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海の砦

  • 山崎行政書士事務所
  • 5月13日
  • 読了時間: 28分

第一章 忘れられた記憶

令和の時代が遠く過去になりつつある二〇三〇年代半ば。沖縄本島を取り巻く空気には、今も歴史の重さがのしかかっていた。修学旅行の高校生たちが「ひめゆりの塔」を訪れ、夏草に包まれた慰霊碑の前で静かに手を合わせる。その様を眺めながら、辺土名雅晴(へんとな・まさはる)は内心、苛立ちを覚えていた。「学徒隊が沖縄戦でどれほど苦しんだか――それは間違いない。しかし、『日本軍が県民を虐げ、アメリカ軍が解放した』なんて単純図式がいつまで通用する?」塔の裏手に立つ案内看板。大手出版社が作ったと思しき観光用パンフレットには「日本軍の横暴と住民虐殺」の文言が大きく載せられ、さらに「アメリカ軍による解放」の一文が加えられている。あまりに一方的な表現。雅晴は嘆息した。もちろん日本軍の一部に住民への強制があった事実を、彼は否定するつもりはなかった。それでも、沖縄を死守しようと本土から派遣され、飢えと砲爆撃の狭間で散った若き兵士たちへの敬意は、かすかな痕跡としてしか残されていない。その事実を誰も顧みようとしないのだ。

雅晴はかつて東京都知事を務めた石川慎一郎(いしかわ・しんいちろう)という政治家の流れを汲む国会議員だった。石川は生前から「沖縄を守るため、命を投げ出した兵士がいた」ことを強調し、尖閣諸島への中国の侵犯に対しても強烈な非難を発していた。「当時の大和の出撃は、いわば文字通りの特攻だったんだ。無謀に見えて、あれがどれほどの決意を体現していたか……」石川がそう熱弁する動画を、雅晴は何度も視聴して育った。戦艦大和は本土を守る“前縁”たる沖縄を救うため、護衛艦隊を率いて散った。しかし世間には、無謀で狂信的な作戦と見なす声ばかりが溢れる。だが大和乗組員の多くは、自分たちが“沖縄と日本”を守り抜く最後の砦になると信じて戦海へ突き進んだのだ。

手を合わせていた修学旅行生が立ち去る頃、雅晴はひめゆりの塔の横に立ち、黙礼した。「あなたたちが辿った凄絶な道を、ただ悲劇として封じ込めるだけが解釈ではない。自分たちの国を守り抜こうとした兵士もいたと、もう少し伝えられていいはずだ」そう胸中で呟く。負傷兵の看護に当たり、爆撃の雨に倒れ、解散命令で野に放り出され自決に追い込まれた学徒たち。あまりに痛ましい現実。それでも、盾になろうとした兵たちがいなければ、沖縄戦の犠牲はさらに増していたかもしれない。「戦争は、単純な善悪では語りきれない」その言葉を噛みしめるかのように、雅晴は静かに瞼を閉じた。

第二章 再燃する火種

その翌週、雅晴が国会で取り上げたのは、中国海警局の大型公船が尖閣諸島周辺で領海侵犯を続けている問題だった。「中国公船が日本漁船を追尾し、警告を無視して武器使用をちらつかせている。これでは尖閣周辺の漁業活動は不可能に近い。国民の財産と生命を守るのが政府の責務ではないのか!」強い調子でそう訴えると、与党の閣僚は顔を曇らせた。アメリカの意向、経済関係、様々な思惑が絡み、強硬策を避けたいのが本音だと、雅晴には分かっていた。(かつて石川慎一郎が都知事時代、尖閣を都が買うと宣言して政府を動かしたこともあった。あの行動力がいま日本にあれば――)しかし現実は違う。尖閣を実効支配するのは日本であるにもかかわらず、中国はあらゆる手段でそこを“既成事実化”しようと画策していた。民兵漁船が押し寄せ、海警の武装艦が海保の巡視船を圧倒する。グレーゾーン事態の連続。雅晴は苛立ちを募らせる。そして二〇三五年初春、事態は突如として一気に動いた。

「尖閣の魚釣島に正体不明の武装集団が上陸、海上保安庁が排除を試みるも交戦状態に――」その一報が走ったとき、雅晴は国会の控室でテレビ画面に釘付けになった。中国語を話す集団が島にバリケードを構築し、周囲を機関銃で威嚇射撃している映像が、遠方からのドローン撮影で捉えられている。明らかに「ただの漁民」ではない。「まさか、本当にやりやがったな……」中国政府は「民間の抗議行動」と弁明するだろう。しかし海警の大型艦が公然と周囲を固め、自衛隊機が接近するとミサイルレーダー照射を行ったと報告が入る。完全に軍事侵攻の様相だ。

「このまま座視すれば尖閣は切り取られる!」雅晴はその場で官邸に乗り込み、首相に面会を求めた。「石川慎一郎が言っていた通り、こういう事態こそ祖国を守る覚悟を示すときだ!」と。

第三章 “大和の遺志”を継ぐ者たち

政府はついに自衛隊の防衛出動を下令。海上自衛隊の第六護衛隊群が急行し、最新鋭護衛艦**〈やましろ〉**が尖閣近海に展開した。イージスシステムを備え、F-35B垂直離着陸型戦闘機を限られた数ながら運用できる“軽空母的”な改修護衛艦である。艦内では若き艦長、和泉正孝(いずみ・まさたか)一等海佐が作戦準備を進めていた。ブリッジのスクリーンには、中国海軍の055型駆逐艦〈南昌〉や052D型駆逐艦群が示す脅威情報がリアルタイムに映し出されている。加えて海警局の巡視船群が合わせて十隻近く。制海権はおろか、制空権すら怪しい。「敵艦から対艦ミサイルの発射兆候が探知された場合は、ただちにSM-2迎撃を。発射後はESSM、近接防御はCIWSで!」和泉の声が艦橋に響く。即座に戦闘配備が敷かれ、ソナー室、司令部、すべての乗員が張りつめた空気に包まれる。「昔の大和も、こんなふうに覚悟を決めて沖縄に向かったんでしょうか……」航海長の若い女性士官がこぼした。その言葉に、和泉は苦い笑みを浮かべる。大和は制空権がない中、爆撃の嵐に沈みながらも「沖縄を守る」意志だけは貫いた。いま令和後の日本も、実質的に制空権はギリギリだ。中国が本気で艦隊を繰り出せば、数で圧倒される恐れがある。しかし、退くわけにはいかない。「大和は空からの猛攻で沈んだ。でも俺たちにはF-35Bがある。それを活かせれば、奴らを押し返せるかもしれない!」和泉は自らを奮い立たせるように言い切った。艦隊旗艦であるイージス艦〈あまぎ〉とデータリンクを結び、対空網と対潜・対艦ミサイルを相互補完する態勢へ。〈やましろ〉の甲板ではF-35Bがエンジンを噴かし、いつでも垂直離陸できるようスタンバイしている。

第四章 海戦の火蓋

二日後、魚釣島北方二十マイルで、日中両艦隊がついに睨み合った。「敵艦隊、複数のミサイル発射管開放を確認!」オペレーターの声が上ずる。レーダー画面に高速目標が浮かぶ。中国側のYJ-18対艦ミサイルだ。巡航段階では亜音速だが、終末段階でマッハ三に加速する厄介な兵器。和泉は即座に命じる。「SM-2発射、同時に電子妨害(ECM)を最大出力で! 敵ミサイルを少しでも混乱させろ!」甲板下のVLS(垂直発射システム)から白煙を噴いてSM-2が飛び立つ。レーダー誘導で二発、四発と次々迎撃が繰り返される。空が稲妻のような軌跡で交差し、海面すれすれを飛ぶYJ-18が何発か撃ち落とされるも、完全には防げない。そのうちの一本が〈やましろ〉艦尾へ突入。「被弾! 後部デッキに火災発生!」激しい衝撃で艦が揺れ、乗員が床に投げ出される。タンクから燃料が漏れ、甲板が炎に包まれ始める。「消火班、後部区画へ急げ! 二次爆発を防ぐんだ!」和泉が絶叫に近い声で指揮を飛ばす。だが同時に、護衛艦〈あまぎ〉からの通信が入る。「F-35B隊がスクランブル発進、敵艦隊の頭上へ回り込む。航空優勢は取れそうにないが、対艦ミサイル攻撃だけでも叩き込みたい!」(やるしかない……大和の乗組員がそうだったように、いま我々が退けば沖縄も本土も危うい。)「こちら〈やましろ〉、被弾したがまだ戦闘可能。甲板には余力がある。F-35B一機、追加発進を許可する!」それは艦をさらに危険に晒す判断だった。しかし、犠牲を惜しむ余裕はない。大和が辿った壮烈な散華を、むざむざ再現するわけにはいかないのだ。

大空に舞い上がったF-35Bは、中国055型駆逐艦をロックオンする。対艦ミサイルの発射まで数秒。だが同時に敵のJ-15艦載機が急接近し、空対空ミサイルを放つ。「チャフとフレアを散布、機動回避!」F-35Bパイロットの声が艦橋スピーカーに響く。高G旋回でミサイルを振り切ると、反転して一気に海面ギリギリまで降下。相手のレーダー捕捉を切り、すれ違いざまに対艦ミサイルを射出した。「ミサイル、命中を確認!」〈やましろ〉のオペレーターが快哉を上げる。中国側の大型駆逐艦が艦首付近に被弾し、黒煙を噴き出す様がモニターに映る。

しかし敵はまだ余力を残していた。次々に放たれるミサイル、潜水艦からの魚雷警報。息の詰まるような攻防は続き、両軍に被害が広がる。やがて両者とも決定打を欠き、一時的な小康状態に陥った。

第五章 想いは海を超えて

「結局、どうなるんだ……」艦橋の床に座り込んだ和泉が呟く。艦尾の火災はようやく鎮火し、戦死者も出た。周囲には沈んだ中国艦の残骸が浮き、海面はオイルで黒く染まっている。後退する敵の姿を確認し、和泉はほっと息をついた。(相手が完全に引くとは考えにくい。だが一旦、尖閣奪取の既成事実化は阻止できた。これが限界……?)通信が届く。雅晴からだ。国会議員である彼は、前線指揮権こそ持たないが、官邸の説得や米国への働きかけで奔走していた。「和泉艦長、よく踏ん張ってくれた。君らの行動は、日本が尖閣を諦めていない証だ。いま米国の空母打撃群が動き出した。国際世論も中国の明らかな侵略を批判し始めている。時間を稼げたのは大きい……」通信越しに聞こえる声に、和泉はあらためて敬礼しようと背筋を伸ばす。「かつて日本軍が沖縄本島を死守せんとしたとき、戦艦大和は制空権なき中で海へ散った。多くの本土兵が沖縄を『本土前縁』と呼ばれながらも、守り抜こうとして最後まで戦った。いまも昔も、『守るべき祖国を守る』という一点は変わらない――ですよね」通信の先で雅晴は低く、しかし力強く答えた。「ええ。その覚悟を、俺たちは“いま”こそ示さなきゃならない。大和が遺したものは、ただの玉砕美談じゃない。『国を守る』っていう言葉の本当の意味……君たちの行動に、それがあるはずだ」

そして、和泉の瞼に浮かんだのは、玉砕覚悟で出撃した大和の水兵たちと、学徒として動員されながら戦場で散った女子生徒たちの姿だった。どんな立場であれ、彼らは自分の家族や仲間、大切なものを守ろうとしていたのだ。

第六章 それでも、なお行く

休戦交渉の気配は見えず、日中の火種はくすぶり続ける。しかし日本はこの小さくも大きな勝利を得て、尖閣の防衛ラインを維持した。その裏には、数十名にも及ぶ海上自衛隊員の犠牲があり、負傷者も多数出た。国民は改めて、「平和を享受する裏にある現実」を思い知らされる。やがて国会は緊急審議を経て、南西諸島防衛の強化と自衛隊の法整備を進める方向へ傾いていく。日本本土の人々も、「沖縄だけを前線にしない」という意識を強め、全国的に防衛議論が盛り上がる。その様子をテレビで見る雅晴の胸に去来するのは、沖縄戦の記憶だった。かつて本土からの増援兵が捨て石同然に扱われ、沖縄住民も甚大な被害を被ったあの戦争。二度と繰り返してはならないと誓いつつも、いまこそ“自分の国は自分で守る”覚悟を示すときが来たのだ、と。

議員会館の控室で、雅晴は彼の師とも言える故・石川慎一郎の著書を開いていた。「――戦艦大和は無謀に散ったが、その無謀の中にこそ男たちの決死の思いがあった。沖縄を守りたかった。その深層を、我々日本人は忘れてはいないか。」ページをめくると、さらに力強い言葉が続く。「――尖閣をめぐる中国の脅威に抗うには、日本が戦う意志を持っていることを示すしかない。アメリカが助けるのを当てにするのではなく、我々自身が防衛能力を高め、『NO』と言える国になるのだ。」まさに今こそ、日本が“主体的に”国を守り抜く意志を掲げる。その裏で犠牲が生まれるのだとしても、先人たちが命を懸けて繋いだこの島国を放棄するわけにはいかない。

窓の外、沖縄の空は晴れ渡っていた。数十年前まで、ひめゆりの塔の下で散った少女たちの嘆きがこだましていた同じ大地――そこは今も、紛れもなく日本の領土であり、人々の生活する故郷だ。「守らなければならないものがあるなら、いかに無謀と言われようと進むしかない。」そう呟いた雅晴の声は、小さく震えていた。けれどそこには、確かな決意が宿っている。**“沖縄を守ろうとした”**その魂は、いまも海の上を漂う。そして未来の戦場でも、新たな世代がそれを受け継ぐのだ――。


(終章に続く)

本編はなお続くが、ここまでがプロローグから中盤にかけての一端である。かつての沖縄戦と戦艦大和の特攻は、ただの「敗戦の象徴」ではなく、「守るべきもののために立ち向かった意志」の象徴として今の時代へ通じる。そして尖閣諸島を巡る激突は、まさに日本が再び“捨て石”に甘んじるのか、それとも自らの意志で守り抜くのか――その問いを突きつける戦いとなるのだ。

(この物語はフィクションです。作中の出来事・人物・団体は、史実を参考にしつつ想像を交えて描いたものであり、実在のいかなる存在とも直接の関係はありません。)

第七章 嵐を呼ぶ声

尖閣周辺を舞台に交戦状態が生まれた翌週、日本政府は歴史的な大決断に踏み切った。**「緊急事態安全保障特別法」**の国会審議を通し、自衛隊の権限を大幅に拡充する法案を成立させたのだ。従来はグレーゾーン事態に対する歯切れの悪い対応を強いられてきたが、今後は国民の生命・財産を守るため、現場指揮官の判断でより迅速に武力行使が可能となる。

ニュースキャスターは連日この話題を取り上げる。

「一方で反対勢力は、『専守防衛の原則が実質変質する』として激しいデモを行っています。沖縄県内でも抗議の声が挙がっていますが――」

国会前では集まった市民団体が叫ぶ。「戦争の傷を繰り返すな! 沖縄戦でどれだけの犠牲を出したか忘れたのか!」激しい怒号とプラカード。カメラ越しでも、その熱気が伝わってくる。報道陣に対し、彼らは「こんな軍拡を容認すれば再び国民を苦しめるだけだ」と訴える。

しかし、一方で全国紙の世論調査では「中国の侵攻を考慮すれば、やむを得ない措置」という意見が五〇%を超えていた。(歴史をどう捉え、どう対処するか。過去の痛みを振り返ることが未来の国防を否定することになるのか?)辺土名雅晴は複雑な思いを抱えつつ、議員会館の執務室でペンを握っていた。机の上には、沖縄戦末期の史料が山積みだ。彼は高校生の頃から沖縄の歴史研究に没頭し、そこで出会った石川慎一郎の著書に感銘を受けて以来、“沖縄の現実”と“日本の国防”のはざまで葛藤してきた。「捨て石という言葉はあまりに残酷だが、当時の本土兵は本当に沖縄を見捨てていたのか? 中には必死で守ろうとした者たちもいた。美化ではなく、その事実を伝えなければならないのに……」ペン先が止まり、雅晴は深く息をつく。デモの人々が叫ぶ言葉も、痛いほど理解はできるのだ。だが時代は待ってくれない。実際に中国の武装勢力は魚釣島に拠点を築こうとした。尖閣だけでなく、次は宮古島、石垣島、さらには沖縄本島だって危うい。「このまま座して死を待つか、前に進むか。いま日本人が再び問われているんだ。俺は……進むしかないと思う。」

第八章 新たな布陣

防衛出動が継続され、海上自衛隊は南西諸島近海に大規模な艦隊を配備し始めた。中心には、前回の戦闘で大破から復旧したイージス護衛艦〈やましろ〉、そして新たに就役したばかりの強襲揚陸艦**〈くらま〉**。この〈くらま〉は日本版海兵隊とも称される水陸機動団を搭載し、事態に応じて島嶼への反撃作戦も想定している。「私たちの役割は、尖閣に侵入した武装勢力を排除し、再び占領されないよう抑止力を示すことだ」艦内でブリーフィングを行うのは、陸自水陸機動団の指揮官、陣内猛(じんない・たけし)一佐。軍隊然とした鋭い視線を持つ男である。「空と海を制したうえで、ヘリボーン作戦か、もしくは水陸両用車で上陸するか……。相手は明らかに中国人民解放軍の偽装部隊と想定される。迂闊な投入は危険だ」陣内は厳しい表情で続ける。尖閣周辺での戦闘は、地形の制約もあり非常に限定的な“コマンド”同士の白兵戦になりかねない。そこへ中国海軍の圧倒的な艦隊が援護射撃してきたら、もはや短期決戦しか勝機はない。

同じ艦内には、第六護衛隊群司令の草薙斗真(くさなぎ・とうま)海将補が控えていた。和泉正孝一佐が所属する海自のトップ指揮官として、彼は総合的な状況をにらんでいる。「前回の局地戦はラッキーだった。敵の主力艦隊が居合わせず、米軍の動きに中国側が警戒した部分もある。だが次はそう甘くないぞ」草薙は静かに、しかし断固たる意志をにじませる。「我々も新装備が配備されたとはいえ、彼我の戦力差は大きい。空母打撃群を持つ中国が本格的に来るなら、太刀打ちできるかどうか――。だが、やらねばならん。日本人の領土は我々自身で守る以外にない」

第九章 古(いにしえ)と未来の交響

那覇市。米軍統治下の時代を経て再び日本に復帰して半世紀以上が過ぎたこの土地でも、人々の思いは交錯していた。那覇の中心街、戦後の混乱期から立ち続けるバー「月桃(げっとう)」は米兵や自衛官らが来店することも多い。カウンターでは陽気な音楽が流れていたが、普段より客の口数は少なめだ。そこへ迷い込むように現れたのは、若い自衛官数名だった。F-35B整備員の宮里仁(みやざと・じん)らだ。彼らは地元の出身で、幼い頃から米軍基地のフェンスを見て育った世代。「自分たちが日本を守る? それが本土から見たら当たり前かもしれないけど、沖縄戦の記憶が重くのしかかるんだよな……」とある整備員がため息交じりに言うと、仁もグラスを揺らしながら沈んだ声で応じる。「じいちゃんに聞くと、ガマに隠れて日本兵と一緒に耐えたって。それでも住民に自決を強いられた事例もあったし、どっちが正義とか簡単には言えないってさ」「でも、中国の軍艦が島を取りに来てるのも事実だ。放っておいたら、俺たちの故郷が危ない。どうしたって戦わざるを得ないんだろ……」誰も答えを持たない。ただ沈黙と重い空気が流れ、奥のテーブル席で見守っていたマスターの老人は、静かにひとことだけ囁いた。「……守らんと、ならんさ。オキナワは、ウチナーだけのもんじゃない。日本のもんでもあるし、世界に開いた場所でもある。争いの種にされる前に、止められんかねぇ」その曖昧な口調には、長年基地とともに生きてきた諦観と、どこか日本全体への不信が混じっていた。そして、仁らはわずかにうなずく。どこまでも割り切れない思い。それでも自分たちは整備の仕事を、全力でこなすしかない。

第十章 白昼の奇襲

翌月、突然、中国空軍機が宮古海峡を越えて沖縄本島南方海域に進出し、海自護衛艦を威嚇する行動に出た。スクランブル発進したF-35Aが追随するが、J-20ステルス機が巧みにジャミングをかけ、誘導ミサイルを回避。「中国機がこちらのAWACS(早期警戒管制機)を狙っている可能性大!」慌ただしい通信が飛び交い、空戦が一触即発の状態に。海自の中核艦〈あまぎ〉も対空警戒を最大限に張りつめる。その最中、待ち構えていたかのように、さらに別の艦隊が尖閣西方から接近してきた。055型駆逐艦を中心とする中国海軍の打撃群だ。そこには空母「山東」の姿も確認された、との報が飛び込む。「空母まで繰り出してきたか……!」草薙司令は唇を噛んだ。前回戦闘で小競り合いに終わったのは、あくまで中国側が全力を投入していなかっただけ。今回こそ“本気”の上陸作戦が来るかもしれない。

そして――海面に展開する海警局の武装公船群が、魚釣島へ再上陸する勢力を送り込み始めた。ドローンの偵察映像には、迷彩服の一団が小型高速ボートで島に向かう姿が映る。警戒線を張っていた海上保安庁の巡視船は、警告放送を繰り返すが相手は完全無視。「離島防衛部隊を送らねば……」草薙は陸自の陣内猛一佐に出撃を要請。しかし中国の空母機動部隊が上空を押さえられる状況での上陸作戦は、あまりに危険だ。「支援がないまま島に突っ込めば、隊員は全滅しかねません……」陣内の声が厳かにブリーフィングルームで響く。「せめて上空援護が必要だ」

そのとき和泉正孝一佐から通信が入る。修理を終えた〈やましろ〉が、艦尾デッキを大改修しF-35B運用能力を強化したという。「われわれの艦が先行してJ-20の注意を引き、隙を作る。その間に水陸機動団を高速ヘリで島へ送る。無理を承知だが、これは一撃離脱しかない!」

草薙司令は沈痛な面持ちでうなずく。「大和がそうだったように、突撃覚悟で行くしかないのか……」思わず口にしてしまい、周囲の幕僚たちが息を呑んだ。**“特攻”**の二文字が頭をよぎる。しかし、このまま放置すれば尖閣は実質占領され、日本の統治権が形骸化してしまう。草薙は最後の決断を下した。「――行くぞ。大義のもとに無謀を断行するのは、歴史が否定したはずだ。それでも、なお……行かなければならないときがある。」

第十一章 空と海の死闘

作戦当日午前、沖縄本島東方海域。「こちら護衛艦〈やましろ〉、F-35B部隊発艦準備完了!」管制官の声と共に、甲板上でエンジンを咆哮させたF-35B二機が一気に離艦。和泉艦長は艦橋からそれを見送る。その向こうには、次々と発進する中国艦載機群の影。「J-15が十数機……いや、その背後にステルス機J-20も混じっているか? 厄介だな」

時間との勝負だった。陣内猛一佐率いる水陸機動団のヘリが尖閣へ突入する数十分間だけ、空を抑えればいい。艦隊中央で雷鳴のようにVLSが噴き上がり、SM-2対空ミサイルが複数射出される。中国艦からも対空ミサイルが応じ、空を切り裂くようなミサイル音が鳴り響いた。「敵巡航ミサイル捕捉! 数は四……いや、八か!」音声が錯綜し、ブリッジではオペレーターが必死に標的を追う。稲妻のように海面に縦横無尽に伸びる軌跡は、電子妨害と高速機動を駆使した敵のYJ-18改良型だ。「全力で迎撃しろ! ECM出力最大、ミサイルに混乱を与えろ!」一瞬の後、轟音。船体が激しく揺れる。「右舷後方、被弾! 損害状況を報告せよ!」火が噴き上がる甲板に、吹き飛ばされた乗員が転がる。和泉の胸を突き刺すような悲鳴が艦内放送に重なった。

そのころ上空では、F-35B隊がJ-15との空戦に突入していた。「敵が4機編隊を組んでくる。こちらは2機、数で負けている……」しかし最新鋭ステルス機の強みを活かし、BVR(視程外射撃)で先制攻撃を試みる。AIM-120Dミサイルが唸りを上げて飛び、1機が炎上して海面へ墜落。だが、残る3機がタイトにフォーメーションを維持し、逆にミサイルを放ってくる。「チャフ散布、回避行動!」パイロットの絶叫にも似た指示の間、戦闘機は急旋回し、一発はぎりぎり外れた。しかしもう一発が僚機の腹部を貫き、爆散。パイロットは脱出の暇もなく消えた。(くそ、もう時間がない……)孤立したF-35Bのパイロットはなおも引き返すことなく、必死に機体を振り切って島上空へ向かう。後続のヘリを安全に降ろすため、最後の一撃を敵艦へ加えようと覚悟を決めていた。「……大和の魂を、俺たちが継ぐんだ!」エンジンを限界まで吹かし、機体は海面すれすれを疾走。射程ギリギリに入ったタイミングで対艦ミサイルを発射する。

第十二章 血と炎の島

その瞬間、尖閣上空に陣内猛の輸送ヘリ編隊が到達した。正面には高速ボートで先に上陸した中国兵が陣地を築き、機関銃を掃射してくる。「降下急げ! 目標の高地を確保し、連中が島を要塞化する前に叩け!」ヘリからロープで地上に滑降する隊員たち。その中には、防弾装備を身につけた日本人の姿がある。三十名程度の少数部隊に過ぎないが、その後に増援を続々送るための“先遣隊”だ。ドンッ――。至近弾が地面を抉り、大地が揺れる。中国側は重火器を用意しているらしく、ロケット弾が飛んでくる。「負傷者多数! 衛生兵、こっちだ!」激しく土煙が上がり、陣内自身も腕にかすり傷を負いながら、隊員を手招きする。「崖の上を取りに行くぞ! 時間を稼ぐんだ!」

一方、海面ではイージス艦〈やましろ〉が煙を吐きながらも踏み止まっていた。艦橋は瓦礫と化し、和泉艦長はヘルメットを被り応急指揮所から絶えず指示を飛ばす。「まだやれる……ヘリを援護しろ。砲撃であの砂浜の敵陣を叩くんだ!」辛うじて動く5インチ砲が火を噴き、島上の中国兵を制圧にかかる。

島の中央で激しい白兵戦が始まった。陣内ら水陸機動団が手榴弾を投げ込み、制圧射撃の中を突っ込む。敵もまた生き残りを賭け、接近戦に持ち込む形で応じる。銃声と悲鳴が入り混じり、血で染まる砂。「うおおおっ……!」被弾して倒れた仲間を背負いながら進む隊員の姿に、陣内は歯ぎしりを噛みしめる。(何という地獄だ。これが現代の戦争の姿か?)

そこへ、空からさらにJ-15数機が低空飛来。機関砲で地上部隊を掃射してくる。日本側は携帯地対空ミサイルを放つが、焦りで狙いが定まらない。「くそっ、誰か援護を――」陣内が絶叫した次の瞬間、横合いから轟音が走った。F-35Bが上空からJ-15の背後を取り、機関砲弾を叩き込んだのだ。敵機は右翼をもがれ、煙を噴きつつ海に没する。「ナイスカバー!」無線でやり取りしようとした瞬間、味方機もまた被弾して大きくバランスを崩す。J-20か別の対空砲火か――原因はわからない。ただ見上げた陣内の目に、火を噴くF-35Bが墜落してゆく姿が映る。「……すまない」その機体は敵兵を掃射から守り抜いた直後に力尽き、尖閣の岩場に突き刺さるように墜落した。陣内はそう呟いて目を伏せる。

第十三章 大和の残響

激戦の末、日本側の水陸機動団はなんとか中国兵を制圧し、砂浜から離れた崖上を占拠した。しかし、すでに両軍あわせて多大な死傷者を出している。陣内猛は血まみれの作戦服で、自衛隊ヘリから追加の隊員が下りてくるのを確認すると、かろうじて安堵の息をつく。(これが、沖縄戦の再現か……。あの時代を安易に引き合いに出すつもりはなかった。だが“島を巡る死闘”がここに再びある。)

海上では艦隊同士のにらみ合いが続き、いずれ中国は大規模な反撃を仕掛けてくるかもしれない。だが、今は勝敗というより祖国を守る意志の証を示すことが、この上陸作戦の最大の目的だった。負傷兵を運び出すヘリが飛び立つ瞬間、陣内はふと空を見上げた。「いつの時代も、最後は人間が血を流すんだな……」ビュウと吹き付ける海風が、彼の頬の血を拭う。

那覇基地では、撃墜されたF-35Bのパイロットの名が読み上げられていた。彼は特攻隊の英霊のごとく散ったわけではない。だが、**“守るべきものを守るため”**に死んだ。その死をどう捉えるかは、またしても世論を割った。「そこまでして尖閣を守る必要があるのか?」「国民を危険にさらすな、外交努力で解決すべきだ!」抗議と悲痛な嘆きが広がる中、国会議員の辺土名雅晴は静かにマイクの前に立つ。記者会見で詰め寄るカメラを見据え、毅然と言い放った。「これほどまでの犠牲を払わなければ守れない国防の在り方が理想だとは思いません。だけど、現実に中国が武力を行使してきた以上、“何もしない”選択肢は消えたのです。かつて戦艦大和は、制空権のない海で玉砕的出撃を命ぜられながらも、あくまで本土と沖縄を守る決意を抱いて突き進みました。私たちは彼らの繰り返しを望まない、だからこそ、いまは自らの意志で抵抗しなければならないのです。」

熱を含んだ雅晴の声が国会通路に響く。カメラの向こうの国民がどう受け止めるかは分からない。だが、彼はこう信じている――日本軍がかつて沖縄を見捨てたかのような言説だけでは語り切れない史実がある、と。そして、戦艦大和が敗れてもなお残した“魂”とは、自国を自分たちで守る覚悟に他ならないのだと。

第十四章 遙かなる灯台

しばらくして尖閣周辺の戦況は、一旦の落ち着きを見せ始めた。中国側も空母機動部隊を前面に押し出す形は取りながら、米軍の介入を恐れ、一気に拡大は避けている。小競り合いは絶えず起きるものの、国際社会の目が注がれ始め、双方とも積極的な大規模攻勢には踏み切らなくなっていた。傷ついた〈やましろ〉は、佐世保基地へ回航され大掛かりな修理に入る。艦橋に掲げられていた旭日旗は煤と弾痕にまみれ、何人もの乗員が帰らぬ人となった。和泉艦長自身も肩を負傷しており、入院を余儀なくされる。「やり遂げた……とは言い難いが、あそこで引いたら尖閣は落ちていたろう。そう考えれば、俺たちがやるべきことは、やったんだ……」病室で見舞いに訪れた草薙司令に、和泉はそう呟く。

一方、陣内猛は同じ病院の別病室で包帯に巻かれながら、静かに天井を見つめていた。「あの島で見た光景は、まるで沖縄戦の再現だ。海上からの艦砲射撃、航空機の掃射。塹壕と化した岩場で白兵戦をするしかない。時代は変わっても、人間が地を這って血を流す構図は同じか……」どこか虚空を見つめるような目をしている陣内に、付き添っていた隊員が声をかける。「司令、F-35Bでカバーに入ったパイロットの遺族が、あなたにお礼を言いたいと申してます。彼は司令の部隊を守るために……」「……やめてくれ。礼を言われる筋合いじゃない。その人の命を、結果的に俺は利用したんだ。沖縄戦でも本土から来た兵士や特攻隊が散った――。俺たちは、また同じことをしてるのかもしれない」そう吐き出すように呟く陣内。果たして自分たちは、あの特攻作戦と何が違うのか。少なくとも、**「強制や狂気ではない自発的決断」**という点があるにせよ、結果は尊い犠牲を伴った。

第十五章 海に咲く花

数週間後、ようやく退院した辺土名雅晴は石垣島へ飛んだ。尖閣の行政区が属するこの島を訪問し、住民に向けた説明会を開くためだ。「国がきちんと守ってくれるんでしょうね?」鋭い視線を投げかける漁協の老人。中国公船の脅威は今も消えていない。「国にできることはすべてやります。専守防衛の枠を越える覚悟も、すでに国民の多くは理解を示しています。犠牲を伴う厳しい道ですが……我々は進むしかないのです」雅晴は深く頭を下げる。

宿へ戻る車中、彼はふと窓の外の海を見遣った。この先にあるはずの尖閣。大和が出撃したあの時代、ここを通って沖縄へ向かった多くの本土兵は、何を思ったのだろうか。「もう少し先に早く増援が来ていれば、民間人だって守れたかもしれない……」虚空につぶやくと、運転手の地元青年がちらりとバックミラー越しに目を合わせてくる。「どんな形であれ、助けようって思いのある兵士がいてくれるのは、悪いことじゃないですよ。俺はそう思います。外国に乗っ取られるよりは、ずっとマシだ」その言葉に、雅晴は安堵とも後悔ともつかない複雑な表情を浮かべた。

第十六章 光、なお遠く

米国は事態の長期化を憂慮し、中国に圧力をかける一方で日本にも自制を促していた。国際社会は「局地戦をこれ以上拡大させるな」という空気が主流で、表面上は保たれている。この状態をどう打開していくのか――政府の指導力が試される中、世論には倦怠感も漂い始めた。「尖閣問題はチャンネルを回せばいつも同じ映像……結局何も変わらないじゃないか。」ネット世論にはそんな冷めた声が溢れ、また費用・犠牲の増大に抗議する声も大きい。しかし、あの地で実際に闘っている兵士たちにとっては、いまだ明日をも知れない緊張が続いているのだ。

雅晴は国会の質疑で訴えた。「戦艦大和の特攻が無謀だと一蹴される今の日本で、我々はそれを繰り返そうとしていると言われるかもしれない。だが、大和に乗り込んだ将兵の中には“祖国を少しでも守りたい”という純粋な信念があったのです。それをただ“狂気”で片付けるのは、あまりにも彼らを冒涜することになる。今回、自衛隊はおびただしい血を流したが、それは押し付けられた狂信でも何でもない。自らが故郷を守るために選んだ道です。今後は二度とこんな流血を繰り返さぬよう、外交と防衛力整備を両立させていくしかない!」

堂々と主張する雅晴の姿に、メディアからは「新時代のタカ派政治家」と揶揄されることも多かった。しかし、彼は石川慎一郎の流れを汲む政治家として、思いは揺るがなかった。「尖閣は決して譲らない。それが日本の“NOと言える国”たる証なのだ」

第十七章 息づく誇り

本土へ戻った雅晴は、再び沖縄本島へ赴いた。ひめゆりの塔に手を合わせると、観光客にまぎれて静かに祈りを捧げる。(あなたたちは沖縄戦で犠牲になった。だが、それをもって“日本軍は沖縄を苦しめた”という単純なレッテルで終わらせていいのか? 大きな悲劇があった一方、本土からの兵士が命を張って守ろうとした事実もある。歴史は常に多面性をはらむ――。)辺りを見回すと、以前は観光ガイドが「日本軍の残虐行為」のみを強調していた看板が、少し変更されていた。軍命での集団自決や悲惨な状況はきちんと記載されているが、一部に「沖縄戦で本土部隊が決死の抵抗を試み、多くの北海道出身兵などがここで亡くなった」旨の追記もあった。「変わった……」小声で呟く雅晴。まだまだ微々たる変化だが、沖縄戦の多角的な実相を知ろうとする動きが、少しずつ芽生えているのかもしれない。

同時に、尖閣での激闘がくすぶる今、沖縄本島にも新たな防衛設備が増強されていた。ミサイル部隊の配備やレーダーサイトの拡充。基地負担の増大に苦言を呈する地元民が多いことも承知の上で、政府は突き進んでいる。「日本人が日本を守る」という意識改革が、日本全国を巻き込んで起きているのだ。かつて“米軍任せ”で安全を買っていた時代から脱却するのか、その過程で国民が選ぶ道は何なのか――。

第十八章 絶えぬ灯火

やがて時は流れ、国際関係が再び大きく動いた。中国国内で政治変動が起こり、指導者交代の混乱から強硬派が失墜、米国との裏交渉の結果として尖閣付近の衝突はやや沈静化へと向かう。大規模紛争へ発展する寸前で、世界は一息ついた形だ。日本国内では、南西諸島の要塞化が進み、**「専守防衛を超える実質的軍拡」**と批判を受けながらも防衛力は強化された。北京に新たな政権が生まれ、一連の緊張は歴史のページとして刻まれ始める……。

しかし、そこで失われた命があった事実は決して消えない。辺土名雅晴は政治家人生の晩年、国立追悼施設で演説を行う。そこには、沖縄戦の戦没者を含む戦前戦中の軍人・民間人、そして尖閣戦で亡くなった現代の自衛官の名が刻まれた慰霊碑が立っていた。「歴史を振り返れば、大和は玉砕を強いられ、多くの若者たちが散った。沖縄の民間人も数え切れぬほど犠牲となった。尖閣では現代の精鋭たちが尊い命を落とした。なぜ人は、こんなにも血を流し続けるのか――。だが、私たちが学ばなくてはいけないのは、死者を単なる哀れな犠牲とするのでなく、彼らの意志や祈りを汲んで明日を築くことです。先人も、当時なりに『この国を守るため』と戦った。私たちが同じ誤ちを繰り返さぬよう、しかし必要があれば“今度は自分の責任で”守る――その決意を持つことこそ、先人への報いではないでしょうか。」

小さな拍手が沸き、参列者の瞳には涙が光っていた。胸に咲く花を供える親子連れ。戦争を直接知らない若者も増えたが、亡くなったF-35Bのパイロットを追悼する同僚や、沖縄戦で祖父母を失った者も混ざり合い、一同は静かに祈りを捧げる。

終章 海の砦

その後も尖閣での緊張は続くが、もはや日本は“弱腰”ではなかった。身を削るような痛みを伴いながらも、自国を守る意志を明確に示し、それを外交力の糧に変えつつあった。中国との経済的関係も相まって、大きな軍事衝突へは至らずに冷却期間が訪れる。沖縄の海は相変わらず碧く美しく、ひめゆりの塔には今日も観光客が訪れる。その案内表示は、相反する史実を否定せず、多面的に記そうとしていた。日本軍に虐げられた側面と、守ろうとした側面――それは同時に存在している、という歴史の複雑さが、ようやく少しずつ共有され始めていた。

那覇港の埠頭には、修理から復帰した護衛艦〈やましろ〉が静かに停泊している。その艦影を遠くから見つめる青年士官の姿があった。彼は和泉艦長の後任として新たに配属された藤倉亜久里(ふじくら・あぐり)一佐だ。「かつて大和がそうであったように……守る意思を示せば、無駄にはならないはずだ。」彼はそう呟いて、艦の側面をそっと撫でる。修復跡が痛々しく残る鋼鉄の壁に、自分の未来と日本の行く末を重ねるように。

何度も奪われかけた尖閣、繰り返された沖縄の悲劇、それでもなお前に進み、自分たちの国を自分で守る道を選んだ日本――。その選択が正しかったのかどうかは、歴史の評価に委ねられる。だが一つ確かなことは、血と涙と引き換えに得た尊い意志が、この群島を護る砦になったということ。戦艦大和が体現した覚悟を胸に、今を生きる世代が未来を創っていく。

海風に揺れる旭日旗が、逆光の中、深く染まった赤をさらしている。その影を受ける青い海には、いまだ多くの痛みが沈み込んでいるだろう。にもかかわらず、乗り出す船は今日も行く。――遠い昔、沖縄の空に散った若者たちの思いと、大和の最後に託した祈りを背負うように。そして、海の砦として立ち続ける決意を胸に、明日へ船を進める。

(了)


 
 
 

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