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梶原の霧

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月12日
  • 読了時間: 6分
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第一章:夜霧の噂

 梶原山公園は、昼間なら爽やかな山道のハイキングコースとして知られている。しかし、「年に数回、夜にだけ霧が発生する」という奇妙な噂が地元には伝わっていた。霧が立ち込めるのは深夜に限られ、そのとき公園を訪れると「誰かに見られているような視線を感じる」と囁かれる。 地元の若者の間では、「梶原の霧」という不可解な現象として話題に上るが、誰も本格的に調べようとはしない。大人たちはさして関心を示さないし、一部は「単なる気象現象だろう」と笑う。だけど、その“視線”を実際に体験した人は口を揃えて「夜の霧を甘く見ないほうがいい」と警告する。 そんな半ば都市伝説のような話に、地元の写真家**梨央(りお)は深い興味を抱いていた。彼女は普段、風景写真を撮影してコンテストに出す活動をしているが、この奇妙な噂に魅せられ、「ならばその霧とやらをカメラに収めよう」**と意気込む。

第二章:最初の霧の夜

 梨央は、霧が発生しやすいと噂される条件を集め、満月の少し前の日など天候の推移を観察しつつ、夜の梶原山公園へ単身出かけた。懐中電灯とカメラ、三脚を携えて何度か通ったが、霧が立つ気配はなかなか訪れない。 しかし、ある晩、静かな山道を進むうちに、**「空気の密度が変わる」ような感覚に包まれた。次の瞬間、木立の向こうから白いもやが漂い、じわじわと周囲を覆いはじめる。 「きた……これが“梶原の霧”なの?」 息をのむと同時に肌が粟立った。足元の視界が急に十メートル先も見えないほど白くなり、樹木のシルエットがぼんやり浮かび上がる。するとまさにそのとき、誰かの視線を背後に感じるような寒気が走った。 急いでカメラを構え、三脚をセットするものの、霧の動きが不規則でフレームに何を収めればいいのか焦る。振り返ると、何もいない。だが「何かいる」**という確信めいた感覚はどうしようもなく拭えなかった。

第三章:撮影された人影

 数分後、霧が急激に薄れはじめ、いつもの公園の闇夜が戻ってくるようだった。十分な写真は撮れたか分からないが、とにかく帰ろうとカメラ機材を片づけ、家へ戻る。 翌日、パソコンのモニターで撮影データを確認すると、終盤に撮った何枚かの写真に**「人影のようなもの」が映っていた。霧の白いベールの奥に、頭と肩の輪郭がうっすらと見えているが、顔は判別できない。 これが人間なのか、霧の濃淡による偶然の形なのか……。しかし、その影だけは妙にはっきりとして、「暗闇の中でこちらを見つめている」ようにも感じられる。梨央はざわつく心を抑えきれない。「やっぱりあのときの“視線”は、気のせいじゃなかったのかもしれない」**と思わず息を吞んだ。

第四章:奇妙な出来事

 人影の写真を確認して数日経ったころから、梨央の周囲で小さな異変が起こり始める。カメラが突然故障し、修理に出しても原因不明と言われたり、深夜に電話が鳴って出るとノイズだけが聞こえたり……。 また、母親が偶然耳にした噂として**「梶原山公園で撮影すると呪われる」とまるで都市伝説じみた話も聞こえてきた。もちろん信じるわけでもないが、重なりすぎる偶然に気持ちは乱れる。 ある夜、眠ろうとして布団に入っていたら、「木立の中で息づかいを立てている何か」のイメージが頭にこびりつき、息苦しくなった。何度目を開いても、まるで霧の中にいるような錯覚に襲われる。「これはまずい……」**と梨央は強い不安を感じ始めた。

第五章:公園の過去の歴史

 心の落ち着きを取り戻そうと、梨央は町の歴史研究会へ赴き、公園に関する古い文献や、梶原景時にまつわる伝承を探した。公園名の由来は鎌倉武将の梶原景時がこの地に関わったという話だが、それ以上の詳細はあまり残されていない。 しかし、ふとした拍子で**「公園が作られる前、この一帯で大規模な山崩れがあり、多くの人が被災した」という記事を見つける。戦後まもなくの頃で、資料が散逸しているが、どうやら夜間に霧が発生した日だったとメモの片隅に書かれていた。 「霧が出たあの夜に何か災害が……?」 と連想が進むが、そこから先の記録はほとんどなく、ただ一行、「霧の中で失踪者が出た」という証言が載っている程度。梨央はますます不安になる。「この霧には、過去の災害や失踪者の怨念が絡んでいるの?」**

第六章:霧の正体

 さらに聞き込みを進めると、ある年配男性がこんなことを語った。「俺の父親が若い頃、夜の梶原山で変な霧に包まれたことがあって、そこから戻ったら翌朝になってた。まるで時間が飛んだみたいだと言っていた」 しかも父親はその後、夢の中で何度も「霧の中に人影がいる。俺を連れて行こうとしている」とうなされていたらしい。やがて体を壊して他界したと聞くと、さすがに梨央の背筋は寒くなる。 「この霧は、人の魂を連れて行くのか、それとも人を呼び寄せているのか……?」 怪談じみた思考に至りながらも、梨央は理性を失わないように必死だった。自分が撮影した写真のあの人影は、一体何を訴えたかったのか?

第七章:最後の撮影

 いよいよ再び霧の季節が来るという噂が広まり、地元ネットでも盛り上がり始める。梨央は腰が引ける気持ちと、真相を突き止めたい探究心がせめぎ合う。 最終的に彼女は再度、夜の公園へと向かう。今度は万全の装備で、ビデオカメラや赤外線スコープも用意し、「霧の正体を捉えてやる」と決心した。 深夜、霧がまた静かに姿を現す。前回よりも濃く、まるで無数の白い手が身体にまとわりつくような感覚。「人影は……どこ……?」 カメラを回しながら足元を慎重に進むと、急に視界が開け、目の前に人の形が立っていた。 それは顔がはっきりしないまま、しかし首だけをこちらに向けて動いているように見える。次の瞬間、凍り付いた梨央の耳に、**「ここから……逃げて……」**というか細い声が聞こえた。感覚がサッと暗転しそうになり、そのまま意識が飛びそうになるが、必死でカメラを握りしめた。

翌朝、梨央が気づくと、地面に倒れた姿のまま夜が明けていた。周囲に霧はなく、静寂だけがある。カメラを確認すると、最後に「ここから逃げて……」と微かに声が録音されていた。まるで、この霧は人々に危険を告げているかのように——。その後、梨央はこの録音を町の人々に紹介し、公園で起きた山崩れの歴史や失踪者について語る場を設ける。結果、公園管理者が地形調査を再開し、かつての崩壊危険区域が未整備だったことが判明。町は急遽安全対策を進めることに。「もしかすると、あの霧の人影は、公園の過去の犠牲者の魂かもしれない。新たな悲劇を防ぐため、霧を通じて私たちに警告していた……」そう思いながら、梨央は写真機材を抱え、朝の光の中で深い呼吸をつく。霧が晴れた梶原山公園には、これまでの眠れる記憶がそっと姿を消したかのようだ。しかし、心のどこかで彼女は感じる——**「いつかまた霧が現れるとき、あの人影は私たちを見守っている」**と。

 
 
 

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