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虎の尼

井伊谷の風は、山の匂いより先に血の匂いを運んでくる。秋の終わり、柿の甘さが里に沈み、寺の瓦は日暮れの冷えを早く吸い込む。その冷えが骨に届くたび、私は自分が尼であることを思い出す。いや、尼であることを“強いられている”ことを、思い出す。

鏡の前に座ると、剃り上げた頭の輪郭が、灯明の揺れでふいに男のものに見える。滑らかな頭皮の白さは、どこか死体のそれに似ている。生きた白さはいつも不穏だ。白は清らかさではなく、隠すためにある色だと、私は早くに知った。

それでも胸の下には、女の肉がある。肉は嘘をつかない。嘘をつかないからこそ、厄介だ。鎧を着ようと、袈裟をまとおうと、肉は肉のまま、夜になると沈黙の底で熱を持つ。熱はいつも、失ったものを呼び戻す。

——直親。

その名が喉の奥で擦れるたび、私は息が浅くなる。直親は、私の若さの形を知っていた。若さの形は、言葉よりも確かだった。だが彼は、その形を未来へ運ぶ前に切り捨てられた。切り捨てられるのは首だけではない。時間もまた切り捨てられる。未来という贅沢が、あの日から私の指先で腐りはじめた。

尼になったのは、逃げのように見えるだろう。私はそれを否定できない。逃げは卑怯だ。しかし卑怯は、生きるための技術だ。生きる技術を持たぬ者は、潔さという美しい名で死ぬ。死は美しい。美しいからこそ、恐ろしい。美の誘惑に負けると、人は簡単に正義を名乗ってしまう。

私は正義を名乗りたくなかった。正義は、人を殺すときの香のように甘いからだ。

障子の外で足音が止まる。家臣が、呼吸を整えてから声をかけた。

「殿——いや、直虎さま。使者が参りました」

殿、と呼ばれ、次に言い直される。その言い直しの間に、この谷の全部が詰まっている。私の性も、私の役目も、私の罪も。

「通せ」

自分の声が、思ったより低く出た。低い声は安心を呼ぶ。安心は、人を従わせる。従わせるために、私は低い声を使う。声まで武器にしなければならぬ女の人生を、誰が美しいと言うのだろう。

使者は徳川方だった。粗い麻の着物の縫い目が、旅の長さを示している。汗の塩が襟に白くこびりつき、しかし目だけは妙に澄んでいた。澄んだ目は、火の粉に似ている。どこへ飛ぶか分からない。

「駿河の動きがきな臭う。井伊谷は、いよいよ危うい」

言葉が落ちると、部屋の空気が一段重くなる。重さは、責任の匂いを持つ。責任の匂いは、女の肌に最もよく染みる。男は鎧の内側に汗として流してしまうが、女は皮膚の表面でそれを受け止めてしまう。

私は頷き、淡々と返した。

「危ういのは今に始まらぬ。谷はいつも、誰かの野心の狭間にある」

使者は一瞬、口をつぐんだ。私の言葉の中に、女の嘆きが混じっていないかを探っているのだろう。男たちは女の“嘆き”を見つけると安心する。嘆く女は扱いやすい。だが私は嘆きたくなかった。嘆けば、嘆きが自分の居場所になってしまう。

「殿……直虎さま。お願いがございます」

来た。お願いという名の命令。命令という名の救い。

「虎松を——お預けいただきたい。殿(家康公)のもとなら、生き延びます」

その名を聞いた瞬間、私の胸の底で、何かが鳴った。虎松。直親の遺した子。小さな身体に、まだ世界の汚れが定着していない。だが汚れが定着する前だからこそ、傷つきやすい。傷つきやすいものは、美しい。美しいものは、この時代の刃の餌だ。

私は目を伏せた。伏せた目の中に、虎松の顔が浮かぶ。寺の縁側を走り、砂利を蹴り、転び、泣かずに歯を食いしばる子。泣かぬ子は強いのではない。泣けば誰かに奪われると、すでに知ってしまった子だ。

私は笑ってしまいそうになった。この谷の子どもは、泣き方まで政治を背負わされる。

「……分かった」

そう言ったとき、私は自分が人間ではなく、ただの手続きになったような気がした。手続きは冷たい。冷たさは美徳に似ている。似ているから危険だ。

使者は深く頭を下げた。頭の下げ方は、命を軽くする。軽くなる命ほど、よく燃える。

夜半、虎松を呼んだ。

部屋に入ってきた虎松は、襖の敷居で一瞬立ち止まり、私の頭を見た。子どもは正直だ。正直さは残酷だ。私が尼であることも、私が殿であることも、その矛盾の醜さも、虎松の目には同時に映る。

「虎松」

私は呼んだ。呼び方が優しくなるのを嫌って、声をわざと硬くした。優しさは毒だ。優しさは、別れの前触れになる。

「明日、ここを出る」

虎松の目が動いた。目の動きは、小さな反乱だ。反乱を起こせる子どもが、まだ羨ましいと思ってしまう。私は自分を叱った。羨ましさは、守る者の資格を腐らせる。

「どこへ」

「岡崎だ。徳川殿のところだ」

虎松は黙った。黙りは、理解ではなく抵抗だ。子どもの抵抗は、小さいが強い。強いからこそ、こちらの胸を痛める。

「……直虎さまも来るか」

その問いは、刃より鋭かった。私は一瞬、答えを間違えそうになった。間違えれば、私は虎松に“家族”の顔をしてしまう。家族の顔は美しい。美しいものは、戦場ではまず死ぬ。

「私は来ぬ」

言った瞬間、虎松の唇が僅かに震えた。震えは泣きではない。泣きの準備だ。準備だけして、泣かない。この子は、もう泣かない術を覚えてしまった。

「なぜ」

私は言いかけた。“井伊を守るためだ”と。だがその言い方は、あまりに正しい。正しさは嘘に似ている。嘘は、人を楽にする。

だから私は、別の言葉を選んだ。選んだ言葉は、残酷だった。

「ここに残る者がいなければ、誰が燃える」

虎松は目を見開いた。子どもは“燃える”という言葉の意味を、皮膚で知っている。焼けた家の匂い、焦げた髪の匂い、泣き声の匂い。匂いは記憶より強い。

私は続けた。

「燃える者がいれば、火はそちらへ向く。火が向けば、お前は走れる」

虎松は拳を握った。握った拳は、小さな刀の柄のようだった。私はその拳に、未来の鎧の感触を見た。赤い鎧——いつか人が彼を“赤備え”と呼ぶ日が来る。未来は想像の中でだけ美しい。美しい未来は、今の痛みを際立たせる。

虎松は歯を食いしばり、言った。

「……分かった」

その「分かった」は、子どものものではなかった。あまりに早く大人になった声だった。

私は思わず、虎松の頭に手を伸ばしかけた。伸ばしかけて、止めた。触れれば、私は別れを赦してしまう。赦しは温かい。温かいものは、戦の風に弱い。

代わりに私は、ただ言った。

「生きろ。生きて、強くなれ。強くなっても、燃えるな」

虎松は顔を上げ、私を見た。子どもの目は、まだ澄んでいる。澄んだ目に映った私の姿が、あまりに奇妙に見えた。尼の頭で、殿の言葉を吐く女。虎を名に持ちながら、虎のように吠えられない女。

私はその奇妙さに、自分でも吐き気を覚えた。吐き気は恥の味だ。恥は、私をまだ人間にしてくれる。

翌朝、霧が谷に降りていた。霧は優しい顔をして、すべてを曖昧にする。曖昧は救いに似ている。しかし、霧が晴れれば現実が戻る。現実は、どんな霧より冷たい。

虎松を送り出す門口で、私は最後まで笑わなかった。笑えば、私の内側が崩れる。崩れれば、ここに残る者として立てない。

使者が虎松の手を引く。虎松は振り返らなかった。振り返らない背中は、武士の背中だ。背中だけが先に武士になり、心が遅れて追いつく——人はそうやって大人になる。

土埃が上がり、馬の蹄の音が遠ざかっていく。音が消えると、谷の風の音だけが残った。風は何も言わない。言わないからこそ、責めるように聞こえる。

私は門柱に手を置いた。木は冷たい。冷たさは、私の決断の形だった。

そのとき、家臣が小声で言った。

「直虎さま……これで井伊は繋がります」

繋がる。美しい言葉だ。繋がるという言葉は、命を紐のように扱う。だが命は紐ではない。命は肉だ。肉は切れる。切れた肉は、繋がらない。繋がるのは、せいぜい物語だけだ。

私は家臣の顔を見て、静かに言った。

「繋がるのではない。繋げるのだ。繋げる者は、手が汚れる」

家臣は目を伏せた。伏せた目は、理解のふりをする。理解のふりは優しさに似ている。優しさは、私には要らなかった。

夜、寺へ戻ると、灯明の火が揺れていた。揺れは、弱さの証だ。弱い火ほど、守りたくなる。守りたくなるから、人は火を大きくする。大きくなった火が、町を焼く。

私は硯の前に座り、墨を磨った。墨の匂いは、いつも血の気配を連れてくる。筆を取り、紙に名を書く。

井伊直虎。

“虎”の字を最後に置くとき、私は少しだけ指が震えた。虎は、本来、吠える獣だ。しかし私の虎は、紙の上でしか吠えない。吠えない虎は、滑稽だろうか。だが私は思う。吠えない虎だからこそ、ここまで生きてしまったのだ。

生きる。この言葉は、武士の美学に反する。美学は死を好む。死は完成している。生は未完成で、だから醜い。だが未完成の醜さの中にしか、守れないものがある。守るべきものがある限り、私は未完成を抱いて立つしかない。

私は紙を見つめ、ふと笑いそうになった。私の人生は、いつも誰かのための猶予でしかない。父の猶予、直親の猶予、虎松の猶予。猶予を与える者は、猶予の中で老いる。老いは、英雄には許されない。だから私は英雄ではない。英雄になれないことが、今夜は奇妙に救いだった。

庭の闇で、梅の枝が風に鳴った。音は薄く、しかし確かだ。咲く前よりも、散った後の方が世界は正直だと、私はあの人から学んだ。

私は灯明を吹き消した。闇が部屋を満たす。闇の中で、自分の心臓の音が妙に大きく聞こえる。その音は、吠えない虎の代わりに、私の内側で吠えていた。

——虎松よ。——お前は走れ。——私はここで、燃えぬように燃える。

そう心の中で言ったとき、私は初めて、感情移入というものの正体を知った。それは同情でも憐憫でもない。ただ、誰かの痛みを、自分の骨の重さとして引き受けてしまうことだ。

引き受けた重さのぶんだけ、人は明日へ進む。美しくはない。だが、焼け野原よりはましだ。

 
 
 

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