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無情の町

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月18日
  • 読了時間: 6分



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第一章:作家の来訪

東海道線で静岡へ向かう列車の車窓から、清水 慎吾は夕暮れに染まる山並みと点在する古びた家屋を眺めていた。彼は40代半ばの作家。都内を拠点に執筆を続けてきたが、最近はスランプに陥り、次の題材を探していた。そこで思い立ったのが、**「空き家が増え、静かに衰退する町」**を舞台にした新作だ。列車が静岡駅に滑り込むころ、赤い夕日が町をかすかに照らしていた。どこか、焼け落ちる寸前の残照を思わせる風景に、清水の心は不思議な暗い興奮に満ちた。

第二章:廃れゆく町の風景

旧市街の一角に、かつて華やかだったという商店街がある。 今では半数以上の店がシャッターを閉め、ところどころに空き家が散在。そこを住み込み先として清水は借り、執筆の拠点とすることにした。朝、外に出てみると道はガランと寂れ、老人が何人か通りを歩くのみ。若者の姿はほぼ見ない。「この町はすっかり死んでしまったのか?」 と言わんばかりの静けさ。清水はノートを開き、メモを取りながら家々を見てまわる。廃屋となった民家の割れた窓、庭に延び放題の雑草…… そこから感じる「かつての賑わいが消えた跡形」が、何とも言えない虚無感を呼び起こす。一方、彼の心には奇妙な高揚もある。この無情な風景を、自分の筆で切り取れば、新作に新たな血を注げるのでは。 そんな薄暗い情熱が彼の胸を打っていた。

第三章:人々の絶望と市役所の諦念

取材を進めるうちに、清水は住民たちの声を聴くようになる。井上という70代の男性は、息子が都会へ出たまま戻ってこず、自分はこの空き家だらけの街で一人暮らし。「俺が死んだら、この家も廃墟になるだろう」と苦笑した。市役所の職員に話を伺うと、「いまや少子高齢化が激しく、税収も減り、町の再生なんて無理ですよ。市も何度も取り組んだけど成果は出ないんです」と半ば投げやり。**「若い連中はどんどん外へ出ていきますし」**と肩をすくめる。その声には冷淡さというより、計り知れない諦念の色があった。無情さは町全体に染みわたっているようで、清水の心は重苦しく沈んでいく。

第四章:激しい欲望の残滓

一方、廃れた町の裏側には、かつて派手に土地や建物を投機していた者たちの存在があったらしい。ある住民が**「昔、この辺を再開発すると言って企業が買い占めたんです。でも結局破綻して、そのまま空き家状態が増えた」と教えてくれた。清水はその話を聞き、「いかにも人間の欲望が町を崩壊させた例だ」と感じる。 どこかで石原慎太郎的な政治的獰猛さがひしめき、あるいは三島由紀夫的**な耽美な破滅の香りが漂うかのよう。この町は、むしろ人間の強すぎる欲望と、その失敗の残骸なのではないか。そんな思いが彼の筆を走らせる。

第五章:市議会の暗い情熱

取材を続ける清水は、市議会がいま密かに“街の廃止”に近い極端な案を検討していると知る。過疎地を放棄し、中心部だけインフラを維持する**「選択と集中」の構想だ。市議の沢田とやらが推進しているらしい。 しかし住民は「そんなのは切り捨てだ!」と猛反対。町内で騒動が広がる。面白いのは、その計画には「新興の大企業が絡んでいる」という噂もある。「土地を安く買い取り、巨大なリゾートか産業拠点を作るのでは?」**こうした政治家と企業の思惑が渦巻く中、清水は一種の興奮を感じる。“これこそ人間ドラマの真髄じゃないか”。だが同時に、自分は何の力も持たないただの作家だ…… その無力さが喉元に刺さる。

**第六章:町の声と作家の焦燥】

作品執筆も中盤に差しかかる中、清水は取材ノートを読み返しては、町から漏れ出る人々の絶望を整理する。ある若者は「こんな町、もう捨てたい。でも実家を放置するのも罪悪感がある」と悩む。ある老婦人は「夫が亡くなって、空き家に私一人。誰も訪ねてこない」と涙をこぼす。それらを清水は克明に記述するが、書いているうちに心が重くなる。この町を救う方法はないのか? 自分がこんな悲しみに触れても、作品にするだけなのかと自問し、苦しむ。夜更け、一人で焼酎をあおりながら、**「俺は傍観者にすぎないのか…」**と苛立ちを吐き出すようにノートへ乱暴な線を走らせる。

第七章:記者会見と爆発する疑念

突然、市議会が「老朽化が進む一部地区からインフラを撤去し、住民を他へ移してもらう計画」を正式に提案。 同時に地元企業が「新たな開発プロジェクト」を発表。これで一気に町は騒然とし、メディアも駆けつけ記者会見が行われる。 そこで企業代表と市議が**“地域活性”を唱えるが、その実は一部の人間が巨大な利潤を得るだけの話だということが、住民の間ではすでに囁かれている。清水はその会見を見ながら「これが本当に町のためか? 人々の生活は置き去りにされてないか?」**と怒りを覚える。今こそ作家として何かを発信すべきだ、と強く感じる。しかし、彼の原稿はまだまとまっていない。結末をどう描いていいのか分からない。もう一度、住民たちのもとへ足を運ぶ決意をする。

第八章:結末—無情の町、そして光の予兆

清水は最後の取材として、廃屋が並ぶ外れの地区へ向かう。そこでは数軒だけまだ人が住み、互いに支え合って暮らしていた。彼らは「私たちの町はもう死んでいるのかもしれない。だけど、一緒にいると寂しさは減る」と静かに語る。その光景に、清水は強い衝撃を受ける。“町は無情に見えても、そこには確かに人同士の結びつきがある”――この光景こそ、本当に描かれるべきものではないか。自分には大きな政治力もなければ、街を救う手段もない。しかしこの“人間の姿”を小説に残すことだけはできる……。帰宅後、清水は徹夜で原稿を仕上げる。タイトルを**「無情の町」と付したその小説には、崩れゆく町と、そこに息づく人々の鮮烈な姿が記されていた。少し後日、清水の小説が公に。読者からは「過疎と少子高齢化の恐ろしさ」「だが人間の誇りや愛情は消えない」との多くの反響が寄せられた。町の人々も「私たちの姿が描かれている」と驚きと感謝を示す。最終的に町の政治や財政難がすぐに改善されるわけではない。それでも、人々が互いを想う姿は確かにあり、清水もまた作家としての覚悟を深める。「この町の運命がどう転ぼうとも、俺は記し続ける」**と心に固く誓う。ラストシーン、夕暮れの静岡市に乾いた風が吹く。瓦屋根がオレンジに染まり、遠く富士のシルエットが浮かび上がる。どこか寂しいけれど、美しい町の風景――人々の人生が交差する街を背に、清水はゆっくりとノートを閉じる。**「無情」**は残酷だが、そこにこそ何かかすかな光がある――そう呟く彼の目に、微かな希望が宿っていた。

(了)

 
 
 

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