「草薙駅 改札口前の“影”」――深夜、駅の防犯カメラに“人影”が写るが、誰もいないはずの時間帯。ゆらめく影に怯える駅員たちと、それを追う刑事の攻防。――
- 山崎行政書士事務所
- 2月1日
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深夜の“影”
草薙駅は静岡市内のJR東海道線の小さな駅である。日中は静岡大学の学生や近隣住民でにぎわうが、終電を過ぎると人気が途絶え、改札付近は物寂しい静寂に包まれる。そんな駅にある晩秋の夜、深夜1時を回った防犯カメラに奇妙な“影”が捉えられた。誰もいるはずのない改札口前を、人の輪郭のような黒い影がふわりと横切っているのだ。駅員室でそれを目撃した夜勤の駅員・鈴木は、背中に鳥肌が立つのを感じた。「まさか幽霊……? いや、そんなばかな……」そう呟きつつも、画面に映るその姿はしっかりと足を動かしているようには見えない。ゆらめくように彷徨い、改札口の前で一瞬停止したかと思うと、カメラのフレーム外に消えていった。
駅員たちの不安
翌朝、鈴木は真っ先に駅長室へ駆け込み、深夜の“怪影”を報告した。が、それまでにも数人の夜勤駅員が似たような現象を耳にしており、内部ではすでに「深夜の草薙駅には何かがいる」と囁かれていた。「最近、草薙駅の深夜当直になる人がやけに辞めたがっているらしい……。みんな気味が悪いと言っていてね」駅長は渋い顔でつぶやいた。単なる機械の誤作動か、あるいは外部からの侵入者か。いずれにせよ原因を突き止めねば、業務にも支障が出る。駅長は県警に相談し、防犯カメラ映像を分析してもらうことにした。
刑事の推理
草薙駅の“影”の噂は、県警捜査一課の刑事・今井の耳にも届いた。最初は冗談半分に聞いていたが、映像を見せられると、その現実味に思わず唸る。「確かに人の形をした影に見える。けれど足音も、足の動きも確認できない。侵入者だとしても姿がやけにぼんやりしているな……」防犯カメラのタイムスタンプは1時15分。終電が発車して駅が施錠されるのは0時半過ぎ。つまり事実上、駅に一般客が入ることはできないはずだ。深夜巡回の駅員も、その時間帯には改札前に誰もいなかったと証言する。「これは本当に幽霊なのか?」と今井は一瞬思ったが、すぐに西村京太郎作品のような“トリック”の可能性を探り始める。
草薙駅の地形と構造
草薙駅の特徴は、周辺に大学や住宅地があること、そして改札周辺がコンパクトながら2階建て構造になっており、深夜は1階のシャッターを閉めていることだ。外から不審者が入り込むのは難しいが、もし駅関係者か周辺施設の関係者であれば、別経路から侵入することは不可能ではない。さらに今井は、駅の外壁やホーム構造にも注目する。深夜には貨物列車が通過し、ホームや駅舎が微妙に振動する。それによって照明やカメラにノイズが走り、映像が乱れることがある。「この“影”と貨物列車の通過は関係あるかもしれないな……」そう考えた今井は、影が映った時刻の列車運行記録を調べてみる。すると、ちょうど1時10分ごろに貨物列車が通過し、1時14分には別の回送列車が駅の近くを通り過ぎていた。
謎のヒューマンシルエット
「列車の振動だけではこんな人影が映るだろうか?」今井は駅員たちに話を聞くと、どうもその“影”は一回限りではなかったらしい。2週間ほど前から、深夜帯に断続的に映っているという。同僚の話を総合すると、“影”が必ず改札口前に姿を現す時間帯は、0時45分から1時15分の間に集中している。加えて、“影”がゆらめくたびに駅員が妙な耳鳴りを感じるという証言もあった。機械的なブザー音に似たかすかなノイズが同時に鳴るというのだ。「何か周波数の高い電波か電磁波が干渉している? あるいは投影機のようなものを使い、あえて人影を映し出しているのか……」今井は駅構内を丹念に調べるが、それらしき装置は見つからない。
深夜の張り込み
捜査は行き詰まりかけたが、今井は行動を起こす。駅員たちの協力を得て、深夜の改札口に潜伏するのだ。わざと外灯を薄暗くし、カメラ映像をリアルタイムで確認しながら待機する。時計が1時15分に近づくにつれ、妙な緊張感が高まっていった。すると、カメラモニターに再び“ゆらめく影”が現れた。改札口前に何やら黒い輪郭がぼんやりと浮かんだ瞬間、今井の耳にも軽い耳鳴りのような音が聞こえた。「この音……周波数が何かの電磁波に近い?」今井が反射的に足を踏み出す。しかし、実際に改札口のそばに立っている彼には何も見えない。モニター上では確かに影があるのに、生身の目には何も映らないのだ。「これは投影ではなく“カメラのノイズ”で人の形が作り出されているだけか……?」今井がそう悟った直後、駅外のほうから微かに走り去るバイクの音が聞こえた。どうやら何者かが駅近くから特殊な電波を発信し、防犯カメラを妨害する装置を仕掛けている可能性がある、そう推理したのだ。
犯人の狙い
なぜこんなことを? 今井がさらに周辺を調べると、草薙駅南口のコンビニで夜間に繰り返し強盗未遂が起きていたことに気づく。犯行はいずれも未遂に終わっているが、犯人は深夜帯の巡回警察官の動きを牽制するかのように逃走している。駅の防犯カメラ映像を妨害し、駅員や警察を混乱させている隙に、コンビニ襲撃を企てていたのではないか――。つまり、駅に“幽霊騒ぎ”が持ち上がっていれば、深夜警備は駅構内に集中する。外周警戒がおろそかになる。そこを狙ってコンビニ強盗を成功させようとしたのだ。電波妨害で人間の形のノイズを作り出し、「幽霊が出る」と騒がせることで駅員や警察を拠点から引き離す。だが、今井がこのからくりに気づいたことで、駅周辺を徹底的に警戒するよう方針を転換。結局、犯人グループが再度強盗を決行しようとしたところを現行犯で逮捕するに至った。犯行の手口は、盗難した警備会社の電波干渉装置を改造し、防犯カメラの映像にノイズを生じさせるものだった。
エピローグ:消えた“幽霊”
犯人が捕まり、電波干渉装置も押収されると、“草薙駅の影”はぴたりと姿を消した。駅員たちはほっと胸をなでおろす一方、「これで本当に幽霊じゃなかったんだな」と妙な安心感を抱く。「駅の防犯カメラは強力だが、その網目をかいくぐる方法はある。逆に、そんな技術を使えば、わざわざ人影を作り出すことも可能だったとは……」今井は草薙駅の改札口で、静まり返った構内を眺めながらつぶやいた。まるで人を嘲笑うかのようにふわりと漂っていた黒い影。しかし、その正体は人為的に仕組まれた犯行計画だった。夜の草薙駅に不気味に揺れる“影”は消え、日常の通勤客がまた行き交う。駅はいつものように穏やかな姿を取り戻したが、そこにはダイヤの正確さがもたらす“安心”とは別の、時に利用される“脆弱な盲点”も確かに存在している。それが今回の事件で露わになった、鉄道防犯の一つの裏側だったのだ。
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