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茶畑の光

 幹夫が静岡駅前から日本平へ向かふバスに乗つたのは、何かを見に行くためではなかつた。見に行く、といふ言葉には、あらかじめ対象の輪郭が用意されてゐる。幹夫の心には輪郭がない。輪郭のないものは、都市の空気のやうに、いつの間にか肺へ入り込んで、息を重くする。彼はその重さに耐へられなくなつて、ただ坂の方へ身体を運ばせたのである。

 窓の外で、街はたちまち低くなつた。ビルの硝子は光を跳ね返し、路面の白線は妙に潔癖な直線を引く。幹夫は、あの潔癖さが嫌ひだつた。潔癖は何も汚さぬが、何も証明しない。証明しないものほど、若い肉体にとつて頼りないものはない。

 バスが丘陵へ差しかかると、風の匂ひが変つた。海の塩が遠くで薄まり、土の匂ひが前に出る。土の匂ひには、いつも人間の意志の匂ひが混じつてゐる。自然の土ではない。耕され、踏まれ、刈られ、剪られた土――それは、自然が人間に抵抗しつつも、つひに屈して形を与へられた匂ひである。

 幹夫は途中の小さな停留所で降りた。降りると、空がすぐ近い。空の青さは、都市の青さよりも残酷である。都市の青さは壁に当たり、硝子に当たり、いくらか弱くなる。だがここでは青さは遮られない。遮られないものは、否応なく肉体へ届く。

 道を少し歩くと、茶畑が現れた。最初それは、ただ緑の地面が波打つてゐるやうに見えた。近づくにつれて、幹夫はその緑が「列」になつてゐるのを知つた。列は、自然が最も嫌ふ形である。自然は散漫でありたがる。ところが茶畑は、散漫を許さない。丸く刈り揃へられた茶の低木が、一定の間隔で並び、畝と畝の間の土の溝までも、きちんと同じ幅を保つてゐる。緑はここで、植物であるより先に、秩序であつた。

 光が、その秩序を磨いてゐた。

 午後の日射しは、茶の葉の表面に細い刃のやうな反射をつくり、反射は無数の鱗となつて畑のうねりを走る。幹夫は、その光の動きが、まるで剣の抜き身を水で洗つた時のやうに思へた。剣は、血を吸ふ前に、まず光を吸ふ。光を吸つてゐる間の剣は、まだ無垢であり、しかしその無垢こそが最も冷酷である。

 畑の端に、ひとりの男がゐた。まだ若い。日焼けした首筋が硬く、腕の筋が作業着の袖口から覗いてゐる。男は剪定鋏を持ち、茶の列に沿つて、一定の高さを保ちながら葉を刈つてゐた。刈る、といふより、削る、と言つた方がよい。動作は淡々としてゐるが、刃が触れる瞬間だけ、葉の表情が変る。緑が一瞬、痛みのやうな黒みを帯び、すぐにまた光を受けて元の顔へ戻る。

 幹夫は立ち尽くした。作業の音は小さい。鋏が葉を噛む「ち」といふ音、刈り屑が落ちるさらりといふ音、男の呼吸が湿つた土の上を滑る音。その小さな音の連なりが、幹夫には厳粛な儀式のやうに聞こえた。儀式は、目的のためにあるのではない。形式のためにある。形式のために行はれることこそ、最も純粋な行為である。幹夫は、純粋を信じたいと願つてゐた。

 若い男は幹夫に気づき、鋏を止めた。汗の光る額を手の甲で拭ひ、短く会釈した。

「見物かい?」

 声は意外に素朴で、幹夫の頭の中にあつた「儀式」の緊張を少し崩した。崩された緊張は、しかし不快ではなかつた。崩れたところから、別の緊張が立ち上がる。――肉体の緊張である。

「……少し、見てゐただけです」

 幹夫は自分の言葉が、どこか軟らかすぎるのを感じた。都市の言葉は、いつも軟らかい。軟らかい言葉は、責任を持たない。責任を持たない言葉を吐く時、幹夫はいつも、自分の身体が空洞になる気がした。

 男は茶の列を手の平で叩いた。刈り揃へられた葉の表面は、思ひのほか硬い音を立てた。

「やつてみる? こつちは刈つちやだめだけど、摘むなら」

 幹夫は一瞬ためらつた。ためらひは、いつも観念から来る。観念は危険だ。観念は肉体を引き戻す。しかし、ここで引き戻されることは、幹夫には耐へがたかつた。

「……やつてみます」

 男は畑の端の、まだ柔らかい新芽が多い一角へ案内した。新芽は他の葉よりも色が淡く、光を受けるとほとんど黄緑に透ける。透ける緑は、若さそのもののやうに見える。若さは透けてゐる間が一番美しい。透けてゐるから、傷つけたくなる。傷つけたくなるのは残酷ではない。むしろ、美に対する正直な衝動である。幹夫は、その衝動を胸の奥で認めてしまつたことに、軽い羞恥を覚えた。

「一芯二葉って言ふんだ。先っちょの柔らかいところ、これとこれ」

 男の指が新芽をつまんだ。指は太く、爪の際に土が入り込んでゐる。土に汚れた指が、淡い緑をつまむと、不思議に清潔に見えた。汚れは、働いた証拠として光ることがある。都市の清潔とは別種の光である。

 幹夫は真似をして、芽をつまんだ。柔らかい。指先にかすかな産毛の感触がある。ふつと香が立つ。青い香。苦い香。香は肺ではなく、頭の中へ入つてくる。幹夫はその香に、刃物の匂ひを感じた。刃物にも、香がある。鉄の香である。茶の香は鉄とは違ふ。しかし、どちらも「生きものの切断」を連想させる点で似てゐた。

 幹夫は芽を摘み取つた。小さな「ぷつ」といふ音。音がするのが嬉しかつた。音は、行為が世界に触れた証拠である。世界に触れぬ行為は、どれほど壮麗でも幻である。

 彼は二つ目の芽を摘まうとして、少し力を入れすぎた。爪の端が葉の縁へ滑り、同時に自分の指の腹を掠めた。痛みは小さかつたが、確かだつた。幹夫は反射的に指を引つ込めた。

「おつと、切つたか」

 男が言つた。幹夫は指を見た。赤い点が一つ、緑の香の上に浮いてゐる。血は思ひのほか鮮やかで、茶の淡い黄緑を一瞬で別の色に変へた。幹夫の心臓が、無意味に速くなつた。

 血は、証明である。

 これほど単純な証明はない。汗も証明だが、汗は時に嘘をつく。汗は暑さでも出る。恐怖でも出る。だが血は、刃と肉体の接触によつてしか出ない。接触は行為である。行為は責任である。責任を引き受けた瞬間、幹夫の胸にあつた曖昧な霧が、少しだけ晴れた気がした。

 男は作業着の胸ポケットから布を出し、幹夫の指へ巻かうとした。

「大したことない。けど、土つくと治り悪いから」

 幹夫はその布を受け取り、自分で指に巻いた。布が指の熱を閉ぢ込める。閉ぢ込められた熱は、血の色をさらに濃くする。濃い赤は、美しかつた。美しいと認めた瞬間、幹夫は自分の内側で何かがきしむのを聞いた。美といふ言葉は、いつも罪を呼ぶ。美を美しいと言ひ切ることは、世界の残酷さを肯定することだからである。

 幹夫はそれでも、美しいと思つた。

 茶畑の緑は秩序であり、秩序は形式であり、形式は美である。だがその美は、ただ整然としてゐるだけでは足りない。どこかに破れ目が必要だ。破れ目は、秩序の強さを露はにする。秩序が弱ければ、破れ目はただの崩壊になる。秩序が強ければ、破れ目は装飾ではなく、必然になる。幹夫の指の赤は、まさにその必然のやうに見えた。

 彼は布の上から指先を押した。痛みがある。痛みは、彼の身体がまだ彼のものであることを告げた。都市の中では、身体はしばしば他人のものになる。他人の視線、他人の価値、他人の規範――それらのために身体が使はれてゐる気がする。だがここでは、痛みは純粋に自分へ返つてくる。返つてくるものだけが、信じられる。

 男は再び鋏を取り、作業を再開した。幹夫はその傍で、片手で摘めるだけ摘んだ。新芽は軽く、掌に溜まると、まるで緑の羽のやうだつた。羽のやうなものが、こんなにも苦い香を放つ。苦い香は、甘い幻想を許さない。苦味は、世界の本性である。幹夫はその本性に触れた気がして、かすかな誇りを覚えた。

 ふと見上げると、遠くに駿河湾が光つてゐた。海はいつも自由の象徴として語られる。しかし幹夫には、海の自由はむしろ恐ろしい。自由は形を持たない。形を持たないものは、美を保てない。美を保てないものは、いつでも崩れ、いつでも言ひ訳をする。海は言ひ訳をしない。だからこそ恐ろしい。海はただ広がり、ただ光る。それは、責任のない絶対である。

 茶畑の光は、それとは違つた。茶畑の光は、人間の刃と汗を介して成立してゐる。刃がなければ、この光は生まれない。汗がなければ、この秩序は維持できない。つまり茶畑の光は、責任の上に成り立つ光である。責任の上に成り立つ美――幹夫が欲しかつたのは、それだつた。

 やがて男は作業を止め、幹夫の掌の新芽を見た。

「それだけありゃ、湯飲み二杯ぐらゐにはなる」

 男は紙袋を出し、新芽を受け取つた。紙袋の中で緑が擦れ、香がまた立つた。幹夫は、その香が自分の指の血の匂ひと混じるのを感じた。血の匂ひはわづかで、ほとんど錯覚に近い。それでも幹夫には確かだつた。錯覚が確かなものになる時、人間は一歩だけ自分に近づく。

「持つてくかい?」

 男が紙袋を差し出した。幹夫は受け取つた。紙袋は軽い。軽いくせに、幹夫の掌は妙に重かつた。重いのは紙袋ではない。今日の行為の重さである。重さは、心地よかつた。

 帰り道、光は少し傾いてゐた。茶畑の列には影が入り、緑は深くなる。深い緑は、若さが成熟へ向かふ予告のやうで、幹夫は一瞬、惜しさを覚えた。惜しさは、失ふことを前提にする。失ふことを前提にした美ほど、甘美なものはない。甘美であることが、危険であることもまた、幹夫は知つてゐた。

 下宿へ戻ると、幹夫はすぐ湯を沸かした。やかんの湯が鳴る音は、都市の音のやうでありながら、どこか今日の畑の儀式の続きにも聞こえた。湯が沸いた。彼は湯飲みに新芽を少し入れ、熱湯を注いだ。瞬間、湯の中で緑がほどけ、液体が淡い黄金に変る。茶は光を飲み物にする。光を飲む――それは、あまりに危険な行為のやうに思へた。

 幹夫は湯飲みを口へ運んだ。苦い。苦味は舌の奥へ刺さり、刺さつたまま消えない。その苦味の中に、かすかに鉄の気配があるやうに感じた。錯覚だ。だが錯覚は、今日一日を貫いてゐる。

 彼は指の布をほどいた。血はもう固まり、赤は褐色へ変りかけてゐた。赤の鮮やかさは失はれたが、痛みはまだ残つてゐる。痛みが残る限り、今日の茶畑の光もまた、彼の中に残る。

 幹夫は湯飲みを置き、窓の外の暗くなり始めた空を見た。都市の夜が来る。夜はあらゆる輪郭を曖昧にし、責任を眠らせる。幹夫はその眠りを嫌つた。嫌ひながらも、夜は来る。夜が来ることだけは、どんな意志でも止められない。

 それでも、今日の指先の小さな傷は、彼に一つの確信を与へてゐた。

 ――美は、自然に宿るのではない。意志が自然を削るところに宿る。

 そして削る刃は、必ずどこかで自分の肉をも掠める。掠めた時の血の色こそが、光と緑を完成させる。幹夫はその完成を、まだ一度しか味わつてゐない。だが一度味わつたものは、必ず二度目を要求する。

 湯飲みの底に残つた茶は、暗い黄金色に沈んでゐた。幹夫はそれを飲み干した。苦味は最後まで苦かつた。苦いまま終ることが、妙に正しいと思へた。正しさは慰めではない。正しさは、次の行為のための冷たい灯である。

 
 
 

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