虚無の街
- 山崎行政書士事務所
- 1月18日
- 読了時間: 5分

第一章:老人が消える町
雑誌記者**遠藤 了(えんどう・りょう)**は、東京で鳴り物入りの連載を持っていたが、一度の失敗をきっかけに週刊誌のローカル取材へ左遷され、静岡市へと赴任してきた。彼が最初に耳にしたのは、旧市街地で老人が次々と姿を消しているという不可解な噂。行方不明として警察に届け出たものの、何の手がかりもなく、取り合わないまま時間が過ぎているという。遠藤はまだ暑さの残る秋口の午後、静岡市旧市街の入り組んだ路地を歩く。そこでは空き家が散見され、商店街のシャッターは降りたままの店が大半だ。「老人が一人、また一人と消えていく…? 事故や事件ならもっと話題になるはずなのに」――違和感を胸に抱きつつ、遠藤は取材を始める。
第二章:薄闇に沈む街の吐息
旧市街を歩き回ると住人の姿が少ないことに驚かされる。若者の姿はほぼ見えず、肩をすぼめて歩く数少ない高齢者だけが、どこか焦燥感漂う眼差しをしている。空き家の古びた瓦屋根からは朽ちた木材が見え、割れた窓から見ると部屋の中は放置されたままの生活痕がある。まるで住民が急に消えたかのような印象。そこで遠藤は何人かの老人に話を聞く。「この辺で老人が消えているって…?」ある老婆は「そういう方たち、口を揃えて『この町を捨てて他所に行く』と言っていた」らしい。それを聞き遠藤の胸には、不気味なような妙な哀愁が起きる。「本当にどこかへ移り住んだだけなのか? それとも、この街があまりにも虚しくて、どこかへ消滅したのか…」
第三章:地方都市の無力感
市役所を訪ねて情報を得ようとする遠藤だったが、対応した職員は軽く眉をひそめ「そういう話は聞いてますが、みんな自主的に移住してるみたいですよ」と済ませる。さらに深く問いただすと、「もともとこの辺りは空き家だらけで、公共インフラも限界。若者が出て行き、老人が仕方なくどこかへ移ったとしても驚きません」と冷やかな答え。遠藤は息を呑む。行政が放置している感がある。住民からは「市の財政はもう破綻寸前。旧市街を維持するだけの力がないんだろう。だから『どうぞ勝手に』ということさ」と肩をすくめる声が聞こえる。その無力感が人々の表情に染みついている。「都会でもない、田舎でもない、この中途半端な都市は、何の将来も描けないということか…」遠藤は取材メモに**“逃げ場のない絶望”**と走り書きする。
第四章:老人たちの行き先、あるいは行き止まり
遠藤は消えた老人の家族を探し、半田という男性に出会う。 「父は数ヶ月前、『ここにいても死んでるのと同じだ』と言い残し、家を出て行った」と語る。しかし行き先は不明。携帯を持たない高齢者がどこへ行ったのか追えないという。同様に、行方不明扱いの老人たちも皆、「この町を捨てる」と言い残して姿を消している。何かの宗教か、集団移住かと考え、遠藤は探りを入れるが、確たる手がかりは得られない。日が沈む頃、空き家の軒下に誰かがうずくまる様子を見つけ、声をかけると耳が遠い老人だった。彼は震えながら「ここにはもう何もない。友人も逝き、店も閉まる。わしもそのうち…」とつぶやき、また夜の闇に溶け込むように去る。遠藤は**「彼らは何に絶望し、何を求めている?」**と頭を抱える。 まるで街そのものが虚無に呑まれているかのようだ。
第五章:作家が見た世界—虚無の街を写す
遠藤はこの不思議な町の“無情さ”を記事だけでなく、心の内に強く焼き付ける。一人称視点で住民たちの呟きを丁寧に記録する。そこには厳しい眼差しで地方の自己責任を問う雰囲気と、耽美的破滅の香りが混ざり合う不思議な光景があり、遠藤の心を鷲づかみにして離さない。この街は、かつて人々が“活気”と呼んだものを失い、残ったのは虚無感と諦観。空き家はその象徴だ。遠藤は次第に記者としての使命以上に、この町の崩壊を見届けることに奇妙な魅力を感じ始める。 「まさか…こんな結末になるのか」と、不安と興奮の錯綜(さくそう)。
第六章:市の計画と住民の沈黙
市役所から突然、新しいプランが発表される。「空き家対策本部を立ち上げ、撤去可能な住宅を一括更地にする」との方針だ。しかし、それは結局**“負の遺産を解体し、街を部分的に縮小しよう”**というだけで、住民の生活を守るものではない。 これに対し、残った住民は怒りを見せるが、高齢者中心で力がない。抗議集会が開かれようとしたが、参加者は僅か数人。メディアにも大きく取り上げられず、沈黙が支配する。 ある老人は「もうどうでもいい。どうせ誰も助けてくれない」と絶望の微笑を浮かべるだけ。遠藤はそこに“破滅の美学”すら感じながら、言葉を失う。
第七章:最終的な消滅へ
遠藤は再び、消えた老人の家を訪ねる。そこは朽ちたまま放置され、もう誰も戻ってこない。ふと、“町を捨てる”と言い残した老人たちは本当に他所へ移住したのか? あるいは夜の闇に歩き出して、どこか山中で命を絶ったのかもしれない…。そんな考えが脳裏をかすめ、遠藤は背筋を寒くする。「もしそうだとしたら、これほど暗い結末はない」市当局は住民不在の区画を取り壊す作業を黙々と進め、旧市街は急激に更地化されていく。まさに“町の消滅”が現実となろうとしている。
第八章:エピローグ—虚無の街が描く風景
最後の夜、遠藤は役所の駐車場から旧市街を見渡す。沈黙の闇の中、壊された家の廃材があちこち積まれ、街の輪郭が崩れている。先日までいた老人たちも姿を消している。人生も町も、何もかもが闇に溶けてしまったかのよう。遠藤はノートを開き、書き残す――この街は“無情”そのものの姿を映している。少子高齢化、空き家、政治の放棄と住民の諦め。「これは日本のどこにでも起こる近未来かもしれない。俺はこの街の結末を知りながら、何もできなかった……」漂う空気に、「人間の弱さと決断の放棄」、「滅びに酔いしれる美意識」。遠藤は深いため息とともに筆を置く。 町は静かに死んでいくように、月の光の下で廃材が青白く照らされていた。ここにこそ、この“虚無の街”の最期が在るのかもしれない。
—終幕—


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