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丸い氷


川へ向かう道の空は、拍子抜けするほど青かった。冬の終わりの青――冷たさをまだ隠し持ちながら、もう春の顔を少しだけ混ぜてくる、あの青だ。帽子の縁から入り込む光がまぶしくて、私は目を細めながら堤防を歩いた。足元の雪は新雪ではない。昼に一度ゆるんで、夜にまた締まり、表面だけがざらりと硬い。踏むたび「きゅっ」と短い悲鳴が返ってくる。その音が、この景色の静けさを確かめるための合図みたいに聞こえた。

堤防を越えた途端、ひらけた水面が目に飛び込んできた。白と青の境界が、思ったより複雑だった。川は全部が凍っているわけでも、全部が流れているわけでもない。氷と水が、まだ“どちらになるか決めかねている”ように混ざり合っている。黒に近い深い青の水面が、ところどころで空を映し、そこに無数の白い塊が浮かぶ。岸に近いほど、その塊が増えていく。

最初はただの流氷だと思った。けれど近づくと、形が妙に揃っていることに気づく。丸い。円盤状。大きいものは皿くらい、小さいものは手のひらくらい。縁が少し盛り上がっていて、中央がへこんだものもある。雪をまとったままぷかりと浮かぶもの、表面が濡れてガラスみたいに光るもの、縁だけが半透明に薄くなっているもの――それらが、岸沿いにびっしりと集まり、ゆっくり回転しながら漂っていた。

川の上で、白い円が“生きている”。

氷と氷が触れ合うたびに、音がする。「からん」「こつん」「しゃり」。金属ではなく、陶器でもなく、もっと鈍い、冷たい物質同士が擦れる音。小さな衝突が連続して、まるで川が口の中で氷を噛んでいるみたいだ。水は見た目よりずっと動いていて、円盤の氷は流れに従いながら、岸に押し付けられ、また少し離れ、また寄せられる。その度に、氷の群れは形を変え、隙間が開き、閉じる。開いた隙間からは暗い水が顔を出し、陽を吸い込んでしまいそうな深さを見せる。

私は無意識に、堤防の縁から一歩下がった。美しい――と思うのと同時に、怖い――とも思った。この美しさは、温度のぎりぎりの上に成り立っている。氷が強固に凍り切った世界の美しさではない。溶けかけ、崩れかけ、まだ寒さの名残を抱えたまま、春へ引きずられていく途中の美しさだ。つまり、脆い。

岸辺の雪は、もう真っ白ではなかった。ところどころ灰色に湿り、氷の粒が混じっている。足元の雪の表面はざらついて、踏むと軽く沈む。冷たさの奥に、ぬるい水気がある。私はしゃがみ込み、雪をひとつまみ取って指先に乗せた。すぐ溶けて、冷たい水に変わる。その変化があまりに早くて、心が追いつかない。冬のものが、冬の顔のまま、勝手に春のものに変わっていく。

川の氷は、静かに危険を示していた。薄い氷が割れて、円盤になって、流れに運ばれている。つまり、どこかで「支えられなくなった氷」が生まれているということだ。表面が固く見える場所でも、足を乗せた瞬間に崩れるかもしれない。いま目の前で、円盤の縁が欠け、白い欠片が水へ沈むのを見てしまうと、なおさらだ。沈んだ欠片は一瞬で見えなくなる。水は冷たく、そして容赦がない。

少し先で、釣り竿を持った男性が立っていた。厚い上着に身を包み、足元は長靴。顔の下半分をマフラーで隠している。私は近づいて「すごい氷ですね」と声をかけた。言葉は片言でも、彼は目だけで笑った。

「今年は早い。」彼は川を指さしながら、短く言った。「昔はここまで丸くならない。もっと厚くて、しっかり凍った。いまは……溶けるのが早い。見た目はきれいだけど、危ない。」

危ない――その言葉が、氷の音よりも重く落ちた。私は改めて、水の色を見る。青ではなく、黒だ。太陽を映していても、底の暗さが勝つ。もし落ちれば、浮かび上がる前に体温が奪われる。水の冷たさは、痛みを通り越して機能を奪う冷たさだ。私は頭の中で“もしも”を想像し、すぐに打ち消した。旅先での“もしも”は、現実になった瞬間、取り返しがつかない。

男性はさらに言った。「氷が詰まると、水が上がる。堤防の向こうまで来ることもある。春の洪水は、氷が原因になるときがある。」

私はその言葉を聞きながら、円盤状の氷の群れを見た。岸辺に集まっている氷は、まるで白い皿が何百枚も重なって押し合っているように見える。可愛らしい形なのに、集まると力を持つ。詰まれば、水をせき止める。せき止められた水は行き場を失い、陸へあふれる。丸い氷は、冬の終わりの風物詩であると同時に、危険の兆候でもあるのだ。

私は写真を撮りながら、胸の奥がちくりとした。美しいものを美しいと感じることに、罪はないはずだ。でもこの美しさが、温暖化という言葉の延長にあるとしたら、私は何を見て喜んでいるのだろう。雪景色や氷の光は、旅人にとって“非日常のご褒美”になりやすい。けれどここでは、それが生活の中の現象で、しかも脅威になりうる。外側から眺める私の視線が、少し軽い気がして、足元が落ち着かなくなる。

それでも、目を離せなかった。氷の円盤は、流れの中で回り続ける。ゆっくり、ゆっくり。まるで自分の終わりを引き延ばすように。溶けて薄くなった縁が、陽に透けて、透明な青を抱く。雪が付いた部分は白く、濡れた部分は灰色に沈む。そのグラデーションが、時間そのものの色に見えた。冬が終わるということは、こういうふうに“溶ける”ことなのだ。音もなく、形だけが崩れ、いつの間にか別のものになっている。

風が吹き、岸の雪の表面がさらりと揺れた。同時に、氷の群れが岸へ寄り、こつこつと音が増えた。私は反射的に一歩下がる。足元の雪が沈み、靴の縁に冷たい水が染みてくる。危ないのは川だけではない。岸も、もう“冬の岸”ではない。踏み固められていない場所は、見た目以上に柔らかく、うっかり体重を預ければ、ずるりと滑り込む可能性がある。私は自分の足元を確かめ、身体の重心を意識し直した。旅先で安全に気を配るのは当たり前のことなのに、この景色の前では、それすら忘れそうになる。

しばらく黙って眺めていると、胸の内側の感情が、ひとつに定まらないまま揺れているのが分かった。きれいだ、怖い、寂しい、申し訳ない、そして少しだけ、救われる。矛盾した感情が同居している。それはきっと、この氷が“移行期”の象徴だからだ。冬と春の境目。固体と液体の境目。安全と危険の境目。そして、人が作ってしまった変化と、自然が本来持つ変化の境目。境目に立つと、心は簡単に揺れる。

帰り際、私はもう一度、男性に会釈をした。彼は短く頷き、川から目を離さない。その背中を見て、私は思った。ここではこの川が、景色である前に、暮らしの隣にある現実なのだと。旅人の私が持ち帰れるのは、写真だけではない。怖さを知った感覚、そして“美しいものは時に危険を含む”という当たり前を、身体の内側に刻むこともできる。

堤防を戻ると、背後で氷の音が少し遠くなった。それでも耳の奥に残る。こつん、しゃり、と、冷たい物質同士が触れ合う音。川は今日も流れ続け、氷は溶け続ける。温まる世界の中で、境目は増えていくのかもしれない。私はポケットの中で手を握り、指先の冷えを確かめた。冷たいのに、確かに生きている感覚がある。その感覚を失わないように、と思った。

美しさに近づきすぎないこと。危険を“景色”として消費しないこと。そして、溶けていくものの音に、きちんと耳を澄ますこと。

川の岸辺に浮かぶ丸い氷は、静かに回りながら、そんなことを私に言っていた。

 
 
 

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