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登録日: 2024年3月16日

記事 (2567)

2026年1月21日6
『六月の終わり、幹夫は黙っていた』
六月の終わり、幹夫は黙っていた。言いたいことがないわけじゃなかった。むしろ逆で、胸の奥には言葉になりきらないものが、梅雨の湿気みたいに溜まっていた。息をするたび、肺の内側が薄く曇る。曇っているのに、誰にも見えない。 牧之原の朝は、雨の匂いから始まる日がある。夜のあいだに降った雨が、茶畑の畝の間に残って、土の冷たさと葉の青さを混ぜる。濡れた葉に指を差し入れると、露じゃなく雨が、皮膚の上でゆっくりほどける。冷たいのに、痛くはない。ただ、冷たいままの時間が続くと、指先の感覚が鈍くなることを幹夫は知っていた。 畑の端で父が、摘採機の音を確かめていた。エンジンをかける前の、金属が息をひそめている感じ。手袋の擦れる音。父の咳払い。どれも「言葉の代わり」みたいに聞こえる。父は喋らない。喋らないのに、伝えたいことがないわけじゃない――それも幹夫には分かる。分かるから、余計に言えなくなる。 「二番は雨で遅れるでな」 父が言った。“二番”――二番茶。六月の終わりの収穫。梅雨の間に育って、湿り気を含んだ葉は柔らかいのに、どこか気難しい匂いがする。摘むタイミングを間違えると、香りが立たない。香りが立たな...

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2026年1月19日9
『あの夏が終わる前に』
あの夏が終わる前に、幹夫は茶畑の端で手を止めた。摘み取った葉は、いつも通り柔らかい。露はもう朝ほど冷たくなくて、指先に残るのは水というより、ぬるい季節の気配だった。 蝉の声が、どこか遠くで鳴いている。真夏のそれみたいに張りつめてはいなくて、音の端が少しほどけている。鳴いているのに、もう「終わり」を含んでいる。そういう音を、幹夫はいつから聞き分けられるようになったのだろう。 畝の向こうで父が黙っている。黙って手を動かしているだけなのに、家の中の沈黙と同じ種類の重さがある。沈黙は、怒りでも優しさでもなく、ただ「言えなかったもの」の総量だ。幹夫はそれを知っている。知っているから、同じように黙ってしまう。 けれど今日は、黙っているだけでは足りない気がした。足りない、というより、間に合わない。 夏が、終わってしまう。 夏が終わることは、ただカレンダーがめくられることじゃない。夕方が早くなること、影が長くなること、冷えた麦茶が冷えすぎてしまうこと。そして、言えなかったことが「言えないまま過ぎた時間」に変わること。 幹夫は、リュックの中の茶袋を思い出した。川根で買った茶。紙の袋に閉じ込められた...

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2026年1月18日5
理由のない寂しさを、幹夫は知っていた
理由のない寂しさを、幹夫は知っていた。それは「何かが足りない」みたいな寂しさではなくて、むしろ逆で――足りているはずのものが、ちゃんと揃っているはずの午後に、ふいに胸の内側だけが冷える寂しさだった。 朝はいつも通り茶畑へ出た。露はいつも通り葉の背に残っていて、指先にひやりと移った。父はいつも通り黙っていて、祖母はいつも通り湯を沸かした。いつも通りが揃うほど、幹夫は安心するはずだった。 でも、安心のはずの場所に、理由のない寂しさはいる。それは小さな石みたいに胸の奥に沈んで、歩くたびにころころと位置を変える。痛いほどではない。痛くないから、見落としてしまう。見落としているのに、確かに重い。 その日の午後、幹夫は静岡市へ出た。用事がある、と言えば用事だった。学校で配られたプリントの提出。ついでに文房具を買う。そんな程度のこと。けれど本当は、「家の中の空気」から一度だけ抜けたかったのかもしれない。抜けても何が変わるわけでもないのに、抜けないと息が詰まりそうな日がある。 バスの窓に映る自分の顔は、少しだけ他人みたいだった。目の奥が寝不足の色をしている。口元が、何かを我慢する形に固まっている...

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