誠実な対応で地道に信用を得てきた。彼にとって店の裏にある小さな作業スペースは、調べ物をする“書斎”のような役割を果たしている。そんなある日、彼のもとに**「古い巻物」**が持ち込まれた。和紙の縁は焦げたように色あせ、文字や挿絵の染めもかすれている。売り主は無造作に「蔵を片付けてたら出てきたんですよ」と言い、詳しいことは分からないと言う。
しかし、巻物には**「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」**の名が記され、日本武尊(やまとたける)の伝承を思わせる記述があり、さらに「白い蛇」が描かれているのを見て、亮平の好奇心は一気に膨らんだ。――草薙剣と白い蛇。地元の草薙神社とは何か関係がありそうだ。値段交渉を済ませたあと、店の裏でそっと開いてみると、文字には“剣を見守る者”という奇妙な一節が含まれている。何のことだろう? 亮平は首をかしげながらも、「まずは事実関係を調べてみよう」と決めた。
第二章:草薙神社と白い蛇の姿
巻物の出所を知りたくなった亮平は、最初に草薙神社を訪ねて神職に話を聞く。神社は大きな鳥居をくぐった先にあり、境内には神木が立ち並んでいる。宮司の世代交代があったばかりで、話をした神職は「白い蛇……そういえば近年、境内でそれらしい目撃談が増えていると耳にしました」とこぼすが、具体的な由来は分からないと言う。ただ「草薙剣と白蛇の伝説は、あまり一般的には知られていない。地元の一部に伝わる“俗信”のようなものでは?」との見解を述べる。亮平は少し肩透かしを食らった気分だが、帰り道で思わぬ光景に遭遇した。神社の裏手の茂みのあたりで、細長い白い影が素早く動いたのだ。**「まさか、本当に白蛇……?」**と思った瞬間には姿を消していた。
第三章:巻物に触れるたびに
日が経つにつれ、亮平は巻物の内容を丹念に読もうと試みる。しかし書かれた文字は古文調で途切れも多く、素人には解読が難しい。けれど不思議なことに、巻物を開くたびに幻影のようなビジョンが一瞬脳裏をよぎる。それは人が剣を掲げる姿だったり、白い蛇がうごめく草薙原の風景だったり――まるで古代の物語の断片を見せられるような感覚に襲われる。最初は気のせいだと思ったが、回を重ねるごとにその感覚がはっきりしてきた。視界の端に短いフラッシュのような画像がちらつき、体が一瞬冷や汗に包まれる。そして心臓がどきりと高鳴るのだ。
ある朝、店の開店準備をしていると、外の通りで白い蛇がうずくまっているのを見かけた。――確かに蛇の形だが、目を凝らすとそこには何もいない。幻覚か?焦って表へ飛び出すが、通りには人影もなく、蛇の姿も見当たらない。ただ体に鱗が走るようなゾクっとした感覚が残るばかり。
第四章:家系にまつわる因縁
巻物に記された文言の解読を少し進めてみると、どうやら草薙剣がこの地域に祀られた際、その保護や管理に関わった名もなき集団の存在が記されている。そこには“剣を見守る者”という称号らしきものが繰り返し登場する。さらに自分の家の古い文書を調べると、先祖がこの地で**「剣の護り手」**と呼ばれた家筋の一つだった可能性が浮上した。――これが、まさか亮平自身の家系と関わっているのか?しかし家族は既に他界していて、はっきりしたことを教えてくれる者はいない。亮平は孤児ではないが、親戚との交流は薄く、実家の由緒について深く知る機会もなかったのだ。
そんな折、店に近所の古老が訪れ、「あんたんとこ、昔っから“草薙の白蛇”を祀る家じゃなかったかね?」といきなり尋ねる。驚いて「知りません」と答えると、古老は意味深に首を振り、「いや、わしも噂でしか知らん。あの白蛇は剣の化身ともいうし、寄生する家ともいう。何が本当か分からんがな」と呟き、足早に店を出て行った。
第五章:神社での夜
家系との関わりがいよいよ濃厚になり、亮平は再び草薙神社を訪問。今度は夜、境内が人影もなく静まりかえった時刻を選んだ。闇に浮かぶ社殿の輪郭や、ほのかな提灯の灯火が、不思議と落ち着かない気分を掻き立てる。彼は拝殿の前に立ち、胸の奥がざわついている自分に気づく。一方、巻物を持参し、一緒に読み解いてもらえないかと宮司に相談したが、宮司は頑なに「そういった文献は正式な記録にはなく、神社としても扱いかねます」と断る。その晩、社務所を後にしようとしたとき、再び白蛇らしき影が視界を横切った。月明かりの下で確かに地面を滑るように動き、ぼうっと消えゆく。その瞬間、亮平は足元がふらつきそうなめまいを感じた。
第六章:伝説の真実と剣の力
日を追うごとに、亮平の見る幻覚はますます鮮明化していく。**「このままでは正気を失うのではないか」という思いがちらつく中、巻物の解読は進み、どうやら草薙剣は古代に“白い蛇”という神霊の庇護を受けていたらしい。その蛇は剣に宿り、剣を手にする者の運命を左右する力を持つ。しかも代々、“剣を見守る者”の血筋を通して白蛇の存在が守られてきた――。「そんな荒唐無稽な話、どう受け止めればいい?」しかし、現実に自分の周りで白蛇を見かけ、巻物がもたらす幻覚がある以上、無視できない。亮平は決心をして、巻物に書かれた“最終章”の部分を解読しようとする。そこには「剣を持つ意味」**が暗示されているようだ。
第七章(結末):現実と伝説の狭間
結局、亮平はある晩、神社裏の林に踏み入り、心の底で感じる呼び声に従うかのように進んでいった。月が高く輝き、風が葉を揺らす音が耳を満たす。林の小さな祠の前で、彼は最後の幻覚を見る。白蛇が音もなく姿を現し、手招きするように“剣の形”を空中に描いているように見えた。すると、意識が一瞬遠ざかり、亮平は地面に膝をつく。そこに見えた光景は……古代の戦場か、あるいは神域か。白蛇が草薙剣を抱えるように浮かんでいて、「剣を持つ者は、自らの運命を超える意思を持たねばならない」という声が頭に響いた。次の瞬間、現実に戻ると、祠の前には何もいない。風がさっと過ぎただけで、今の体験が夢か幻かすら分からない。ただ――亮平は不思議と落ち着いた気持ちになっていた。**「自分は剣を持たなくていい。いや、もう既に持っているのかもしれない」**と、そう思えてくる。何を意味しているかは分からないが、重荷のようなものが心から剥がれ落ち、代わりに静かな意志が宿っている感じだ。
こうして、亮平の物語は確かな解答を得ないまま、しかし**「白蛇の杜」と呼ばれる草薙神社の杜(もり)で、不思議な交錯を遂げる。** 彼が巻物をめくる手は止まったが、その真実が完全に解明されたわけではない。ただ、剣をめぐる伝説も白蛇の存在も、現実と幻の狭間で彼に問いかけ続けるのだろう。――「剣を持つ意味」とは、過去の伝説だけでなく、自分自身を超える意思を指すのかもしれない。春の風が神社の森を抜け、亮平の心にささやく。白蛇はどこへ行ったのか、巻物が指し示す運命は何か。答えを知るのは、ただ剣と蛇とが結びつく“見えない世界”――、或いは草薙剣を巡る物語のなかだけ、なのかもしれない。





コメント