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デジタル遺産の迷宮

  • 山崎行政書士事務所
  • 1月7日
  • 読了時間: 8分




第一章:予期せぬ依頼

 都心の片隅にある小さな事務所、「冬木(ふゆき)行政書士事務所」。 こじんまりとしたスペースには、開業五年目の**冬木忠彦(ふゆき・ただひこ)**が一人座り、パソコンを相手に黙々と書類を作成している。いつもは企業の契約書や相続関連の業務が主だが、思いがけない依頼が舞い込んだのは、梅雨入り直前の蒸し暑い午後だった。

 依頼人の名は桑村由紀子(くわむら・ゆきこ)。 「亡くなった父の“デジタル遺産”を整理してほしいんです」 遺産整理といえば通常、不動産や預貯金などが思い浮かぶが、この依頼はひと味違う。SNSアカウントや仮想通貨のウォレット、オンラインストレージ――いわゆる“デジタル遺産”を管理し、相続人へ引き継ぎたいというのだ。 「父はIT企業を営んでいて、いろんなサービスを使ってました。でも私たち家族はパスワードさえ分からなくて……」 そう言って、由紀子は途方に暮れた顔をする。

 ここ数年、こうしたデジタル遺産の整理ニーズは急速に高まっている。冬木は行政書士仲間の研修でその存在を知り、ある程度の知識は仕入れていた。 「わかりました。まずはお父様の端末やアカウントの情報を整理しましょう。大事なデータを抜き出すためには正式な手続きが必要になりますが、私がやれる限りのことはします」

 だが、冬木はまだ知らない――そのデジタル遺産には、世界を揺るがす金融スキャンダルの証拠が潜んでいることを。そして、それを狙う黒い勢力が、じわりと彼の背後に迫っていることを。

第二章:故人のクラウドアカウント

 数日後、冬木は由紀子から渡されたノートPCとスマートフォンを調べる。さまざまなクラウドサービスやSNSのアイコンが並んでいるが、肝心のパスワードは分からない。 「……暗号めいたメモみたいなものが見つかりました。これが父のパスワードの手がかりかもしれない」 由紀子が差し出すのは、走り書きされたメモ帳。「L∞179b」とか「3Key:Storm」など、意味不明な文字列が並ぶ。冬木は頭をひねるが、手掛かりは少ない。

 試行錯誤の末、なんとかクラウドアカウントの一つにアクセスに成功した瞬間、冬木の画面には膨大なファイルが現れた。 契約書や企業の財務データらしきものが山のように保存されている。故人はIT企業の経営者だったとはいえ、ここまで入り組んだデータを独りで管理していたのだろうか。 「これ……何か重大な情報が含まれているかもしれない」 冬木の胸中に不安がよぎる。あまりに膨大な量、しかも一部のファイルは圧縮パスワードが二重にかけられている。ビジネスの機密というだけではない“匂い”がした。

第三章:謎の脅迫者

 その夜、事務所に一本の電話が入った。番号非通知。冬木が受話器を取ると、低い男の声が発せられる。 「……そのクラウドアカウントにあるデータは触るな。おとなしく消去するんだ。これは“忠告”だ」 いきなりの脅迫に、冬木は言葉を失う。 「どなたですか? 何を言ってるんです?」 「わからないなら教えてやる。“それ”に手を出すと痛い目をみることになる……」 電話は一方的に切れた。冬木は嫌な汗が背中を伝う。まさか、いきなり違法行為をしているわけでもないのに、なぜ脅されるのか。

 翌日、由紀子に相談すると、彼女も怯えた様子だ。 「私宛にも“余計なことはするな”というメールが届いたんです……これってもしかして、父が何かとんでもないものを隠していたんでしょうか?」 冬木は不安を感じつつも、ここで逃げるわけにはいかない。行政書士としての使命感――依頼人の利益を守らねばならない。 「大丈夫。警察に相談することも考えましょう。とにかく、このデータを慎重に調べてみます」

第四章:国際的金融スキャンダル

 クラウドの奥深くにあった暗号化ファイルを解き明かした冬木は、その内容に愕然とする。 そこには海外の複数銀行口座の取引履歴や不審な送金記録、さらには匿名の企業名義で数千万ドル規模の資金移動が記載されている。 「これは……まさか、マネーロンダリングか」 故人は海外投資の名目で多額の資金を受け取り、不透明な経路で再送金していた可能性がある。さらにファイル内には政治家の名前や大企業役員のものと思われるイニシャルが含まれている。もしこれが事実なら、国際的な金融スキャンダルが暴露されかねない重大な証拠――。

 まさにそこへ、事務所のドアが開き、背の高い男がツカツカと入ってきた。胸に名札を付けた西洋人のようだが、日本語は流暢。 「はじめまして。わたしはレナード・ラッセル。国際投資ファンドで働いています。貴方が最近“ある”データを見つけたと聞きましてね」 不躾な態度で近寄り、表情に笑みすらない。冬木は緊張しながら応対する。 「そのデータがどうかしましたか?」 「削除してもらいたいんですよ。利益にもならないでしょう? クライアントの機密を尊重するのがプロでは?」 ラッセルは金銭をチラつかせるかのように小さな封筒をスッと差し出した。 「上手くやれば、あなたにも報酬が入る。これで手を引きませんか?」

 冬木は、その封筒を冷たい目で見返す。依頼人を裏切って大金を受け取るのか、それとも事実を追究して守るのか――。

第五章:試される正義

 ラッセルの提示した金額は驚くほどの高額だった。しかし冬木は毅然と断る。 「申し訳ありませんが、私は行政書士として依頼人の意思を尊重します。あなた方がどんな大物でも、私の仕事は変わりません」 この言葉にラッセルの眉がピクリと動き、険悪な笑みに変わる。 「なるほど。では、後悔しないことを祈るよ……」

 男が出て行った後、冬木は荒い息をついた。まだ震えが止まらない。ここまで巨大な相手を敵に回してしまった――しかし、“命の危険”さえ感じるのに、不思議と胸の奥に闘志が湧き上がってくる。自分が守るべきものを守り抜くために、ここで退くわけにはいかないのだ。

 そう覚悟を決めた冬木に、追い打ちをかける事件が起こる。 ある朝、事務所のドアがこじ開けられ、パソコンや書類の一部が荒らされていた。幸い、冬木がクラウドにバックアップしていたため証拠データは無事だったが、これが明らかに“警告”であることは言うまでもない。

第六章:依頼人の真意

 一方、由紀子は故人である父がそんな危険な取引に関わっていたなんて信じられず、真実を知りたいと懇願する。 「父は確かにIT企業をやってましたけど、大きな会社じゃなかったんです。でも、海外に行くことが増えて……一体なにがあったのか」 冬木は自分が見つけたデータを打ち明けるか迷ったが、依頼人に隠すわけにはいかない。 「この取引履歴が、本当だとしたら……お父様は国際金融スキャンダルの情報を握っていたかもしれません」 「そんな……」 大きく息を飲む由紀子。しかし、その目には決意の色が見える。 「父の死の真相も、そのデータと関係あるはずです。わたし、逃げるつもりはありません。先生、どうか力を貸してください」

 冬木の胸中にも火が灯る。依頼人と共に、この真実を守らなければならない

第七章:巨大な陰謀

 ラッセルが関わる国際投資ファンドは、過去に何度も“租税回避”や“企業買収”で物議を醸してきた。世界各国の権力者と繋がり、“裏の金”を動かすプロフェッショナル集団とも噂される。 故人は彼らの裏ビジネスを知ってしまい、ある取引の証拠ファイルを手に入れてしまった。結果、そのデータをクラウドに隠し持ったまま何者かに狙われたのだろう……。

 冬木は証拠の一部をまとめて警察に相談をしようと考えたが、相手が世界規模の金融スキャンダルとなると、警察も動きが鈍い可能性がある。下手をすれば権力側と繋がりがあるかもしれない。 そんな中、また非通知の電話が鳴った。 「まだ消去していないようだな。……もう手遅れだぞ」 冷たい声が切れた後、事務所の外から爆音とガラスの割れる音が響く。なんと停めてあった冬木の車が何者かに破壊されていた。これが彼らのやり方。早く手を引かなければ命の保証はない。

 しかし、冬木は毅然と言い放つ。 「やれるものならやってみろ。依頼人を裏切るわけにはいかないんだよ!」

第八章:逆転と決着

 限られた時間で冬木が考えた策は、真実を世にさらすことだった。 「隠しているから狙われる。ならば、これを公にして“消せない情報”にすればいい」 メディアの知り合いに連絡を取り、データの一部をリーク。国会議員や大企業の名が列挙されたスキャンダル情報に報道陣が食いつく。大騒動になれば、ラッセルたちも手出しが難しくなる……。

 やがて、ある全国紙が朝刊で“国際金融スキャンダル疑惑”を大々的に報じた。世間は大混乱に陥る。警察や税務当局も捜査に動き出し、ついにファンド関係者への強制捜査が実施されることが決定した。 報道がされた当日、冬木の事務所にラッセルが再び乗り込むが、そこには警察の捜査員が待ち構えていた。ラッセルは苦虫を噛み潰したような表情で連行されていく。自分たちの“闇の金”を暴露され、反撃の余地がなくなってしまったのだ

エピローグ:光射す未来

 事件解決後。データの一部は捜査機関に提出され、故人の死因も組織による暗殺ではなく、不慮の事故であったことが判明した。しかし、故人がこの巨大ファンドの違法行為に巻き込まれ、恐怖と戦いながらデータを隠していたことは事実だった。 「父はきっと、悪に加担したくなかったんでしょう。でも、抜け出すことができず、せめて証拠だけは残そうとした……」 由紀子はそう言い、涙を拭う。 冬木は静かに微笑む。 「お父さんはあなたに託したんだと思います。真実を守り、今を生きる人たちを救うために……」

 かくして“デジタル遺産”の整理は終わりを告げた。――と言っても、これから由紀子には多くの課題がある。父の企業をどうするか、残された資産をどう管理するか。だが、彼女は父の遺志を受け継ぎ、まっすぐに歩んで行こうと決めたようだ。 冬木もまた、一行政書士として大きく成長した自分を感じる。“遺産”とは物だけではなく、亡き人の思いを紡ぐことなのだ――そう心に刻んで。

 梅雨の終わりを告げる青空が、事務所の窓から広がっている。かつて感じた恐怖はもう薄れ、そこにあるのは清々しい希望の風。 デジタル遺産の迷宮――多くの命と正義を巻き込んだ一大事件は、ここに一応の幕引きを迎えた。それでも冬木は、新たな依頼の電話が鳴るたび、あの日の決意を忘れまいと拳を握り締めるのだった。

 
 
 

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