CO₂配管規制の最新動向と技術要件（米 PHMSA の NPRM, 2025）

山崎行政書士事務所
10月8日
読了時間: 6分

――応急対応・破断防止・拡散/避難計画の規制提案を“工学仕様”に翻訳する――

要旨（Executive Summary）

2025年1月に米運輸省 PHMSA はCO₂配管の包括的強化案（NPRM）を公表し（未官報版PDF）、2 mile の緊急計画ゾーン（EPZ）、固定式 CO₂検知・警報の義務化、拡散（vapor dispersion）解析の年次更新、リーク検知の拡充、破断伝播（RDF）対策の数値要件化（5D 90%／8D 99% の亀裂停止確率）、既設のCO₂転用ラインに対する強化コンバージョン要件などを提案しました。もっとも、このNPRMは官報未掲載のまま撤回扱いとなり、同年夏には規制見直しのANPRMも出ています。したがって最終規則ではない点に留意が必要です（ただし、Valve Rule（2022）で確立済みのPSAP〔9‑1‑1〕への直通通報等は現行義務）。設計・運用の実務としては、NPRMを**「次のデファクト」**とみなし先取り実装し、最終規則の確定時に微修正する方針が“安全側”です。

1. 応急対応（Emergency Preparedness）を工学要件へ

1.1 緊急計画ゾーン（EPZ）

要件の核：配管中心線の両側 2 mileを EPZ として設定し、人口密度・脆弱者・避難経路を年次サーベイで把握・更新。新設・更新・転用のルート選定では2 mile 以内の居住・事業・集会施設を避け難い場合、その理由を記録。
実装：GISで2 mile 線形バッファを生成→住民属性・言語・特別避難ニーズ等の台帳化→自治体訓練計画と連動。

1.2 固定式 CO₂検知・警報（施設）

要件の核：ポンプ／圧縮／計量／バルブ／ILI 発着等の地上設備に固定式 CO₂検知・警報を設置。HCA 影響施設は既設も対象、**年1回（≤15か月）**の作動試験・整備を義務化。
実装：低酸素／高 CO₂ の両閾値で二段アラーム、SCADA 通報と現地退避信号を統一。年次総合試験はセンサ単体＋系統で記録保存。

1.3 PSAP（9‑1‑1）直通通報／資機材供与・訓練

現行義務（Valve Rule）：破断兆候の通知時点でPSAP へ即時・直接通報。NPRMもこれを再確認。
NPRMの強化点：地域の応急機関に検知器等の装備を提供し、使用訓練を実施。EPZ（2 mile）を所掌する全応急機関を対象に。
実装：多機関連絡網（ICS）に固定検知のアラーム連携を組み込み、**共同訓練（年1回以上）**をSOP化。

1.4 拡散（Vapor Dispersion）解析と年次更新

要件の核：検証済み工学モデルで拡散解析を実施し年次レビュー。代替として両側2 mileの一律距離を用いて HCA 影響判定も可。
実装：重気性 CO₂に対応したモデル（HGSYSTEM等）で地形・気象・相挙動を反映。**年次差分（地物変化・設備改造）**を記録。

2. 破断防止（Fracture Control／Leak Detection）を工学要件へ

2.1 破断伝播（RDF）対策の定量要件

新設 CO₂ライン：API 5L Annex G等の靭性評価を用い、5D で 90%、8D で 99%の亀裂停止確率を満足（クラックアレスタ採用可）。鋼管 Toughness は運転パラメータと CO₂ 脱圧挙動を反映して調整。
実装：DWTT／Charpy を分位で管理し、アレスタ間隔・局所増肉と最小板厚を同時最適化。冷却脆化を考慮した低温材料窓を仕様化。

2.2 リーク検知（Line‑Wide／CPM）

要件の核：全ての CO₂配管にリーク検知を義務化。液相・超臨界相は**CPM（コンピュテーショナル・パイプライン・モニタリング）**要件を適用。
実装：流量・圧力・温度のオンライン監視＋固定式 CO₂検知の多層化。誤警報率・**検知感度（例：10–30 min未満で有意検知）**を KPI 化。

3. 既設→CO₂転用（Conversion to Service §195.5）の強化

要件の核：設計・建設（Subpart C/D）の適用、ILI（スマートピグ）、CIS/DCVG 等の CP 評価、必要な場合のスパイク水圧試験を明記。転用時点でリーク検知を具備。
実装：ILI 通過性の確保（バルブ・曲率・ベンド改修）、RMV 配置の見直し、**陰極防食の“電流遮断可”**へのアップグレード。

4. 拡散／避難計画を“運用パッケージ”に落とす（提案）

4.1 設計仕様（抜粋）

EPZ：中心線±2 mile、脆弱者名簿・避難導線・多言語通知・集合地点を年次更新。
検知・警報：施設固定検知＋SCADA直結、PSAP 自動通報、現地退避サイレン、屋外スピーカ。
拡散モデル：年次 CI/CD（モデル・地物・気象の変更差分を反映）。モデル不能時は2 mile代替。
住民周知：EPZ 内全戸へ年1回の避難カード／訓練招集。応急機関への機材供与と訓練。

4.2 運用 KPI（例）

検知→PSAP 通報：≤3 min（アラーム発生〜通報ログ）。
初動遮断：RMV 閉止開始**≤10 min**（設計値を路線・区間で設定）。
拡散年次更新：≤15 か月間隔（“年1回”運用）。
RDF 余裕：5D/8D 停止確率の設計—実測乖離を年次レビュー。

5. 現場の勘所（実務専門家の見立て）

“2 mile”は設計の起点：詳細モデルが用意できるまでの保守的な初期条件として EPZ・HCA 影響判定の代替距離を採用—モデル導入後に年次更新で狭める。
固定検知は“系統”で考える：センサ×ロジック×通知×避難を一体で年次試験（≤15か月）。単体校正だけでは不十分。
RDFは“確率×アレスタ”で締める：5D/8Dの停止確率を満たすようDWTT/Charpy と板厚・アレスタを同時最適化。
転用ラインは“ILI 前提”：C/D要件適用＋ILI 通過性を転用計画のゲートに。スパイク試験は“最後の安全弁”。
規制動向の不確実性を運用で吸収：NPRMは未成文化でも方向性は明確。Valve Rule 義務はすでに効いている。先取り実装→微修正が最短路。

6. ドラスティック提言（即効性のある 5 手）

提言1｜“EPZ 2 mile＋代替距離”の先取り：計画段階から 2 mileで設計・合意形成を進め、詳細モデルで年次チューニング。
提言2｜固定検知の「施設全面」義務化を先取り：HCA 影響施設は既設も 24 か月以内に改修完了の社内目標。
提言3｜RDF の「5D/8D」を受入基準に格上げ：受入試験票に**停止確率（設計/試験/監査）**を追加。
提言4｜“PSAP 自動通報”の徹底：SCADA から9‑1‑1へ自動で一次通報するMOCを直ちに整備。
提言5｜転用プロジェクトの“C/D 適用宣言”：設計開始時にSubpart C/D 準拠・ILI 実装・スパイク試験方針を社内ルール化。

結論（Conclusions）

2 mile EPZ／固定検知／拡散年次更新／RDF 5D/8D／転用強化というNPRMの柱は、CO₂特有の重気性・相変化由来リスクに技術的に対応した合理的パッケージであり、Valve Rule で既に義務化済みの通報・遮断要件と噛み合う。未成文化の不確実性はあるものの、先取り実装→最終規則で微修正のアプローチが安全側かつコスト合理である。