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富士山を望む夜

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 6分
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第一章:夜の展望台

 梶原山公園の展望台は、さほど大きくはないが、地元住民が夜景や星空を眺めるのに重宝している小さなスペースだ。眼下には静岡の町明かりが広がり、遠くには富士山の雄姿がシルエットのように浮かぶ。 詩織(しおり)は、ここが好きで時折カメラを持って星空を撮りに来ていた。ミラーレス一眼のシャッターを切るたびに、露光された写真に微かな星々が写り込むのを見るのが楽しみだった。 その夜、彼女はなぜか物音に悩まされて眠れず、気分転換に山道を登って展望台へ来ていた。空気はひんやりしていたが、天空は晴れ渡り、星がくっきり見える。 が、ふと視線を移した先の富士山に、あり得ない光が微かに揺れているのを目撃する。緑とも青ともつかぬ、ぼんやりとした帯状の光。**「何だ、あれは……」**と思うも、すぐに光が消える。幻覚にしてははっきりしていたため、詩織の心に強い疑問が刻まれた。

第二章:奇妙な光の噂

 翌日、詩織は地元のSNSを眺めていると、「富士山に変な光が見えた」という書き込みが多く投稿されているのを見つけた。どうやら自分以外にも目撃者がいて、話題は少しずつ広がっている。 その中には**「天変地異の前触れか?」とか、「富士山が噴火の兆しを出しているのかも」など、ややヒステリックな憶測も見受けられる。 詩織は科学的観点から何らかの現象ではないかと考え、大学で地学を専攻する友人に問い合わせてみる。しかし、「噴火の予兆でそんな光が見えるなんて聞いたことない。光柱や雷の反射ならあり得るが……」と一蹴されてしまう。 公園近くでも噂が飛び交っており、「あの山の上に何かあるのか?」「梶原景時の呪いが今も残っているのか?」とオカルトめいた話をする人もいれば、「地震の前兆かもしれない」**という人もいて、妙な空気が漂い始めていた。

第三章:夜ごと続く光

 その光は、翌日の夜以降も度々現れた。ただし決まった時間や形状ではなく、時には淡く、時にははっきりと見える。詩織は何度も展望台を訪れ、撮影を試みたが、カメラで捉えるには微妙に暗くて難しい。 それでも、肉眼で確認する限り、確かに富士山付近に何らかの光が動いている。もしかすると**「高高度の発光現象」**なのかもしれない。天文学的な風景なのか、あるいは地震などの地殻変動で生じる“発光現象”なのか――彼女の頭には科学的な推測がぐるぐる巡る。 しかし、富士山に近い静岡の地震観測所に問い合わせても、「そのような発光現象の報告は受けていない」とそっけない返答。町の防災課も、「正式な通報がない限り動けない」と言うばかりだ。

第四章:山中の古い天文台

 ところが、ある日、詩織は地元図書館の郷土資料コーナーで、「梶原山の麓に戦前つくられた私設天文台があった」という記述を見つける。どうやら個人が設置した簡易的なもので、戦後は放棄されて廃墟となり、場所もあまり知られていないらしい。 天文台……富士山……光——これらのキーワードが繋がる気がしてならない詩織。もしかすると、この天文台が富士山を観測するための施設であり、何か特別な目的で光を放っていたのかもしれない。 さらに調べを進めると、その天文台を建てた人物は**「富士山を研究していた地震学者でもある」ことが判明。彼の研究ノートが一部だけ図書館に寄贈されているのを見つけたので、そこを開いてみると「富士山周辺で発生する光の観測」という項目がある。 そこには「光は山体の亀裂から噴き出す電磁波の一種と推測」などという難しい記述があり、詩織はうまく理解できないままも、何やら地震予知に関わる可能性が示唆されていることに気づく。「まさか、この光が地震を予告してるとか……?」**

第五章:天文台の廃墟へ

 詩織はそれ以上じっとしていられなくなり、地図を頼りに天文台の所在を推定して、雑木林の山道を探し回った。すると、崩れかけたコンクリートの壁とドームらしき屋根の残骸が見つかる。 内部は薄暗く、柱の一部が朽ちている。かつての観測機材らしい金属パイプやレンズの砕けた破片が散らばっていた。床には埃と落ち葉が堆積し、空気は冷たい。 しかし、一つの扉を開けると、書棚のようなものがまだ残っていて、そこには研究レポートの断片や地図が散らばっていた。「奇妙な溶岩流の痕跡」「富士山頂から立ち昇るガス」など、専門的なメモが走り書きされている。 興味深いのは、「発光現象は地震波と関連しているのでは」という文と、**「この光が最大値を示したとき、大きな揺れが……」**という警告めいた一文があった。詩織はゾッとする。もし光が強くなれば、地震が近い可能性があるのだろうか。

第六章:迫る危機

 そんな折、町が何やら騒がしくなる。富士山にまた光が映ったとSNSでバズり、「大地震が近いのでは」と不安を煽る投稿が相次ぐ。役所には問い合わせが殺到し、メディアも取材に来る始末だ。 詩織は焦る。自分だけが天文台の資料で“光と地震の関係”を知っているわけではなく、同じ文献を読んだ人がパニックを広げる可能性もある。「でも、まだ因果関係は不確定なんだから……」と自分に言い聞かせるが、もし本当に予兆なら、備えるべきだとも思う。 天文台跡で見つけたメモには最後にこう書かれていた。「この光の観測値が頂点に達するとき、我々は逃れるべきなのか、それとも山の声を聴くべきなのか――」 逃れるか、聴くか。どちらの選択が正しいのだろう。詩織はその問いに苦悩する。**「ただ、山の声を無視した結果、取り返しがつかないことになるかもしれない」**とも考えるようになる。

第七章:選択と真実

 やがて、光はさらに強くなったという報告が入り、町には一種のパニックが漂い始める。避難の準備を進める人々、デマを流す人々、祭り上げる人々……混沌としている。 詩織は、天文台の成果を公表するべきか悩んだ末、大学の地震学者に相談し、緊急の記者会見を開催。**「確証はないが、過去の研究から、発光現象と地震が関連する可能性があること、観測を続ける必要があること」を冷静に説明する。 世間の反応は様々だが、結果的に多くの市民が防災意識を高め、万一の時に備える雰囲気が作られる。「過度に不安を煽るな」という批判もあり、詩織は責任の重さを感じつつも、ただ少しでも町を守る一助になれればと思う。

幸いにも、予想された大地震は起こらず、光は徐々に静かに収まっていった。町にはほっとした空気が流れ、同時に**「あの光は何だったんだろうね」**と不可解な思いを残す。**「富士山を望む夜」は再び静寂を取り戻し、霊峰の姿がいつも通りの影絵のように佇んでいる。詩織は天文台跡をもう一度訪れ、そこで覚悟を決める。「まだこの謎は完全に解明できていない。でも、私たちが耳を傾け続ければ、きっといつか山の声を理解できるはず」**と。

こうして、**「富士山を望む夜」**には今も風が吹き、あの光の記憶が微かに残っている。人々は科学と恐れの狭間で揺れながらも、山との対話を続ける。そして詩織も、星空を仰ぎながら、いつか再び光が現れる日を迎える覚悟を決めるのだった。

 
 
 

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